第38話 運命のシャーレ死す
私は「時の加護者」アカネ。
処刑場の八つ裂き刑は『アリアの剣』を持ったアコウが猛獣トリュテスクローを倒したことでひとまず幕を閉じる。だが、そこに現れたジイン王は未だにラヴィエたちを逆賊者として処刑すると言い張る。その言葉を聞きついに「運命の加護者」シャーレが動いた。
—フェルナン王宮 処刑場—
「ジイン王、30年ぶりね。相変わらずズレたところでガンコね」
「シャ、シャーレ様.. 」
突然のシャーレの登場にジイン王は驚きが隠せなかった。
「クローズの説得も聞かずに.. 仕方がないから私が出てきてあげたのよ。さぁ、あなたもこちらにいらっしゃい」
シャーレはあらかじめ呼んでいたギプス国スタン王を闘技場内へと促した。
「2人の王よ。今から私がお前たちに言葉を授けるわ。これがどういう意味を持つかわかるわね? 」
「はっ!」
「はい」
ジイン王とスタン王はシャーレの前へひざまずいた。
「ねぇ、ねぇ、シエラ、いったい何が始まるの? 」
「シャーレ様は今から運命の道しるべを授けようというのです。これは滅多にないことなのですよ」
シャーレの黒髪が銀色に輝き始めた。
『新たに旅立つ者がその霞を切り開く』
ジイン王もスタン王も困り顔になった。
「ふふふ。これだけじゃ、わからないわよね」
シャーレは2人の王の間に顔を差し込んで、耳元で怪しくささやいた。
「—— わかったわね」
「し、しかし! それでは—— 」
その瞬間ボーガンの矢がシャーレの胸を貫いた!同時に料理長タニシ短剣を手に凄まじい速さで動いて、シャーレの首をはねた。
シャーレの首は3寸先に転がり、残された身体はゆっくり膝を曲げ崩れ落ちた。
主であるシャーレが倒れれば当然、トパーズのクローズも砂埃を巻き上げながらその場にバッタリと倒れる。
「 シャーレッ! 」
飛び出そうとする私を制止するシエラ。
「何でよ! どきなさいっ! 」
「落ち着いてください。手出しは無用と言われたことを忘れたのですか? 」
「いまさら、何言ってるのよ! 」
「アカネ様、僕は今までアカネ様を守り損ねたことがありましたか? 」
「ないわ。だから何? 」
「僕らトパーズは主を守ることが存在意義なのです。だから主が襲われた時に反応しないなんてことは万が一にもないのですよ。 シャーレ様が矢に射抜かれた時、クローズは動かなかった。自ら動かなかったのです 」
「 ..ぬぅ ..わかった。じゃ、動かない。私も」
「やった! 最高だぜ! やってやったぜ! あの御方の言う通りだ! 」料理長タニシが薄ら笑いで立っていた。
「貴様、何者だ? 」
ジイン王が声を荒げた。
「へへへ。俺はこれを待っていたんだ。『運命の加護者』シャーレがノコノコと現われるのをな。力を弱めたこいつが『運命の祠』から姿を消しやがったと思ったら、まさか乳母に変装しているとは.. まったく面倒くさい作戦だったぜ」
「すべてはお前の仕業か? 」
「ご名答!」
ジイン王は刀を構える。背中にはスタン王が拳つばをはめ構えている。
「けへへへへ。お前ら、間抜けだったぜ。ついでに言うとな。俺はタニシじゃねぇ。本物のタニシは今頃、池の中で魚を吟味してると思うぜ。ま、もっとも魚に食べられるのは自分だがな! ぎゃははは」
「衛兵、この逆賊をひっとらえろ! 」
衛兵がタニシを取り囲むがその姿からは想像もできない動きで衛兵の間をすり抜けていく。
「俺を捕まえるなど不可能だぜ。俺は自分の頭さえ入ればどんな隙間でもすり抜けることが出来るんだ」
「じゃ、僕らから逃げられるかな?」
私とシエラがその行く手を遮ると、タニシは憎しみの眼差しをぶつけてきた。その憎しみは私に向けられているようだった。
「てめーがじゃましなければギプス国のスタンもくたばって二国間の戦争になっていたはずなのによ」
何かが高速で空気が動いたのを感じた。ちょうど矢の分量だけの空気の動きだ。背中からだ。その考えは一瞬より長く感じた。まるで、その一瞬を長い時間で眺めているような感覚だ。そしてそれは絶対の信頼のもとに起きた考えだ。
(シエラに任せよう)
—ガキンッ
音と共に矢は天空へと蹴り上げられる。だが蹴ったシエラの体勢が崩れたところに短剣が振りぬかれた。シエラは身体を回転させ地面へ倒れた。
「へへへへ、ちょろいぜ」
「てめ、ふざけんなっ!」
ついシエラが倒れた姿を見て頭に血が上ってしまい渾身の蹴りを繰り出してしまった。大きな衝撃音とともに辺りが水蒸気で真っ白になってしまった。直撃はしなかったがその破壊力でタニシの腕がひしゃげるのがわかった。
「ギ、ギャー!! お、俺の腕がめちゃくちゃだ。いてー! いてーよっ!」
地面を転がって痛がっているこいつを見ても、留飲を下げる事などできはしなかった。だが、言いたい事だけは言わせてもらおう
「自業自得だ。クソ野郎!」
転げまわるタニシをよく見ると顔の皮がめくれあがっている。(うわっ、なんともグロ.. )いや、変装したマスクが剝がれたのだ。なんと!料理長タニシの正体はミゼだった!
「て、てめー、また俺の腕をこんなにしやがって!」
失敗した。思いのほかミゼを飛ばしすぎてしまった。抜け目ないあいつは転げまわりながらも闘技場の出口へ移動していたのだ。
「この恨み忘れねぇぞ! この野郎!」
捨て台詞を吐くとミゼは憎しみの眼差しを向けながら逃げて行った。
「野郎じゃないわよ! 私はか弱い女の子だ! この馬鹿!」
辺りの空間に意識を集中させる..どうやらボーガンを操る刺客もいなくなったようだ。
シエラが倒れて尻尾を出して来るかと思ったが思った以上に敵も用心深いようだ。
さて、ここからもうひと仕事しなければ..
私はジイン王へ向き直した。




