味方に裏切られて死んだ世界最強の女テイマー、愛され幼女に転生する~二百年後の未来ではテイマーが崇められていますが、私は従魔ともふもふスローライフを送りたいので聖女様認定はやめてもらっていいですか?~
『馬鹿な……! この俺が、人間ごときにィイイイイイイイイイイイイイイ!!』
絶叫とともに魔王がその身をチリへと変えた。
私は膝をつき、荒い息をする。
勝った。
勝ったんだ! 私が、魔王を倒した! 世界を救った!
『やったな、レティ!』
『ええ。とうとうあなたは世界を救ったのです』
『――』
「ありがとう、イグニ、マリア、バルディア」
労いと賞賛の入り混じった仲間の言葉にそう応じる。
まあ、仲間といってもそこにいるのは竜、精霊、アンデッド騎士といった魔物たちなんだけど。
私、レティシア・マスタリーは魔物使いだ。
孤児としてスラム街で暮らしていたところを、テイマーの才能を見込まれて拾われた。そして過酷な訓練を受け、一人前となった。
そんなテイマーである私に課せられた任務は、人類を滅ぼそうとする魔王の討伐。
それでも私は仲間の従魔たちとともに単独で魔王の元に突撃し、そして勝利することができた。世界は平和になったのだ。
すごいことだ。
歴史に残る偉業だ。
けれど……私は胸を張れなかった。
「うう、ううううっ……! ネル、シエル、レストぉ……」
戦いの中で死んだ従魔の……いや、仲間の名前を叫ぶ。
私は魔王と戦うために最強の魔物たちをテイムしてきた。
炎帝竜イグニ。
精霊女王マリア。
不死騎士バルディア。
突然変異の巨大スライム、ネル。
嵐を司るカーバンクル、シエル。
膨大な数の眷属を操る女王蜂、レスト。
そのうち三体は戦いの中で死んでしまった。
それほどまでに魔王との戦いは厳しいものだった。
『……泣くなよ、レティ。あいつらは進んでお前の駒になったんだ』
『そうです。あなたが生きていればそれでいいのですよ、レティ』
『――』
生き残った炎帝竜、精霊女王、不死騎士が心配するように寄り添ってくれる。
「……ありがとう。でも、私はやっぱり……みんなで生きて帰りたかったな……」
テイムした魔物たちのことは対等な仲間だと思っている。
だからこそ、魔王を倒しても私は喜べずにいた。
『元気を出しなさい、レティ。ずっと言っていたでしょう。魔王を倒したら自由にを満喫すると。その夢がかなうんですよ』
マリアの言う通り、私たちテイマーは兵器のように扱われていた。
私たちの存在意義は魔王を倒すことのみ。
当然、遊んだことなんてない。
だから私はずっと、魔王を倒すという義務から解放される時を楽しみにしていたのだ。
『そうだぜ。あいつらも、お前には笑っていてほしいはずだ』
『――』
イグニはそう言い、バルディアも同意するように頷く。
「ありがとう。みんな優しいね」
『お、俺様は別に優しくなんかねえよ。ただ、お前が大人しいと調子が出ねえっていうか――』
『はいはい出ましたねイグニのツンデレが。もう見飽きました』
『なんだとマリアごらぁ!?』
いつものように漫才を始めるイグニとマリア。
なんだか気が抜けてしまって、私は思わず笑ってしまった。
……と。
ザッザッザッザッ!
足音を重ねて鎧姿の一団が現れた。
「無事に魔王を倒せたようだな、レティシア・マスタリー!」
「……騎士団長殿?」
魔王討伐をテイマーである私に任せて、国に引っ込んでいた彼らがどうしてここに?
騎士団長がニヤニヤと笑いながら歩いてくる。
「これから貴様には最後の任務を行ってもらう」
「まだ何かあるのですか?」
正直くたくただけど、仕方ない。彼らは私の主である国王陛下の名代だ。
彼らの命令に従わなくては。
「なに、すぐに済むことだ。レティシアよ、そこに立っていろ」
「はあ……」
一体なんだというんだろう。もう疲れているんだから早く休ませてほしい。
ドウッッ!
「――え?」
いきなり生まれたお腹の痛みに私は一瞬何が起こったかわからなかった。
騎士団長の隣にいる魔術兵が私に杖を向けている。
私は魔術で撃たれたのだ。
「ごふっ……」
立っていられずに私は血を吐いてその場に倒れる。
お腹に空いた穴からどくどくと血が流れ出る。
『『レティ!?』』
イグニとマリアが悲痛な叫びを上げる。
「ははははははははははははははは! 油断したな、テイマー! お前の最後の仕事はなぁ~、死ぬことだよ!」
騎士団長が大笑いしながら叫ぶ。
「テイマーは最強の存在だ。だから魔王を倒せた。だがなあ、そんな危険な連中を野放しにしておくと思うのか? 魔王はもういない。お前らは用済みなんだよ!」
「用、済み……?」
「そうだ! 筋書きを教えてやる。お前は魔王に善戦するも、“敗北”した! そこに駆け付けた俺たち騎士団が魔王を討ち取ったんだ! 不甲斐ないテイマーに代わってな! これで俺たちは未来永劫語り継がれる英雄になる!」
何、それ。
意味がわからない。
そんなくだらない名誉のために私を殺そうとしているのか、この人たちは。
『てめぇッ……!』
『……死にたいようですね』
『――』
イグニ、マリア、バルディアが殺気を放つけれど、騎士団長は怯まずにさらに部下に指示を出す。
「魔術兵、あの魔物どもを撃ち殺せ! 今なら弱っているぞ!」
「「「おおおおおおおおっ!」」」
魔術兵たちが一斉に杖を構え、魔術を放つ。
巨大な火球や雷撃が降り注いだ。
……倒れている、私に向かって。
『『――ッ!?』』
イグニたちが咄嗟に私を庇う。
「あははは! お優しいなぁ、魔物ども! そら、きちんと庇えよ! でないとお前らの大切なご主人様が消し炭になるぞ!」
狂ったように笑いながら、騎士団長が叫ぶ。
私を庇うイグニたちが、魔術を浴びて血を撒き散らす。
『がぁッ……』
『この程度の、攻撃で……!』
やめて。
もうやめて。
普段のイグニたちならこんな魔術、ものともしないだろう。
けれど今は恐ろしい魔王と戦った後なのだ。もう、イグニたちも限界だった。
魔術兵の砲撃は一分近くも続いた。
『……ぁ、が』
『レティ……ごめん、なさい』
イグニは死んだ。
マリアも。
家族のように大切だった二体がその場で永遠に動きを止める。
『――』
アンデッドの騎士であるバルディアだけが私を庇って立ち続けていたけれど、体はぼろぼろだった。
「ふん、ようやく死んだか化け物どもめ」
騎士団長はほっとしたように息を吐き、私を見た。
「これがお前の最後の仕事だ、レティシア。さあ死ね怪物。お前のような“兵器”は平和な時代には必要な――ぁが」
騎士団長の首が飛んだ。
バルディアがやった。
『ァアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
バルディアはボロボロの体で騎士団の中に飛び込み、騎士たちを惨殺した。
こんなに怒り狂ったバルディアを見るのは初めてだった。
普段は寡黙なのに。
私は嬉しかった。
バルディアがイグニやマリア……それに、私の死をそれだけ悲しんでくれていることがわかったからだ。
バルディアは数分で騎士団を皆殺しにした。
それからこっちに歩いてくる。
『……レティシア』
私はこの時、バルディアの声を初めて聞いた。
『守れなくて、すまなかった……』
悔しそうで、悲しそうな声だった。
私は死ぬ。
あっけないなあ。
せっかく自由になったのに。
楽しいことはこれからだったのに。
今までたくさん苦しんだぶん、楽しく生きると決めてたのに。
『――だが、ただでは死なせない』
バルディアは私の前にひざまずいた。
『私は【冥府の門番】バルディア。死にゆく貴女は本来なら冥界に行くが……私の権限でそれを拒絶する。貴女の魂はこの現世に留まる。そしていつか、ふさわしい“器”が生まれた時に転生する』
転生?
どういう意味?
『幸せになってくれ、レティシア。今世で戦いすぎてしまった分まで』
バルディアの体が黒く輝き始める。
何か大きな力を使おうとしていることが伝わってきた。
視界が暗くなっていく。
音が聞こえなくなっていく。
私の意識は薄れていって――
▽
『『『ガルァアアアアアアアアアアア!』』』
……何かの吠える声が聞こえる。
何? 魔物でも近くにいるの?
「くそっ……こんなところにブラックウルフが出るとは!」
「あなた、逃げましょう!」
「そうはいかん! ここで逃げても追いつかれる……! イレイナ、逃げろ! ティアを連れて!」
男性と女性が言い争っている。
女性のほうはやたら距離が近い。
私は抱かれているようだ。
この人たちは誰だろう?
というか……あれ?
自分の体のサイズ感がおかしい。
なんだか縮んでいるような気がする。
でも、そんなはずはない。なんとなく三歳児くらいの体格な気がするけど、私レティシア・マスタリーは十六歳の成人なのだから。
となると夢……ということなのかな。
うん、そういうことにしよう。
『ガルァアアッ!』
ギィンッ!
「うぐぅう……! は、早く逃げろイレイナ!」
「駄目よ、そんなこと……だって、ティアはまだ三歳なのよ? 父親のあなたがいなくなったら、この子は悲しむに決まっているわ! 一緒に逃げましょう!」
剣でブラックウルフと戦う男性。
そして涙ながらに一緒に逃げようと懇願する女性。
なんだか緊張感のある夢だ。
このままだとこの二人は本当に死んでしまうんじゃないかと思えるほどである。
まあ夢だしどうでもいいけど。
というか、夢じゃなくてもどうでもいい。
だってこの二人は人間だし。
私は人間に――騎士団に裏切られた。
最後まで味方でいてくれたのは従魔たちだけだった。
人間なんて今さらどうでもいいよ。
騎士たちの関係者ではないんだろうけど、ブラックウルフたちに蹂躙されればスカッとするに違いない。
『ガルアアアアアアア!』
「っ……ティア!」
ガリッ!
「づぅ……!」
「イレイナ!?」
ブラックウルフの一体が男性の横をすり抜けて襲ってきた。
私を引き裂こうとした爪を防いだのは……私を抱えていた女性だった。
自分の体を盾にして、私を守ったのだ。
「ティア……大丈夫? 絶対に傷一つつけさせないからね……」
……
ティアって誰のことですかね。
私はレティシアですけど。
そんなことを思いながらも不意に脳裏にある景色が浮かぶ。
それは、騎士たちの魔術に襲われかけている私を庇ったイグニとマリアの姿だ。
私は人間なんて嫌いだ。
けれど、目の前の女性は……私が大好きだった従魔たちと同じことをした。
ぼたぼたと彼女の背中から血がこぼれ、地面を赤く染めていく。
それでも彼女は私を庇うのをやめようとしない。
「さあ、来なさい! 私がいる限り、この子には傷一つつけさせない……!」
決意を込めた声色で叫ぶ女性。
獰猛な魔物であるブラックウルフたちが怯んだような気すらする迫力だった。
彼女は本当に死ぬまで私の盾となるつもりだと、直感的にわかった。
……はぁ、仕方ない。
どうせ夢だし、いいか。
私は周囲を見回す。
すると……いた。
『……』
ホワイトウルフだ。かなり大きいうえに妙な貫禄がある。
あの子にしよう。
私はテイム魔術を使った。
魔物はテイムできるものとできないものがいる。
ブラックウルフはできないけど、このホワイトウルフはテイム可能な魔物だ。
魂の一部をほどいて、ホワイトウルフの方に伸ばす。そしてお互いの魂を結合させて“魔力回路”を形成する。
「【隷属せよ】」
テイムに成功した。
成功はしたけど……指示はできて一回ぐらいかな。
なんか全然魔力が足りてない。
テイムをしただけで頭がくらくらするほどだ。
私はこんなにやわじゃないはずなのに……
まあ、一回言うことを聞いてもらえれば十分か。
(このブラックウルフの群れを追い払って!)
私が心の中で念じると、ホワイトウルフはすぐに動いた。
『わぉおおおおおおおおおおおおおおおんッ!』
『『『ガルゥウッ!?』』』
ホワイトウルフは男女を襲っていたブラックウルフの中に飛び込んだ。
暴れ回ってブラックウルフを蹴散らす。
『キャインキャイン!』
『わぉおおおおおおおおおおお――――――ん……!』
ブラックウルフの群れは逃げていき、勝利の吠え声を上げるホワイトウルフ。
終わったみたい。
「お、俺たちを助けてくれたのか……?」
「ああ、なんてこと! 魔物が助けてくれるなんて……まるで“神獣騎士団”の従魔みたいだわ!」
男性は呆然と、女性は感極まったようにホワイトウルフを見る。
……いや、その子テイムして言うこと聞いてもらっただけですけど。
テイム魔術なんてそこまで珍しいものでもないでしょうに。
『くう~ん』
私のところにやってきてホワイトウルフがぺろぺろと顔を舐めてくる。
けれど残念ながら時間切れだ。
プツッ、と私とホワイトウルフの繋がりが切れる。
魔力が足りずに契約が切れたのだ。
「もう行っていいよ。助けてくれてありがとう」
『わふ……』
ホワイトウルフはなんだか寂しそうに去っていった。
ちらちらとこっちを見ながら。
懐かれたかな……?
でも、この夢の中の私は魔力が少ないみたいなので仕方ない。
あのホワイトウルフは今の私には不相応の相手なのだ。
「お、おい……イレイナ。この子、今」
「え、ええ! 見間違いじゃなければ、魔物と話していたわ!」
なんだか騒ぎ始める男女。
正直どうでもいい。
眠い。
テイムに魔力を使ったせいだ。
何で私は人間なんて助けたんだろう……
アホらしい。
そんなことを考えながら、私は眠りに落ちた。
▽
自分の娘が眠った途端、男女は――辺境を治める男爵家、ロックス・エイジャーとその妻イレイナ・エイジャーは愕然としていた。
「い、イレイナ! 大丈夫か!?」
「大丈夫。ただのかすり傷よ」
強気に笑ってそう言うイレイナに、ロックスは慌てて治療を施す。
「傷痕が残るかもしれない……」
「仕方ないわよ。魔物に襲われたんだもの。あなただってボロボロになるまで頑張ってくれたじゃない」
当のイレイナは勲章とばかりに気にしていないようだったが。
彼らは三歳になる娘のティアを連れて、領地内を散策していた。
しかし帰り道にブラックウルフの群れの襲われてしまった。
絶体絶命の窮地に陥っていたが、それを突然現れたホワイトウルフがあっさり助けてくれたのだ。
「ティアは……眠っているだけか?」
「そうみたいね」
ティア・エイジャー。
彼らの愛娘だ。
「きちんと確かめさせてくれ。だってティアはさっき、魔物に襲われて頭を打っただろう?」
「……そうね。一生の不覚だわ」
イレイナは項垂れる。
そう、イレイナはブラックウルフに襲われた時、驚いて一度ティアを取り押しているのだ。
ティアは頭を打ち、がっくりと気絶した。
それこそ死んでしまったかのように。
しかしどうやら無事のようだ。
今はぐっすりと寝息を立てている。
「さっきのホワイトウルフだが……やっぱりティアが指示して俺たちを助けさせたんだろうか?」
「そう見えたけど……」
「けど、有り得ない! こんな小さな子供があんなに大きなホワイトウルフを従えるなんて聞いたことがないよ! 神獣騎士団にだってそんなことができた人はいないはずだ!」
神獣騎士団。
この国における最精鋭部隊の名前だ。
そこに所属できる人間は全員がテイマーとされている。
そしてその団員数は……わずか十名にも満たない。
それほどまでにテイマーという存在は貴重だ。
その騎士たちでさえ、さっきのティアがやったようなことは再現できないだろう。
「つまり……そういうことね、あなた」
「ああ、そうだイレイナ」
二人は頷き合った。
「「うちの子はなんて天才なんだ(なのかしら)!!」」
そう。
この二人は底なしの親バカだった。
今まで何の変哲もなかった娘がいきなりテイマーの才能に覚醒したことなど、もはや気にもしていないようだった。
「すぐに戻って神父様を呼ぼうじゃないか!」
「そうね! うちの子が神様に愛されたテイマーなのかどうか、しっかり確かめなくちゃ!」
この時ティアは――レティシア・マスタリーの魂を受け継いだ少女は、予想もしていなかった。
人間嫌いとなったティアが、これからどれほど親バカの二人に甘やかされるのか。
そしてこの世界では、どれほどテイマーという存在が貴重かつ神聖となっているのか。
すやすやと寝息を立てる愛され幼女は、まだ気付かない。
▽読者の皆様へ▽
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