その2 選定の儀
「それで、選定の儀って何?」
「ええと、ある人物の魔術的な才能を調べる儀式です。その人が持つ起源属性とか魔力量とかがわかります」
「ふむ。それで勇者の属性とかがわかるってことか? ところで起源属性って何?」
「ええとですね。起源属性って言うのは、生まれ持った魔術的な相性のことです。大まかには火、水、土、風の四大属性で表されますが、人によってはさらに細分化されたり、四大に含まれない特殊属性を持つこともあります。
たとえば、私は風属性です。それで、魔術を行使するに当たっては、自分の属性の魔術が最も習得しやすいんです。ただ、別属性の魔術の習得が不可能、と言うわけではありません。そこは努力と才能次第ですね」
「ほうほう。それで、勇者だったらどうなるんだ?」
「確実に勇者だ、と言う保障のある属性は、実はありません。おそらくは光属性だろう、と言う見解が一般的ですが、過去の勇者様には火属性とか土属性の方もいたそうです。ただ、比べてみれば「より勇者らしい」と言うものはでると思うので」
はあはあ。なるほど。
しかし、異世界人である俺たちが起源属性?なんて物を持っているのだろうか?
「過去に呼び出された異世界の勇者はあなたたちだけではありませんから」
実例で証明されてるのか。
「なるほどな。ところで、特殊属性ってどんなのがあるんだ?」
「そうですね。有名なところで言えば、雷、冷気、光。闇属性と言うのもありますが、純粋な人間にこの属性の持ち主は聞いたことがありません。魔族との混血、とかならばいるのですが。
後は――――全特化」
全、特化……?
「はい。その名のとおり、およそ全ての属性に対し高い適正を持つ、最強といって過言ではない属性です。記録上にこの属性を持つと記されているものは、すべて歴史上にも名を残す大魔術師です。
神話の時代に神の祝福を受けた聖女ダニエラ。竜殺しの英雄シンシア。100の軍と単身渡り合いしジャイルズ。そしてわが国の創設者ロベルティーネ。
彼らは、炎の爆発を、大地より隆起する氷の刃を、三つ又の雷撃を、不可視のかまいたちを。見事なまでに使い分け、敵を翻弄したといわれています」
「それは……すごいな」
「ええ。まさに伝説の英雄たちです」
「ところで、話を戻すけど。選定の儀が何を調べるものなのかは理解した。で、俺は何をすればいいんだ?」
「ええとですね。そのための専用の部屋があるんです。そっちに言って説明します、といっても、基本的にあなたは座ってるだけでいいんですけれども。儀式魔術を行うのは私ですから」
なんだ。小難しい手順を覚えろとか言われたらどうしようかと思ったけど、それなら楽でいい。
……あれ? そういえば。
「あの? どうかしたんですか?」
「いや、いまさらだけど、大事なことを忘れてた」
「大事なこと、ですか?」
「うん。俺は山岸啓太。君は?」
「あ……」
この子もそのことを忘れていたのだろう。あっけに取られた表情をした後、次に見せた表情は、凛とした眼差しで、まるで物語に出てくる誇り高いお姫様のようだった。
「自己紹介が遅れ、申し訳ありません。我が名はエリシエル・クーニグンデ・クリフォード・フォン・エルメンライヒ。このエルメンライヒ王国国王クリフフォードが第四子でございます」
……ってモノホンのお姫様かよっ!
「お姫様……敬語とか、必要でしょうか?」
「いえ、プライベートでは不要です」
「“プライベートでは”、ですか」
「はい」
つまり、公の場では相応の態度を取れってことだ。まだ幼いのに、公私の区別をつけることを知っているのは尊敬に値する。
「それで、け、け、けぃ、ケイタ?」
「それじゃあ毛板だし。啓太」
「け、け、け……けみびゃ!?」
おお。おかしな発音の次は舌噛みおったよこの娘さん。痛そうだけど半泣きの顔が可愛らしい。……いかん。ロリコンの次はSに目覚めそうだ。
「大丈夫か? 言いにくいなら“ケイ”でいいぞ」
「え、え~と、ケイ?」
「うん。ケイならまだ言いやすいだろ?」
「はい。それではケイと。私のことは普段はエリーでかまいません」
「了解。しかしエリーはしっかりしてるな。まだ12歳くらいだろ? それなのに偉いもんだ」
「…………」
ん? 何でいきなりエリー嬢はうつむいて肩を怒らせてるんだ? なんか背中からごごごごごごご……なんて擬音が聞こえてくるぞ。
「わ、私は15です!!」
◆ ◇ ◆
お城の廊下を歩きながら、エリー姫と並んで選定の儀の間(仮称)へと向かう。
しかし、エリーは15歳なのか。どう見てもそうは見えない。背も低いし胸も平だし。つーか15ではえt「何を想像してるんですか? ケイ♪」……イエ、ナンデモアリマセン。
お姫様は読心術も使えるようだ。記憶の中のぱい「ケイ?」……ごめんなさい。
しばらくして、件の部屋に到着した。
幅だけで5mはあるだろう両開きの扉を部屋の前にたっていた歩哨が開ける。
「ありがとう。しばらく彼の選定の儀をするから、誰も入れないで頂戴」
「$%!」
多分、「はっ!」とでも答えたのだろう。俺にかけられた通訳の魔術はエリーとの会話専用なので、さっぱりわからないが。
中に入ると、そこは大きくも暗い部屋だった。
壁にかけられた蝋燭しか明かりがなく、その蝋燭も部屋を照らすと言うより、蝋燭の周りだけが見える程度。これでは明かりと言うよりは部屋の闇を拡大させるだけの役割しかないようだ。
「こちらへ」
エリーに手を取られ、連れて行かれる。蝋燭の位置から判断して、多分、部屋の中央。
「ここに座って、気を楽にしてください。リラックスしてくれれば、後は私が全部やります」
「わかった」
その場に胡坐をかき、気分を落ち着ける。ほとんどが闇の世界だが、目が慣れるとエリーの綺麗な青い瞳が見えるようになってきた。
そして、エリーが再び、歌うように呪文を唱える。
その呪文に合わせて床に刻まれていた魔法陣が淡く点滅する。
美しい歌声、輝く魔法陣。闇の世界と、その中に浮かぶ鮮やかな瞳。
俺は、いまだに魔術だの異世界だのを頭から信じたわけではない。ないのだが、この神秘的な美しさを見ると、信じてもいいかと思ってしまう。
しばらくして、歌声がやんだ。
「……反転属性、ですね」
反転属性? なにそれ?
「反転属性と言うのは、極めて珍しい起源属性です。有名と言うほどではありませんが。先ほど話した“全特化”も、反転属性だけは扱えなかったといわれています」
「チートっぽく聞こえるけど」
「……ほかの魔術に対しては強力なカウンターとなりますが、魔術を使わない相手に対しては基本的に無力な属性なんです。相手の属性と真逆の性質を持つ魔力を放って、相殺できる、と考えてください。ただ、相性の関係でまず結果は力勝負になります。お互いが相殺しあうのですから、より力のあるほうが打ち勝つんです」
「……微妙だな、それ。それで、これって勇者としてどうなの?」
「……その、御友人の方は極めて強力な光属性だったと聞いておりますので……」
ああ、そりゃ飛鳥が勇者決定だな。
「とりあえず、上への結果報告ですが、反転属性と言うのは隠した方がいいと思いますので、火属性と言うことにしましょう。火属性は最もノーマルな属性と言われていて、保有者の比率が高いので、勇者と言う特別性からは最も遠いと思われます」
「ちょっとマテ。なんで反転属性は隠さないといけないんだ?」
「ええとですね。反転属性っていいイメージないんですよ。自然の象徴である四大、希望の象徴である光。さて、これらを打ち消す力、ってなんだろう、ってことでして」
「……魔王とか持ってそーな力だな、おい」
「はい。実際には闇の力も打ち消せるはずなんですが、反転属性の術者が魔族と戦った記録がないので、そういう悪印象が浸透しちゃってるんです。
……それに、過去に確認された反転属性もちって基本的に犯罪者が多いんですよね」
「What?」
「起源属性に引かれて、人間性とか社会性とかまで“反転”しちゃったんじゃないか、なんていう学説もあるんです。証明された説ではないんですけど、それなりに有名でして」
何と言うか。取り合えず俺の属性は秘密にしないと駄目だな、うん。
属性についてはエリーが語ったとおりの設定です。
理論上、自分の属性以外の魔術も習得可能ですが、きわめて高度な訓練が必要で、実際に行える人はかなり少数になります。
普通の魔術師で1属性。2属性使えれば在野では一目置かれます。3属性にも至れば、取り合えず貴族たちのお抱え魔術師に、と言う声がかかるでしょうし、宮廷魔術師すら狙えるレベル、と考えてください。
当然、自分の属性以外の力はかなり下がるのですが。
こんなあたりから、全特化属性のチート具合を連想していただければ幸いです。
……しかし、あとがきで設定ばかり書いてるな。いっそ開き直ってあとがきは設定コーナーにでもするか。