3.家出する
ブーツよし、太刀よし、ナイフよし、携帯食料よし、水筒よし、、、何度目かわからない確認をして家を出る。しょっちゅう抜け出しては森でピクニックという名の害獣駆除をして遊んでいたので、抜け出すことも公認になり、父さんに捕まることも、最近はなくなった。だが、今日の行き先は、森ではない。行商のおじさんの荷馬車に、勝手に潜り込んだ。行き先は何処だか知らないが、別に何処でも構わない。お母様が逃げた先も、どこだかわからないのだから。
日が昇る前に家を出たので、うっかり寝ていた。ゴトゴトと揺れる荷馬車は、乗り心地が良くない。崩れた商品か何かに、叩き起こされた。でも、起こされなくても、起きなければならないようだった。
「おじさん、おはようございます」
商品の山をずんずん踏み越えて、御者台に顔を出した。
「き、君は! え? なんで? 大変だ!」
声をかけるまで、謎の歌をご機嫌に歌っていた行商のおじさん、オーランドさんが、見るも哀れな顔色で手綱を落とした。とても危ない運転だ。乗る馬車を選び間違えたかもしれない。
「風の精霊様、手綱を拾って下さい。おじさん、落とし物ですよ」
風魔法で手綱を拾って、おじさんに返そうと思ったのに、受け取ってもらえなかった。私が操縦しなければならないのだろうか。裸馬には乗り慣れているが、馬車の扱いなど知らない。困った。
「ジョ、ジョエルさんちの子だよね? 今すぐ村に引き返すから! ちょっと待ってね!!」
口では引き返すと言っているのに、まだ手綱を引き取ってもらえない。仕方がないので、おじさんの横に座って、馬車を引き受けることにした。
「引き返されると困りますよ。私は、おじさんに無理矢理馬車に乗せられたのですから」
「なんで、そんなシャルルちゃんみたいなことを言うのかな。おじさんが、ジョエルさんに殺されてしまうよ。絶対にやめてよ」
「私は、シャルルちゃんの息子ですから、諦めてください。パパなら、口先三寸で止められますが、お父様は言い訳する前に魔法を放ってきますので、私にも止めることができませんよ」
「諦めたくないよ?!」
「でも、私を誘拐して、幸運でしたね。お父様に殺される前に、現在、飛竜に狙われていますが、そちらなら私が対応できますよ」
「飛竜?!」
「ご安心下さい。私が倒してきます。できたら、手綱を引き取って頂けると有り難いのですが」
「もう終わりだ!!」
行商のおじさんは、大人のハズなのに、全く話にならなかった。こんな大人にならないよう、私も強く生きていこう。
「お兄ちゃん、手伝おうか?」
反対側から、翡翠が出てきた。翡翠まで無断乗車していたとは、このおじさん、もう終わったな。私だけならいざ知らず、父3人に猫可愛がりされている翡翠の誘拐犯になってしまえば、私だって許してもらえる気がしない。
「悪いが、手綱を持っていてくれるか? 危なくなれば、馬車を見捨てて飛び降りてくれて構わないから」
「おっけー。まーかせて!」
不安がないではないが、馬車は翡翠に託そう。手綱を翡翠に渡し、背中に負った太刀を抜いた。
「風の精霊様、飛竜の下へお連れ下さい」
身体が浮いて、一息に飛竜の近くへ飛んだ。
飛竜は、空を飛ぶ小型の竜だ。大型の鳥と言い換えても良い。空を飛び、絶対の安全圏から急降下して、地表の動物を襲う。クチバシや爪で攻撃されるのも恐ろしいが、一番気をつけないといけないのは、足で掴まれてさらわれることだ。そのまま巣に連れ帰られるのはいい方で、基本はその辺で落とされ、絶命したところを食われる。
通常であれば、弩弓か魔法の遠距離攻撃で地面に落としてトドメをさすのだが、私は近接戦闘も魔法も使えるから、飛んで攻撃した方が早い。飛んでいれば、落とされる心配がないのだから、安心だ。
飛竜の背に降り、太刀で首を切り落とす。飛竜の落下に備えながら振り下ろしたのだが、硬くて傷一つ付けることができなかった。鍛えていたつもりだったが、4歳の筋力では、太刀打ちできなかった。
なんということだ! 格好悪い!! 下で妹が見ているのに、こんな有様では、お母様に叱られる。
私は、もう一度太刀を振り上げ、小さな声で呪文を唱えた。
「風の精霊様、皮一枚残して首を斬り落として下さい」
呪文に合わせて、太刀を振り下ろす。格好良い兄の完成だ。残りの飛竜に飛び移り、同じ作業を繰り返した。
馬車に戻り、翡翠から手綱を返してもらい、一度、馬車を停めた。
「風の精霊様、飛竜の遺体を運んでください」
魔法で飛竜の身体を集めた。馬車には乗せない。そのまま魔法で浮かべて運ぶ。
「おじさん、私を誘拐して、幸運でしたね」
「幸運だったかもしれないけど、喜べないな」
ようやく、おじさんが、会話可能に戻った。戻らなければ、このまま馬車ジャックをしてしまえば目標は達成できたが、手間は省けた。
「私の誘拐罪なら半殺し程度に収めることもできたでしょうが、翡翠の誘拐罪は、死刑確定です。申し訳ありませんが、最寄りの繁華街に連れて行って頂けませんか? そこで別れようと思います」
「こんな小さな子を、置き去りにはできないよ! 死刑は怖いけど、送り返すよ」
「お気遣いありがとう御座います。ですが、それでは私の目的は果たせません。このまま先に進んで下さい。伯父の保護下に入る予定です。心配はいりませんよ」
太刀を突き付けて、誠心誠意お願いをした。人は、話せばわかり合えるものだ。私のお願い通り、希望の街まで送ってもらえることになった。
シャルルは、琥珀の母です。
前作のナズナに当たります。