虹色のクジラ(ショートショート)
お久しぶりです。
ものの1〜2分で読めるので、ぜひ。
日曜日。
世の中の模範的な父親は、子供を連れてファミレスに行ったり、ショッピングモールを巡ったりするのだろう。
しかし私は、平日の五連勤の疲労が溜まりに溜まって、自室のベッドから動けずにいた。
「おとーさん! おとーさん!」
息子の甲高い声が、私の鼓膜に突き刺さった。
「煩わしい」と一瞬でも考えてしまった自分の思考に嫌気がさす。
「外にきて! 『にじいろのクジラ』だよ!」
玄関前だろうか、息子が大声で私を急かしてくる。
「……虹色の、クジラ?」
息子の言葉の意味がわからなかった。
子供の言うことだろうと、私は寝返りをうって布団を被りなおそうとする。
「ねぇ、はやく!」
段々声のトーンが上がっていく息子の声。
これ以上、父親として無視するわけにはいかない。
それに、こうも玄関前で叫び続けられては近所迷惑にもなりかねない。
「わかった、わかった。行くよ」
私は鉛のように重い体を無理やり起こし、ベッドから降りた。
靴をきちんと履く気力もなく、踵を踏んだまま家の外へ。
雨が上がったばかりで、ムワッとした空気が肌にまとわりつく。アスファルトには水たまりが残っていて、青い空模様を映していた。
「で、何だって?」
玄関を出たところに、息子がいた。
空を一直線に見上げながら、私を手招きする。
「ほら、あそこ! にじいろのクジラ!」
息子はキラキラした目で、空を指さす。
私は促されるままに空を見上げた。
「……なるほど、確かにクジラだな」
息子の指さす先には、低く垂れ込めた雨雲が残っていた。
その雨雲の上を覆うように、くっきりとした七色の虹がアーチ状にかかっている。
虹の内側には、ちょんと残った豆粒ほどの白い雲。
それがちょうど目のように見えなくもない。
そして偶然にも、空を縦に割るように伸びている飛行機雲が、クジラの潮吹きを描いているようだった。
「ね、すごいでしょ!」
息子はキラキラした目で私の反応を待っていた。
対して、疲れが溜まりすぎていて驚く余裕もない私は、一瞬言葉に詰まる。
「……すごい、な」
余計な思考をかき分けて絞り出した一言。
湿気った空気が、さらに重くのしかかったような錯覚を覚えた。
肺から漏れでそうな溜め息を必死に飲み込む。
余計なことを口走る前にと、そのまま踵を返して部屋に戻ろうとした、その時。
「……お父さん、元気出た?」
息子が、さっきまでとは打って変わって、控えめな声色で私に尋ねてくる。
心臓が一つ、大きく跳ねた。
息子は、ただ新しい発見を自慢したいがために私を呼んだのではなかった。
疲労を隠せないでいる私を元気づけるために、日曜の日中から空を見上げて、わざわざ虹色のクジラを見つけてくれたのだ。
子どもが親を気づかっているというのに、当の私はと言えば……何て情けない。
「……ああ、出たよ。ありがとう」
「よかった!」
息子の笑顔がお日様のように暖かい。
いままで体にのしかかっていた重みが嘘のように、ふわりと軽くなった気がした。
「……ファミレスにでも行くか?」
「ほんと? いいの?」
「なんだか、ハンバーグが食べたくなったんだ」
私は、踏んでいた靴の踵を履き直した。
前回の投稿からだいぶ空きましたね。すみません。
仕事と両立できそうな生活習慣が身についたので、ちょくちょく短編小説やショートショートを投稿していこうと思います。