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08.


「お目付役が出来て良かったわ」

 そう、おっとりと笑うのはウィンガムの婚約者、フィリアだ。

 クライドの婚約者として七ヵ月。あの騒動があってから三ヵ月が経っていた。

 兄王子たちもあの誓約書に納得してくれたようで、アリサとしてはひとまず胸を撫で下ろしている。


 そうはいっても、取り敢えず王子妃教育は続けられるようで……

 王子妃教育の一環として登城する中で、こうして王族の婚約者同士の交流も設けられていた。

 正直、品行方正とは言い難い自分が受け入れられるとは思わなかったが、兄王子の婚約者たちはいずれも寛容な方々で、アリサを喜んで迎え入れてくれた。


 実の姉との関係を考えると不思議ではあるが、アリサの心は温いもので満たされていた。


 コンラッドたちの結婚式まで半年を切っていた。

 それで多忙な王太子の婚約者、ローデは本日のお茶会は欠席だ。アリサはフィリアと二人、向かい合って互いの近況を語り合っていた。




(それにしても絵になるわフィリア様。本当、淑女って感じ)

 紅茶を淑やかに口に運ぶフィリアに、思わず溜息が漏れそうになる。

 

 光が零れるサロンで手入れをされた花々に囲まれ、自らも丁寧に磨きあげられた尊い貴婦人。


 反面、アリサは場違い感に居た堪れなくなっていた。

(殿下も、もう少し容姿を重視して選んだらよろしいのに……)

 自分は図太い方だと自覚はあれど、そんなものは時と場合による。ドレスや宝飾はクライドの計らいで充分過ぎるものを身につけているが、そういう事ではないというか……流石に普段手入れを怠っている自身を顧みて、今は少し恥ずかしい。


 そもそもアリサは容姿に興味がなかった。

 磨いたところで姉のような華やかな顔になる訳ではないし、母の言う通り眼鏡が化粧や装飾品の邪魔をする。婚約者や好意を抱いた男性から見向きもされなかった過去に捉われたまま。どうにも諦めの気持ちの方が勝ってしまう。

 

 そんなアリサの葛藤を他所に、フィリアはアリサに向けて優しい笑みを向けた。

「ウィンはいつもクライド殿下を心配していたの。ほら、殿下って少し子供っぽいところがあるでしょう? 良い相手が見つかるといいな、ってずっと思っていたから、アリサさんが婚約者に決まって凄く嬉しいわ」


 アリサは成る程と背筋を伸ばした。

「……勿体無いお言葉です。この身に恥じぬよう、クライド殿下の婚約者として、今後も日々邁進していく所存──」

「もう、いやだわ。部下じゃないんだから」

(いや、部下なんですよ)


 くすくすと笑うフィリアに合わせ、アリサは曖昧に笑った。

 フィリアは柔らかな印象の淑女だ。色彩も淡く、妖精のように可愛らしい。

「でも、そういうところがいいのでしょうね。クライド殿下には……」

 そう含み笑いをするフィリアに、アリサは内心で申し訳なくなる。少なくともフィリアの目には、謎なくらいクライドとアリサの関係は良好なようだから。

(ただの上司と部下なのにな)


 確かにクライドは余程兄王子からの叱責が堪えたのか、あれ以来、過度な程にアリサを大切にしてくれている。……それこそ本当の婚約者のように。


 婚約者がいるといっても流石は王族で、アリサなど眼中にない令嬢は後を絶たない。けれどどの令嬢にもクライドはきっぱりとした態度でそれを断るのだ。

 婚約者が決まるまで、のらくら躱しているのを見ていたアリサは戸惑ってしまう。

 クライドの性格や悪行に慣れている筈なのに、彼のその様子に勘違いを起こしそうになるのだから大概だ。

 いつまで続くのやらと思う反面、差し出される手や腕に慣れそうになる自分がいる。柔らかく目を細めるクライドが、今では嫌ではないとすら思ってしまっている程に。


(この先どうなるのかしら)

 誓約書にサインをしてから、まだ三ヵ月しか経ってないのに。このままではクライドに良い人が見つかる前に自分の方が……なんて思考が頭を掠め慌てて首を横に振った。


(でも、私が殿下の隣なんて……)

 それに兄王子たちとの約束もある。

 アリサは零れそうになる溜息を飲み込んだ。


 

「……あとは、そうね。お節介かもしれないけど。アリサさんは少し自分に向けられる感情に疎いように思うの。だけどリビーヨ侯爵夫人の妹と聞いて、少し納得してしまったわ」

「──え。あの、姉が何か……」


 思わぬ所で出た姉の名にアリサは動揺した。

 アリサは慣れているが、もし自分と同じような態度で、王族の婚約者に不敬を働いていたらと思うと目眩がする。

 そんなアリサの心情を察するように、フィリアは優しく微笑んだ。


「あなたを責めているのではなくてよ。ただ……あの方ってほら。感情が豊かでしょう? たまに夜会で会うくらいの私でもそう感じるのだから、妹のあなたはさぞ大変だったんだろうなって思ってしまっただけ。……きっと、家族にああいう方がいると、鈍くいないと疲れてしまうでしょうね」


 ……大分オブラートに包んだフィリアの言葉に、アリサは目を白黒させた。

「だけどあなたがクライド殿下に三年も猶予をあげたと聞いてホッとしたのよ。それだけあれば、あなたの感覚も戻っていくと思うしね」


 どうやらフィリアの誤解は果てしないようだ……

「ご心配頂きありがとうございます?」

 首を傾げるアリサにフィリアは困ったように眉を下げた。


「仕方のない人ね。気付いてないかもしれないけれど、あなたはとても魅力的な人よ? 凛として、それでいて儚げで。目が離せないもの」

「は、はあ……」

 何を言っているのか分からないが、取り敢えず相槌らしきものを打っておく。これは褒め言葉の一種だろうか……


「あとは、そうねえ……」

(え、まだあるの?)

 ぎくっとするアリサにフィリアは意味深な笑みを深め、小首を傾げた。

「殿下方は一途というか、粘着質というか……いずれにしても目をつけられたら逃げられないから、自衛だけはしっかりとね」

「……」


 やっぱり意味が分からない。

 純粋ねえ、と笑うフィリアに曖昧に微笑んでいる間に、やがてお茶会はお開きとなった。


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