16.また両親が増えた
朝起きたら、ちょっと意味のわからないことが起きていた。
茶髪茶眼、推定年齢26歳のキーリー父さんが、たっぷりとした白いあごひげのおじいさんになっていたのだ。そこまでなら、まだいい。お父様が、変な薬を飲ませた可能性もなくはない。だが、現在行方不明中の黒髪茶眼の母が、赤毛のグラマラス美女になっているのは、どうかと思った。流石のお父様も、無から有を生んだりしないと思うし、お父様に限って、お母様にだけは変な薬を盛ることはない。絶対ない。じゃあ、この人たち、誰なんだよ。どこから湧いて出て来たんだ。
絶対、知らない人なのに、あごひげ爺さんと赤毛美女に「お父さんだよ」「お母さんよ」という圧を受けているのは、どういう訳なのだろう。私の親になったところで、得することなど何もないだろう。最近は、怒られるようなことしかしていない。
「大変申し訳ないのですが、私の趣味の問題で、お二人をお父さん、お母さんと呼ぶのは、抵抗があります。よろしければ、ダディ、マミィとお呼びしても構いませんか?」
「いいとも」
「ええ、もちろんよ」
断りを口にした時、2人の顔は、とても恐ろしいものに変貌していた。お父様たちと同じ呼び名はややこしくなるから嫌だな、と思っただけなのだが、今、とても危ない綱渡りをしていたのかもしれなかった。
朝ごはんは、まあまあ普通だった。パンとシチューが出てきた。味も普通だった。村でも我が家以外では、大体みんなこんなものだ。だが、お父様とお母様に限っては、こんな普通なごはんは出さない。あの人たちは、普通という言葉を知らない。ごはんを食べて、やっぱりうちの両親じゃないじゃん、という気持ちを強くした。最初から、まず見た目が全然違うのだけれども。
「琥珀ちゃん、お皿が空ね。おかわり食べる?」
両親は別人だけど、私は琥珀のままなのか。名乗った覚えもないのに名を知られているのは、どうしたことだろう。村人は、基本的に黒髪しかいない。この人たちが、私の知らない村人である可能性はない。街に遊びに行った時に、すれ違った人なのだろうか。
「いえ、もうお腹いっぱいです。美味しかったです。ご馳走様でした」
食器を自分で洗おうとしたら、止められた。子どもは、食器を下げるところからしなくていいそうだ。楽ちんな家だな。
「じゃあ、楽器の練習をしましょうね」
「え? 楽器?」
マミィが持ってきたのは、フィドルという楽器だ。フィドルってなんだよ、と思っていたのだが、ヴァイオリンが出てきた。小さいギターみたいな形で弦は4本。弓でこすって、音を鳴らす。どう見ても、ヴァイオリンだった。ヴァイオリンとヴィオラの違いとか、見て判別できるほど詳しくないし、もしかしたら若干サイズが違う可能性は、否定しない。
しかし、ヴァイオリンか。弾いたことないな。鍵盤ハーモニカとリコーダーは、お父様に仕込まれたことがあるのだが。
全然弾いたことがないので、まず持ち方から直された。それっぽく持って構えてみたのだが、全然違ったらしい。本体も弓も、指を置く場所が決まっているそうだ。ヒジの角度が、地味にツラい。楽器を持つだけで大変とか、先が思いやられる。
そこまでできたら、次は弓を動かす。1番弾きやすい外側の細い弦の上をすべらせた。思いの外、簡単に音が出たのだが、弓を動かす角度が悪い、と何度直されても直らなかった。肘を後ろに動かしてはいけないのは、わかった。しかし、それ以外はやって見せてもらっても、自分の弾き方と何が違うのか、まったくわからなかったのだ。マミィが言う角度で弾くには、圧倒的に腕の長さが足りないような気しかしない。私は、フィドルの才能もないのかもしれない。あんまり直らないから、そのまま次の段階に進むことになった。
次は、2番目に細い弦を弾く。作業的には、変わらない様に思えるのに、難易度が全然違った。さっきの弦は1番端だった。今度は、真ん中の弦だ。端の弦と同じ気分で、適当に腕を動かすと、2本同時に音が鳴る。1本だけ弾くのは、とても集中力が必要だ。端の弦すら、楽器本体と一緒に弾いていた私には、真ん中の弦は、難易度が高すぎる。4本しか弦がないのに、もう挫折したい。
「琥珀ちゃん、どうしたの?」
「申し訳御座いません。どうやら私には、フィドルの才能もないようです」
マミィも、同じように感じていたのだろう。持っていた楽器を取り上げられた。そして。
「琥珀ちゃんは、上手よ。初めてなのに、もう2本目の弦まで進んだんだもん。私なんて、そこまで進むのに、一週間はかかったわ。大丈夫よ。琥珀ちゃんは、フィドルの才能はあるわ」
軽く抱きしめられた。ふわふわだ。お母さんだ。
たったこれだけのことに一週間もかかるとか、絶対に嘘だというのは、気付いた。お母さんだという時点で嘘なんだから、最早、真実なんて何もない。だけど、身体の温もりは本当で、慰めてくれる存在が嬉しくて。
母に飢えていた私は、簡単に籠絡された。なんだ、この家最高じゃん。マミィに飛び付いて、散々甘えたことを言って、そのまま寝た。
お昼寝から起きたら、やる気100倍だ。絶対に、マミィを失望させたりしない。才能なんかなくても知るか。天才にはなれずとも、秀才にはなれるハズだ。私は、腕も指も揃っているのだ。フィドルの習得に不足はあるまい。もう少し腕が長ければ良かった、とかもう言わない。
2本目の弦だけ弾く課題は、3分で終えた。上手く弾ける角度を見つけたら、機械的に同じことを繰り返せばいいだけだ。それが難しいのだが、できないことではない。私ならできる。できる。できる。できなくても、できろ。
次の課題は、ようやく音階が出てくる。3本目以降の弦は、まだ放置らしい。
マミィが持っている大人用のフィドルには、付いていないが、私の子供用フィドルには指を押さえる場所にマークが付いている。そこを楽器に添えている左手の指で押さえてから弓を動かせば、音が変わった。指の位置がちょっとズレただけで、想定と違う音が出る。押さえたつもりでも、弦の上に指が乗っていないことすらあった。いずれは、マークなしのフィドルを弾けるようにならなければならないのだから、なかなか難しそうだ。だが、私はしばらく子どものままだ。マークを存分に利用させて頂こう。
だが。音階が出てくると、途端に楽器を弾いている感が出る。鍵盤ハーモニカやリコーダーの基本の音は、ドだった。フィドルのスタートの音は、ラに聞こえる。それとも、基本の音はミの方だろうか。よくわからないが、変調をしてしまえば、鍵盤ハーモニカの曲でも弾けるのではないだろうか。いや、両手演奏も和音もできない。鍵盤ハーモニカの曲は難しすぎるな。リコーダーの曲にしよう。
ドレミファソならラシドレミ? ファ辺りにシャープとか付くかもしれないな。ファのシャープか、シのフラットさえ付ければ、大体なんでも変調できると信じている。今回は、フラットは付けないが。
なんだか変だな。ドも半音上げた方がいいのか?
「えーと。A、B、CD、EF、ジー。……with me.」
お父様に三年くらい前に強要された歌を思い出しながら、弾いてみた。ぱっと思いついた簡単そうな曲だ。
「ブラボー!!」
なにー!? びっくりした。びっくりした!
夢中になっているうちに、マミィがダディに変わっていた。美人のマミィが、あごひげ爺さんになったかと思った! すごい拍手してくれてるけど、びっくりしすぎて、嬉しくはなかった。
「もう作曲するほど弾きこなすのか、琥珀は天才だな」
「違いますよ。フィドルは初めてですが、他の楽器を父に習ったことがあるのです」
「そうか。そうだったな。ワシが昔、教えたな。忘れてたわ」
ダディは、ガハハと笑っていた。笑っても誤魔化せないと思う。
新しいお父さんお母さんという設定なのだと思っていたのに、実の両親設定だったとは、今知ったよ。うちは、父は3人いるのに、ダディは一人三役やる気なの? 父さんの代わりは務められるかもしれないけれど、パパの代わりは無理じゃない? お父様の代わりをするなら、逃げ出すよ?
この人たちと、どう付き合っていったら、いいんだろう。別に、嫌いではないけれど、意味がわからなかった。
次回は、フィドル以外の芸に挑戦。




