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05.


 アリサの実家ミレイ侯爵家の姉妹は三つ歳が離れている。

 姉のナナミが産まれた時は第一子とあって、両親は喜んだらしいが、アリサが産まれた時は肩を落とし、これからどうするか悩んだそうだ。

 つまり、後継を。

 

 この国は男子しか爵位を継げない。

 侯爵は自分の息子が後を継ぐものだと思っていたから、現状に戸惑い受け入れられずにいた。

 しかしこの先男子が産まれる保障は無いし、姉妹いずれかが婿を取って家を継ぐ必要がある。


 やがて六年後にめでたく後継となる弟が産まれたのだが、夫妻の葛藤はその間続いた。……残念ながらアリサに向けられるという形で。


 アリサが近眼だと分かったのは四歳の頃。

 娘を心配するよりも、見栄えが悪いと母は嘆いた。

「お母様、私はよく見えるこの眼鏡が好きです」

「でもドレスには合わないわ。どれ程飾り立てても、それではね……」

 侯爵夫人は男子を産めない劣等感に加え、義母からアリサの近眼を責められ病んでいた。


「……その顔で笑わないでちょうだい」

 ある日零れた母の言葉にアリサは押し黙った。

 悲しくはあったが、アリサは母の立場を知っていたから何も言えずにいた。


 義母からの叱責と夫からの不満に娘への罪悪感。物言わぬ不安に神経を摩耗され、夫人はアリサを顧みる事が出来なかった。自然とアリサを遠ざけて、ナナミを可愛がる。

 そんな様を、アリサはただ見つめていた。


 ナナミの態度は母親に倣ったものだ。

 彼女は祖母の視線や母の不安に気付く事なく育ったけれど、素直で優しい性格へ──となる事はなく。何かにつけてアリサをこき下ろしてきた。……因みにアリサはやられっぱなしではなく、毎回きっちりやり返している。


 アリサは容姿は疎まれていたが、頭は良かったのでそこだけは祖母に気に入られていた。

 しかしそれも弟が産まれるまで。

 正当な後継者が産まれ、アリサの立場は益々弱くなった。

 父も以前は姉妹二人、どちらが後継に相応しいかと机を並べて授業を受けさせていたが、弟が産まれてから止めさせた。アリサとしては唐突に、令嬢らしさが求められるようになった。

(そんな事、意味ないのに……)


 アリサは勉学では自分の方が秀でていると自信があった。だから将来侯爵家は自分が継げると期待をしていたものだが……しがない政略の駒と成り下がり、ガッカリと肩を落とした。


「勉強なんていくら出来ても意味ないわよ」

 鼻を鳴らすナナミは、全身を煌びやかに飾り立て、意気揚々と夜会に結婚相手を探しに行く。

 気乗りしないアリサはいつも母から留守番を言い渡され、これ幸いとばかり自室に閉じ篭っていた。

 父母の関心は姉と弟に傾く一方だった。


 やがて姉に届く婚約の打診の中、高位貴族の中でも名門、リビーヨ侯爵家から釣書が届いた。

 諸手を上げる母に、当然とばかりに顎を上げる姉。

 

 そしてリビーヨ侯爵が挨拶に来た時、アリサはただこう思った。


(──羨ましい)


 何て誠実そうな人なんだろう。

 優しげな面差しに紳士的な態度。それに彼はいつも妹のアリサにまでお土産を欠かさないでいてくれる。家族から距離を置かれるアリサには、侯爵の気遣いは新鮮なものだった。


 けれどナナミは不本意そうだった。

 確かに彼は、派手好きの姉の好みとは違うけれど……


 アリサは姿見で自分を写した。

(でもリビーヨ侯爵の好みも、私ではないのよね)

 重くるしい焦茶の真っ直ぐな髪に真っ青な瞳。地味な顔立ちに眼鏡の主張が邪魔臭い。身体も残念ながら貧相だ。

 所詮男性の好みなど、一貫しているものなのだろう。

 

 けれどアリサもやがて結婚し、この家を出ていかなくてはならない。

 その時その人と、とても真っ当な夫婦になれる気がしなかった。

(……絶対浮気されると思うわ)

 アリサは姉のように派手な顔立ちでも、メリハリのある身体つきでもない。

 それに加えて、硬い表情に不必要だと言われる知性。何より近眼に欠かせない眼鏡は、女性が掛けると忌憚されるものだ。

 アリサは小さく溜息を吐いた。


 ──やがてその予感通り。

 アリサとエイダンとの婚約が纏った頃、挨拶に来た彼はナナミを見て息を飲んだ。アリサが紹介された時は動じなかったのに。

 ちらちらと目を合わせる二人を横目に、アリサは自分の勘の良さに自嘲した。

(……やっぱりね)


 元々エイダンとアリサの婚約は、家の方針で宙ぶらりんになっていたものだった。

 弟が産まれるまで、ミレイ侯爵家には婿養子が必要だったからだ。

 伯爵家嫡男、五歳年上のエイダンは、婚約者を探してはいたが焦りは無かったらしい。姉妹どちらでも良い、成人まで待つというロイダーヌ伯爵の意見に異存はないまま、ナナミの婚約が決まりアリサは成人を迎えた。


 勿論彼と何度か会った事はあるが、焦りはないとはその通りのようで、エイダンは朴念仁であった。

 ただ、ナナミもアリサも妹としか見ていなかったようだけれど、同じように接してくれて、悪い印象もなかった。

(それも数年前の話だものね)

 美貌を磨き、姉は美しくなっていた。

  

 それでも家同士で決めた婚約をエイダンが蔑ろにする事は無い。嫡男である彼は己の立場を間違える事もなく、けれど気付いてしまった姉の美しさに、自分の婚約者へ不満を抱くようになったようだ。


 多分、側からからみれば分からないような小さな葛藤。

 だから表面上、アリサとエイダンは仲良く見えた事だろう。

 ただアリサが既に、婚約者の心が自分から離れていると、気付いていただけだ。

 

(もしかしたら結婚後、離縁になるかもしれないわね……)


 それが何年先の事か分からないけど。

 そんな可能性はないかもしれないけれど。

 準備をする必要があると思った。


 弟が自分の後ろ盾に立ってくれるか分からないし、父母はそもそも当てにしていない。

 だから自活する力を求めた。

 婚家を追い出される事になっても、自ら出て行く事になろうとも。アリサはそう覚悟していた。

 だからクライドから生徒会に声を掛けられた時は舞い上がる程に嬉しくて……

 


 ──……けれど今の状況には困惑するばかりだ。


(何故、王太子殿下と第二王子殿下が……)


 自分に対し頭を下げているのか、アリサは目の前の光景が信じられず、瞠目した。


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