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第5話 「落ちこぼれくん」





「なぁ聞いたぜ」

授業の終わりを告げるチャイムがなり終わるや否や、ニヤついた声が降ってきた。

「何を……?」

顔を上げて見てみると、僕の机を囲むように三人の男子が立っている。その顔は何処かの授業で見たことがあった。名前は覚えていないけど。

 目立つようなことをした覚えはないから、この三人に話しかけられる心当たりは特に無かった。心の中で首を傾げていると、真ん中に立つツンツンとした髪の男子が芝居がかった様子で答えた。

「お前、落ちこぼれなんだってな」

 ギャハハ、と耳障りな笑い声が三人の間に弾ける。


(あぁ、確かにそうだなぁ)

 特に反論は見当たらない。寧ろ、その呼称があまりにも当てはまっていて、納得すらしてしまう。

落ちこぼれ。それもそうだろう。

何故なら僕は、神術を未だ使っていない。

神術の腕を磨くための、この施設に居ながら。

 その上勉強にもあまり身は入らず、大抵の授業中はぼんやりしている。しかも、火の神術の話になった時には、吐き気を堪えるのが大変で、保健室で寝ていたりした。

 神術を使わないことで教官に怒られる姿を、見られたのかもしれないな、と今更ながらに僕は思った。


「何でお前ここに入れたんだ?」

ツンツン頭の質問に、答える気はあまり起きなかった。

 早く終わらないかな、と他人事のように考えながら、僕は黙って次の言葉を待つ。

「何とか言えよ!高田くんは成績トップだったんだぞ!」

ツンツン頭……高田と呼ばれた男子の右隣、緑っぽい髪の男子が怒鳴った。

 成績トップ、とは入学に際して行われた能力診断テストのことだろう。

向上心を高める目的で、順位表が張り出されたそのテストの一位には、確かに高田という名前が書いてあった気がする。


「下から五番の癖に無視すんな!」

今度は左隣の、太った男子が怒った。

 ここまでくると、何事かと教室の中にいる人たちの視線が集まり出す。その居心地の悪さは夏の寝苦しい夜に似ていた。

「いいって林。太田も。まぁ、今言ったようにお前は下から五番だった。今週だけで何人辞めたか知ってるか?」

 緑の髪が林で、太った方が太田。今後口に出して呼ぶこともなさそうな名前が、頭に入り込んできて、思考の大部分はそちらに気を取られたから、高田の話は聞いていなかった。

 とりあえず首を傾げて見せると、高田はニヤリと笑って親指だけ曲げた手を目の前に突きつけてきた。

「4人だよ。次はお前かもなぁ落ちこぼれくん」

またしてもギャハハ、と笑い声が起きる。

 どう答えろというのかわからなくて、曖昧に苦笑いを浮かべてみる。すると、高田は僕の顔が気に食わなかったらしい。

笑顔を消して、グイッと顔を近づけてきた。

「お前、ムカつくなぁ。神術を使わない?舐めてんのか?ここには頑張って入ったやつしか来ちゃいけねぇんだよ」

小声。少し震えたようにも聞こえるその声は、本気の怒りで染まっていた。

「何様だテメェ。使わないんじゃなくて使えねぇんだろ本当は」

そんなつもりはない。けど、反論する気もあまり起きない。

 無言な僕に飽きたのか。それとも、教官がそろそろ入ってくるからか。

高田は、最後に舌打ちを一つ残して机から離れていった。

林と太田も、睨みつけるようにしてからそれを追いかけていく。

 一拍おいてから、教室にざわめきが戻ったのを聞いて、この教室の空気が凍っていたことに気がついた。


 いつの間にか詰めていた息を細々と吐き出して、僕は今言われたことを頭の中で繰り返す。

落ちこぼれ。ムカつく。何様のつもりだ。

ーーふと、何か歯車が噛み合ったような感覚が全身を貫いた。

「あぁ、そっか」

 今高田が言った言葉は、周りの人が僕にずっと思ってて、けれど言わなかった言葉なんだろう。

優しいから、みんな言わなかっただけなんだろう。

そうだ。そうなんだ、きっと。


 言われた言葉は、他の人からしたら理不尽な暴力のようなものなのかもしれない。

 でも、僕にとってその言葉は。

 どう聞いても真逆の筈のその言葉は。



ーーどこか、一種の救いのようにも聞こえたんだ。




 高田達に笑われて、その度クラスが静まり返る。そんな日々はあっという間に一ヶ月が経った。その間僕が神術を発動させることはなかった。

 しかしそうも言っていられない事態がやってくる。

試験。

「今から私が指定した的に神術を放て。その内容、速さ、正確さで点数を取る。まずは秋葉。お前からだ」

「…………はい」

 出席番号は五十音順。僕は同じ授業を受ける人の前に一人立たされる。

「お前は……。一年の問題児か。神術は使えるのだろう?やってみせろ」

「はい」

 断るわけにはいかなかった。指定された位置に立ち、この訓練所に乱立する的に正対する。

「火属性か。ならばあの的だ。初め」


 指示された的に向けて、五指を広げて右手を伸ばす。ただ真っ直ぐ飛んでいくだけの火を思い浮かべようと、目を閉じた瞬間。


ーー真っ赤な閃光が僕を包んだ。


「っ……!」

 それは、あの夜の、あの部屋。

燃えた机が崩れ落ち、白い布団が黒く変わる。バキッと、何かが割れる音がして、火の粉が躍るように弾ける。

 体に纏わりつく熱が思考を奪っていき、視界が端の方から黒く染まっていく。

(息が……!)

 慌てて大きく息を吸うと、勢いよく体内に入り込んできたそれは、灼熱。喉と肺が焼かれて僕は咳き込んだ。

 涙が滲んだ側から蒸発していき、僕は呆然とつぶやくしかなかった。

「ごめんなさい……」

と。

 この地獄は、全て僕の愚かさが招いたことだから。


「もういい。秋葉、試験は終わりだ」

 肩に大きな手が乗って、その衝撃に目を開くと、そこには先程までの炎はどこにもない。施設にいくつかあるうちの一つの、訓練所の景色だった。

「ゆっくり息を吸え……吐け。よし、保健室に行ってこい」

教官の号令に合わせて深呼吸を一つすると、暴れていた心臓や、思考が落ち着いて、残ったものは吐き気と倒れそうなほどの疲労感だけ。

「……ありがとう……ございました」

 一礼して、訓練所を出る。

 背後から聞こえた笑い声が、今の僕の姿をよく表していた。


 神術はもう発動しない。

そう決めた。そうだと思っていた。ほんとはいつでも使える。でも、この力は人を傷つけるから。

 でも、実際は発動なんてできなかった。

神術は、脳内でイメージしたものを、体力の消費と引き換えに現世に発動するものだ。

 神様に「今から私が発動したい神術はこんなものです」と伝わるほどのイメージ。なんて先生は言ってたけど、冗談ではない。神術にはそれだけイメージが大事だった。

 だと言うのに。そうだと言うのに。

もう僕には、とても火を自在に操るイメージなんて、二度とできる気がしなかった。


 その後、保健室にたどり着いた途端気を失ったらしく、気づけば寮の自室で寝かされていた。

 試験の点数は斜線が引いてあった。

0点ではないから、進級に影響はない。と教官は言ってくれたけど、その優しさが僕には苦しかった。

こんな僕に、優しくなんてしないで欲しかった。

 休み時間や授業中、僕を嘲笑う高田たちの声の方が、よっぽど気が楽だった。



 桜が散り、雨が降り、木の葉が燃えて落ちた後。

気がつけば僕は、二年生として進級し、下には新たに一年生が入ってきた。

廊下ですれ違う、初々しい彼らは眩しくて、僕は俯いて歩くのが癖になった。

ーーだから、僕は気づかなかった。


 真っ直ぐ伸びる白い髪を背中の辺りまで伸ばした、青とも緑とも言えない目の小柄な少女が、僕の方をじっと見つめていることに。

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