第3話 火傷
一部残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
案の定、テストは簡単だった。
内容はある程度離れた的に、3回のうちに神術を当てる。授業より少し遠くなったらしいけど、僕には3回も要らなかった。
火の玉を飛ばして一発で成功させると、クラスメイトからは拍手と歓声が上がった。
試験よりも天才とか流石とか言われて、ニヤニヤを抑えることの方が難しかったし、何なら失敗して何笑ってんだよーといじられてしまった。
一昨日僕に神術を聞いてきた彼女は、1回目は上手くいかなかったようだけど、2回目で成功したらしい。改めてお礼を言いに来た。
ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた彼女の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってしまった。
「それでね、皆が天才だーって言ってね!」
「はいはい。ほむら、まずは口の中のものを飲み込んでからにしなさいな」
お母さんに言われて、僕は慌てて口の中の物を胃に落とし込む。
夕食の時間によくこうして注意されているのに、あんまり治る気がしなかった。
「それにしても、ほんと火群は凄いなぁ」
お父さんはそう言って、気分良さそうにお酒を傾ける。
「こーら、あなたも飲み過ぎですよ」
「いいじゃんか今日くらいは」
「二人ともいっつもその会話してるよ」
あはは、と笑い声が弾ける。
お母さんはいっつも優しいし、たまに叱るけどその後は必ず頭を撫でてくれる。
お父さんは禍獣の話になるとたまに怖いけど、いつもは陽気なのんびり屋さん。
僕はこの家が大好きだった。
二人とも火属性で、神術についてはよく教えてくれた。僕が天才なのも、二人のおかげもあるんだろうと思っている。
「もっと難しいテストでも僕やれるよ」
「そんなに焦んなくてもあなたは施設に入るんだから。そこで沢山難しいテストに出会うわよ」
「俺の時は大変だったぞー。いっつも追試ばっかりだった」
「あら、私はそんなことありませんでしたよ?」
「嘘つけ、追試でよく見かけたぞ」
「たまにですよ、たまに」
「その話も沢山聞いたよ」
二人は施設で出会い、同じ戦場で戦い、今に至る。
お父さんは禍獣に足を片方食いちぎられたから、軍を抜けた。いくら神様の力が使えると言っても、怪我や病気を直したり、死者を蘇らせたらなんてことはできない。だから、お父さんは足があるところに木の棒がある。でも、お父さんはそれについて悲しい顔をしたことはなかった。
いっつもふざけて、お母さんに怒られてる。
そして、そんな片足のお父さんについてきたお母さんと、今は小さい温泉屋さんをやっている。仕事はお母さんの方が頑張っていて、家を出るのはお母さん、僕、お父さんの順番だ。
温泉、といっても見た目はただのお風呂だけど。
「ほむら、食べ終わったら風呂に入って早く寝なさいな」
「はーい!ごちそうさまー」
食器を片して、部屋を出ると後ろから二人の賑やかな会話が聞こえてくる。
「寝る子は育つぞ。俺は授業中も寝てたからこうなった」
「だから追試ばっかりだったんですよ」
クスリと笑ってドアを閉める。楽しい二人だなぁとつくづく思う。
「もっと凄いことはできないかなぁ……」
風呂上がり、自分の部屋で僕はうーんと唸った。
もちろん、星空をイメージした神術は誰に見せても綺麗といってもらう自信はある。
でも、もっと派手でカッコいい神術も欲しい。
「家の中で一人で神術を使うなって言われてるけど……」
まぁ僕が神術を失敗するわけはない。勝手に納得して、僕は脳内に大きくて強い炎を思い描く。
例えば、道端に生えてる木を丸々包めるような。例えば、川の水を全部消しちゃうような。
そんな、強力な、火を。
掌を広げる。イメージする。
もし、危なくなってもすぐに消けば大丈夫。
ふぅ、と一つ息を吐いて僕は神術を発動させる。
「わぁ」
掌の上に浮かんだのはいつもよりもより明るく光を放つ火。星というよりは太陽みたいに燃えるそれは、明らかに強そうだった。
でも、これじゃあ木は包めないし川は消せない。
「もうちょい……いける」
ふ、と火が少し大きくなる。
やっぱり僕ならいける。これならもっと大きいのだって。
いつしか僕はここが自分の部屋の中だと言うことを忘れていた。
ーー今やめておけば、そう何度後悔したか。
でも僕は、どうしようもなく愚かだった。
「はっ!」
気合いをつけて神術を発動した瞬間。
今まで感じたことのない疲労と共に、火は大きく、大きく燃え上がった。
成功に喜んだのは一瞬。
ゆうに僕の背丈を超えて、音すら聞こえてくるその火は、明らかに操れる許容範囲を超えていた。
「わっ……!ど、どうしよう……!!」
いつもみたいに消そうと思っても、全然火は消えない。
やがて、何処からかパチパチと音が聞こえ始め、嫌な匂いが鼻をくすぐる。
慌てて見渡すと、部屋の中の至る所から火が立っていた。あっという間だった。
想像もしなかった事態に、僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
バチッ。
破裂音がして振り返ると、目の前で机だったものが大量の火の粉を撒き散らして崩れ落ちた。
僕はそれを、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。
頭の中には何故と、どうしてだけがグルグルと周る。
火の只中に居ながら僕は動くこともできない。
「ーーー!」
どこからか声がする。
そんな思考が掠めて、消えていく。
不意にぐらりと視界が横倒しになった。
倒れたんだ、と気づきはしたが立ち上がる気は不思議と起きなかった。
パチパチと不規則な音を奏でて、千変万化に表情を変える。まるで川を泳ぐ魚のような、昼休み校庭で駆け回る子供のような。
そんな無邪気な炎が、僕が過ごしていた部屋を好き勝手に焼いていく。
どこか綺麗で、どこまでも残酷なその光景を。
ーー僕はただ、ぼんやりと眺めていた。