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皇帝の寵姫と紫国の王  作者: ありま氷炎
その愛はちょっと重すぎるかもしれない(紫国編)
23/23

2-8

 凛が再び目を覚ますと、先ほどとは全く別の光景が目の前に広がっていた。

 しかも口を覆っていた布はなく、手足の拘束も解かれ、薄汚れていた着物も別のものに変わっていた。


「凛様」

「佳梨……?」


 視界に入ってきた顔は、佳梨。青ざめた顔をしていて、心なしかやつれている。


「あなたがどうしてここに?逃げてと言ったのに?!」

「凛様。本当に申し訳ありません。もう大丈夫ですから」

「どういう意味?」

「ここは青家の屋敷でございます。あなたを拘束していた輩はすでに捕らえております。浅はかな私をお許しください。全ての罪は私一人にあります」

「佳梨!」


 扉が急に開かれて銀色というよりも白髪にちかい髪色の女性が入ってきた。その肌は白さを通り越して青白い。


「凛様。私が悪いのです。黎光様、陛下への未練を断つきれずに。桂梨がとんでもない事をしてしまった」


(この人が花芳……触れたら壊れてしまいそうなくらい華奢だ。儚くて綺麗な人)

 

「陛下の元へ使いを出しました。青家が責任を持って、あなた様を王宮へお送りします」


 彼女の言葉が終わる前に、扉が開かれる。


「陛下!」

「黎光!」


 そこにいたのは黎光だった。息を切らせていて、少し遅れて後ろに陽の姿も見える。


「凛!」


その表情は強張っていたが、凛を見つけると破顔する。


「ごめんなさい」


 凛は咄嗟に謝罪の言葉を漏らした。


「どうして君が謝るんだ?無事でよかった!」


 黎光は早足で凛が座っている寝台まで来て、その体を抱き締める。

 

「話は後だ。王宮へ戻ろう」

「黎光。王宮を出たのは私の意志なのです。彼女たちは角家に利用されただけ。だから、お願いします。罰しないで」


(ここで何も言わないと、花芳と佳梨が罰せられる。青族の族長の娘に罪を問うということは、青族全体へ責任を負わせることと同じこと。そうなると、族間のバランスが崩れてしまうかもしれない。花芳は本来私の立場になっているはずだった)


 黎光の腕の中で、凛はもがき考える。


(王妃。その座を私が奪ってしまった。九年前。あの時、私は彼を拾わなければよかったかしら。でもあのまま一人にしていたら、彼はきっと。ううん。きっと大丈夫だったかもしれない。陽が探しにきてたはず。私は邪魔をしたの)


 そう結論付け、彼女は顔を上げて彼の水色の瞳を見つける。


「黎光。お願いします」

「その話は後にしよう。今は王宮に戻るのが先だ。泰芳たいほう、拘束した角家の残党を兵士に引き渡せ」


 黎光は首を横に振った後、振り返って陽の背後に立っていた中年の男にそう命じた。


「かしこまりました。陛下」


 深く頭を下げて、泰芳は与えられた命令を実行するために動く。


「さあ、戻ろう」


 黎光は配下に命じた時の険しい表情を解き、いつもの優しい笑みを凛に向けた。


(黎光、これではだめ。このままじゃいけない。何とかしなきゃ)


「黎光」

「凛様。まずは王宮に戻りましょう。翠も帰りをお待ちしております。本当は彼女もこちらに来たかったのですよ」


(翠。そうだ。あの手紙を置いてきてしまって。きっと彼女は困っている)

 

「凛」

 

 凛に触れた黎光の腕が震えていた。それは微かなもので、触れている彼女しか気づかぬほどだ。


(ああ、私はなんてことをしてしまったのだろう。浅はかなのは私。私が王宮を出ることを決めなければ、こんな騒動も起きなかったのに。ちゃんと黎光に話すべきだった。自分がふさわしくない。お子もきっと産めない、だからと)


 凛は不安そうな黎光に微笑みかけた。


「黎光。今回の騒動は私が仕組んだ事なのです。角家の残党が私を狙ってる事を知っていましたから」

「凛様!」

「花芳、黙って。私が陛下に話すから」


(私のせいで、揉め事を起こす訳にはいかない。花芳をこれ以上苦しめたくない)


「佳梨は私の指示で角家に通じた。花芳はこの騒動が起きるまで知らなかったはずです」

「凛……」

「ごめんなさい。黙ってこんな事を計画してしまいました。花芳、桂梨を借りてごめんなさいね」


 花芳が声を上げようとしたが、桂梨がそれを止める。


(そう、それでいいの)


「凛……。わかったよ。君の言う事を信じる」


 黎光から大きなため息が漏れた。

 彼は困ったように笑う。


「まずは王宮に戻るのが先だ。君の考えは尊重する。いいね?」


真相は多分気づかれてるだろう。

 しかし凛はそれに気づいていない振りをして頷いた。


「さあ戻ろう」

「黎光⁉︎」


凛は急に抱き抱えられ、驚いてその名を呼ぶ。


「下ろしてください。歩けますから」

「駄目だ。またどこかに行ってしまうかもしれない。嫌だ」


 黎光はそんな力がどこかにあるのかと疑うくらい、軽々と凛を抱き上げていた。


「戻る。陽。後は頼む」


凛を抱えたまま、黎光は指示を出すと歩き出した。




 角家の残党の文勇ぶんゆうたちは皇帝領に戻されることになった。

 黎光は皇帝からの書簡を凛にも見せ、彼らの処分について語る。


「斬首は重すぎる気がします」

「皇帝がやらなきゃ、私がやるところだよ」


 黎光は書簡を綺麗に折り畳みながら答える。

 

(荀は少し怖かったけど、私が恨まれる理由はわかる)


 凛はそう思ったが、黎光の怒りは凄まじく、口を閉じた。

 紫国において、青族への処罰は行わないことになった。

 凛が自ら計画したことと、泥を被ったからだ。


(花芳が元気になってくれるといい)


 凛は黎光の元婚約者で、王妃になるはずだった花芳を気にしていた。

 桂梨は自ら職を退き、青家の屋敷勤めになり友を支え続けるようだった。


「凛、おいで」


 この騒動が起きてから、凛の自由時間が大幅に減った。

 黎光が彼女を連れ回るからだ。

 会議の際も彼の隣に席が設けられ、凛はそこに座る。


(これじゃ本当によくない)


 凛は色々理由をつけて傍から離れようとするのだが、無駄に終わった。黎光の溺愛ぶりに周りが呆れ始める思い、何度も話もした。彼の評判を落とすことにつながると心配し、何度も諭す。しかし彼は凛を連れ回すことをやめなかった。

 陽や翠が愛情表現が重すぎ、やめたほうがいいと助言しても彼は聞かなかった。

 凛が少しでも離れると黎光が仕事を放り出して、彼女を探す。凛が傍にいない方が差し障りがあり、彼女は逃げるのを諦めた。

 始めは周りの視線が厳しく、凛は心の中で謝りながら、黎光の傍に居続けた。

 傍でただぼんやりとしているのでは、彼の顔に泥を塗ると思い、凛は会議の内容や、面談があれば面談の内容を理解しようと心がけたのだ。

 そんな凛の変化に気がついたのか、黎光が凛に意見を求めることもあった。

 彼女が学んだことは無駄ではなく、黎光以外の者から意見を求められる機会も出てくる。

 凛は当然視察にも連れて行かれて、色々な人と出会う。


 そうして凛が黎光と共に過ごしてると一年は瞬く間に過ぎた。

 王妃にふさわしくないという凛の言葉を、黎光は一蹴する。


「君がふさわしくないって?この一年近く私と一緒に会議に参加して、君の意見が採用されたことが何度もあった。それでもふさわしくないと思うの?」


 ーー子が産めないかもしれない。

 凛の言葉に彼は微笑む。


「皇帝陛下から聞いている。彼は薬を処方していた。だから君には問題はない。皇帝陛下とは一年。私と君では十分時間があるね。これから毎晩楽しみだよ」


 彼は私を抱き寄せると囁いた。


「君に愛ってどんなものか教えてあげる」


 耳元に熱い息がかかって、凛の頬が真っ赤に染まる。


(あり得ない。どうして。こんな風に)


 まるで生娘のような自分に凛は恥ずかしさで俯いてしまった。

 凛自身、まだ黎光への気持ちについて自分自身で理解できていなかった。しかし、こうして求められるのが、必要とされるのが嬉しかった。


 翠に相談すると、こんな重い愛を受け止められるのは凛だけだと感心される。

 

(どう言う意味なんだろう?)


 婚姻の儀の準備が進められる中、花芳が青族の族長と共に面談を求めてきた。

 黎光から断ろうかと相談されたが、凛は会うことを選んだ。

 花芳と話したかったからだ。


「それでは、私は外で待っておりますので」


 青族の族長で花芳の父泰芳が退出する。しかし翠は必ず自身が同席だと主張し部屋に残った。

 静寂に包まれる部屋の中で、花芳が先に口を開く。


「お会いいただきありがとうございます。あの時は本当に申し訳ありません」


 花芳が深々と頭を下げた。


「謝る必要はないの。あなたの気持ちはわかるから。でもこの一年で私は変わった。今は私は王妃にふさわしいと思える様になったの」

「凛様。いえ、王妃様。あの時、私どもを庇ってくださった時から、私はあなたが王妃にふさわしいと悟りました。そして目が覚めました。私もこの一年で、変わりました」


 花芳が明るい笑顔を浮かべる。

 角家の騒動の際、青家で見た彼女は儚い印象が強かった。

 けれども目の前の花芳は、血色がよく、少しふっくらとしていて健康的だった。

 花芳との話はそれだけで、戻ってきた彼女の父からも一年前の騒動について再度感謝される。

 それで面談は終了となった。


 月日は経ち、婚姻の儀の日がやってきた。

 視察に同行したりして、国民と直に話す機会もあった。それゆえ国民には凛が王妃になることは伝わっている。

 しかし正式なお披露目はまだされておらず、今日は初めてだった。


 身につける着物は複雑なものではない。

 けれども頭にかぶる飾りが大きくて、凛は均衡を保つのが必死だ。

 どうにか婚姻の儀が終わり、夜がやってくる。


 黎光との()()()()()

 彼の言葉には嘘はなくて、凛は痛いほど愛というものがどういうものが教えられた。

 翌朝、体が鉛の様に重く感じて、目を覚ます。

 隣を見ると幸せそうに微笑みながら寝ている黎光がいて、凛は五年前の彼との出会いを思い出す。


(綺麗な人、やっぱり雪の精のように美しい)

 

 黎光の愛は受け止めるには重すぎるほどだ。

 しかし凛は、この国、紫国で、彼と共に生きていこうと決めた。


(了)

 


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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