表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第7話 噂話と膿んだ傷



 昼休み、食堂で一人。焼き魚、ご飯、味噌汁のシンプルな定食をつついていると、同じテーブルに4人のグループが座った。

「ねぇ聞いた?今度は彼が選ばれたらしいよ!」

「わぁー有名人ばっかりだ!」

 また、この話。

最近の施設の中の話題は、専らこの研修の話だった。

あまりにもその話ばかりで、どんな人がいるのか大体覚えてしまった。

 僕にとって聞きたくなくても、興味がなくても。急に研修の話題を振られたら、それについていくのにさほど困らないくらいには。

 6年の人気者、5年の努力家。誰が選ばれた、羨ましい、心配。飛び交う無数の話題は大通りを行く人混みにも似ていた。

 しかし、その人混みの中でも一際目立つ存在。一番話題に挙がる人。

「でもやっぱり、驚くよねぇ」

「まさか1年が選ばれるなんてねぇ……」

 それはやっぱり、白髪の天才。櫛木家(くしきけ)の一人娘。櫛木小桃乃(ことの)だった。


「初めてのことらしいよ。教官が言ってた」

「……いくらなんでも無理なんじゃない?」

「いやいや!あの子、この施設ができて以来の天才なんだよ?」

「でもまだ13歳でしょ?足引っ張らないか心配だわ」

 普段の噂は、少し頑張れば聞き流すことは簡単だった。でも、この話題だけは、聞き流すことは難しかった。

 気がつけば、自分の目の前にあった定食は、忽然と姿を消していて。慌てて、片付けようと立ち上がった。

 その時だった。

「櫛木家って偉いんでしょ?お金とか、コネとかで無理矢理参加させてるとか……」

「だとしたら、それ、迷惑なんじゃ……」

「それで事故が起きたらどうするつもりなんだろうね」

「池野くんに何かあったら私どうしよう……」

 6年の人気者の名前が上がり、一瞬黒く染まっていた4人グループの雰囲気が、元に戻る。

(嫌な、話は聞いちゃった……)

 ため息を椅子から立ち上がる音で掻き消す。

 きっと、あの会話に本当の悪意はない。噂には尾びれがつくように、あの話も根も葉もない話だろう。

でも、出る杭は打たれる。目立つものは、それだけ注目を集める。

集めた注目は、きっと心地の良いものだけでは無い。

 そんな片鱗が少し見えた気がして、僕の気分はその日の授業が終わっても曇り空のままだった。



「はぁ……っ……!」

「ダメか……」

 放課後、冷原(ひやはら)教官に神術を見てやる、と呼び出された。

普段誰も来ない裏門の辺りまで歩いた僕らは、そこで神術の発動を試みていた。

「確かに神術が弱かろうと、学力があれば軍に必要な戦力となれることは確かだが……。一切の発動ができないのはどういうことだ……?」

 冷原教官は顎に手を当てて考え込んだ。出会った頃はただ怖いだけだったこの人も、1年以上経った今では、人並み以上に面倒見のいい人であることはわかっていた。

「すみません……」

「何についての謝罪かわからん」

(この人も、僕を責めない)

 不思議だった。高田のように、散々言われて当然なのに。こんな時間をかけるに必要なんて、ないはずなのに。

 僕の周りには優しい人が沢山いて、その人達に触れる度に、そんな言葉を貰える自分じゃないことを思い出す。


ーー罵倒の方がよっぽど楽だ。


「おい、お前に何か心当たりはないのか?」

 思考の渦にハマっていた僕の方を、トンと叩いた教官の手で目が覚める。

「あ……えと、あります」

「あるのか。それはなんだ?」

 話していいものか、と少し迷う。

自らの力を過信して神術を暴走させ、家を焼き、親を傷つけたトラウマ。

 そんなもの、話したところで解決するものなんて何もない。

「いや、話したくないことならいい。それを乗り越えられた時、きっとお前はまた神術を使えるようになる。焦るなよ」

 言い淀む僕を見て、教官は踏み込んではいけない部分だと判断したらしい。

もう一度肩を叩いて、教官は少し笑ったようだった。

 ズキリ。と胸の奥が痛んだ。

よく味わった感覚。何度味わっても慣れない感覚。

心に、優しさという刃が突き立つ感覚。

「はい、すいません……」

 頭を下げると、教官はあぁ。とだけ答えて歩いていった。


(乗り越える……)

どういうことを言うんだろう。と思った。

あの火以外を想像できるようになればいいのか。それとも、あの夜を綺麗さっぱり忘れることか。

(無かったことになんて、できない)

 だって、それは、逃げだから。

あの事件を起こしたのは僕で、家を焼いたのも、両親を傷つけたのも、僕。

 それは決して変えられない事実で、だからこそ、僕はそれを背負っていかなければならない。

 苦しむのは当然で、自業自得で、義務だから。

これが、どうしようもなく馬鹿な僕にできる、せめてもの償いだから。

(このまま神術が使えない方が、いいのかもしれない)

 そんな風にも思いながら、僕はノロノロと歩き出した。

 何度見ても、味わっても。神術を使おうとする度、突きつけられる自分の罪は、心に傷と体に疲労をもたらしていく。

 重い体を引きずるように、僕はなんとか自室にたどり着く。何処をどう歩いたか、いまいち自信がなかった。

(俯いてたから……当然かぁ……)

寝床に倒れ込むなり、僕は意識を手放した。



今更ですが、この世界の髪の色は数少ないファンタジー要素として、好き勝手な色になってます。

属性に寄った色になるので、水なら青。風なら緑と言ったようにカラフルな頭です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ