雨電車 side B
傘で守られた小さな空間以外灰色に染まった景色から、雨の日だけ利用する朝の駅へ走り込んだ。
いつもは憂鬱な電車での通学だけど今日は違う。逸る気持ちを押さえて切符を買うと、改札を抜けて階段を降りた。
まずは、今ホームに入ってきた電車に乗っているはずの君を見つけること。だいたいの車両の場所はわかっているから、そのあたりの車両に乗り込む。
見回そうとした目の前、開いたドアの反対側、銀色のバーにもたれるように立つ君を見つけた。
運にまで後押しされてる気分だ。
「おはよう。早いんだな」
さりげなさを装いながら君に近づいて、バーのすぐ横のつり革を掴む。
驚いたように俺を見上げる君の顔を見たら、急に鼓動が激しくなった。君に気付かれないように慌てて話し始める。
「俺、いつもチャリ通なんだ」
知ってるよね?
雨の降っていない日はいつも、この電車の走る線路沿いの道を愛車の青い自転車で走っているんだ。
「うちの親、男は体力だとか言って、定期代くれないんだぜ。だからチャリ通。結構、距離あるのにさ」
きょとんとして俺を見上げたままの無防備な君に思わず笑顔を向ける。
「でも、すごいはまってて」
そうなんだ。実はチャリ通かなり楽しい。線路沿いを走っている時、駅から出て加速し始めるこの電車の窓に君らしき人を見つけたから。窓に張り付くようにこっちを見ていた人。それが毎日だと気付くのに、あまり日はかからなかったよ。
君だよね、と心で問いかけて少しだけ君に近づくと、君は耳まで赤くなった。
同じクラスになった四月のあの日も、君が落とした本を拾って渡す俺の顔を見上げられないくらい真っ赤になってたね。
それからも、俺と話すクラスメートが笑うのと同じタイミングで、本を読む君が耳を赤くして少し笑うのは、君も俺の声を聞いてるからだって、思い過ごしじゃないといいんだけど。
「今日は雨だから、切符代もらえたの?」
君が初めて話した言葉に、俺はかなり驚いたようだ。君が困って俯きそうになったから。
「そうだよ。やっともらえたんだ」
つり革から離した手でポケットから出した切符を、顔の横でヒラヒラさせた。
ちょっと変な行動だったけど、君の視線を俺に戻すのは成功したようだ。
こっちを見上げた君に笑ってみせると、ほっとしたように息を吐くから俺のほうがほっとした。
「チャリの時と同じ時間に家を出たから、こんなに早いのに乗っちゃって」
これは言い訳だ。だって君に会う為にこの時間の電車に乗ったんだから。
「いつも、電車なんかに抜かれてたまるかって顔をして、自転車走らせてるよね」
欲しかった答え。キーワードは『いつも』俺のことを見ててくれたかの確認。でも、少しハズレだ。電車に抜かれてたまるかって顔じゃなくて、そこから俺を見てるのは君だよねって、必死に確認しようとしてた顔だったんだけど。
「絶対勝てる気がするのに、無理なんだよね」
追い付けない電車の中の君のとなりにいる今日はすごく嬉しいのに、君はなんだか元気が無いみたい。そう考えて首を傾げた。
「絶対、無理だよ」
君が吹き出した。小さく肩を震わせて笑う。
俺が本気で電車と競ってると思ってるみたいだけど、この際理由はなんだっていいんだ。
君が笑ってくれるなら。
「やっと笑った。なんで元気ないの?」
少し屈んで顔を覗きこみながら言うと、君はさらに赤くなって小さく呟く。
「雨、嫌いだから」
俯いて制服のスカートを握りしめながら、傘からこぼれた雫を見つめてる。
「俺は、好きだよ」
雨を今日から、君をずっと前から。
後半を飲み込んだせいで、思ったより小さくなった声に、驚いたように顔をあげた君を真っ直ぐ見て言う。
「一緒に学校行けるから」
君といると俺はいつも笑っていられるよ。だから君も雨の日だって笑ってて、俺のとなりで笑ってて。
「次の雨の日も、この電車で」
また切符をヒラヒラさせた。耳が熱くてたまらないけど。
ねぇ、これは雨電車の約束だよ。
赤くなるだけで、はっきり答えてくれない君に少し意地悪をしたくなった。
「雨じゃない日は、一緒にチャリね」
本当は毎日一緒にいたいって意味だよ。
目を丸くして、すぐに首を振る君を見て笑ってしまう。
あの距離を君が自転車で行くのは無理だろうし、俺の経済状態では電車通学は無理だよな。
「じゃあ、雨の日限定か」
ひどく落ち込んで呟いた言葉は、降車駅を告げるアナウンスに重なる。
仕方ない、雨じゃない日は少しでも長く君の乗る電車の横を、チャリで追いかけるよ。
だから雨の日は、俺のとなりで笑ってて。雨は嫌いって俯かないで。
君を見ると 耳まで赤くしたまま俺を見上げて笑ってる。
すぐに赤くなる恥ずかしがりな君だから、ゆっくり進もうと思ったんだけど、遠回しすぎてるかも。
俺の気持ち、ちゃんと伝わったのか?
とりあえず、早く来てくれ、次の雨電車。
fin
ありがとうございました。




