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第5話:姫君の別の顔

 ようやく馬車からはいでたハインフェルトがのろのろと宿屋に入ると、すでにセリスは部屋に案内された後だった。安堵のため息をついて、木製のカウンターで手続きをとる。といっても、往路でもこの宿に泊まり、王家の紋章を見せ、充分な前金を渡して予約を取ってあったので、特にすることはない。

 ただし、宿屋の人間には、セリスが未来の王妃であることは伝えていなかった。村一番の宿屋とはいえ、大した警備や設備があるわけではない。こんな田舎で何か起きるとは思えないが、素性を知られて面倒なことになるのは避けたかった。考えるのも恐ろしいが、身代金目当ての誘拐なんて可能性もなくはないのだ。できるだけ静かに旅を遂行するつもりだった。

 そんなことを思いながらハインフェルトが台帳にサインしていると、気のよさそうな宿屋の主人が相好を崩す。

「先に入ったお客さんは2階の奥のいちばん上等な部屋にお通ししましたよ。いやぁ、それにしても、たいそう美しい方でしたねぇ~」

 ……思ったそばから目立っているではないか。ハインフェルトはガクリと肩を落とす。が、気を取り直し、王家の騎士らしく威厳をこめて言った。

「さるやんごとないお方です。すでにお話しましたが、くれぐれも失礼のないように。それと、滞在中はできるだけ静かに過ごしたいので、他のお客にも余計な話はしないように」

「いやぁ~、高貴な方っていうのは見かけからして違うってのか、もう天女様かと見間違う別嬪さんですねぇ」

 通りのいい声で、主人は構わず喋り続けた。さらには「なあ、ハンナ! ありゃここ何十年も見てないほどの別嬪さんだったよな」と、奥にいるらしい妻に向かって叫んでいる。「あたしはずっと裏にいるから知りませんよー」と、妻が返せば、「そりゃあ残念だ。あとでようっく見るといいよ」と主人がまた大声で叫ぶ。声の大きい夫婦だ。

「私の話、聞いてないですね……」

 ハインフェルトのつぶやきは、主人には届いていなさそうだ。

 いくら童顔で幼い体型とはいえ、仮にも軍服姿なのだからもうちょっと緊張感を持ってもらえないものだろうか。それとも、騎士としての自覚が足りてないからこういうことになるのか……。今日一日ですでにボロボロになった彼の自尊心は、ダメ押しとばかりに踏みつけられる。

 しかし主人はハインフェルトの胸の内など露知らず、陽気に話しかけてきた。

「しかも高貴な方ってのは、性格までいいんだねぇ。礼儀正しいうえに、言葉遣いなんかもやわらかくてね。やさしさがにじみ出てるっていうかさ。ああいうのが、本当の姫様っていうのかね」

 ハインフェルトはきょとんとし、続いて首をひねった。

「やさしい……?」


――事実、セリスは立派に“お姫様”だった。

「別嬪だなぁ……」

「すげえ上玉だぜ」

「あんな綺麗な人見たことないわぁ……」

 客でにぎわう夕食時の食堂にて、彼女を一目見んとする他の客たちの視線とざわめきに囲まれながら、セリスは微笑をたたえたまま、静かにナイフとフォークを動かし続けていた。動作は的確かつ上品で、上流のマナーを完璧に身につけている。スープをひと匙すくって口をつけようとした際など、食堂全体が一瞬静かになったほど、皆セリスに見とれていた。

 むしろ、居心地が悪いのはセリスの向かいに座るハインフェルトだ。こんなに見られていては食事もままならない。せっかくの煮込み料理もろくに手をつけていなかった。


 本来ならば、部屋で個別に食事をとるはずだったのだ。それが直前になって、主人が「ちょうど大きな仕出しがあって、人手と食器が足りなくなったので、食堂で食べてほしい」と言い始めた。

「急にそんなこと言われても、前金を渡したときに約束したはずですよね? 高貴な方ですから、一般のお客と同じ場所でというのは困ります」

 部屋の前の廊下でハインフェルトが焦りながら抗議しても、主人は「いやぁ~、申し訳ありませんねぇ」と、のらりくらりするばかりだ。

「いったい、どうしたの?」

 騒ぎを聞きつけたのか、セリスが部屋から出てきた。リラックスしていたのか髪をゆるく束ねて右肩に流しており、そんな姿も美しかった。しかしハインフェルトは、不手際をなじられるのではないかと気が気でない。

 ところが、話を聞いたセリスはにっこりと微笑んだのだ。

「それなら仕方ありませんわね。むしろ、活気がある場所のほうが食事も美味しいでしょう。では、すぐに食堂へ伺います」

 ハインフェルトは我が目と耳を疑った。

 楚々と微笑み、優雅に振舞う目の前の姫君は、先ほどまでの慇懃無礼なセリスと同一人物とは思えない。さすが姫様は話がわかりますね、と主人がにやけながら階段を下りていくのを見届けると、口をあんぐりとしたままのハインフェルトをチラリと見やり、セリスは言った。

「ボーっとしてないで。はやく行きましょう」

「は、はいっ!」

 表情こそ優美な笑顔のままとはいえ、その口調はハインフェルトの知っているセリスに戻っていた。眠りから急に起こされた人のように、ハインフェルトは慌てて動いた。


「お味はいかがですかな」

 腹の前で手を揉みながら、セリスとハインフェルトのテーブルに現れたのは主人とコック長だ。

「とても美味しくいただいております。旅の疲れがいやされました」

 セリスがにこやかに答えると、ふたりの目尻がそろって下がった。

「何もない田舎の村ですがね、ウサギなんかは活きのいいのが獲れるんですよ。酒もたっぷりご用意していますから、遠慮なく言ってください。はは、こんな美しい方なら酒も大喜びだ」

 酒に意志はないだろう、とハインフェルトが心の中でぼんやり考えていると、急に話を振られる。

「騎士様もお代わりしてくださいよ。たくさん食べて力つけないとねぇ。うちの料理は滋養たっぷりですから、このへんの筋肉もモリモリになりますよ」

 そう笑いながら、主人がハインフェルトの二の腕を大袈裟に叩いた。暗に「騎士のくせにひょろっとしすぎ」と言われている気がして、彼は下を向いて力なく笑った。この会話を、食堂中の人間が聞いていると思うとたまらない。

 主人とコック長が去ると、ハインフェルトは小声でセリスに訴えかけた。

「やはり部屋を別にしてもらいましょう。ここではあまりにも……。セリス様もゆっくり食事できないのでは」

 しかし、セリスは相変わらず微笑みを浮かべたまま、粛々と食事を続けている。諦めかけたハインフェルトの耳に、ささやくような声が聞こえた。

「大丈夫、見られるのは慣れているから」

 ハインフェルトはセリスをみつめた。背筋を伸ばし、微笑みをたたえ、美しい姿勢でフォークを口に運ぶ姿は、どこからどう見ても洗練された立派な姫君だった。

 ハインフェルトは自分の皿に目をやる。煮込みを一口すくって食べた。大雑把な田舎料理だが、疲れた身体には沁みた。

「美味しいですね」

「ええ、本当に」

 セリスは優雅に微笑んだ。ハインフェルトは遅れを取り戻すように、スプーンを動かし始めた。


普段ファンタジーをあまり読んでないもので、細部(食堂や番台?)の描写がおぼつかない・・・おかしなところがあれば、遠慮なくご指摘くださいませ。

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