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第1話 出会い



 太陽に照らされた土の匂いが漂ういつもの通学路。僕は石ころを蹴りながら、鼻歌混じりに歩いていた。

属性が決まっていることを不思議に思ったことはなかったけれど、それが利き手のようだ。と言われると納得できる。

 いつもは退屈を我慢するだけの学校が、今日は少し面白かった。

「他のが欲しい、とか言ってたなぁみんな」

 例えば隣の席の子は風属性の使い手。

だけど、地味だからと火や水を羨ましがっていた。

僕はニヤニヤしてしまうのを堪えられなかった。何故なら僕はかっこいい火属性の使い手だからだ。

 良い気持ちでコツンと蹴った、学校から共にここまできた石ころは、想定よりも転がって他人の家の門を勝手に潜って行ってしまった。

少し残念に思いながらその行方を追って、取り戻すことは無理だと悟る。ならばと今度は右手をかざして、その指先に意味もなく火を灯してみる。

 不思議とあまり熱くはない、それでも眩しいその光に、僕はつくづく思うんだ。

「ほんと、火で良かったなぁ!」

 昼の明るさにも負けないその神術に、僕は自信を抱いていた。

クラスにいる、同じ火属性の使い手の誰よりも僕は器用にそれを扱えた。神術のテストは100点が基本で、先生や友達に褒められる。そんな神術が僕は好きだった。

蛇口を捻っては閉めるように、火を点けては消しながら家への道を歩く。

―きっと神様はいい人だ。

だって僕に火属性をくれたから。


「ん?」

 ―視界の先、一本の木が立っている。

それはいつもと変わらない、通学路にある何の変哲もない木。だけど、今日はその木陰に真っ白な子供がいた。膝を抱えてしゃがみ込み、そこに顔を埋めている。

ただでさえ小柄なのに、そんな姿勢だから猫か何かと一瞬勘違いしてしまった。

背中まである髪と、着ている服が白いから、まるで妖精か何かを見たような気持ちだった。

 足を止めて良く見てみると、その肩が不規則に震えていることが見てとれる。

「泣いてる……?」

 神術を弄るのをやめて、僕はおそるおそるその子に近づいた。


「ねぇ、どうしたの?」

 僕の声に、その子は肩を跳ねさせてからゆっくり顔を上げた。

白い髪の間から見えた目は、青と緑の間くらいの大きな目だった。

 可愛いと綺麗の間のような整った顔は、その子が同い年か少し年下くらいの、女の子だと伝えてくる。

「なんでも、無い……です。泣き止んだら、帰らなきゃ……」

鈴を転がしたような声。クラスメイトの誰よりも綺麗な声に、なんでもないってことはないだろう、と思いながら僕はその隣に座った。


「じゃあその手伝いしてあげるよ」

「え……?」

「見てて」

 大袈裟に掌を動かして、パチンと一度閉じる。

興味深そうに視線がその手に向いたのを確認してから、僕は脳内にいつもの光景を思い描く。

一瞬目を閉じて集中。イメージするのは星の浮かぶ夜空。

「ふっ」

 気合いを入れて目を開く。ほんの少し感じた疲労感が、神術の成功を伝えてきた。

「わあ……」

 弾んだ声が聞こえて、思わずしてやったり、とニヤついてしまった。

 発動した神術は、他の誰も真似できない僕だけの神術。

掌サイズの小さな火を、いくつも空中に並べたものだ。

―まるでそれは、昼間なのに見える星空。

木の葉が作り出す僅かな影の中で、小さな火はちらちらと光っている。

「すごい、きれい……」

大きな目を溢れそうなほど丸くして、彼女は空中の火を見つめていた。

 その横顔を濡らしていた涙は、もう流れてはいない。僕は胸を張りたい気分だった。


「ねぇ、名前なんて言うの?」

火を消して、改めて向き合って尋ねると

「えと、ことのって言います」

と、さっきと比べてしっかりした声で返事が返ってきた。

会話らしい会話に少し嬉しくなって、僕はこの時間を続けたくなってしまう。

「ことの?不思議な名前だね。僕はほむら。あきのはほむら。火が群がるって書くんだ」

僕は近くに落ちてた枝を拾い上げて、地面に自分の名前を書いてみせる。

「あ、私は小さい桃って書きます」

枝を手渡すと、ことのと名乗った少女は丸っこい字で僕と同じように漢字を並べた。

「小桃乃……名前と一緒でちっちゃいよね、ことのは」

「えへへ……」


 それから僕たちは少し会話を続けた。

僕の話の殆に、小桃乃は笑って答えてくれたけど、珍しい髪の色と、神術の話だけは何故か話したがらなかった。

 小桃乃を見つけた時には木陰から出ていた僕らの足が、完全に木陰に隠れた頃。

「ね、ほむら君。私そろそろ帰るね……」

と、悲しそうに小桃乃は言った。

「あ、うん。そういえばもう泣いてなかったね」

「そう、だね……。バイバイ、ほむら君」

 小さく手を振って、立ち上がる小桃乃は俯いたまま。見つけた時と似たような感じで、また泣いてしまうんじゃないかと思わせる。

でも、僕が何を言うかを考えてるうちに、小桃乃はゆっくりと歩き出してしまった。

「またね、小桃乃」

仕方なくその背中に声をかけると、小桃乃はハッとした顔で振り返った。

「また……?」

「?うん。また会おうね」

当たり前だと思う返事に、何故か小桃乃は目を丸くして、その後すぐにその目から涙が流れだした。

「え、小桃乃?大丈夫!?」

「うん……うん……。大丈夫。ごめんなさい……」


 途切れ途切れの言葉に、僕はここで何かを言わなくちゃいけないことを理解した。

泣く小桃乃の姿は、昔迷子になった時の僕によく似ている気がしたから。

(あの時、僕を見つけてくれたお母さんはなんて言ってくれたっけ……)

―そう、確か。

―笑って、頭を撫でて。

「大丈夫だよ、泣かないで。悲しくなったら僕がすぐに行くから」

 あの時、僕はその言葉と手の暖かさにとても安心した。きっと小桃乃にも伝わるはず。


 小桃乃は自分の頭に乗った僕の手と、僕の顔を二回くらい不思議そうに見て、それからまた涙をこぼした。

「わっごめん!急に」

「違うの……嬉しくて……ごめんなさい」

慌てて手をどけながら謝ると、小桃乃は首を振って言った。

嬉しい、か。

じゃあ多分、やったことは間違いじゃなかったんだな、と僕は詰めていた息を一つ吐いた。

「帰るのが怖いの?」

 小桃乃は迷うようにしてから、小さく頷いた。

「じゃあ僕がその怖いのから守ってあげる」

 パチンと再び掌を合わせる。

イメージするのは掌に隠せるほど小さくて、それでいて明るく燃える火。さっきの星空のうちの一つ。

ふわりと手を開くと同時に、中から光が溢れる。掌に伝わる温度が成功を示して、少し得意気に僕はその手の中を見せる。

「ほら」

火傷しないほどの火を灯す神術。難しいとか、細かいとか言われたけど、この神術を失敗したことはほぼない。

 これができるのは僕だけで、だからこそあの星空も作れる。

「綺麗……」

「でしょ?ほら、手出して」

ゆっくりと伸びてきた、小さくて白い手が作るお椀に、僕はその火を落とす。

びくり、と小桃乃は一度肩を跳ねさせたが、その顔から驚きが消えるのはあっという間だった。

「おまじないだよ。きっと怖いのから守ってくれる。まぁ、すぐに消えちゃうけど……」

「あったかい……」

「でしょ!そのあったかいのは残るかなって!」

「……うん!」

 初めて、小桃乃は笑顔を見せてくれた気がした。今までも笑っていたからそんなことはないんだけれど。

涙に濡れるその笑顔を見ているのは、胸が弾むようで何故か落ち着かなかった。


 小桃乃と手を振って別れた後。

「そういえば苗字聞いてなかったなぁ」

と、今更ながらに僕は思った。

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