表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

第6話 思いがけない再会



「お前、またテストサボったんだってな」

また今日も高田達の声が、僕の休み時間を潰す。潰されるのは良い気はしないけど、それでもこれが一年も続けば、よく飽きないなと少し感心してしまう。

「なんでここを辞めないのか不思議なもんだ」

「違いない」

林の声に太田が笑って、3人の笑い声が弾ける。もうこの言葉も笑い声も、散々聞いた。部屋に戻っても、いないはずの高田たちの声が聞こえてくるくらいには。

「お前、迷惑なんだよ。Aクラスはダメなやつばっかって言われてんの知ってるだろ?」

確かに、その噂は聞いたことがある。

高田は不満そうだけど、実際このクラスは最悪だと思う。

 僕と高田以外にもすぐに喧嘩が起きて、女子は泣き、教官は怒る。授業やテストの成績も飛び抜けて低いらしく、この一年で辞めた生徒は7人になった。

 そんな状態では、他クラスに指を刺されるのも仕方ないことな気がする。

でも、プライドの高い高田にとっては屈辱で仕方ないんだろう。


「お前のせいだよ。早くここから出ていけよ」

だからここ最近はよくこの言葉を言われる。だけど、僕は辞めるわけにはいかなかった。家には僕のせいでお金の余裕はないから。

 神術を使えないとわかってから、僕はなんとか勉強で齧り付いて、ここまで進級した。

高田たちには言う必要を感じなくて、言ってないけれど。

「神術、使えないのになんでここにいるんだ?」

呆れたような高田の声への、答えは持ち合わせていなかった。


「あ、神術といえばさ、一年にすごい神術を使う子がいるらしいよ」

「あー知ってる。白い髪の子でしょ?」

ふと、何か胸に引っかかった。

まるで歯と歯の間に何か挟まったようなもどかしさ。

「一年なのに今この施設にいる中で最強とか言われてんだってな……。はっ、お前と真逆だな」

前半部分に滲んでいた忌々しさを、後半部分に載せて僕にぶつけた高田の声は、あまり耳に入らなかった。

ーー白い髪の子。

脳裏に思い浮かぶのは、妖精か何かかと錯覚しそうなほど輝いていた白い髪。

その間から見えた、青と緑の間の瞳。

 まさか、と理性が否定する。

 だけど、と悪寒が畳み掛ける。

 あの時、彼女は同じくらいか少し下の歳に感じた。

 あの時、彼女は神術を見せなかった。


「なんだっけ、名前」

うーん。と唸る林から出てくる言葉が、こんなに待ち遠しく感じたことはない。

 そんなわけはない。別人だ。

 嫌な汗が背中を伝って、力の入る目線の先。

林の口がついに開いた。

「そう!確か櫛木……櫛木小桃乃だ!」

鉛筆の先が折れた様な、小さく、でも絶望的な衝撃だった。

 何故ならその名前はよく知っていた。

 そして、できれば会いたくないと、思ってしまった名前だった。


「櫛木!?って、あの櫛木家の?」

「あぁなるほど。そりゃ敵わねぇや……」

驚く太田と、諦めた様な高田の様子は、いまいちピンと来なかった。

 三人と僕は産まれた場所が違う。ここ大都(おおと)でも、中には僕が産まれた宍栗(ししくり)や、高田達の生まれた櫛田(くしだ)。他にも5つ程の、名前のついた町がある。きっと、櫛田では当たり前の話題なんだろう。

「櫛木……?」

思わず口から漏れた単語は、しっかりと高田に届いてしまった。

「あ?知らないなんて……。いや、馬鹿なお前には難しい話か?教えてやるよ。櫛木家は神術を最初に受け継いだって言われてる家だ。代々天才的な神術の使い手が産まれてくる……。凡人にはどう足掻いても勝てねぇんだよ」

僕に教えてくれるっていうのは、きっと嘘なんだと思う。何処か言い訳の様な、諦めた様な声。それは、自分がとても敵わないということの、彼なりの納得の仕方の様に聞こえた。

 いつもなら、高田くんならできますよ!とか言ってそうな林や太田も、仕方ない。と言った風な表現で黙っている。

櫛木と言う名は、それだけ大きいらしい。


 チャイムが鳴って、三人がそれぞれの席に戻った後も、僕の胸には色んな感情が渦巻いていた。

 彼女が……小桃乃が、櫛木家という大きな大きな存在だったことへの畏怖。

小桃乃が、天才的な神術の使い手だと言うことへの驚愕。

 そして、そんな彼女に、自分の神術を自信満々に見せびらかしたことへの羞恥と後悔。

ーー愚かだ。僕は。

 その後の授業は、どんな話だったのかいまいち覚えていない。



 櫛木小桃乃という単語を知り、それに敏感になってしまった僕の耳には、今までよく聞き逃していたなと思うほどに、彼女の情報が入ってきた。

「櫛木家の娘さん、特別な神術を使うらしいよ」

「髪が白いのは一族の呪いだとか!」

「あの目、不思議な色だよなぁ。青とか水色なら見たことあるんだけど」

「あの神術凄いよ……あんなの、誰もできないよ」

「櫛木家の御令嬢、属性二つ持ってるらしいよ」

凄まじい話ばかりだった。雲の上の存在だと思い知るようだった。

(そんな相手に僕は……)

 きっと、子供のままごとのようなものだった。

間抜けで馬鹿な僕が、得意気に披露した神術なんて。

 ふと、叫び出したい衝動に駆られて、それを頬をつねって押さえ込む。

 この日からの施設の生活は、まさしく最悪な気分だった。


 そんなある日、朝礼で教官が珍しい話を始めた。

「この施設では、研修として一度前線の空気を味わうために、五年以上の生徒を軍の拠点に二週間連れて行く、という催しがある」

冷えた声で告げられる内容は、正直少し怖い話だと思った。

 前線とは、つまり禍獣と戦う場で、その脅威に最も近い場所だから。

守られているこの場所と比べて、危険なのは言うまでもい。

「二年の君らにはあまり関係はないが、今年は一年が選ばれた。君らも成績が良ければ選ばれることもあったかもしれない」

ざわめきが起きた。

一年でそんな催しに選ばれる存在なんて、一体誰が……と困惑する人は誰もいなかったけど。

 だって、そんなの一人しかいない。

「年に一度の催しだ。君らも行きたくば励め。以上」

冷原教官が出て行った後の教室内は、まるでお祭り騒ぎだった。

「凄い、俺も早く戦いたい!」

と盛り上がる男子。

「怖いよ……そんなの」

と怯える女子。

 十人十色の感情が溢れる中、僕の胸中に浮かんだのは。


ーー怖く、ないのかな。


 何故か、涙に濡れた青と緑の間の目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ