第3話 奇妙なコーヒー豆
「アリサ、俺はちょっとその辺を回ってみるよ。何か思い出せるかもしれないし」
「はいっ、マスター!」アリサはまた元気いっぱいの様子に戻った。
彼女の活力に影響され、微笑んで立ち上がり、「自分」のカフェを本格的に観察し始めた。
第一印象通り、店内は左右に分かれたレイアウトだ。
濃い色の木造が主で、L字型のバーカウンターは長く、入り口の右手の大部分を占めている。
その上には、あの手回し式のコーヒーミルの他に、埃をかぶったカップや器具がいくつか置かれている。
カウンターの後ろは一面の棚になっている。
棚の半分は本で埋め尽くされており、おそらく客がコーヒーを飲む間の暇つぶし用だろう。
もう半分はコーヒー豆を置くためのものらしく、棚には豆の種類が記されているが、今は空っぽだ。
空っぽ!
この時になってやっと、なぜ最初に違和感を覚えたのかを悟った。
ここはカフェなのに、一粒のコーヒー豆も見当たらない。前世でカフェに漂っていた、あの焙煎されたコーヒーの香りもしない。
まさか、前のオーナーが経営に失敗して、店がコーヒー豆すら買えないほど赤字になったのか?
ふと、転生前の健二の言葉を思い出した。「カフェを開く? お前、甘いな」
もし最初にホストではなく、カフェを開いていたら、今のような状況になっていたのだろうか。
テーブルやカウンターが埃だらけなのも無理はない。
コーヒーのないカフェに、誰がコーヒーを飲みに来るというのだ?
「アリサ、コーヒー豆は倉庫に置いてあるのか?」何気なく尋ねる。
ふと、アリサもこのカフェに来て間もないことを思い出した。彼女も知らないはずだ。
ところが、意外な答えが返ってきた。
アリサは不思議そうに言った。「コーヒー豆? マスター、コーヒー豆が必要なら、コーヒー豆を育てればいいって言ってましたよ?」
「コーヒー豆を育てる!?」
どうやら先の推理は完全に正しかったようだ。
こいつは脳内出血で間違いない。
頭がおかしくなったやつじゃなきゃ、そんなこと言わないだろう。
18世紀の原住民――純真なアリサ嬢に、正しい科学知識を普及させなければならない。
「アリサ、コーヒーの木が普通に育つには、種から花が咲いて実がなるまで、最低でも3年はかかるんだ――」
「マスター、前に私に見せてくれましたよ」
「アリサ、馬鹿じゃありませんから。ちゃんと覚えてます、ふふん」アリサは得意げで可愛らしい表情をした。
「見せてくれた!?」自分が転生したことよりも、この事実の方が驚きだと感じた。
「はい! まさかマスター、それも忘れちゃったんですか」
「マスター、早くこっちに来てください」
アリサは俺の手を引き、カウンターの隣にある、奥へと続くドアに向かった。
ドアを開けると、そこには100平米ほどの広さの、柵で囲まれた庭があった。
庭の左側には、細長い畑がいくつか耕されている。
右側には簡単な休憩スペースがあり、丸太の切り株と丸太のテーブルがいくつか置かれている。
ドアに近い軒下には、シャベルや鍬などの農具がたくさん掛けられており……さらに、丸太でできた戸棚もあった。
畑には、高さ1.5メートルほどの緑色の植物がたくさん生えており、緑色の実がたくさんついているのがもう見える。
このような苗木が、およそ30本ほどある。
しかも、どうやら同じ品種ではないようだ。苗木の様子がそれぞれ異なっている。
アリサは一つの畑のそばまで行き、しゃがみ込んで、そこにある十数センチほどの高さの苗を指差して言った。
「マスター! これがアリサがおととい植えたやつです」
そして、隣にある、もうすぐ収穫できそうなコーヒーの木々を指差した。
「これは、マスターが一ヶ月育ったって言ってました」
「一ヶ月でほぼ成熟!」
これは科学的……科学的って、んなわけあるか!
ここは本当に俺の知っている地球なのか?
落ち着け、龍之介。
ただ少し成長が早いだけだ。
もしかしたら、この世界で発見された突然変異種で、人工的に選別され、代々、優れたものが育てられてきたのかもしれない……
交配によって品種改良された稲みたいに。
その考えに沿って、ますますそうに違いないと思うようになった。
だから、やはり科学を信じるべきだ。
俺は先進的な21世紀から来たんだ。神学や魔法、魔術を信じていた18世紀のような遅れた時代の、蒙昧な民とは違う。
たかがコーヒーの木ごときで、俺の常識を覆そうなんて、まだまだ甘いぜ!
「マスター、コーヒー豆の種は、軒下の戸棚に入ってますよ」
そちらへ歩いて行き、戸棚を開けた。独特の混ざり合った香りが鼻をついた。
中にはやはり十数個の袋が入っていた。
袋はぷっくりと膨らんでおり、中には丸々としたコーヒー豆が入っているのがわかる。
それぞれの袋の中の豆は、形や模様が異なっている。
青い縞模様が入っているもの、赤い縞模様のもの、中にはソラマメほどもある大きなものまで……
というか、これ、本当にコーヒー豆なのか?
知る限り、色が鮮やかで多彩なキノコほど、毒を持つ可能性が高い。
これらは、それに似た有毒な豆なのではないだろうか。
これには苦笑するしかない。
まあ、以前に使っていたのなら、問題ないはずだ。
コーヒーの木の生育状況を見る限り、コーヒー豆はあと数日で熟すだろう。
今のところ、再開にあたってコーヒー豆がないという心配はなさそうだ。
そうだ、再開するつもりだ。
今のところ、家賃を払う他の方法を思いつかないし、それに、カフェを開くことはまさに前世で追い求めていたことでもある。
♬♬♬
裏庭の確認を終え、階段を上って二階へ行く。
アリサはホールの掃除を続けている。
ちなみに、階段はカフェから裏庭へ続く通路の左側にある。
バーカウンターとキッチンが、二階へ上がる階段を挟む形になっている。
建物全体は二階建てで、一階がカフェ、二階が居住スペースになっている。
主寝室が一つ、客室が三つ。
主寝室と隣のアリサの寝室の窓は通りに面しており、残りの二部屋は裏庭に面している。
四つの部屋は対称的な構造で、真ん中に廊下が通り、廊下の突き当りには共同の浴室がある。
浴室の鏡の前で、包帯を解いた。やはり傷口はない。
ということは、俺が元々の龍之介と入れ替わった、ということなのか?
まあ、今は考えても仕方ない。証拠が少なすぎる。
それにしても、建物全体を見るとかなり大きい。倒産寸前のカフェが、こんなに大きな建物を借りられるとは、ちょっと考えにくい。
もしかして、このカフェもかつては繁盛していたのだろうか?
自分の寝室は非常にシンプルで、ベッドが一つ、クローゼットが一つ。
それだけだ。
前世の部屋と比べると、まさに天国と地獄だ。
化粧品もない、ブランド物の服もない、超大型テレビもない、PS5もない。
エンターテイメント産業が豊かだった前世と比べると、ここの生活はまるで苦行僧のようだ。
幸い、電子機器依存症はない。
余暇の時間も、大半は読書に費やしていた。
読書というのは決して嘘ではない。No.1になれた理由の一部は、多くの心理学の著作を読んできたからだ。
年季の入った、支え棒式の窓を開ける。
18世紀ヨーロッパ特有の建築様式が目に飛び込んできた。
密集して並ぶ、黒灰色の尖った屋根の石造りの家々。
路面には粗い石畳が敷かれ、わずかに湿っている。
遠くには、乳白色の鐘楼が見える。
もう夕方だ。
通りの光はますます薄暗くなり、急ぎ足の通行人がコートを羽織り、石畳の上で軽快な足音を響かせている。
中には、籠を提げて家路を急ぐ農婦もいる。
本当に急いでいる。彼女の顔には明らかに恐怖の色が見て取れる。
もしかして、この辺りは治安が悪いのか?
まさか、「切り裂きジャック」みたいな連続殺人鬼がいるんじゃないだろうな?
切り裂きジャック、というのは完全に当てずっぽうだ。
ジャックさんは19世紀の人物だ、勝手に登場させないでくれ。
まあ、それでも、あのおっとりしたメイドのアリサには、夜はむやみに出歩かないように注意しておかないと。
アリサの寝室のドアには、「アリサの部屋」と書かれた札が掛かっている。
他の二部屋は空室だ。
♬♬♬
カフェに戻ると、アリサの姿が見えなくなっていた。
まさか、外出したのか?
脳裏に、切り裂きジャックに殺害された女性の無残な姿が浮かんだ。
緊張して呼びかける。
「アリサ!?」
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