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第3話 「混乱」


世の混乱は、言葉には言い表せないものだった。


政府は、堰を切ったように情報を出し始めた。

それはどう考えても、第七次異界門通過を待っていたとしか思えないタイミングだった。


門が開く前だったら、暴動は間違いなく数倍から数十倍に膨れ上がっていただろう。

それを防ぐために情報の発信を遅らせたのだと、国民は確信していた。


父も母も何も言わなかったが、ニュースを睨むように見ていた。


医者と看護師の両親は、その日から当然のように帰ってこれなくなった。


幸いにも、事前に大量の備蓄を買い込んでいたため、食べ物には困らなかったが……。

その日から冷凍食品やカップ麺、缶詰を一人で食べる生活が始まった。


とはいえ、長い目で見たら備蓄をどんどんと減らすのは不安だ。


焦った俺は学校の帰りに、一人で近所のスーパーへ走った。

カゴを手に取り、何かいいものはないかと眼を光らせる。

しかし、驚くほどに棚はどこも空になっていた。


米も、水も、乾麺も何もない。

冷凍食品コーナーには霜だけが残り、覗きこんだ俺の顔を冷たくしただけだ。

悲しいことに、お菓子すらも買い占められている。


あるとしたら調味料くらいのもので、それだけ買っても仕方がなかった。


俺と同じように、ただ徘徊するだけの者たちが沢山いた。

主婦とおぼしき人は、真に焦燥した顔つきをして、次の入荷時間を店員に問い詰めている。


――そして気づく。


父のいうように、あらかじめ備蓄を備えていなかったら、俺もそうなってただろう。

背筋がゾッと、冷えるようだった。


いつもと違う帰り道で、店の立ち並ぶ方を選んで通った。


ある店の前で、人だかりが出来ている。


俺は、すぐさまそこに駆け付けた。

並んでいるのは魚、貝、海藻と、どれも海産物ばかり。

ここは魚屋さんだった。


魔素発生は海の中で起こっている。当然、そこで育った物を食べることなど出来なかった。

店主の親父も、それが分かっていて売っているのだ。


安全じゃない物を売るなと怒鳴り合う大人たち。

それでも、その日食べるものがない人は、恐る恐る手を伸ばす。

とにかく異様な光景だった。


結局、手ぶらで家に帰る。


テレビのニュースを付けて、垂れ流す。

相変わらず情報が錯綜していて、俺には何が真実なのか分からなかった。


陰謀論は爆発的に拡散され、世界単位でデモが巻き起こり始めている。

株式市場は当然のようにストップ安となり、相場の画面を真っ赤に染めた。

魔素感染を恐れた人間が、あらゆる医療機関へ殺到して、現場は大パニックとなっているという。


こんな場所で両親が働いているかと思うと、涙が零れそうだった。




◇◆◇




ニュースが言うには、また安保理が動いているらしい。


深海のそれは、異界由来だと発表された。


難しい用語ばかり並んでいたが、“正式発表”という響きだけがやけに重かった。


焦点は、アレが故意に行われたことなのか、偶然の事象なのかが重要だった。

バイオテロのような侵略兵器なのか……とにかく異界人へと確認が急がれた。


結果――彼らは、その存在を知らないと言っているそう。


(……知らない訳はないだろう?)


二十一年もの間、友好関係を続けてきた彼らの言葉が、途端に嘘にしか思えなくなった。



旧皇居周辺は完全閉鎖。


それでも押し寄せるデモ隊と、バリケード越しに自衛隊が睨み合っている。


どこかの国が被災したら、他国から応援物資が届くことがある。

だが、これは全世界的な問題で、どこも助ける余裕なんてなかった。


地方の農家は、はやくも盗難被害に遭っているらしい。


まるで世紀末のような様相を呈していた。




◇◆◇




――それから一ヶ月。


母は帰ってこれても、父はやはり今日も帰らなかった。


「お母さん……病院の様子はどう?」


疲れ切った様子で、帰宅し。

真っ先に風呂に入り、ようやく夕飯を食べ始めた母に尋ねた。


すでに時間は二十三時。


前は遅くとも二十時くらいには帰って来たのに、最近ではこれが当たり前になりつつある。


「――地獄よ」


短い一言が、全てを現していた。


「……いまだに魔素感染を調べる受診者で、外来はごった返してる。

病棟も病床なんて一床も空いてないし、検査の方もずっと動きっぱなしよ」


渇き切らぬ髪の毛をかき上げながら、食卓に落ちる箸の音は続く。


「お父さんの言ってた通り、魔素感染者もどんどん増えてる。

もうマスクとか薬の供給が追い付かなくてね。

完全に無くなる前に、使い捨ての防護具をいまから使いまわしてるわ」


母は、病院の苦しい様子を色々と教えてくれた。


テレビの映像なんかより、ずっとずっと俺にとっての現実リアルだった。


「ゴホッ、ゴホッ」


「だ、大丈夫?」


最近、ますます咳には敏感だ。


「……大丈夫、ちょっとムセただけ。でも、郁斗もあまり私に近づかない方が良いわよ。

発症するまでに時間がかかるから、お母さんもどうだか分かんないわ。

遅いから、早く寝なさい」


それでも、俺は首を横に振る。


「その洗い物とか俺がやっとくよ。昼に洗濯も干して、畳んでおいたし」


小学校は今週から学級閉鎖になっているから、俺は昼間も暇だった。


俺の心配なんていらない。

そんなことより、少しでも役に立ちたかった。


「お母さんこそ、早く休んで?」


そう言うと……母は、優しく抱きしめてくれた。


ちょっと前だったら、恥ずかしくて嫌がっただろうが。

今は、その体温が嬉しかった。







◇◆◇




十月になり、すでに冬着に変えつつあった。


肌寒くなった家で、俺は一日に何度も体温を測った。


体温計を外した拍子に、胸元のネックレスがコツンと当たる。

この護り石のおかげか、俺は昔から風邪というものにかかったことがない。


今日も平熱。

それだけで、ほっとする自分がいる。

学校再開の目途は立っていない。

もう長い事、友達とは会っていなかった。



依然として――魔素感染の治療薬も、ワクチン完成のニュースはない。


あるのは連日の新規魔素感染者数と、各県のトータル人数、そして死者数だけだ。

右肩上がりになっているグラフを眺めても、増えていること自体がもはや日常だった。




深海のアレは、深海魔素植物様構造体――《アビサル・フローラ》と呼ばれるようになっていた。


やはり、場所が悪すぎるようで、根本を駆逐するのは難航していた。


爆撃する案も当然出たが……。

海底地すべりによる津波。メタンハイドレート層を破壊することによる、温室ガスの大量放出。プレート境界域を刺激することによる地震誘発リスクなどが挙げられ、日本は当然反対した。テレビは連日その話で持ち切りだ。


日本の被害を無視してでも行われるかと騒がれ、東京を離れる者も続出。


しかし、実際には深海用の重機で地道な駆除が行われていた。

一番の理由は、根絶に至らずにその種子が巻き散る恐れがあったからだ。

そうなると、いよいよ手が付けられなくなる。


おかげで、俺たちはこの家から離れずに済んでいた。


いや――いっそ逃げることになれば、父も母も帰ってこれたのかもしれない。




◇◆◇




最近では、空き家を狙う泥棒が増え始めたらしい。


俺は人がいることを分からせるため、テレビの音量を上げるようにしている。

カーテンすら閉め切り、換気もせずに家に籠っていた。

母には、戸締りに注意するようによくよく言われていた。


家は備蓄がまだ残っている。


それを知られたら、泥棒に押し入られるかもしれない。

父に言われて、ゴミを捨てる時も、黒い袋に入れて中身がバレないように対処していた。

俺も、外を警戒する時間が増えて行った。


最近では、日がな一日動画サイトを見て過ごしていた。


もっぱらサバイバル技術だとか、無人島生活といったものだ。

テレビの億劫になるようなニュースを見たくなかったのもあるが、

備蓄が尽きたらそういう原始的な生活をせざるを得ない。


とはいえ、実際はその前に人間同士での争いになるだろうな、とも思った。


武術や護身術なんて知っても、子どもの俺じゃどうしようもない。

それでも見てみると、案外面白いものだった。




◇◆◇




転機は十一月の初めに起きた。


その日。

昼前にもかかわらず、両親が揃って帰って来た。

そんなことはまずないので、何事かと身構えたほどだ。


「……ど、どうしたの?」


悪い知らせに違いない。


爆撃でもされるのだろうか?

それとも、病院に居れない何かだろうか?


嫌な想像なんて、いくらでもあった。


「いきなりだが、お父さんもお母さんも仕事を辞めてきた」


しかし、あまりに予想外のことだった。


二人は、これから先も最後まで他人のために尽くすのだと思っていた。


「もう限界だ……。荷物をまとめて、秩父の親父のところに逃げるぞ。

郁斗もなるべく早く荷物をまとめなさい」


お父さんは足早に、動き出す。


「郁斗――とりあえず教科書とかは持って行かなくても良いわ。

漫画や玩具はやめときなさい。必要な物は、他にいくらでもあるからね」


母は次々と仕分けして、思い出深い品も置いていく。


そうして、ありったけの荷物を車に積んだが、とても一台の車に載せきれるものではない。


「お父さんがまた往復するから、とりあえず行こう」


段ボールだらけの玄関は、まるで知らない家のようだった。


ガチャリという音とともに、最後に玄関の鍵を閉める。

俺は二度と戻れないかもしれないと思いつつ、決して口には出さなかった。

口にしたが最後、本当にそうなってしまう気がしたからだ。


車に乗り込む前、この家を出来る限り目に焼き付けていた。


そうして俺たちは、生まれ育った東京を捨てた――。


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