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第1話 「歯車」

もしもの世界を自分なりに想像して書きました。

トントン拍子で強くなったり、ハイテンポに展開はしません。

ゆっくりとした時間軸で、主人公たちは成長していきます。

残酷な人間の言動を不快に思う方がいるかもしれませんが、ご了承下さい。


俺が初めて旧皇居を訪れたのは、十歳の春だった。


学校に行かなくなったのも、それまで住んでいた東京から逃げたのも、同じ年だ。


まだ暴動が起き始める前の事で、旧皇居周辺は静かなものだった。

静か――と言っても、軍の輸送車は低い唸りを上げて行き交い、迷彩服の兵士たちが施設内外の至る所で監視している。

かつて観光地だった面影は、何処にもない。


わずかに騒がしいのは、門外に陣取る異界反対派の小集団だ。

拡声器を握り、誰も聞きやしない演説を繰り返している。

どこにでもある、至って日常の風景である。


俺は両親に連れられ、彼らと眼を合わせないように足早に通り過ぎる。


「ここも、すっかり変わったな」


父が鉄条網の向こうを眺め、ぽつりと呟いた。


「昔はよくこの外周をランニングしたもんだ。春は桜が綺麗でな……。

今じゃ、まるで要塞だ。緑も随分と減った」


その横顔は、どこか時代に取り残された者のそれだった。


だが、それは父だけではない。

多くの大人たちが同じ感覚を抱き、その延長線上にあそこの連中のような異界への拒絶がある。


「仕方ないわよ。ここは異界との国境みたいなもんですもの。

内からも、外からも守らなきゃいけない場所でしょう?」


母は現実的な口調で言う。

しかし視線は、堀の濁った水面に沈んでいた。


泥水の奥に、何を見ていたのか。

幼い俺には、まだ分からなかった。




◇◆◇




日本の心臓、東京都千代田区。

経済中枢のビル群が林立する隣に、皇居はあった。


二十年前に、突如として出現した異界門。


そして、数人の異界人。


俺が生まれるだいぶ前の話だが、その時の世界の騒ぎ様は凄まじかったらしい。

安保理が即座に動き。隔離・検疫・情報統制。未知の知的存在は、まず脅威として扱われた。自衛隊だけでは足りず、各国の軍も展開し、東京は封鎖都市の様相を呈した。

メディアは過熱し、真偽不明の情報が洪水のように溢れ、株価は狂ったように暴落し続けた。


言葉の通じない相手というのは、厄介なものだ。


異界人は徹底的に調べ上げられ、言語学者と科学者が前線に立ち対話が始まった。

彼らに武装は見られず、抵抗する様子もない。

それでも敵意がないと確認されるまで、緊張の糸は解けない。

互いを知りながら、二年もの歳月を経て、ようやく対話は成立する。

友好の意思しかないことを知り、世界は震えた。


なんせ彼らは、情報爆弾だった。


時空を超えて異世界から現れただけで、人類史を塗り替える事件。

それなのに、魔石と呼ばれる未知の物質まで持ち込み、さらに“魔法”を実演して見せた。


――そう魔法。


異界人は魔素から、魔力を作り出し、魔法という術を扱えるという。

こたびの時空間転移すら、その魔法の力だと。


それはすなわち、“エネルギー革命”の宣告だった。


蒸気機関を生んだ石炭よりも。

送電網を張り巡らせた電力よりも。

滅びと鏡合わせの原子力よりも。


魔素――それは、魅惑的で、不可思議で、理論化可能な力。


既存の物理法則は再定義を余儀なくされ、新たな文明との出会いは人類観を揺るがした。

情報が独り歩きし、異界こそ理想郷という幻想が刷り込まれていく。


異界は技術や人材、魔物と戦うための武器を求め、我々は魔素、魔石、精霊という未知を望んだ。

異世界間の貿易は、とにかく関心を集め、莫大な利益を生んだ。


それから二十年。

未だに異界門は、旧皇居に出現した一か所のみ。


日本は地球唯一の異世界港を手にした。

門はただの交通手段ではない。存在自体が最大の希少資源だ。


当然のように国際共同管理圧力がかけられ、他国の支援のもと軍事要塞化が進み。

諜報戦と交易独占を巡る暗闘が激化した。

これ以上ないほどの国家間の火種であると同時に、莫大な恩恵の源泉でもあった。


その衝撃は、日本の象徴すら容易く押し流す。


1868年。かつての江戸城へと天皇が移ってから百五十余年。

歴史的にも権力の中心であり続けた場所に、偶然にも異界の門が開いた。

それは、必然だったのかもしれない。


ともあれ天皇は、赤坂御用地では近すぎると、再び京都御所へ遷ることとなった。


彼らとの出会いが、あんな形で世界崩壊へと繋がるなど。

この時、誰もが予想し得なかった。




◇◆◇



「昔と違って、橋も何本か落とされている。完全封鎖されてる橋もあるからな。

たしか……半蔵門が輸送車専用、坂下門が緊急搬入用。

俺たち、選抜面接は桔梗門からだな」


父は眼鏡の位置を直し、パンフレットの地図に目を落とした。


「桔梗門なら、あれじゃない?」


母が指を差す。


月曜日の昼前。

学校も仕事も休んで来たというのに、すでに人の列が出来上がっていた。


「……みんな、異界へ行く人たち?」


俺は、不安になって父の顔を見上げた。


異界門は常時解放されている訳ではない。

三年に一度。しかも、わずか数分の時間だけ、時空を裂くように現れるという。


人の移動だけでなく、物資輸送も加味したら、選抜枠は針の穴ほどに狭い。


「……そうみたいだな。野次馬も混ざってるかもしれないが、面談を受けるには推薦状が要る。列が進んでいるということは、皆そうなんだろう」


想定以上の人が、異界を求めていることに驚いた。

この世界での生活を捨ててまで、移住したい者など居ないと思っていた。


一度渡れば、最低でも三年は戻れない。


向こうで怪我や病気に遭おうとも、親族に何があろうとも“絶対”だ。

そもそも、こちらの世界で起きた身内話など届きもしない。

優先して行き来させたいものが多すぎて、実際に戻ってきた者の話などほとんど聞かないので、三年経てばという確証もない。


(……もう、二度と戻れないかもしれない)


俺だって本当は異界なんて行きたくなかった。

でも、両親が行くと決めれば、従うしかない。

とくにあの父が、酷く真剣な表情でそう言っていたから、そうせざるを得ない理由があるのだろう。


「大丈夫だ――お父さんは医者だし、お母さんも看護師だ。

医療者は優遇される。俺は数年前に、わざわざ移住の打診が来たくらいだからな!」


わざと明るく振る舞う父だが、焦り様は露骨に強まっていた。

その事実が、俺を余計に不安にさせた。


郁斗いくと。まずは検問所よ。身だしなみを整えて。姿勢もよ。

もう審査は始まってるんだからね。手荷物検査や、身体を隅々まで調べられても我慢するのよ」


母は俺のえりを直しながら、事細かに注意してきた。


「検問所の後は、いよいよ異界への移住の面接がある。練習した通りにやれば大丈夫なはずだ。結構待ちそうだしな。今のうちに異界語の復習をしとこう」


父は付箋だらけの本を出し、俺たちは小声で問題を出し合った。


異界に関する知識を問うテストがある。という噂もあった。

小学校でも、基礎的なアストラディア語が必修科目となっている。

だが、世の中にはもっと詳しい専門書で溢れている。

移住するのであれば、当然ある程度使えなければ、それだけでふるい落とされる可能性があった。


異界との接触から二十年あまり。

「知りません」では、もう通用しないのだ。


列は思いのほか速く進んだ。

どうやら、面接官も複数人で対応しているようだった。

しかし、帰って行く者たちの顔は一様に沈鬱としたものだった。

その重さが、空気を鉛のようにする。否が応でも緊張が高まっていく。


気付けば、本を握る手はびっしょりと汗で濡れていた。


桔梗門前で推薦状の確認。一回目の手荷物検査と身体チェック。

橋を渡り、堀を越え、外周を抜ける。


すべてを覆い隠すような高い防壁内部へと入ると、二回目の念入りな検査。

空港にあるような3Dスキャナーを通っていく。

驚いたことに、内側には第二の防衛線が築かれていた。徹底して厳重である。


やがて、面談室へ通される。


ノックをして入室。礼儀正しくお辞儀し、許可が出るまでは椅子には座らない。

家での練習を思い出す。


室内には二人。初老の男と三十代くらいの男が座っていた。

いずれも椅子に深くもたれ、んだ目をしている。

こちらを一瞥だけすると、書類へとサラリと目を通した。


「神代浩一さん。東大病院の外科医ですか。奥様もそこの看護師と……。

凄いですねぇ、エリートだ」


どこか鼻で笑うような声音で、初老の男がいう。


「はい! 七年程前から移住の打診をいただいておりました。

この度、一家揃って移住の決意をいたしました」


経歴には自信がある。

それでも、少しでも心象良くしようと父は背筋を伸ばした。


「そうですか。せめて、前回の転移までに決断するべきでしたねぇ。

すでに医療者の枠は十分なんですよ。残念ですが、今回は見送りです」


残念と言いながら、初老の面接官はにこやかに告げた。


「そ、そんな……!

今年も病院には、希望者募集の通知が来ましたよ!?」


「ですが、事実として枠は埋まっています。直にその知らせも取り下げられるのでは?」


「そういうことですので、またの機会に」


話は終わりとばかりに、もう一人の面接官が退室を促した。


あれだけ練習と勉強を重ねて来たのに、俺は何一つ言葉を発することもなかった。

理想とかけ離れた現実に、俺はまた父を見上げた。


「――待ってください!

どうか、もう一度ご再考を! 今回を逃す訳には行かないのです!」


父の喉が、かすれた音を立てながら縋りついた。


俺は、いつも冷静な父がこれほどまでに取り乱すのを初めて見た。


「お願いします! どうか、お願いします!」


母も続いて、深々と頭を下げる。

額がすねに触れそうなほど、何度もだ。


俺も慌てて頭を下げた。


「……神代さんねぇ。貴方も医者だから、“何か”を掴んだのかもしれませんが無理なもんは無理ですよ。

三年遅いです。もう世の中の偉い人たちはとっくに動いてる。

馬鹿みたいな大金を積んで、向こうへの献上品を用意して、それでようやく移住が認められてるんですよ」


面接官たちは哀れな者を見るように、冷えた目で告げた。


「分かったら、お帰り下さい」


父と母は、まるで死刑宣告を受けたように青ざめていた。


もはや、選抜ではなく選別のようだった。


その様子を見てである。

俺がようやく、何か恐ろしいことの前触れを感じ取ったのは。


歯車はとうに回り始めていた。

それは次々と噛み合い、破滅へと突き進んでいく。


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