3新しい女官
三週間ぶりに、冬殿の凛の元へ皇帝黒龍の御渡りがあった。
彼は特色のある二人の女性を連れていた。
襦裙の上に動物の毛皮を纏っている。髪色も珍しく、どちらも黒色ではなく、白銀。そして赤色。
白銀の髪は、凛に公明を思い出せ、視線を泳がせてしまった。
「美凛。これらは紫国からの女官だ。しばらく我が帝国で預かることになった。後宮にて色々学ぶこともあるだろう。そちの元で使ってやるといい」
「私の下で、でしょうか?」
「不服なのか?」
「とんでもございません。紫国の女官の教育をこの美凛に任せていただくなど、皇帝陛下の信頼の証でございましょう。名誉なことでございます」
「そうか。期間は一ヶ月ほどだ。我が帝国の常識をしかと教えてやれ」
皇帝の言葉に、凛は紫国の情報を思い出す。
紫国は野蛮な国と伝えられている。寝台はなく床に寝て、食事も椅子に座るのではなく床に座る。食事も手を使う。あらゆる動物を食べると言われ、人まで食べるのではないかと噂されている帝国の辺境の属国だった。
「用はそれだけだ。美凛。頼んだぞ」
皇帝はそう言うと、二人を置いて、侍従と共に部屋を出て行ってしまった。
(どうしたらいいのかしら)
凛はあまりの突然のことに、取り繕うのも忘れ、連れてこられた女官の二人を凝視する。
すると白銀の髪の女官が微笑んだ。
「陽と申します。よろしくお願いします」
「野蛮な紫国の女官は、礼儀も知らないのですか?」
その途端、凛の後ろに控えていた荀が前に出て注意した。
陽と名乗った白銀の髪の女官ではなく、もう一人の赤髪の女官が一瞬顔を顰めたのを、凛は見逃さなかった。
しかし彼女を隠す様に陽が前に出て、膝をつく。
「荀様。洗練された輝火帝国の女官の方達と異なり、礼儀知らずで申し訳ございません。今後とも指導の程をよろしくお願いします」
陽はしおらしい態度を見せ、詫びる。
(……公明に本当に似ている。親戚?まさか。彼が実在していたのかもわからないのに)
「わかればよいのです。この私が二人に後宮での礼儀を教えてあげましょう。ついてきなさい」
「はい」
荀は気をよくしたようで、顎をしゃくる。
二人は黙って彼女の後を着いて行った。
長らく御渡りがなく、やっと訪れた皇帝黒龍は紫国の女官二人を凛に預けただけで戻ってしまった。その上、側付きの女官である荀が女官を連れて下がり、凛は一人で部屋に取り残さ、こうつぶやくしかなかった。
「……どうしたらいいのかしら?」
☆
「珍しい蝶を飼うことにしましたの?」
「なんだ、嫉妬か?」
「お戯れを」
凛のいる冬殿を後にして、皇帝黒龍が向かったのは皇后の住む安寧宮であった。
皇后は宦官や女官が姿を消すと、すぐに表情を冷めたものに変える。皇帝に媚びる姿勢など全くなかった。
皇后麗華は皇帝黒龍の幼馴染でもあり、従姉弟同士でもある。
元々皇后になる気などなかったが、父からの命じられ、しぶしぶ皇后の位についた。皇后に足るものがいれば変わってもらおうと妃たちを見定めていたのだが、なかなかいない。やっと見つけた冬殿の花梨は二か月ほど前に亡くなってしまった。
その後釜に座った妃は見目だけが美しく、皇帝を篭絡することしか考えていない痴れ者の美凛。
これでは皇后を辞められない、男子を産むまで床を共にしなければならないと嘆いていた。しかしその美凛の元へ辺境の紫国の女官を預けたと耳に入れ、皇后麗華は興味を持った。
四年前、皇后麗華は皇帝黒龍の隣で当時紫国の第五王子で現国王の黎光に会っていた。美しい男で黒龍のお気に入りだった。
紫国の女官という事はその黎光の息がかかった者だ。それを美凛の元へ。何かそこに意図があるようで皇后は遠回しに問い掛けたのだが、皇帝黒龍は白々しく誤魔化す。
「それより今宵は約束の時だ。良いであろうな」
「このような時間から何をおっしゃるのでしょう」
「月に一度だけなのでな。早めに励むがよかろう。そちは男児を授かりたいのであろう?励めばならんなあ」
「男児が授かれるまでの辛抱だと思う事にいたします」
「そちだけだな。そんな事を言うには」
まだ日は落ちていない。
けれでも月に一度、皇帝が早めに仕事を納める時がある。それは皇后の住まい、安寧宮に通う時だ。
よく言えば効率よく子を授かる為、悪く言えば体を重ねる回数を減らすため、皇后麗華は孕みやすい日のみ皇帝に知らせて、その日だけ夜を共にしていた。
皇后にとって負担を減らす為であったが、逆効果になっている。
夜も暮れる前から黒龍は寝所を訪れ、朝方までそれは続く。翌日皇后は安寧宮で一日中寝て過ごすはめになる。この事は後宮で暮らす者の間では有名な話であった。
半月前までは皇帝が美凛の元へひっきりなしに通っていた為、美凛が寵姫と呼ばれていたが、今ではやはり皇后への溺愛に勝るものはないと話が盛り返していた。