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03. episode-2


「──何をしているんだい?」


 笑顔で告げたつもりだが、声は自然と低くなった。

 クライドの目に見えない圧に震え上がった女子生徒が、一歩二歩と後ずさる。


「ク、クライド殿下……これは、その……」


 その後ろで動揺を隠さない女子たちにも一瞥をくれてから、クライドはアリサに向き直った。

「何があったんだ」


 全身びしょ濡れで眼鏡がヒビ割れてしまっている。

 けれど本人は表情を崩す事もなく、手にした眼鏡に視線を落としていた。

 その視線をチラリと女子たちに向け、彼女たちの怯える様を見届けてから、アリサは割れた眼鏡を掛け直しクライドに向き直った。

「何でもありません」

「……っ」


(何でもない事はないだろう……!)

 けれどアリサは淡々と続ける。

「これは私の不注意が招いた事ですので」

「……そうなのか?」

 自然と眉根が寄り、険しくなった顔を彼女たちに向ければ、その通りとばかりに首を縦に振っている。しかしその助かったとばかりの反応には不快感しかない。納得いかないクライドへ向け、アリサは続けた。

「──ええ、彼女たちは私の不注意をそこで嘲笑っていただけで、無関係です」

「……」


 上げといて落としてきた。

 いや、上げてもないけど……


「なっ!」

「ちょっと!」


 そして動揺に悲鳴をあげる女子たちを放置し、アリサはさっさと立ち去ってしまった。

 呆気に取られたままのクライドは置いてきぼりにされてしまい、気付けば残された女生徒たちに囲まれていた。

 彼女たちはこれ幸いとばかりに、媚びるような眼差しでクライドに擦り寄る。


「あの、殿下……私たち本当に、そんな事はしていませんから」

「そ、そうです。あの人って目が悪いから、よく見えなかっただけです。直ぐに手を貸さなかったからってあんな風に言うなんて酷いわ」

「本当に。折角心配して差し上げましたのに……クライド殿下はあんな、つっけんどんな方が常に傍にいて息苦しくありませんの? ……その、私で良ければいつでもお手伝いに伺いますから……」

「あら、一人だけ抜け駆けはダメよ」

「そうよ、私の方がお役に立てると思うわ」


 きゃいきゃい始まった女子たちの主張に辟易としつつ、クライドは紳士的な作り笑いで応じた。


「そうか、よく分かったよ。私は彼女が心配だから後を追いかける事にしよう。足が竦んで動けない君たちの手を借りるのは申し訳がないから、このままここにいるといい。──それと必要な時に動けない輩では、生徒会の役割はこなせないと思うよ?」


 時間惜しさに一息に告げれば、一様に間抜け面が並んだ。そのまま女性徒たちを放置して、クライドはさっさと踵を返す。彼女たちが顔を青褪めさせる頃にはもう、クライドの背はその視界から消えていた。

 

 クライドはムカムカと胸に巣食う不快感に奥歯を噛み締めたが、すぐに口角を上げた。


(痛快だった)


 彼女は強かだ。

 しかも黙り込むだけ訳でもなく、きっちりとやり返す。しかも自分を利用しようだなんて、なかなかやってくれるじゃないか。


(面白い)


 クライドの胸はすき、部下の放った一撃に誇らしい気持ちで満たされた。



 ◇

 


 生徒会の執務室に着くと困り顔のシェイドが部屋から出てきた。


「……どうかしたのか?」

 ビクッと肩を震わせたシェイドは、視線を彷徨わせてから遠慮がちに口を開く。

「その、アリサ嬢が……」

「その件は私も先程目にしたところだ。中で話そう」

「あ! いえ!」


 ドアノブに手を掛けるクライドを慌てて止め、シェイドはバリケードのようにドアに張り付いた。


「……何だ?」

 眉を顰めるクライドにシェイドは観念したように口を開く。

「えーと、あの……今はその……彼女、着替え中でして……」

「……」


 確かにびしょ濡れだったからな。とは思うが……

 面白くないのは何故だろう。

 見てはいけないものを見てしまったような、そんな顔をしているシェイドに怒りすら湧いてくる。


「なら暫く待とうか」

 ドカッと壁に背を預け、クライドは腕を組んだ。

 女性の着替えにどれだけ掛かるのか分からないが、早くはないだろう。

 そんな事を思っていると、シェイドが上着を着ていない事に気がついた。


「……君、上着はどうした?」

「あ……えーと。アリサ嬢に貸しました……」

「……」


 今度は複雑な気持ちが込み上げる。……なんだろうか、これは。


「その、クライド殿下……アリサ嬢は……」

 気遣うようなシェイドの眼差しにクライドは息を吐いた。

「……完全に私の監督不行き届きだ。君も強く当たられているらしいじゃないか、申し訳ないな」

「いえ! そんな事は……!」

 ブンブンと首を横に振るシェイドを意識から外し、クライドは天井を睨んだ。


(ふん、私が選んだ部下に不満があるとはいい度胸じゃないか。今に見てろよ)

 黒い考えに支配されていると、背後からノックの音が響いた。


「お待たせ」

 声と共に顔を出したアリサは予備の眼鏡を掛けており、先程よりはいくらかマシになっていた。けれど髪は半乾きでしっとりしてるし、何よりシェイドの上着を羽織ったままだ。

(……さっき貸してやれば良かった)

 気付かなかった自分に苛立ちを覚える。


「ウォーカー令息、悪いんだけどこの上着、借りて帰ってもいいかしら」

 シェイドの上着を指し、アリサは首を傾げた。

「かまいませんよ、上着は予備がありますから」

 快諾するシェイドに謝意を伝え、アリサは変わらぬ様子でクライドに向き直る。


「殿下も先程はすみませんでした」

 (てら)いのない青色の瞳を見つめ返し、クライドは小さく笑った。

「気にしなくていい。それより、いつもあんな事があるのか?」


 クライドが見たのは、びしょ濡れのアリサが女生徒たちに囲まれているところからだ。それ以前は分からないが、どうせくだらない嫌がらせをしてたのだろう。


 確かにアリサは口が悪い。本人に原因もあるだろう。だが自分が生徒会に抜擢したのもあの一因だと思えば気にもなる。

 成績優秀で案外面倒見もいいのに、残念な毒舌に加え無愛想。

(もう少し上手く立ち回ればいいものを……)

 クライドは内心で溜息を吐いた。


「いえ……あれは初めてですね」

 相変わらず表情を崩さないまま、アリサは首を横に振った。

「ですのでお気になさらず。一過性のものですので」

 そしてクライドに依存しない。

「……」


 だからクライドはにっこりと笑った。

「そうか、私の部下たちは心強いな。頼もしい事この上ない」


 しかし笑顔で吐いた言葉とは裏腹に、内心では不思議と苛立ちを覚えていた。


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