ss.タンゴの日
現在、日本の小学校に通っているため、お母様の実家で暮らしている琥珀ですが、ゴールデンウイークのため、異世界に帰省しています。
パパの家には、ママと瑠璃がいるので、遠慮して父さんの家に泊まっているらしい。
今日は、待ちに待ったタンゴの日である。日本では、産んでくれた母に感謝し、男児の健やかなる成長を祈願する日だ。自分も祝いの対象だが、そんなことは、どうでもいい。弟の灰簾の初節句である。初節句は、一度しかないのだ。絶対に失敗は許されない。今日の日を迎えるために、私はお父様に人形作りを教わって、五月人形を拵えた。朝から、赤飯を炊いてみたり、小豆を煮込んでみたり、大忙しだ。
「あぁあーん。あーん」
「どうした? 灰簾。ミルクの時間は、まだ早いぞ」
上新粉を練って、蒸すところまではやりたかったが、灰簾に呼ばれてしまえば仕方がない。そちらが優先だ。
「よしよし。おむつは、大丈夫そうだな。寂しかったのか? 甘えん坊だな」
灰簾は、抱いてあやすと、ぴたりと泣き止んだ。毎日、大体、私に背負われて過ごしているので、もしかしたら、平らなところに寝かせられるのが、苦手になってしまったのかもしれない。縦抱きにするより、横に寝た方が自由を謳歌できそうなものなのに。
「お兄ちゃんも飽きないね。学校にも連れて行ってるんでしょう。たまには、翡翠も連れて行ってよ」
呼んでいないが、唐突に翡翠が空間転移で現れた。灰簾のワガママは無限に聞こうと思うが、翡翠にはそんな気は起きない。妹面をしているが、翡翠の方が私より格上なのだから、聞く必要性を感じない。
「翡翠は、小学校入学年齢を過ぎている。自分の在籍する学校に行けと怒られるから、ダメだ」
「灰簾だって、本当は、連れて行っちゃダメなんでしょう?」
ふくれようが、正論を言おうが、ワガママを聞く筋合いはない。下手に話を聞けば、痛い思いをするのは、私の方だ。油断してはならない。
「母も叔父叔母も先生も、全員が認めてくれなかったが、駄々をこね続けて勝利した。あちらでは、偏差値だけ気をつけていれば、大体の希望は叶う」
「あっちでも、みんなを困らせているんだね」
「そんなことはない。私の荷物は、ミルクとオムツと灰簾の着替えでいっぱいなんだ。魔法がないから、お湯や湯冷ましまで持っていかないといけないんだぞ。職員室脇の給湯室を使わせろ、とは言っていない。教科書なんて必要ない、と言っただけだ」
「教科書とノートを使って勉強するんでしょう? 学校に何しに行ってるの?」
「灰簾の可愛さを語りに行っている。ページ数を言ってくれれば、余白の注記を含め全て諳んじられるんだ。重たい思いをして、持ち運ぶ必要性を感じない。教科書暗記テストを披露して、先生たちを黙らせた。特に必要のないイラストまで黒板に描いたら、木名瀬姉弟は好きにすればいい、と言われた。私は、お母様の弟ではないのだが」
「お兄ちゃんだけじゃなくて、親戚一堂みんなキャラが濃くて、嫌になっちゃったんだね。そんな面倒な子、引き受けるのやめたらいいのに」
「難関中学の合格実績が欲しいらしい。受ければ、誰でも合格できそうなんだがな」
「自分基準で考えすぎなんじゃない?」
「そんなことはない。私は、ただのコネ入学だが、周りのみんなは、厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた猛者揃いだ。みんなが、私など大したことがないと言っている。ならば、私は間違いなく大したことはない」
「すごい学校に通ってるんだね」
「ああ、上には上がいるものだ。毎回テストで満点を取っているのに、格下だとバカにされて続けている。どうしたら勝てるのか、見当もつかない」
「お兄ちゃんみたいなのが、いっぱいいるんだね。目に浮かぶよ」
「そんなことより、私は祝膳を作るのに、忙しい。悪いが、翡翠。灰簾を抱いて、5月人形を見せてやって欲しい。まだ柏餅もチマキもできていないんだ」
名残惜しいが、灰簾を翡翠に託して、立ち上がった。
「ホントに、毎日毎日灰簾灰簾って、何やってんの。そんなの作らなくったって、お父様の家に行けば、食べ切れないくらいあるよ」
「お前こそ何を言ってるんだ。お父様なんて、灰簾から見たら、赤の他人だぞ。うっかりすると毒を盛ってくるような人物に、大事な弟の初節句を任せられるか。灰簾、お兄ちゃん頑張るからな。翡翠と待っていてくれ」
後ろ髪を引かれながら、上新粉に水を入れて練り始めたが、いくらもしないで、また灰簾は泣き出した。
「あーん。あーあー」
「翡翠は、弟の抱っこもできないのか」
私は、ベタベタな手を見て、ため息をつき、1度手を洗ってから、灰簾を背負った。ぷくぷく育った灰簾を背負うのは、きっと鍛練にも丁度いい。首は座ったとはいえ、ずっと縦抱きでいいのだろうかという心配はしているが。
「翡翠が悪いんじゃなくて、お兄ちゃんになついてるだけじゃないの。お兄ちゃんが、べったり離さないのが悪いんでしょ」
「お兄ちゃんが好きか。灰簾は、いい子だなぁ」
練り上新粉を蒸し器にセットしたら、次は、笹の葉にもち米を詰める作業だ。ちょっと雑に扱うと笹の葉をダメにしたり、もち米がこぼれたりする。苦手な作業だが、灰簾の重みに応援されて、頑張る。
「そんなの作ったって、その子、まだ食べないじゃん」
「食べさせるぞ。お食い初めの時みたいにな。嫌がる顔も可愛いから、お母様に写真にしてもらうんだ!」
今年ちゃんと練習しておけば、来年は少しは食べれるようになるかもしれない。美味しくて、身体にいいものを食べさせるには、練習が必要だ。今日の祝膳は、完全に写真用で食べるのは自分だが、無駄だとは思わない。灰簾は、優秀なので、もう10割粥を食べているし、先日、寝返りにも成功した。足りないのは、私の練習の方だ。ハイハイを始めたら、練習なんてしてる場合ではないと聞く。急いでできるようにならなければならない課題が、たくさんある。
「琥珀。そろそろ灰簾を返してもらえないかな。節句のお祝いを始めたいんだけど」
パパが、やってきた。灰簾はパパの子らしいが、返してと言われるのは気に入らない。灰簾は、私の物だ。
「灰簾は、私の弟です。誰にも譲りません。2人でのお祝いは終わったので、みんなのお祝いに顔を出すのは構いませんが、灰簾は私の弟です。少しだけ貸してあげるのは、我慢しますが、私の弟です」
灰簾に五月人形を見せて、それぞれの飾りの意味を説いていたのだが、中断して移動することにした。お父様の家にも、五月人形はある。私の人形と灰簾の人形が並んでいるのだ。兄弟の実感が湧いて、あれはあれでいい。私の人形は、白と桃色を基調とした大変可愛らしい五月人形で、若干腹が立つのだが、灰簾の人形も白と水色なのだから、恐らく嫌がらせではなく、製作者の趣味がおかしいだけなのだ。
ちなみに、私が作った五月人形は、いたって普通の五月人形である。緋毛氈に金屏風を置いて、黒い鎧に馬や虎を並べ、太鼓や銅鑼や扇子はそれらしい色で作ったし、チマキや柏餅や御神酒を並べる三方も黄土色にした。刀は私と同じダイヤで作ったし、吹き流しは、灰簾色である青紫だ。幟を作るにあたって、家紋をお母様に尋ねたら、わからないと言われたので、お父様と一緒に先祖の墓参りまでして確認してきた。丸に抱き茗荷だったのだが、私はこっそり丸に抱き筍に改造した。茗荷が苦くて食べられなかったからだ。絵的には似ているので、今のところ、誰にも気付かれていない。
「皆様、本日は、私の弟の灰簾のために、お祝いの席をご用意下さり、大変ありがとう御座います」
いつもの灰簾お世話セットを背負い、灰簾を抱き抱えて、お父様の家の客間に顔を出した。客間には、灰簾と私の五月人形が飾られ、家族の人数分の祝膳が並べられていた。今日だけは、私は灰簾と一緒に上座に座れる。
服も変な物を用意されるよりはと、自分で準備した。灰簾とお揃いの青紫の着物と、鷹柄の陣羽織である。灰簾を赤ちゃんイスに座らせてみると、なんと可愛らしく、勇ましいことか! 絶対この子は、出世する!
「あぁあー、可愛いー。お母様、ぐずり始める前に、早く写真! 急いで下さい」
「任せて! 写真撮ったら、抱っこしてもいい?」
「灰簾が嫌がらなければ構いませんが、先程、翡翠は嫌がられていました。無理かもしれません」
「ひどい! 今度こそ、私の手で育てるつもりだったのに!」
「灰簾は、渡しません。子が欲しければ、もう1人お父様に作っていただけば良いでしょう。灰簾以外であれば、私は介入致しませんので、ご自由に誰の子でもお産み下さい」
「いや、それは、あのね」
母の顔はみるみる赤くなり、動揺をみせたが、私は、そんな母に興味はない。
「お父様は、誰の子でも自由に作れるそうですよ。父がもう1人増えたりしても、私はもう気にしないことに決めましたから、ご自由に人生をお楽しみ下さい」
「ああ、うん。ありがとう?」
「私は、ずっとこんな変な家に生まれたことを、どこかで恨んでおりました。ですが、最近、思うのです。生まれてきて、良かったと。
私が生まれてきたから、エスメラルダを助けることができました。生まれてきたから、灰簾を愛でることができるのです。私と灰簾を産んでくださり、ありがとう御座いました」
「そっか。琥珀が幸せなら、私も嬉しいよ」
母は、へらりと笑った。
よし、これで今日の予定はコンプリートである。母に感謝を伝え、弟の健やかなる成長を祈願した。これで、ようやく宿題である来週の参観日に読むとかいう作文が書けそうだ。
魔法で飛竜を吹き飛ばしたとか、空間転移でおかしなところに連れて行かれたとか、男からラブレターが届いたなんて内容を作文に書く訳にはいかない。小学校用の作文は、書く前に事実を捏造する必要があるので、大変骨が折れる。でも、クラスメイトは皆、簡単に書いてくるのだ。1人だけ書けないまま学校に行くことはできない。
来月の参観は、作文のテーマが父なのだが、どうしよう。きっと3人揃って見にくる。クラスメイトへの適当な説明を考えるだけで、頭が痛い。




