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皇帝の寵姫と紫国の王  作者: ありま氷炎
その愛はちょっと重たいかもしれない。(帝国編)
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14 新しい旅立ち

 本来、公明は王であり、女官には別の馬車が用意される。けれども凛を含め、陽も翠も同車し、にぎやかな旅となった。

 陽と翠からすでに紫国の話を聞いている。したがって帝国で噂される蛮族としての情報はほとんどが嘘であると凛は知っていた。

 寝台がなく、食事は手を使う、それらは聞いていた通り。しかし住いは今では布ではなく、木製や石製になっている。動物は狩っても、人を食べることはない。

 人を食べるくだりでは、陽が面白おかしく話をして、凛の緊張をほぐした。


 紫国までは馬車で三週間かかる。

 公明たちが帝国へ来る際は、随所随所で馬を用意し、野営をしながら帝国へ入った。なので十日ほどでたどり着いた。しかし、凛にそんな旅をさせるわけにはいかないと、皇帝から馬車を借り、町で宿を取りながら紫国へ戻ることになった。

 まずは皇帝領を抜けるのに一日かかる。

 日が暮れ始めて、凛たちは皇帝領の端で宿をとる事になった。

 凛は一人部屋を与えられ緊張していた。しかし慣れない馬車の旅ですぐに眠りにつく。

 肌を撫で回される感触で目を覚ますと、そこには太った中年の男がいた。角家の主人であり、醜い表情で凛を見下ろしていた。 

 声を出しそうになる彼女の口を押さえつけ、右手には鞭を持っている。


「凛。これでぶたれたいか?おとなしくすれば、ぶたない」


 鞭を見ると凛の体は竦み上がり、何も考えられなくなる。

 そんな彼女の口に布を詰め込み、男は衣に手をかけた。


「蛮族の王にやるくらいであれば、最初から私の玩具にしておけばよかった。無駄な時間をかけさせた上、あのような銭で話がつくと思って。まあ、陛下の命令だ。聞いてやる。だが、一度くらいは楽しませてもらう。ずっと、お前を抱きたかった。陛下に献上するため、我慢していたが、もういいだろう。散々陛下を楽しませてきた体なのだから」


 彼女の耳に聞きたくない言葉が入り込む。

 

(もう嫌、このまま気を失ってしまいたい)


 凛は抵抗をやめ、諦めに入っていた。

 すると急に視界から醜い男の姿が消えた。


「外道が!」

「陛下。殺すのはおやめください」


 翠が凛の傍に素早く駆け込み、開いた襟を直す。陽は髪を結い上げ、勇ましい格好していた。そして剣を振り上げた王を止めている。

 騒ぎを駆けつけて、女将が街の役人を連れてやってきた。角家の主人は帝国内で裁きを受ける。皇帝自らが沙汰を下すだろうと公明が吐き捨てた。


「凛。大丈夫かい?」

「はい」


 男から視線を外し、公明が心配して尋ねる。


(これは私のせいだわ。私が恩を仇で返した。旦那様の期待を裏切ったから)


「凛。私のせいだ。銭を握らせれば納得すると簡単に考えていた。嫌な思いをさせてごめん」

「そのようなこと。公、王様。謝らないでください」

「王、様?」


 公明が怪訝な顔をする。


「何か聞き捨てならない言葉を聞いた。凛、君は私を王様と呼ぶのか?」

「はい。いけませんか?それでは私も陛下と、」

「凛。私の本当の名は黎光れいこうという。君が名づけた名前の公明でもいい。王様と呼ぶのはやめてくれないか?」


 そんなこと。

 王様は王でしかありえないのに。


「凛様。名前で呼んであげてください。私も普段は、黎光れいこうと呼んでますから」


 陽は、以前より低くなった声でそう言った。

 よく見ると、彼は格好だけではなく、全体的に逞しく見えた。


「私は、実は男なのです。翠だけでは心配なので、女装して後宮に入ったのです」

「陽。お前の話はどうでもいい。凛。君も私を黎光と呼んでくれないか?」


 公明、黎光は切なげな視線を凛に送り、その後ろの陽も両手を重ね、お願いの仕草を彼女に示す。


「……黎光?」

「凛!やっぱり本当の名前で呼ばれるのはうれしいな。公明こうめいが嫌いとかじゃないよ。あの名前も君がつけてくれたから、大事に思っているんだ」


 黎光は子供みたいにはしゃぎ、凛は四年前の彼の姿に今の彼を重ねていた。


(うん。公明、いいえ。黎光は四年前の雪の精と同じ人物だわ。 大人なのに、とても子供みたいな人で、守ってあげないと思わせた人)


 凛は目の前の彼が四年前の公明と同一人物であると、心から理解し安堵した。


「凛!やっと私に笑顔を見せてくれた。その笑顔、ずっと見たかったんだ。私はね。十二歳の君に一目ぼれをしたんだ。だから、国に帰ってからずっと君のことを考えていた」

「黎光。告白はちょっと早すぎます。ごらんなさい。凛様が引いてらっしゃいます。時間をかけてと言ったのに」


 熱い視線を送る黎光の隣で、呆れたように陽がぼやく。

 今の黎光と言葉を交わすのはこれで二回目だった。なので、彼女はまだ彼のことをよく知らない。

 しかし、彼の傍で、生きていくのは幸せなことかもしれない。

 その予感はしていた。


「凛。引かないでくださいね。陛下はずっとあなたを探していて、まだ誰とも情を交わしていないのですよ」

「翠!何でそんなことを言うんだ!」

「陛下の純愛を証明しようと思いまして」


 だけど……黎光れいこうの想いはちょっと凛にはまだ重いかもしれない。


 凛は王と賑やかな二人を伴い、彼の国へ向かう。 

 角家の主人に養われたニ年、後宮での一年。

 彼女にとって、この三年間はとても楽しいものではなかった。

 しかし、これから黎光の土地で、新しく生まれ変われるかもしれない。

 そんな希望を胸に凛の新しい人生は始まろうとしていた。






お読みいただきありがとうございます。

一章終了。

次は二章紫国編です。

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