短編 50 ババア三倍剣
酷いタイトルですが、中身はわりと真面目です。
……真面目かなぁ?
天魔伏滅鬼神剣。
そんな流派がある。
鬼を切り、魔を滅する。それをただ追い詰めた、人ならざる者を切り捨てる剣。
科学技術栄えし昨今では鬼も妖怪も狩り尽くされたようで無用の長物となってはいる。
でもそれは脈々と受け継がれているのだ。いずれ必要になることもあろうと。
それを知ったのは二十歳の事。ようやく修業を終えて山から降りる事が許可された日の事だった。
物心ついた時から修業の日々。一日たりとも剣を握らぬ日はなかった。学校は全てリモートでこなして大検も取ってある。各種資格も取った。ナマハゲ伝道士はちょっとどうかと思うがとりあえず取っておいた。
もし現れたら一太刀で倒すために。
まあ出ることはないのも分かってはいる。
もうこの世界に妖異の類いは居ないのだ。
みんな別の世界に旅立った。
殺してあの世に送った、というのも含まれているが、基本的には自分達の領域に引っ込んだ、というのが、じい様達の見解だ。
今の世の中には鬼も妖怪も悪魔も天使も居やしない。いるのは欲に呑まれた人間だけ。
ぶっちゃけ、うちの流派に存在価値はない。誰も必要としない。誰も困ってないのだから。
でも残さなければならない。いずれ来るその日のために。
妖異は必ずこの世界に舞い戻る。
その時には奴らを殺す手段が必要になる。普通の攻撃でも大丈夫らしいので、個人的には、すごーく微妙なんだけど、これもお役目ということで代々の継承者は諦めてきた道らしい。
……ショットガンでいいじゃん。ライフルで良くない? 最終的にバズーカあるよね?
そう思うのも当然だと思う。
狼男にしたって銀の弾丸をマシンガンでぶちこめば良いことだし。
時代は火器。棒切れを振り回す時代は疾うに過ぎ去ったのだ。
それも時代。そのうちレーザー銃とかが主流になるのだろう。剣は懐古のガラクタになる。時代とはそういうものだ。
で、長々と説明したが、今日は最後の継承の儀である。
山を降りてから教わる最後の技。
代々の継承者は最後にこれを教わってからようやく当主となる。
その奥義ともいえるものは先代より伝えられる秘奥にして禁忌。
現代においても絶大な威力を誇るそれは、我が流派が現代に残ってる最大の理由でもあったのだ。
「……今代の継承者よ。努々呑まれるなかれ」
それを締めとして継承の儀は終わった。
私は知ったのだ。天魔伏滅鬼神剣。その秘奥にして禁忌にされている剣の奥義を。
……ババア三倍剣とか意味分かんないんですけどね。
鬼を切り、魔を滅する。それが我が流派の基本。
ババア三倍剣。
人ならざる者を切り捨てる為に追求されたのが天魔伏滅鬼神剣。
ババア三倍剣。
その気になればライフルくらいならぶったぎれる。それが私の学んだ剣の極致。
ババア三倍剣。
……二十年。物心ついた時からと換算しても十五年は修業を積んできた。それが最終的に……ババア三倍剣。
先代はこう説明した。
「いや、お前はババアどもの本当の恐ろしさを知らんからそんな目でワシを見とるんじゃ。あやつらは人を捨てた化け物揃いじゃぞ? 本当じゃぞ? バスの列なんて守らずに普通に横入りするし、髭が生えたまま化粧して妖に変化するんじゃぞ? 本当じゃぞ!」
何故か先代は必死だった。
マナーを知らないババアがいることは私も知っている。だが、一応そいつらは人間……である。きっと。
人ならざる者を切り捨てる剣の奥義がババアを切ることに特化した『ババア三倍剣』というのは……あまりにも……あれである。
この剣技はババアに対してのみ三倍効くらしい。
オモチャの剣でもないのだから普通の人間であれば一息で切り捨てる事が可能である。一太刀で真っ二つ。鬼よりも遥かに柔い人間なら当然である。
ババアの固さは鬼よりも上なのか?
それは最早人ではなく鬼ババアでは?
先代は必死に答えた。
「やつらは人じゃ。だからこそ恐ろしい。鬼なら切れる。後腐れなくのぅ。じゃがやつらは人の括りを受けておる。切ればワシらがお上に捕まってしまうのじゃ。その剣が神速の打ち込みを基本としてるのはそういうことじゃ。バレずに切れ。絶対にバレるでないぞ」
……それは……あれだ。普通に暗殺者だ。刺客の考えだ。
……このじじい……切り捨てるか?
そう思ってしまったのも当然だろう。
老いたりとはいえ先代の継承者である。切れなかった。むしろ切られかけた。
なんてじじいだ。
孫を殺すつもりで剣を振り回すとは。まぁじじいはいい。
とりあえず山を降りたので街に出ることにした。
これが初めてのお出かけ、というわけでもない。ちょくちょく街に出たりはしていた。流石に剣だけ修業するわけにもいかないので。
街は賑やかだった。
そして……ババアに溢れていた。
思わず鯉口を切ってしまったのも当然だろう。
右を見てもババア。
左を見てもババア。
あり得ない光景に体が自然と抜刀体勢に入ってしまった。
時刻は昼を過ぎた辺り。まだ大禍時には遠い時間。なのにババア溢れるこの異常事態。
コンビニエンスストアーの店員は流石に若かった。なので聞いてみた。
「最近少子高齢化でおばあちゃんが増えたんですよねぇ。コンビニなのに値引きしろとかうるさくって。レジの列も守らないし、やりたい放題ですよ」
……にゃるほど? つまり……妖異の類いではない……のかなぁ。
道を歩くババアは他人の事などお構い無しに道のど真ん中をヨロヨロと進んでいる。道路を横切るのもヨロヨロ。カートを押しながらの爆走状態だ。
確かに目に余るが……。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえた。汚い声の悲鳴が道路の方から聞こえたのだ。そっちを見ると一人の老婆が道路に伏せていた。
すわ、ひき逃げか!
と思ったが車の音はしていない。
道路に倒れ込む老婆。道を塞いでいるので車も止まる。心配になって降りてきたのだろう運転手に何故か倒れている老婆が噛みついた。いや、物理的にではなく比喩的な意味で。
老婆が喚いている。どうやら一人で転んだようだ。救急車を呼べと喚いている。運転手は困り顔だ。とりあえず懐から文明の利器を取り出して電話しているようだ。
ふふふ。私も知っているのだよ。あれは電波によって遠くと会話が出来るカラクリであるとな。
運転手はずっと電話しているのだが、老婆が一向に黙らない。道路に横たわったまま喚き散らしている。電話している運転手に向かってさっさと助けろ、起こせと言う始末。
……うーん。元気そうに見える。
そうこうしてると警察官がやって来た。車が止まっているので渋滞になっている。それでやって来たのかもしれない。でもこれで一安心。運転手も解放されるだろうと私も私以外の野次馬も思っていた。コンビニエンスストアーの店員もな。
だが老婆の喚きによってそれは覆された。
「こいつだよ! こいつにあたしゃ轢かれたんだよ!」
その場にいた全員が驚いた。
警察官も驚いていた。何せ倒れ伏す老婆は車とはかなり離れた距離にある。
犯人にされた運転手が頭をぶんぶん振っている。救急車を手配していた運転手にとっては、まさに驚天動地だろう。
警察官も運転手の高速首振りと周囲の野次馬の顔色でそれを察したみたいでため息を吐いていた。
「……最近多いんですよ。ああやって当たり屋の真似事をするおばあちゃんが」
コンビニエンスストアーの店員は遠い目をしていた。
またしても老婆が喚き出した。今度は警察官に噛みついたようだ。勿論物理的ではなく比喩的な意味で。
運転手は文明の利器を仕舞っていた。まぁそうだろう。犯人にされてまで助けの手を差しのべるのは狂人の行いだ。
警察官が老婆の相手を、車の運転手が自分の車に戻っていく……とその時老婆が動いた。
「逃がさないよぉぉぉぉ」
マシラのごとき動きで老婆が跳ね起き、背中を向けていた運転手へと飛びかかり襲い掛かった。そして噛みついた。比喩的な意味ではなくて物理的に。
……妖怪じゃん!?
結局私は動けなかった。警察官が必死になって妖をひっぺがして運転手の人を助け出していた。
ここでようやくサイレンの音が聞こえてきた。赤色灯を照らす救急車には運転手の人が乗せられてすぐさま運ばれていった。妖は複数の警察官によって拘束されてパトカーに詰め込まれた。そして車体はいつまでも揺れていた。
「今月で三回目ですよ。嫌な時代になりましたよね」
野次馬とコンビニエンスストアーの店員との会話が聞こえてきた。
そっかー。今月って言うか、今は六日なんだけど。それで三件かー。
私は現世に妖異が戻ってきたと知った。
このときより日本各地で妖怪の斬殺死体が頻繁に発見されるようになる。
それは最早人ではない。
それは最早妖怪と成り果てたものである。
多くの妖怪が真っ二つになるも列島は哀しみに沈むことなく、むしろ喜びによって迎えられた。喜びというか慶びである。
特に喜びに沸いたのは警察関係者であったことも追記しておく。
ババア三倍剣。
歴史の裏に隠された秘剣。それが切るのは人に非ず。人の括りに潜む妖異である。
今回の感想。
……これはフィクションだピョン。