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第8話 罪の意識

時間軸としては、

第7話→幕間・参の前半→第8話→幕間・参の後半です。




「ねぇちょっと」

休み時間になって、僕の机にやってきた人数は4人。

高田達とは別に、女子が一人。

肩に届くかくらいの、青い髪が特徴的だった。

「あんだよ」

太田が大きいお腹を突き出すようにして、その女子を威嚇する。それに怯む様子も見せず、女子はむしろ目を鋭くして言い放った。

「いっつもいっつも騒いで。あんた達うるさいのよ」

晴天の霹靂、とはまさにこう言うことなんだと、どこか他人事に僕は思った。

それなりにざわついていた教室内が、シンと静まり返る。

 何事か、と視線が集まる。


「なんだと?」

高田の低い声がその静寂を破る。

しかし、女子は引かない。

「このクラスの評判が悪いの、秋葉君のせいにしてたでしょ。あれ、あなた達のせいでしょ?」

「はぁ!?お前ふざけんなよ!」

 前触れもなく林がキレた。

突然近距離で炸裂した大声に、僕と女子の肩が跳ねる。心臓が暴れ出して、遅まきながらやっと実感する。

ーーこれは、やばい。


「なによ。私が何か間違ったこと言った?」

「騒いでんのは他の奴らもそうだろ!?自分だけいいカッコすんなよ青木!」

林は指を突きつけて更にまくし立てる。キンキンとした、耳障りな声だった。

「まぁ落ち着けよ林。だが青木、確かに林の言う通りだ。喧嘩もしてねぇ俺らがなんで目の敵にされなきゃいけないんだ?」

 冷静に話している風で、その声には節々にかなりの怒りが滲む。プライドの高い彼のことだ。きっとこうして公衆の面前で糾弾されることは、耐え難い屈辱なんだろう。

「普通の会話ならいいけどね。あんた達のそれはいじめじゃない。寄ってたかって一人を……」

「いじめ?おいおい冷静になれよ」

青木、と呼ばれた女子の言葉を遮って高田は、ニヤリと笑った。

「サボってるやつをサボりだと言うのはいじめなのか?不真面目なやつを不真面目だと指摘するのはいじめなのか?どうなんだよ」

毒々しい笑顔だった。

 その毒気に当てられたように、青木……さんは顔を歪めた。

「何言ってるの……?」

「変なこと言ったか?それともお前は足の欠けた椅子を見ても喜んで座るのか?」

林と太田が同意するように、ヘラヘラと青木さんを指差して笑った。

 止めに、なったんだと思う。ついに青木さんの口は悔しそうに引き結ばれて、顔が俯き気味に下がる。

目だけが、上目遣いで高田のことを睨みつけて、その目線を受け止める高田は、勝ち誇ったように首をポキポキと鳴らした。

(終わったかな……?)

 青木さんと話したことは今までなかった。なのにいじめだと、そう指摘してくれた初めての人だった。

(申し訳ないな……)

 そんな勇気ある人に恥をかかせてしまった。

後で謝りに行こう。と心に留めた瞬間。


「そんなことない!」

澱んだ空気を切り裂いて、待ったが入った。

「今度はなんだ!」

 高田もそろそろ自分を抑えられないらしい。声を荒げて振り返った先。

 その視線を追うと、メガネをかけた女子が、ちょっと震えながら高田を睨みつけていた。

「秋葉くん、凄く頑張ってたもん……!勉強も、神術も……!偉いよ……」


あ。


違う。僕はそんな……。


「偉いだと?こいつが?馬鹿も休み休み言えよ!神術使わねぇんだろ!?」

 取り巻きとしてずっとくっついている、林と太田も驚くほどの剣幕。メガネの女子はひっと、喉の奥に何か詰まったような音を出して泣き出した。

「教官と二人で訓練してたの……!前の試験の時だって、凄く辛そうで……」

「そ、そうよ。彼、勉強だって頑張ってるじゃない」

「あんたらよりずっとマシ」

「泣かせたの謝りなよ……」

 女子を泣かせたことで、高田は一気に他の女子からの反撃を受けた。

 ふーっ。ふーっ。とまるで怒った犬のような唸り声を上げながら、高田は怒りに震えて立ち尽くした。

「た、高田くん。そろそろ教官もくるし……」

「ね、ここら辺にしとこうよ……」

 林と太田にもなだめられた高田は、一度青木さんを、次に僕をナイフのように鋭く睨みつけて、自分の席に乱暴に座った。

 静かな教室に、その音は盛大に鳴り響いた。


 高田の最も近くで、堂々と立っていた青木さんは力が抜けたようにふらっとへたり込んだ。

僕が声をかけるより早く、女子が大丈夫?と寄ってきて、それでみんな安心したかのようにクラスに音が戻ってきた。

 そのざわめきに負けないくらい、僕の心も騒いでいた。

(なんと、言われた……?)

頑張っていた?辛そう?偉い?

この、僕が?

 グサリ。と、心に刺さる音が聞こえてくるようだった。

違う。僕は偉くない。辛そうでいい。頑張るのなんて当然の義務だ。

 だって、僕は愚かで馬鹿なんだから。

胃が痛い。頭がふらふらする。視界が狭くなる。

 我ながら訳の分からないことになってるな、と自嘲の笑みが漏れてくる。

 認めないで欲しい。許さないで欲しい。こんな僕でいいと言わないで欲しい。

その優しさを受け取れる人なら、あんな事件は起こさないだろう。

 以前は、それらの言葉が好きだった。

天才だね、すごいね、偉いね。僕はその言葉が嬉しくて、それを貰うためにまた頑張れた。

 でも、今は全く真逆だった。

苦しい、痛い、辛い。そんな優しさは受け取れない。

 高田の言っていた、足の欠けた椅子という例えが、まんま今の僕を表していた。

 肯定の言葉が、罪悪感に染まった僕の心を切り刻んで、血を流す。

 呼吸の仕方を忘れたように、息苦しさが胸を締め付けていた。


 気がつけば授業が始まっていて、また次気がついた時には授業はとっくに終わっていた。

 夕食を食べに食堂に行く元気はなかった。

自室に戻りたい気持ちでもない。ただ無性に一人になりたくて、僕は頭の中で地図を開いて場所を探す。

 思いついたのは、以前教官に連れて行って貰った場所。

 裏門の周りの、木が乱立するスペース。


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