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皇帝の寵姫と紫国の王  作者: ありま氷炎
その愛はちょっと重すぎるかもしれない(紫国編)
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2-7 拉致


 書庫から部屋に戻ると、凛は文を残して佳梨と共に王宮を抜け出した。紫国にはさまざまな人種がいて、彼女のように黒髪に青い瞳を持つ者も存在している。なので女官の服を身につけ、化粧のやり方を変えれば、下賜された妃であることは誤魔化させた。しかし、それだけではまだ足りないらしく、この時間帯の警備は佳梨の知り合いの者ばかりで固めたようだった。

 

 王宮を抜けて街に入ったところで、佳梨はある男に呼び止められた。


「約束が違います」


 佳梨は、現れた男にそう言い返した。

 男ーーそれは輝火帝国の宦官だった。

 凛がその顔を覚えていたのは、後宮から出る際に黎光への態度が酷かった宦官だからだ。


「謝礼はこれでいいだろう?青の族長の娘と一緒に吉報を待つがいい」

「そんなお金は受け取れません」


 彼女は差し出された金子を払い除け、宦官の顔が曇る。


「佳梨。心配しないで。私はこの人を知ってるから」


(彼女は本当に、私を花芳に会わせたかっただけなのね。それでこの者の力を借りた。一介の宦官ができることは知れているわ。あの金子はかなりの額。彼は主犯じゃない。多分誰かの指示で動いている。私に危害を加えるため。このまま佳梨が抵抗すると、彼女の命が危ないかもしれない)


「だから行って」


(私は黎光には相応しくない。私のために傷つく人を見たくない)

 

 凛は心を決めた。

 この男の要求通り、桂梨に、凛を置いていくように伝える。


「それでも、私はあなたを置いていくことができません。私は女官ですから」

「威勢がいいな。本当は消したくてたまらないくせに」

「そんなことはありません」

「嘘だな。お前は頭がいいはずだ。こういう事態も想定して俺たちの計画に乗った。今更偽善ぶるのはやめろ」

「私はあくまでも凛様を花芳に会わせるのが目的です。そのためにあなた方の力を借りた」

「まだいうか。力づくで黙らせるしかなさそうだな。それも面白いが」

「やめて。あなたの、あなた方の目的は私でしょう?佳梨、いいから。私だって何も考えていなかったわけじゃないわ。あなたはここまでいいから」

「凛様!」

「花芳に伝えて。会ったことないけれども、きっとあなたのほうが黎光には相応しいから。元気になって彼を支えてと」

「凛様!」

「ほら、そうだとよ。さっさと行きな。もし、俺のことをバラすようなことがあればお前も罪に問われる。もちろん、友達の青の族長の娘もだ。黙っていれば、王妃の座が転がり込んでくる。行きな」

「佳梨。そういうことよ。今までありがとう」


 凛にも、この先ろくでもないことになりそうなことは予想できた。


(けれども、私は王妃にふさわしくない。花芳が私の代わりに黎光を支えてくれるだろう。それがいい。私はあの後宮から、旦那様の手から逃げられることができただけで十分だから)


「少し眠ってもらうぞ」


 桂梨が心配そうに凜を見ていたが、意を決したように踵を返す。それを見送ってから男が振り返った。凜に近づくとその口に布を当てる。強い薬の匂いがして、次の瞬間、凛はぐたりと力を失った。



 凛が目を開けると周りは薄暗く、よく何も見えなかった。

 次第に覚醒していく意識の中で、話し声が耳に入ってくる。


「……様、起きたようです」


 宦官の声がして、それから別の男の影が見えた。そしてもう一つの影。

 凛は声を出そうとして、口を布で塞がれていることに気がつく。


(荀!)


 彼女はその名を呼んだつもりだが、もごもごとした声が出ただけだった。


(なぜここに?私を攫ったのは荀?だけど、彼女はただの女官。どうして?)


 荀は壮絶な笑みを浮かべ、それから見覚えのない男へ声をかけた。


「この女を使って、何をいたしましょうか?文勇ぶんゆう様。角家、旦那様の恨みを晴らしてやりましょう」


 荀の言葉で凛にも状況が把握できた。

 文勇ぶんゆうは角家の主人の子。皇帝領から離れた山東国にいると彼女は聞かされていた。

 荀は角家の使用人。そうなると、凛を浚ったのが角家の仕業だと理解できる。


(きっと恨みね)


 凜を襲い、捕まった角家の主人。その末路を彼女は聞いたことがなかった。恐らく聞けば翠が答えたくれただろう。しかし角家のことを思うと主人の顔が浮かび、凛は何も知りたくなかったのだ。

 しかし末路は想像ができる。

 

(きっと角家はお取り潰しになったのだろう。皇帝領にいないとしても、彼は角家の跡取りとして生活をしていたはず。だからその影響は多大で。もしかしたら、山東国で居場所をうしなかったかもしれない)


 文勇は父親と異なり、権力に固執することはなかった。権力から離れ外国で悠々と暮らしていたが、角家がつぶれ、路頭に迷った。その発端は凛だ。


(恨みはきっと私に向かっただろう。もしかして荀が何か話したかもしれない)


「殺すのは惜しいな。これほど綺麗な女は他にはいない。さすが、あの後宮でたった一年で四妃に上り詰めただけはある」

「それでは薬漬けにして、あなたの玩具に仕立てましょう」

「恐ろしいことをいうな。荀。お前がそんなことを口にするとは」

「養女にして教育し、恩義があるはずの旦那様を死に追いやり、角家を破滅させた報いはむけてもらいたいものです」


 荀の笑みはとても気持ち悪くて、凛は吐きそうになった。


(確かに裕福な暮らしはさせてもらった。けれども、私は幸せじゃなかった。挙句に旦那様は私を手篭めにするつもりで)


 そのことを思い出して、凛は小刻みに震え始めた。


「凛様。恐ろしいですか?そんな怖い思いはあっという間になくなりますよ。ご安心ください」


 荀の唇の両端が上がり、その目は蛇のように冷たい。


「早く移動しましょう。嗅ぎつけられます。この女をどうするかは後で考えるとして、移動しなければ」

「そうだな」


 宦官が少し焦ったように言って、文勇がうなづく。


「凛様。しばらくのまたお休みください」


 荀が近づいてきて、凛は逃げようとした。しかし手足は縛られている。その上、宦官が凜の体を押えた。口を塞ぐ布を取られ、薬を嗅がされる。


「ああ、この布に別の薬も仕込ませておけばよかったですね」

「荀。薬の配分を間違うと死ぬぞ。今は殺す時じゃない」

「そうでした」


 宦官の言葉、荀の残念そうな声を最後に、凛は再び意識を失った。





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