第1話 ホストとトラックの語られざる物語
深夜十二時の歌舞伎町。ネオンの五色の光が、濡れたアスファルトの路面を煌びやかに照らしている。
数人の酔っ払ったサラリーマンが肩を組み、とっくに音程のずれた歌を大声で歌いながら、千鳥足で歩いている。
喧騒は潮が引くように遠のき、空気中にはほのかな酒の匂いと、一抹の倦怠感だけが残されていた。
居酒屋の隅のボックス席。しかし、そこの雰囲気は依然として「熱」を帯びていた。
「……くそっ! 龍之介! お前の人生、完全にイージーモードだろ!」
田中健二。高校以来、唯一の親友だ。
今は酔っ払って、テーブルに横になっている。
頭は左腕に乗り、もう片方の手に持ったビールジョッキをテーブルに強く叩きつけた。
唾が、俺のウイスキーハイボールのグラスに飛び込みそうになる。
「毎日雑誌モデルみたいに着飾って、うっとりした目つきの女どもに甘い言葉を囁いてさ」
「ゲプッ……数日で俺の半年の給料稼ぐんだろ? ゲプッ~、くそったれ……」
ああ、また始まった。
健二の「月例」の愚痴。酔いが回ると必ず始まるお決まりの演目である。
俺、龍之介。二十五歳の金髪イケメン。職業は……
うーん、まあ「感情的コミュニケーションの専門家」とでも言っておこうか。名刺には「首席コンサルタント」と印刷されているけれど。
だが、歌舞伎町というこの華やかな場所では、皆、俺のことをこう呼ぶ方が慣れている――No.1ホスト、と。
仕方なく慰める。
「まあ、健二、落ち着けって」
はぁ、大抵の人はこんな感じだ。
客の中にもサラリーマンはいるし、当然、上司への不満を聞くこともある。
できるのはアドバイスくらいで、彼らの状況を変える力はない。
「お前の仕事が大変なのは、ずっと分かってるよ」
健二は明らかに飲みすぎている。テーブルのジョッキを掴むと、また一気に呷り、その目はさらに憤りを増した。
「『お前の企画書なんざクソだ』――そんな言葉を面と向かって叩きつけられる気持ち、お前に分かるもんか!」
「昨日なんて、あのハゲ部長が報告書一つで、何度も書き直させやがって」
「五回も書いたんだぞ! 最後になってやっと『この豚野郎、ここの読点が間違ってるのが分からんのか?』だとよ!」
「あの野郎、完全に人いじめて楽しんでやがる」
「***野郎!」
「マジで、もう辞めてやろうかと思ったぜ!」
「そりゃひどいな」
「そいつはヤバいやつだな」
「健二、やっぱり転職考えた方がいいんじゃないか?」
少し酔いが回ってきた。日頃のストレスを吐き出し始める。
「正直、俺の方だって楽じゃないんだぜ」
「お前は俺が客と喋って酒飲んでるだけに見えるだろうけど、実際は三百人以上の客の好み、家庭環境、恋愛事情を覚えてなきゃならない」
「あいつらのペットの名前や、去勢手術の日付までな」
「会話の一つ一つ、言葉遣いには細心の注意を払ってる。彼女たちが理解され、大切にされてるって感じてもらえるように、でも、余計な誤解や依存を生ませないように」
だが、客を差別したり見下したりはしない。結局、お互いに必要とし、必要とされる関係なんだ。
客は感情的な価値を求め、俺はその価値を提供する
「ナンバーワンになるってのは、運だけじゃなれないんだよ」
少し真面目に言ったが、こいつが全く聞いていないことに気づく。
テーブルに突っ伏し、グラスの中の氷を横目で見つめた。
「最近、ある女性客の旦那が店に乗り込んできてさ。奥さんが給料を全部俺に貢いでるって……」
「はぁ……どうしろってんだよ……仕事辞めるわけにもいかないし……それで問題が解決するわけでもない。彼女はまた別のホストを探すだけだ……」
健二はどの部分を聞いていたのか、笑い出した。
「はは…お前も大変だな……」
「だからさ、もう少し頑張って働いて、もっと金を貯めるつもりだ。そしたら環境を変えて、何か別のことをする」
「別のこと? 何をしたいんだ?」健二が何気なく尋ねる。
「まだ決めてないよ」笑って答える。
「実は、元々の夢は心理カウンセラー――」
「ブッ――」隣から笑いをこらえる音が聞こえた。
眉をひくつかせながらも、続ける。
「元々は心――」
「プッ――」
「お前、絶対笑いたいだけだろ! わざと言わせただろ!」
「ははははは……し、心理カウンセラーとか、お前のキャラに合わなすぎだろ!」
「ナンバーワンホストがオフィスに座ってる姿を想像するだけで笑えるぜ」
「『お客様、ご予約の25番、ホストカウンセラーの龍之介です。』ははははは……」健二が下手くそなモノマネをする。
「この野郎!」
健二の首に腕を回し、笑いを止めさせた。
「ゲホッ、降参、降参だって……」
じゃれ合って疲れて、またテーブルに突っ伏す。
「もしかしたら、その後はカフェでも開くかもな。静かにコーヒーを淹れて、本を読んでさ。それも悪くないだろ?」
冗談めかして言った。
「その時は、健二、お前がバイトに来いよ」
健二は一瞬きょとんとして、すぐに笑い出した。
「お前、甘いな。でも、悪くない響きだ」
♬♬♬
飲み会の終わり。
立ち上がって言う。
「今日はそろそろ帰ろうぜ。じゃないとお前の奥さんからまた電話がかかってくる」
健二を道端まで支え、タクシーを拾ってやった。
街路に立ち、冷たい風に吹かれて頭を冷まそうとする。
今日の月は、なんだか特別明るい気がした。
通りはさっきよりもさらにがらんとしていて、ぽつぽつと走るタクシーが、孤独な甲虫のように空車の表示灯を点けてゆっくりと滑っていく。
コートの襟を締め、両手をポケットに突っ込んで、当てもなく歩いていた。
その時だった――
角から、ライトも点けずに一台のトラックが突然、こちらに向かって突っ込んできた。
全く反応する暇もなかった。
月明かりに照らされて、その制御を失った大型トラックの運転席にいる、ぼやけた運転手の顔に、どこか……狂気じみた笑みが浮かんでいるのが見えた。
「こいつ、あの女性客の旦那じゃ……」
「……ふざけんなよ……!」
ドンッ――!
♬♬♬
「マスター! 目が覚めましたか!?」
……続く
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