人を食う妖怪
「この先にある廃寺に、人を食う妖怪が住み着いちまったんですよ」
茶店で一人で茶を楽しんでいる浪人の耳に、そのような言葉が届いた。
浪人が声のした方へと振り返る。
茶店の主人は空いた皿を片付けると団子をもう一皿差し出してきた。
浪人はその皿を受け取り、主人に話の続きを促す。
「二、三日ほど前のことでしたかね。村の若い連中の何人かが逢引に廃寺を使いましてね。そしたら誰もいないはずの寺から人を食おか、人を食おか、って言う声が聞こえたらしいんです。連中、泡を食って逃げ出しました。村の連中はみんな腰を抜かしちまって、困ってるんです」
ちらちらと浪人の持つ刀に目を向けながら、主人はそう言った。退治して欲しいということなら引き受けよう、という浪人の言葉に主人は飛び上がらんばかりに喜んだ。
浪人は報酬としていくらかの金を要求すると、団子と茶を胃の中に流し込んで、廃寺へと向かった。
翌日になり、浪人は再び茶屋へと姿を現すと、妖怪は退治したと告げる。茶屋の主人が念のためにと廃寺へ人をやると、たしかにあの不気味な声は聞こえなくなっていた。
感謝をした主人は約束した以上の金を浪人に払おうとするも、浪人は最初に言った金額だけで良いと答えてそれ以上受け取ろうとしなかった。
きっと名のある人に違いない、名乗りもせずに立ち去る浪人の後姿を見ながら、主人はそんなことを考えていた。
茶屋から離れてしばらくしてから、浪人はくつくつと楽しそうに笑った。自分の考えたことがこんなに上手くいくとは思っていなかったのだ。
何日か前に廃寺に忍び込んだ浪人は、誰かが近付くたびに人を食おか、と叫んだのだ。その声を聞いて村人たちは妖怪だと勘違いをし、恐れた。
浪人は、なんの苦労もすることなく妖怪退治の報酬を得ることが出来たのだった。
まさに人を食ったような考えに違いなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます
よろしければ評価などをよろしくお願いします