4陽と翠
「こちらが、陽、もう一人が翠です。二人は姉妹で、翠が姉で、陽が妹です」
一人で待たされた凛がうたた寝を始めそうになっていると、荀が紫国の女官たちを連れて戻ってきた。二人は服装を着替えており、後宮の女官のお仕着を身につけている。
「姉妹なのね。あまり似ていないのだけど」
凛は何も考えずにそう言うと、代わりに荀が答えた。
「母親が異なるようです」
「あ、そうなのね」
別に珍しくもないことで凛はそう言った後、二人に視線を落とす。二人とも顔を伏せ彼女の命令を待っているようだった。
荀が指導をしたようで、少しだけがっかりしながら、顔を上げるように伝える。
「顔を上げなさい」
凛は冬殿の主だ。
女官に対して謙ってはいけない。
女官から十六嬪、八夫人になり、荀が側使いになり、彼女にきつく言われたことだった。女官に謙ると、侮れることに繋がる。女官は皆貴族出身であり、皇帝から選ばればすぐに敵になる存在。
紫国の女官たちが学ぶために派遣されているとはいえ、皇帝からのお召は拒否できない。紫国は属国ではあり対等な立場ではないからだ。だからこそ、荀も彼女たちに威圧的に当たる。
「陽に、翠。陛下からあなたたちのことを一時預かることになりました。荀の指示に従って動くように。私からはそれだけです」
高圧的な言い方、四妃の威厳を持って、凛は二人にそう告げる。
陽の表情はわからないが、隣の翠の表情が少し曇った気がして、凛は少しだけ罪悪感を覚える。
(仕方ないの。こういう言い方は好きじゃないけど、私は冬殿の妃で、国母にならなければないないのだから)
女官、しかも属国である紫国の女官に甘い態度をとり、侮られては他の妃から笑われるだけ。
凛は心の中で詫びながら、居丈高な表情を保ったままだった。
☆
「まあ、あなたは春殿の女官様ですか?」
いつものように庭先で、凛への陰口を叩いていた春殿の女官・蘭のところへ、陽が出向き話しかける。
「そ、そうよ。紫国の女官」
蘭は戸惑いながらも、横柄な態度で答えた。
(陽、何を考えているのかしら。蘭の陰口なんていつものこと。放置してて構わないのに)
凛はそう思いながらも、陽が何をするのか気になり、そちらに目を向ける。
陽と翠が凛の世話をするようになり、二週間が経過した。
荀の二人への尊大な態度は変わらないが、信用はしているらしく、二人を凛を任せて、彼女の側を離れることが多くなっていた。
今日も朝餉を済ませると、どこかに行ってしまった。
荀は角家の主人の目であり、凛は彼女が側にいないことを素直に喜んでいた。もちろん、顔や態度に出すことはないけれども。
「さすが、春殿の女官様は、その姿だけではなくお声も美しい。思わず誘われて出てきてしまいました」
陽はにこりを微笑みながらそう語る。
陽。
彼は紫国の王の黎光の従兄弟であり、立派な男だ。
翠が一人で後宮に潜入するのが心配で、女装をして女官として巡り込んだ。姉妹設定は陽が考え、翠がそれなら自分が姉だと言い切った。そうしてできた姉妹設定。
凛はそんな裏事情を知らないため、笑顔で蘭に話しかける陽が爽やかで女官というよりも宦官のように見えるなどと考えていた。
中性的な陽は時折、女性がドキッとする表情を見せる。だから荀は陽たちに尊大な態度をとりながらも、陽のことを気に入ったため、彼らに対して寛容だった。
陽に相対した蘭も、陽の中性的な魅力に魅せられたらしく、少し頬を赤くして最初の横柄な態度はどこかへ行ってしまっている。
「名前をお聞きしてもいいですか?」
「蘭、蘭という名よ。そういうあなたはなんと言う名のなの?」
「私は陽と申します。蘭様」
言葉使いは不遜。けれどもモジモジしながら蘭は名乗る。それに陽が微笑んで答えると、完全に茹で蛸になってしまった。
「こ、これからもよろしくね。何かわからないことがあれば教えてあげるわ」
赤くなった顔を隠すようにくるりと背を向け、蘭は逃げ出してしまった。
「陽。やりすぎです」
戻ってきた陽に翠が小言を言う。
「やきもち?」
それに対して、陽はにやっと笑った。
(やきもち?え?どういう意味?)
凛は意味がわからず、表情を取り繕うのも忘れて、二人を交互に見てしまった。
すると二人は気がつき、表情を改める。
「陽。口を慎んで。ほら、凛様が退屈されてるわ」
「そうですね。すみません」
そうして二人はいつもの様子に戻ったのだが、凛は二人のやり取りが忘れられなかった。
(姉妹よね?そういう趣味の方がいるって知っているけど、姉妹で?え?)
凛は二人に対して不埒な想像をしてしまうのを止められず、表情を取り繕うに苦労した。