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皇帝の寵姫と紫国の王  作者: ありま氷炎
その愛はちょっと重すぎるかもしれない(紫国編)
20/23

2-5 問答

「凛が泣いていたって?」


 午後過ぎ、黎光(れいこう)の執務室を翠が訪れた。定期的な報告で、何気なく聞いていた彼は不意に声を荒げた。


「誰だ。彼女を泣かせたのは」

「誰でもございません。凛様は王妃になられることを悩んでおられるようです」


 翠の答えに、黎光は口を閉ざした。


「私は、凛以外を王妃をするつもりはない」

「わかっております。凛様は、恐らく自身がないように感じられます。帝国では毅然としておりましたが、それは角家の、」

「その名前は言うな。翠」

「申し訳ありません」


 翠は頭を下げ、それを庇うように陽が前に出た。

 部屋の中には、黎光と幼馴染の二人、翠と陽の三人だけだった。

 

「翠にあたらないでくれますか。黎光」

「すまなかった」

 

 恋人を庇う陽に、彼は素直に詫びた。

 

「黎光。もっと凛様と話したほうがいいですよ。あなたの気持ちを伝えるだけじゃなくて、凛様の気持ちも聞くべきだ」

「わかってる。だけど、凛を前にするとどうして気持ちが先走ってしまうんだ」

「あなたは犬ですか」

「凛の前では犬で構わない」


 平然と言い放った黎光れいめいに、陽は口をポカンと開けてしまった。


「陛下。どうか、凛様とお話されてください。私の前では無理して笑うばかりなのですよ。凛様は」

「わかった。二人ともありがとう」


 黎光は自身の初恋を見守ってくれるお馴染みに感謝しつつ、凛に会う時間を作るため、執務を再開した。


 ☆


 突然昼食を黎光と共に取ることになり、凛は彼の私室へ向かう。

 部屋には彼と同じ髪色の陽がいて、久々にその姿をみた気がした。黎光と並ぶとその美しさは霞むけれども、十分に整った顔に細身の体。今日は文官の服を纏っているので男性に見えるけど、女官の服に身を固めると女性にしか見えないかもしれない。

 

(実際、後宮に迎えにきた時は女性としか思えなかったし)

 

「凛」


 決して陽に見惚れていたわけではない。

 しかし黎光はそう思わなかったようだった。

 少し不機嫌そうに名を呼ばれて、凛は陽から視線を逸らして、彼を見る。視界の端で陽は苦笑したのがわかった。


「だから、陽に会わせたくなかったんだよ」

「しばらく挨拶もしていなかったので、ご無体なことは言わないでください。陛下」


 陽は流石に従兄弟なだけあり、不機嫌な彼に構わず凛に近づく。


「凛様、ご無沙汰しております。こうして文官として挨拶するのが、誰かさんのおかげですっかり遅くなってしまいました」

「誰かって」


 黎光が噛み付くように口を挟んで、凛はとうとう堪えきれなくなった。

 二人は従兄弟同士で遠慮がなくて、やりとりを見ているだけで彼女は楽しくなった。


「ほら、陛下。凛様の笑顔見たかったでしょう?」

「そうだな。お前のおかげというところが気に食わないけど」

「お二人とも、凛様が戸惑っていますよ」


 二人の会話をうまく収めるのが、翠の役目だ。

 

「さあ、翠。私たちはお邪魔のようだから、外で待っていようか」

「陽。給仕はどうするのですか?」

「それは黎光にまかせればいいだろう」

「陽!」

「翠。心配しなくてもいい。私が十分凛の世話はするから」

「陛下がそういうと別の意味に聞こえます」

「失礼だな」


 本当にこの三人のやりとりは楽しくて、凛はまた笑ってしまう。


「翠。陽と一緒に食事をとっているといい。私も凛と二人っきりを楽しむから」


 そうして翠と陽が出ていって、凛は黎光と共に部屋に取り残された。

 彼の私室は紫国の文化をそのまま取り入れている。椅子や机もあるが、奥には幾つもの毛皮で作られた敷物が敷かれていて、座卓が置かれている。

 黎光は椅子に座って食べるよりも、敷物の上に座って食べるのを好む。

 なので二人で食事する時はいつも座卓を利用していた。

 凛は最初は戸惑った。しかし床に座ると、ちょっとした安心感があって彼女はすぐに慣れた。

 

(できるなら私の私室にも欲しいくらい。……私室。そうね)


「凛。何か私に話したいことがあるんじゃないか?」


 凛たちは小さな座卓を挟んで真向かいに座っていた。

 黎光の水色の瞳は輝きを増し、水晶のようで、彼女の考えを全て見通すことができると錯覚してしまいそうになる。

 

(そういえば、皇帝陛下の漆黒の瞳もそういう風に思わせることがあった。上に立つ人はやはり見通すことができるのかもしれない。そうであれば、話は早い)


 お茶を飲んだはずなのに、凛の口の中が乾く。

 しかし彼女は彼の水色の瞳を見つめ返して切り出した。


「黎光様。やはり私は王妃にはふさわしくないと思うのです。皇帝陛下から下賜された身でそんなことを口にするのもおこがましいのですが」

「凛。君は何を言っているんだ。下賜はあくまでも形式だ。下賜という形で君をあの後宮から出す方法が一番適切だったんだ。それとも、君は私の妻になるのが嫌?」

「そ、そんなことは」


 即座に否定した自分に凛は驚く。

 

(黎光への自分の思いについてまだよくわからない。でも彼の妻になりたくないわけではない。寧ろ嬉しいくらい。けれども、彼は紫国の王。ふさわしい相手が他にいる)


「だったら余計なこと考えなくていいから。君が妻になってくれることが私の幸せなんだ。君が側にいてくれたら、なんでもできる気がするんだ」


 水色の瞳が眩しいくらいに光っていて、凛は思わず視線を外してしまった。


「凛。やはり嫌なの?」


(ここで嫌だと答えたらどうなるのか。激昂するかもしれない。 旦那様のように?)


 ふいに凛の脳裏に角家の主人の顔と鞭がよぎる。

 するとあの恐怖が蘇ってきた。


「凛。震えている。どうした?」

 

 立ち上がって、黎光が彼女の隣に座る。


「ご、ごめんなさい」


 恐怖心に支配されて、背中を触っているのが彼だとわかっているのに、凛の震えが止まらなかった。


「凛。もう聞かない。だから怖がらないで」


 ぎこちなく抱き締められて彼の温もりを感じる。

 するとやっと凛の震えが止まった。


「すみません」

「謝ることはない。あ、離れないで。もう少しこうして君を抱きしめていたんだ」


 彼の抱擁から抜け出そうとしたが、頭上でそう言われて、凛はその言葉に甘えることにした。

 

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