第2話 『悩みなし喫茶』とドジっ娘メイド
再び目を覚ました時、自分がカウンターの中に座っていることに気づいた。
木製のバーカウンターからは、ほのかな木の香りが漂う。少し使い古されたカウンターに肘をつくと、歳月が刻んだ跡を感じ取れた。
視線を周囲に向けると、薄暗い光、古風な木製のテーブルと椅子、隅にはいくつかの木箱が積み重ねられている。
右手には手回し式のコーヒーミルが置かれていた。
真鍮色の、レトロなデザインのミルが、光を反射して俺の顔を映し出す。
元のままの顔だ。
無意識に自分の頬をつねってみる。痛みがリアルに伝わってきた。
「…いっつ――」
あらゆる兆候が、ここが普通のカフェであることを示している。
だが、心の中には言いようのない違和感があった。何かが足りないような気がする。
「マスター! 目が覚めましたか!?」
元気いっぱいで、少しそそっかしい声が突然響いた。
考え事をしていたところに声をかけられ、驚いてそちらを見た。
まだ誰かいたのか?
カウンターの外に、黒と白のクラシックなメイド服を着たピンク髪の少女が、モップを持って立っていた。
頬にはまだ埃がたくさんついている。
こちらを見ていることに気づくと、少女はにぱっと、少し間の抜けた笑顔を見せた。
少女は俺が目を覚ましたのを見て、慌てて近づこうとしたが、足元に汚水バケツがあるのを忘れていた。
「きゃっ!」
短く可愛らしい悲鳴と共に、彼女の足は正確に木桶の縁に引っかかった。
バランスを崩し、前のめりにカウンターに向かって倒れ込む!
そのつるりとした額が、硬いカウンターの角と激突寸前だ!
「危ない!」
ほとんど本能的に、目を見開き、思考よりも早く体が動いた。ぐっと身を乗り出す。
電光石火の速さで両腕を伸ばし、前のめりに倒れ込む彼女の体をしっかりと支えた。
少女はまだ状況が飲み込めていないようで、前のめりの姿勢のままだ。
碧眼をぱちぱちと瞬かせ、それから自分が助けられたことに遅れて気づいた。
顔を上げると、すぐ目の前にある俺の顔と視線が合った。
「ふふ、危なかったですぅ」彼女はぺろりと舌を出した。
「マスターのおかげです。アリサ、まだこのお仕事に慣れてなくって」
口元をひくつかせ、黙って手を離す。
改めて周囲を見渡す。このカフェの内装は、知っている現代のカフェとは全く違う。
どちらかというと、普通の18世紀ヨーロッパの田舎町の小さな店といった感じだ!
重厚な木製のドアは固く閉ざされ、窓は曇りガラスで、外のぼんやりとした光の影しか見えない。
店内はがらんとして、いくつかの木製テーブルと椅子があるだけ。
誰も座っていない席が、このカフェの経営不振を物語っている。
いや、テーブルの上は埃だらけだ。これは不振どころじゃない、完全に……廃墟状態じゃないか?
「一体どういう状況なんだよ!?」 心の中で叫ばずにはいられなかった。
♬♬♬
マスター?
二日酔いのような頭痛、目の前の自称「アリサ」というドジなメイド、そしてこの見慣れない環境……
自分の脳が少し過負荷を起こしているのを感じた。
まさか、大型トラックに撥ね飛ばされて、そのまま時空を超えて18世紀にタイムスリップした、なんてことはないよな?
心の中の無数の疑問と、大声でツッコミを入れたい衝動を抑えつける。
ズキズキと痛むこめかみを揉む。そこには邪魔な包帯が数周巻かれていた。
穏やかな口調で尋ねる。
「あの……アリサ、だよね? ここがどこなのか、教えてくれるかな? それと、俺の頭のこれはどうしたんだ?」
自分の頭の包帯を指差した。
アリサはこてんと首を傾げ、人差し指を顎に当てて、真剣に考える表情を見せた。
そして、真相を突き止めたかのような顔になる――「もしかして、マスター、頭、打って悪くなっちゃったんですか?」
彼女はすぐに心配と自責の念に駆られた表情になった。
「大変です! 私たち、お医者さんにかかるお金なんてありませんよ!」
「朝も、もう家賃の催促が来ちゃいました……」
「どうしましょう! 全部アリサのせいです。アリサを助けなければ、マスターの頭も悪くならなかったのに……どうしよう……」
最後にはもう、まともに話せなくなっていた。
俺は慌てなかったが、逆にアリサの方がパニックになっている。
この天然メイドの、俺の頭への「心配」の言葉は無視して、
両手でアリサの両腕を少し強く掴み、無理やり自分の方を向かせた。
「アリサ。落ち着いて。俺は今、大丈夫だ。ただ、いくつか忘れてることがあるだけなんだ」
「ゆっくり話そう、いいかな?」
アリサの混乱した感情は、俺の確固たる眼差しによってすぐに落ち着いた。
「はい、マスター」
「問題を一つずつ解決しよう。もし知っているなら、教えてほしい」
手を離し、アリサと隣の椅子に座る。
「まず、俺の身分は何だ?」
「マスターは、この『悩みなし喫茶』のオーナーです」
頷く。「第二に、アリサ。俺たちはどうやって知り合ったんだ?」
「五日前、私がチンピラに絡まれていたのを、マスターが通りかかって助けてくれて、それで匿ってくれたんです」彼女はそこまで言うと、少し目を潤ませた。
大体察しがついた。「じゃあ、俺の怪我はそのチンピラにやられたのか?」
「そうです。マスター、不意打ちで頭を殴られて、そのまま地面に倒れて……チンピラたちは人殺しで捕まるのを恐れて、みんな逃げて……ううう、全部アリサが役に立たないから……」
「泣くなよアリサ。俺はこうしてピンピンしてるじゃないか」アリサの頭を撫でて慰める。
「それで、どうやって戻ってきたんだ? アリサは道を知らなかったんだろ?」
アリサは流れ落ちた涙を拭い、それでも頷いて答えた。
「隣のお店のメアリーさんです。メアリーさんが市場に買い物に行く途中でそこを通りかかって、私と一緒にマスターをここまで運んでくれたんです」
「私たちがいた場所は、ここからすぐ近くだったんです。メアリーさんが来てくれて本当に良かった。そうでなかったら、アリサどうしたらいいか分からなかったです」
それを聞いて、思わず顔を覆った。
この英雄が美女を救う展開、あまりにもベタすぎやしないか!
さて、今の状況を整理してみるか。
まず明確なのは、俺はアリサが自己紹介するまで、彼女のことを見たこともなければ、知るはずもなかったということだ。
だが、アリサは俺を知っていて、しかも『マスター』と呼ぶ!
つまり、アリサは俺と瓜二つの誰かを知っていて、かなり親しい間柄だからこそ、『マスター』と呼んでいるわけだ。
ということは、結論はこうだ。龍之介は二人いる。
アリサの説明から推測するに、この世界の元々の龍之介は頭を殴られた。
その時は傷を軽視したが、実際には脳内出血を起こしていて、最後に死んでしまった。
もちろん、内傷があることを知っていたが、治療費がなかったのかもしれない。
となると、今直面している状況は――18世紀と21世紀、両方に龍之介がいて、18世紀の龍之介が脳内出血で死に、21世紀の俺が彼と入れ替わった、ということか。
以上が、江戸川★龍之介の推理した真相だ。
そう推測する根拠の一つは、二日酔いのような頭痛以外に、他の痛みを感じないことだ。
包帯を外せば、おそらく傷口などないだろう。
誰もいない時に、自分で傷を確認してみるつもりだ。
まさか自分が異世界から来たなんて他人に言えるわけがない。そんなことをすれば、本当に頭がおかしくなった、狂ってしまったと思われるだけだ。
とにかく、まずは目の前の状況を受け入れよう。まだいくつか疑問点は残るが。
しかし、目の前にはもっと差し迫った問題がある――家賃を払わなければ、俺とアリサは路上生活だ。
前世では歌舞伎町のNo.1として、経済的なプレッシャーを感じることは久しくなかった。
物思いにふける。
それと、時間を見つけて、このメアリーさんにお礼に伺わなければならない。
「最後の質問だ、アリサ。家賃の支払期限はいつだ?」
「今月末です、マスター」
「今日は5月6日……」
「……はつか……にじゅういち……にじゅうに……」
アリサは頭の良くないマスターのためにより正確な情報を伝えようと、俯いて、真剣に指折り計算をしている。
計算結果が出た。アリサはまた輝くような笑顔を見せ、大きな声で答えた。
「あと22日後です、マスター!」
少し「褒めて褒めて」という表情も浮かべている。
アリサのこの様子を見て、口元を引きつらせ、泣くべきか笑うべきか分からなかった。
最後にはやはり微笑みと励ましの表情に変える。「ありがとう、アリサ。分かったよ」
こういう細かなところから、やはり時代が変わったという感覚を覚える。
店内の古いコーヒーミルやオイルランプといった旧時代の設備だけでなく、
この時代の世界は、基礎教育すら完全に普及していない。
やはり俺の認識していた、あの遅れた18世紀なのだ。
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