7紫国の者たち
「私は帝都に行くぞ」
陽からの文を握りつぶし、黎光は唸った。
「陛下」
諦めがちに、けれども志立は諌めようと王の近くへ歩み寄る。
「止めようとしても無駄だぞ。凛が殺されるかもしれないのだ。ここで指を咥えて待っていることなどできるわけがない」
「殺される?何があったのです」
「凛に春殿の妃毒殺の疑いがかかっているのだ」
「皇帝陛下に文を出しましょう。正式に帝都に参るのです。その文に、翠と陽のことも書き、おかしなことをさせないように圧力をかけましょう。平和な世、我ら紫国が牙を剥くのは皇帝陛下も望まないでしょう」
「……そうだな」
ぎりっと歯軋りをし、黎光は己の中の炎を抑える。
(無闇に飛び込んでも何の解決もない。翠と陽を信じるのだ。あの二人が自由に動ける環境を与え、私は準備を整えて帝都へ行く)
目を閉じ、冷静さを取り戻そうとする。
「志立。助言を感謝する。そのように取り計らえ。私が紫国を離れる準備も整えるぞ」
「はっつ。仰せのままに」
黎光が跡目相続で揉めた紫国をまとめ上げた功績には、志立の支えが大きかった。当時の王やその王子たちから疎まれていた志立に協力を仰ぎ、短時間で内乱を抑えた。その上、税の縮小など、国民の負担を減らし、商人の活動にも以前より自由を与えている。
紫国の経済は前王の時代よりかなり上向きで、黎光に対する国民の人気も高まっている。彼は志立に深く感謝していた。たとえ彼が凛のことを疎んでいたとしても。
☆
凛に春殿の妃・涼葉毒殺未遂の疑いはかかったままであり、彼女は部屋で謹慎処分となった。これはまだ嫌疑の段階であり、確定されれば死罪になるだろう。
謹慎の沙汰が下り、凛は大人しく部屋で書物を読んだりしている。彼女専属の侍女荀は動揺し、陽と翠の役に立ちそうもなかった。むしろ、凛に小言を言ったりと害にしかならない存在と化していた。しかし、紫国から学ぶ為に来ている設定の二人は、現時点で荀に逆らうことができない。なので、彼女の気を凛から逸らさせたりするのが精一杯であった。
二人の最優先の使命は凛の容疑を晴らすことだ。そのため帝国に潜伏させている影たちに連絡を取り、情報を必死に集めていた。陽は春殿の女官・蘭に接近し、色仕掛けに近いことをしつつ、春殿の周辺の事情を聞き出していた。
「もう二日目か」
「まだ何か確証は掴めないの?」
陽は周りに誰もいないことを言いことに、口調を本来のものに戻してぼやく。それに対して焦った様子で噛み付いたのが翠だ。
「あの薬師を捕まえて自白させるのが一番だと思うんだけど、それをやるとおしまい。消されるかもしれない」
身柄を確保して、拷問なり口を割らせる方法もあったが、紫国がこの件で表沙汰に動いていることを悟られてはいけない。また動けば薬師を消される可能性もある。現時点でもいつ口封じされてもおかしくない存在だった。
春殿の妃を担当している薬師は、春殿にずっと詰めていた。
翠は彼女が毒薬を入手、前冬殿の妃を毒殺、今回同じ毒薬を少量春殿の妃・涼葉に盛ったと考えていた。もちろん解毒剤はすでに涼葉に処方しているので、伏せっているというのは演技。
春殿の女官・蘭からそれとなく涼葉の様子を聞き出そうとしているのだが、なかなか苦戦していた。
薬師の足取りを追って、毒薬を渡したと考えられる人物を導きだしたが、今だにその身柄は確保できていない。
明日の日没までに、真犯人を見つけることができなければ、凛の罪は確定する。
「この際、私が犯人と名乗り出せば」
「翠。馬鹿なことは言わないで。そうなれば凛様の身は助かるかもしれないけど、紫国に罪が及ぶ。それはあまりにも浅はかな案だ」
「ごめんなさい」
「全力を尽くそう。黎光のためにも」
「ええ」
二人はお互いを励ますように抱きしめ合う。
「翠。この際は手段は構っていられない。後で何か知っても怒らないでね」
「……努力するわ」
「努力か。参ったな」
陽は眉を寄せて困ったように笑う。
「冗談よ。何があっても怒らないわ。全力を尽くして」
「うん」
恋人の翠から許可をもらい、陽は安堵の表情を浮かべる。そして再度ぎゅっと強く抱きしめると、彼女から離れた。
「さあ、頑張ってくる」
「うん」
ざわざわと心が騒いだが翠はそれを抑え、恋人を見送った。