第6話 思いがけない再会
「お前、またテストサボったんだってな」
また今日も高田達の声が、僕の休み時間を潰す。潰されるのは良い気はしないけど、それでもこれが一年も続けば、よく飽きないなと少し感心してしまう。
「なんでここを辞めないのか不思議なもんだ」
「違いない」
林の声に太田が笑って、3人の笑い声が弾ける。もうこの言葉も笑い声も、散々聞いた。部屋に戻っても、いないはずの高田たちの声が聞こえてくるくらいには。
「お前、迷惑なんだよ。Aクラスはダメなやつばっかって言われてんの知ってるだろ?」
確かに、その噂は聞いたことがある。
高田は不満そうだけど、実際このクラスは最悪だと思う。
僕と高田以外にもすぐに喧嘩が起きて、女子は泣き、教官は怒る。授業やテストの成績も飛び抜けて低いらしく、この一年で辞めた生徒は7人になった。
そんな状態では、他クラスに指を刺されるのも仕方ないことな気がする。
でも、プライドの高い高田にとっては屈辱で仕方ないんだろう。
「お前のせいだよ。早くここから出ていけよ」
だからここ最近はよくこの言葉を言われる。だけど、僕は辞めるわけにはいかなかった。家には僕のせいでお金の余裕はないから。
神術を使えないとわかってから、僕はなんとか勉強で齧り付いて、ここまで進級した。
高田たちには言う必要を感じなくて、言ってないけれど。
「神術、使えないのになんでここにいるんだ?」
呆れたような高田の声への、答えは持ち合わせていなかった。
「あ、神術といえばさ、一年にすごい神術を使う子がいるらしいよ」
「あー知ってる。白い髪の子でしょ?」
ふと、何か胸に引っかかった。
まるで歯と歯の間に何か挟まったようなもどかしさ。
「一年なのに今この施設にいる中で最強とか言われてんだってな……。はっ、お前と真逆だな」
前半部分に滲んでいた忌々しさを、後半部分に載せて僕にぶつけた高田の声は、あまり耳に入らなかった。
ーー白い髪の子。
脳裏に思い浮かぶのは、妖精か何かかと錯覚しそうなほど輝いていた白い髪。
その間から見えた、青と緑の間の瞳。
まさか、と理性が否定する。
だけど、と悪寒が畳み掛ける。
あの時、彼女は同じくらいか少し下の歳に感じた。
あの時、彼女は神術を見せなかった。
「なんだっけ、名前」
うーん。と唸る林から出てくる言葉が、こんなに待ち遠しく感じたことはない。
そんなわけはない。別人だ。
嫌な汗が背中を伝って、力の入る目線の先。
林の口がついに開いた。
「そう!確か櫛木……櫛木小桃乃だ!」
鉛筆の先が折れた様な、小さく、でも絶望的な衝撃だった。
何故ならその名前はよく知っていた。
そして、できれば会いたくないと、思ってしまった名前だった。
「櫛木!?って、あの櫛木家の?」
「あぁなるほど。そりゃ敵わねぇや……」
驚く太田と、諦めた様な高田の様子は、いまいちピンと来なかった。
三人と僕は産まれた場所が違う。ここ大都でも、中には僕が産まれた宍栗や、高田達の生まれた櫛田。他にも5つ程の、名前のついた町がある。きっと、櫛田では当たり前の話題なんだろう。
「櫛木……?」
思わず口から漏れた単語は、しっかりと高田に届いてしまった。
「あ?知らないなんて……。いや、馬鹿なお前には難しい話か?教えてやるよ。櫛木家は神術を最初に受け継いだって言われてる家だ。代々天才的な神術の使い手が産まれてくる……。凡人にはどう足掻いても勝てねぇんだよ」
僕に教えてくれるっていうのは、きっと嘘なんだと思う。何処か言い訳の様な、諦めた様な声。それは、自分がとても敵わないということの、彼なりの納得の仕方の様に聞こえた。
いつもなら、高田くんならできますよ!とか言ってそうな林や太田も、仕方ない。と言った風な表現で黙っている。
櫛木と言う名は、それだけ大きいらしい。
チャイムが鳴って、三人がそれぞれの席に戻った後も、僕の胸には色んな感情が渦巻いていた。
彼女が……小桃乃が、櫛木家という大きな大きな存在だったことへの畏怖。
小桃乃が、天才的な神術の使い手だと言うことへの驚愕。
そして、そんな彼女に、自分の神術を自信満々に見せびらかしたことへの羞恥と後悔。
ーー愚かだ。僕は。
その後の授業は、どんな話だったのかいまいち覚えていない。
櫛木小桃乃という単語を知り、それに敏感になってしまった僕の耳には、今までよく聞き逃していたなと思うほどに、彼女の情報が入ってきた。
「櫛木家の娘さん、特別な神術を使うらしいよ」
「髪が白いのは一族の呪いだとか!」
「あの目、不思議な色だよなぁ。青とか水色なら見たことあるんだけど」
「あの神術凄いよ……あんなの、誰もできないよ」
「櫛木家の御令嬢、属性二つ持ってるらしいよ」
凄まじい話ばかりだった。雲の上の存在だと思い知るようだった。
(そんな相手に僕は……)
きっと、子供のままごとのようなものだった。
間抜けで馬鹿な僕が、得意気に披露した神術なんて。
ふと、叫び出したい衝動に駆られて、それを頬をつねって押さえ込む。
この日からの施設の生活は、まさしく最悪な気分だった。
そんなある日、朝礼で教官が珍しい話を始めた。
「この施設では、研修として一度前線の空気を味わうために、五年以上の生徒を軍の拠点に二週間連れて行く、という催しがある」
冷えた声で告げられる内容は、正直少し怖い話だと思った。
前線とは、つまり禍獣と戦う場で、その脅威に最も近い場所だから。
守られているこの場所と比べて、危険なのは言うまでもい。
「二年の君らにはあまり関係はないが、今年は一年が選ばれた。君らも成績が良ければ選ばれることもあったかもしれない」
ざわめきが起きた。
一年でそんな催しに選ばれる存在なんて、一体誰が……と困惑する人は誰もいなかったけど。
だって、そんなの一人しかいない。
「年に一度の催しだ。君らも行きたくば励め。以上」
冷原教官が出て行った後の教室内は、まるでお祭り騒ぎだった。
「凄い、俺も早く戦いたい!」
と盛り上がる男子。
「怖いよ……そんなの」
と怯える女子。
十人十色の感情が溢れる中、僕の胸中に浮かんだのは。
ーー怖く、ないのかな。
何故か、涙に濡れた青と緑の間の目だった。




