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皇帝の寵姫と紫国の王  作者: ありま氷炎
その愛はちょっと重たいかもしれない。(帝国編)
7/23

6疑惑

 角家の主人に返信を出した翌日に、その事件が起きた。

 凛が昼餉を終わらせ、部屋で寛いでいると幾つもの足音が冬殿に鳴り響く。


「美凛様。ご同行をお願いできますか?」


 宦官たちは前触れもなく、扉を開けそう言い放った。


「無礼な。冬殿の主をなんと考えているのですか?」

「皇帝陛下の命により、美凛様をお迎えに上がりました。ご同行願います」

「こ、皇帝陛下の命ですと?」


 宦官たちの顔は冷たいもので、それがしゅんを落ち着かなくさせているようだった。

 凛は内心動揺しながらも、落ち着いた様子で構えている。


「わかったわ。参りましょう。けれども皇帝陛下の御前に上がるのです。衣装を召し替えをする時間を与えてくれるかしら?」

「申し訳ありませんが、早急に来ていただけますか?」

「な、なんですと」


 しゅんは顔から血の気が引いており、体も幾分か震えている。


「仕方ないわね。陽に翠、長衣を選んでもらえるかしら」


 今のしゅんは頼りにならないので、凛は二人を呼ぶ。


「私が選びます。陽はしゅん様についていただいたほうが」

「そうね。翠、お願いするわ」


 動揺するしゅんを陽に任せ、凛は翠が選んだ長衣を纏う。


「このような長衣あったかしら?」

「ありましたよ。美しい水色ですね」

「そうね」


 公明の瞳の色によく似た色の長衣で、凛は少しだけ嬉しくなる。


(何かが起きたから私を呼ぶのね。どこかの妃がまたおかしな企みをしたのかしら。それもいいわ。旦那様に怯えて暮らすのはもう十分よ)


 諦めの境地で、凛は宦官の後について、冬殿を後にした。

 凛に同行するのは、翠だけだ。

 しゅんは動揺が激しく、陽に預けるようにして冬殿に置いてきた。

 回廊を足早に歩く宦官の後ろを、彼女は遅れない様に着いていく。

 すれ違う女官達は道を譲り、首を垂れるが、その直前意味ありげな笑みを浮かべる者が数人いた。

 凛は自身が後宮内で成り上がり者と蔑まれているのを知っている。女官への態度も舐められないように横柄だったため、嫌われていることも知っている。

 なので女官達の視線に納得しながら、宦官の背中に目を向けた。


(本当に、もう十分だわ。十分)


 後宮に入って僅か一年と少し、けれども凛の心は疲弊していた。そもそも、角家の養女になったあの日から、彼女の心は削られ始めたのだ。

 怯えることもなく、彼女は真っ直ぐと前を向き、足を進めた。


「皇帝陛下。冬殿の美凛様を連れてまいりました」

「ご苦労。下がってよいぞ」


 皇帝黒龍が執務を行う書殿に到着し、宦官が扉の奥へ伺いを立てる。直ぐに黒龍から返答があり、扉が開かれた。

 宦官は皇帝に首を垂れると、書殿から退室する。

 部屋に残されたのは、黒龍その人、彼の護衛を務める武人の宦官二人。凛と翠だけになった。


(皇帝陛下だけ?四妃の誰かが待ち構えていると思ったのだけど)


 妃たちの煩わしいさえずりを聞くのも面倒だったので、これは幸いと凛は平伏して、皇帝から声を掛けられるのを待った。


「美凛。涼葉りょうようが毒入りの菓子を食べて倒れた。なんでもそちから送られた菓子だったとか」


 皇帝黒龍は、その黒い眼に感情を乗せることなく、淡々と凛に状況を伝える。

 涼葉りょうようとは四妃の一人、春殿の主で、凛を目の敵にしている。同期で時折嫌味を言う蘭はその涼葉りょうようの女官だ。

 

(そういうことね)


 凛は驚かなかった。

 後宮ではよくあることだったからだ。 

 毒入りのお茶、お菓子。凛の先代の春殿の主、花梨は病死扱いになっているが、凛は毒殺だと疑っている。

 しゅんを連れてくるべきだったかと一瞬彼女は考えた。

 けれども、鞭をもった角家の主人の姿を思い起こし、覚悟を決めた。


(もういいわ。妃への毒殺未遂は、死罪。もうこんな人生は終わらせたい。旦那様に怯えて、娼妓のように媚をうる生活。張りたくもない虚勢をはり、傲慢に振る舞う日々。もう十分)


 顔を上げる許可はもらっていない。

 しかし、凛は心を決めた。

 そうして顔を上げて答えようとしたのだが、それより早く後方から声が上がった。


「僭越ながら、皇帝陛下に申し上げたいことがあります」


 それは凛の後ろに控えていたはずの翠だった。

 皇帝の護衛たちが女官如きが声を上げたことに不満を表す。

 その憤怒の表情に対して、皇帝は唇の端を持ち上げ、楽しげに微笑んだ。


「ほう、そちは紫国からの女官だな。この我の許可なしに声を上げるとは度胸がある。それとも単に礼儀を知らないだけか」

「大変申し訳ありません。皇帝陛下。翠はまだ帝国の礼儀を十分に弁えておらず、私の不徳とするところ。お許しを」


 紫国の女官はこの件は関係ない。

 凛は自分が罪を認めて、この件を終わらせようとしていた。だからこそ口を挟んだ翠に驚きしかなかった。けれども彼女たちと過ごしたこの数週間はとても楽しく、凛は二人を好きになっていた。


(巻き込むわけにはいかない)

 

 そうして申し開きをしたのだが、凛が声を上げたことに、皇帝黒龍は意外そうな反応を示した。


「美凛は随分、紫国の女官たちを気に入ってるようだな」

「そのようなことは」

「大方、夢の相手に類似した容姿に絆されたか」

「な、何をおっしゃって」

「隠さずともよい。美凛。さて、そちの名をなんと言う。言い分を聞いてやろう」


 皇帝は動揺する凛にきっぱりそう言い、平伏したままの翠に目を向ける。


(やはり、私はあの時寝ぼけておかしなことを言っていたのね。だから皇帝陛下は。けれども、その姿まではわからないはず。どうして、そんなことを言うのかしら)


 凛は皇帝黒龍の言葉の意味を考え始め、深い思考に陥りそうになった。

 けれども、黒龍が翠に詰問を始めたことで、再び現実に戻された。


「さあ、顔を見せてみろ。紫国の女官よ」


 凛は口を挟むこともできず、二人のやり取りを眺める。それは護衛たちも同様らしく、翠の反応を待つ。

 彼女はゆっくりを顔を上げると、皇帝を見据えた。


「皇帝陛下。私は、凛様の女官、すいでございます」

「翠とな。気が強そうな女だ。面白い。さあ、そちの主人を守るため、我に最もらしいことを言ってみろ」

「発言の機会を与えていただき感謝しております。皇帝陛下」


 感謝の気持ちなど一切籠もっていない声でそう言い、翠は話し始めた。


「凛様が春殿の主様に贈り物を贈ったことなど、一度もありません。なんでもいただいたことはあるようですが」


 そこで言葉を一旦止め、翠は口元歪め冷笑を浮かべた。


(翠。そんな顔もできるのね。けれども不敬に当たる)


 凛は心配して皇帝の反応を窺うが、彼は意に介さず頷く。


「だろうな。だが、涼葉りょうようの女官は美凛から菓子を受け取ったと主張している」

「女官?」

「そうだ。涼葉りょうよう本人は意識不明だからな」

「薬師はついていらっしゃるのですか?」

「無論だ」

「その薬師は、先代の冬殿の花梨様のことも診ていらした方でしょうか?」

「なぜ、わかる。まさか」

「そういうことでしたの」


 不意に落ち着いた女性の声がして、皇帝の背後から龍が刺繍された長衣を纏った女性が現れる。龍を戴くことができるのは、皇帝かその横に並ぶ者、皇后だけだった。

 凛は声を聞いたときから、誰が声を発したかわかっていた。

 けれどもその姿を実際に目の当たりにするまでは半信半疑だった。


「皇后陛下」


 凛が平伏して、それに倣い翠も形ばかりの平伏をした。


「最後まで黙っていられなかったか。麗華よ」

「当然でありましょう?哀れな花梨のことよ」


 皇后麗華は先代の冬殿の花梨を妹の様に思っており、気にかけていた。それもあって、花梨は皇后の次に皇帝より寵愛を受けていた。

 他の三妃からは面白く思われておらず、嫌がらせを受けていた。花梨自身が話したことはなく、それらの情報はすべて皇后の影から聞いた話だった。


(陛下は皇后陛下にも聞かせるために、衝立の後ろに隠していたのね)


「それで、翠。お前は春殿の妃が飲んだ毒と、花梨の死に関連があるといいたいのね。その根拠は?」

「根拠はございません。けれども、あの薬師は花梨様がお亡くなりになってから、随分羽振りがよくなったのは事実です」

「そう。それだけね。それだけで、涼葉りょうようが盛られた毒と、花梨が盛られた毒が同じだと言いたいの?もしかして美凛が両者に毒をもったかもしれないわね」

「違います」


 皇后は翠の返事を聞くと笑いだす。


「紫国の女官。花梨の死が毒殺だったと証明するだけでは足りないわよ。このままだと、美凛の罪が二つになるわ」


(証拠がなければ何も証明できない。その証拠も私に不利に働く可能性もある。私の後ろ盾、角家が私のために何かするわけがない。トカゲの尻尾のように切られるだけだわ)

 

 皇后の高笑いを聞きながら凛がそんなことを思っていると、背後からぎりっと歯軋りをする音が聞こえた。


(翠?)


「私どもに時間をくださいませんか。皇帝陛下、皇后陛下が納得されるような証拠を掴んで参ります」

「面白い。いいだろう。なあ、麗華もよいであろう?」

「良いでしょう。三日でどうにかしなさい。その間、美凛の身はわたくしが守ってあげましょう」

「感謝しております」


 翠が頭を下げ、凛も慌ててそれに倣う。


「美凛。よかったわね。お前を想う誰かさんに忠義の厚い部下がいて」

「忠義?」

「麗華。今は話すべきではない。楽しみが減るではないか」

「陛下は本当に性悪ですわね」

「それは褒め言葉だな」


 皇帝は嬉しそうに笑い、皇后は虫ケラを見るような視線を黒龍へ向けている。


(皇后陛下ってもしかして陛下の事を……)


 二人並んでいる所はよく拝見してきた凛。けれでもこうして少し砕けた態度の皇后麗華を見るのは初めてで、皇帝への態度がこんなに刺々しいので驚いていた。

 そんな彼女に気がついたようで、皇后が意外そうな顔をした。


「美凛。お前の印象が随分変わったわ。それともそれがお前の本当の姿なのかしら。それであれば、皇后の位を譲ってあげてもいいわ」


(は?)


 驚きで声に出しそうになり、凛は慌てて俯いた。


(皇后陛下は何を言ってるの?)


「麗華。やめないか。そちは我の唯一無二の皇后だ」

「美凛は毒にはなりそうもないし、若さもありますし、無事男子を産んでくれるはずですわ」

「麗華」

「皇后陛下」


 皇帝が諫める、その声に被さって翠が皇后を呼んでいた。


「翠。お前、首を飛ばされたいの?」

「とんでもございません。皇后陛下」

「まあいいわ。花梨の死の真相が分かるのであれば見逃してあげる」

「翠。ここは輝火帝国。我は皇帝だ。そのことを忘れるのでないぞ」

「畏まりました」


 翠は平伏しているが、その声には心が籠もっていない。


(紫国は属国に過ぎないのに、大丈夫なのかしら)


 彼女の態度は凛が心配してしまうほどだった。






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