10皇帝と紫国の王
「そうか。よかった」
紫国から帝国に向かう途中、早馬で連絡が入った。
それは翠と陽の活躍で凛の疑いが晴れたことであった。
「戻りましょうか?」
王が不在の国を守るため、宰相の志立を紫国に残してきた。
けれども帝国への正式な訪問のため、黎光は宰相補佐の子稔を連れてきた。志立に比べるとまだまだ青さが残る男で、感情の揺れも激しかった。
志立は凛への反発をうまく隠しているが、この男はそれを表に出すことはないが、隠すことはできないでいる。
だからこの発言だった。
帝国への用事をでっち上げ、皇帝へ謁見を申し出た。王自ら帝国にいく必要もない用事だ。なので、凛が無事であれば、帝国に行く必要はないと考えているのだろう、と黎光は察することができた。
けれども、命の危険まであった彼女に会わずにこのまま帰ることは彼にはできなかった。
もし彼女が望めば、このまま国へ連れて帰ることも視野にいれており、手ぶらのまま紫国に戻るなどとんでもないと、子稔を睨んでしまった。
眼光が鋭すぎたのか、顔を青ざめさせ、彼は視線を逸らした。
「……このまま皇帝に会うつもりだ。予定には変更はない」
「畏まりました」
淡々と黎光が告げると、子稔は首を垂れ、短く答えた。
三日後、帝国領内に入る。
それから輝龍城の皇帝に到着したことを伝え、翌日に入城が許された。
彼が連れてきた兵士たちはもちろん、城に入ることができず、彼と宰相補佐の子稔だけで入城した。
それでも、皇帝に会えるのは黎光だけであり、子稔は客間で待たされることになった。
属国であるがゆえ、帝国の申し出はすべて受け入れる必要があり、子稔は苛立ちを必死に隠していた。黎光にとっては、帝国に留学した経験から、そのような待遇は些細に思えた。それよりも皇帝の他、皇后にも謁見できることが、彼の興味を引いた。もしかしたら凛の様子を詳細に聞けるかもしれない。そんな期待を胸に、彼は謁見に臨んだ。
「紫国の王、黎光。よくぞ、参った」
属国に王に向ける挨拶は、そっけないものだ。
戦いに負け、滅亡よりも属国の道を選んだ。黎光は先の王の決断を尊敬しており、属国であることに反意を持つことはない。
「偉大なる帝国の皇帝陛下、謁見の機会を与えていただき感謝しております」
「そう畏まるな。顔をあげよ」
「はっ」
皇帝から許しを得て、黎光は顔を上げる。
人間離れした美しさに皇帝の他、皇后、部屋にいる者全てが目を細めた。
「麗華。美しいだろう。紫国の王は。だからと言って、そちの我の妻であり、帝国の母となる者。惑わされてはいかんぞ」
「皇帝陛下。何をおっしゃてるのかしら。紫国の王、黎光様。私は輝火帝国の皇后麗華と申します」
「皇后陛下。初めてお目にかかります。紫国の王、黎光でございます。皇帝陛下の珠玉のあなた様にお目にかかることができて、嬉しく存じ上げます」
「まあ、まあ。そんなことおっしゃる方なのね」
「麗華。その辺でよいだろう。黎光。そちの目的は、馬のことなどではないだろう。我の花を摘みにきたのか?」
「馬のことも当然ながら、皇帝陛下の華々しい庭園を見せてほしいと思っております」
「なるほどな。よいだろう。花が望めば、摘んで帰ってもよい」
「皇帝陛下?」
思ってもいない提案をされ、黎光が驚く。
「このまま庭園に置いておけば、我の麗華が私の隣で咲かせようとするのでな。花が望むのであれば、そちに譲ろう」
「あくまでも望めば、ですわ。黎光様」
「大変ありがたき提案で、是非そのように取り計らっていただけますでしょうか?」
「ああ。まずは花の気持ちを確認しようではないか。二日後、茶会を催す。そちも参加し、花々を愛でるがよいだろう。別の花を持ち帰っても構わぬぞ。そちであれば」
「それはあり得ません。私の花は一つだけです」
「まあ、一途ですこと。誰かさんと違って」
「麗華。我も一途だぞ」
「陛下は戯言がお好きですわね」
「戯言ではない」
皇帝は皇后にそう言うのだが、麗華は取り合おうとはせず、艶やかな笑みを浮かべたまま。それを見て、皇帝は焦ってさらに言い募るのだが、全く効果はなかった。
皇帝と皇后のそんなやり取りをしばらく見せられた後、黎光は解放された。茶会は二日後、時間は文で知らせると言われ、城から丁重に送り出された。子稔は退屈していたらしく、謁見の様子を何度も彼に聞く。しかし、彼はもしかしたら凛と四年ぶりに再会できるかもしれないと浮かれており、それどころではなかった。




