第7話 噂話と膿んだ傷
昼休み、食堂で一人。焼き魚、ご飯、味噌汁のシンプルな定食をつついていると、同じテーブルに4人のグループが座った。
「ねぇ聞いた?今度は彼が選ばれたらしいよ!」
「わぁー有名人ばっかりだ!」
また、この話。
最近の施設の中の話題は、専らこの研修の話だった。
あまりにもその話ばかりで、どんな人がいるのか大体覚えてしまった。
僕にとって聞きたくなくても、興味がなくても。急に研修の話題を振られたら、それについていくのにさほど困らないくらいには。
6年の人気者、5年の努力家。誰が選ばれた、羨ましい、心配。飛び交う無数の話題は大通りを行く人混みにも似ていた。
しかし、その人混みの中でも一際目立つ存在。一番話題に挙がる人。
「でもやっぱり、驚くよねぇ」
「まさか1年が選ばれるなんてねぇ……」
それはやっぱり、白髪の天才。櫛木家の一人娘。櫛木小桃乃だった。
「初めてのことらしいよ。教官が言ってた」
「……いくらなんでも無理なんじゃない?」
「いやいや!あの子、この施設ができて以来の天才なんだよ?」
「でもまだ13歳でしょ?足引っ張らないか心配だわ」
普段の噂は、少し頑張れば聞き流すことは簡単だった。でも、この話題だけは、聞き流すことは難しかった。
気がつけば、自分の目の前にあった定食は、忽然と姿を消していて。慌てて、片付けようと立ち上がった。
その時だった。
「櫛木家って偉いんでしょ?お金とか、コネとかで無理矢理参加させてるとか……」
「だとしたら、それ、迷惑なんじゃ……」
「それで事故が起きたらどうするつもりなんだろうね」
「池野くんに何かあったら私どうしよう……」
6年の人気者の名前が上がり、一瞬黒く染まっていた4人グループの雰囲気が、元に戻る。
(嫌な、話は聞いちゃった……)
ため息を椅子から立ち上がる音で掻き消す。
きっと、あの会話に本当の悪意はない。噂には尾びれがつくように、あの話も根も葉もない話だろう。
でも、出る杭は打たれる。目立つものは、それだけ注目を集める。
集めた注目は、きっと心地の良いものだけでは無い。
そんな片鱗が少し見えた気がして、僕の気分はその日の授業が終わっても曇り空のままだった。
「はぁ……っ……!」
「ダメか……」
放課後、冷原教官に神術を見てやる、と呼び出された。
普段誰も来ない裏門の辺りまで歩いた僕らは、そこで神術の発動を試みていた。
「確かに神術が弱かろうと、学力があれば軍に必要な戦力となれることは確かだが……。一切の発動ができないのはどういうことだ……?」
冷原教官は顎に手を当てて考え込んだ。出会った頃はただ怖いだけだったこの人も、1年以上経った今では、人並み以上に面倒見のいい人であることはわかっていた。
「すみません……」
「何についての謝罪かわからん」
(この人も、僕を責めない)
不思議だった。高田のように、散々言われて当然なのに。こんな時間をかけるに必要なんて、ないはずなのに。
僕の周りには優しい人が沢山いて、その人達に触れる度に、そんな言葉を貰える自分じゃないことを思い出す。
ーー罵倒の方がよっぽど楽だ。
「おい、お前に何か心当たりはないのか?」
思考の渦にハマっていた僕の方を、トンと叩いた教官の手で目が覚める。
「あ……えと、あります」
「あるのか。それはなんだ?」
話していいものか、と少し迷う。
自らの力を過信して神術を暴走させ、家を焼き、親を傷つけたトラウマ。
そんなもの、話したところで解決するものなんて何もない。
「いや、話したくないことならいい。それを乗り越えられた時、きっとお前はまた神術を使えるようになる。焦るなよ」
言い淀む僕を見て、教官は踏み込んではいけない部分だと判断したらしい。
もう一度肩を叩いて、教官は少し笑ったようだった。
ズキリ。と胸の奥が痛んだ。
よく味わった感覚。何度味わっても慣れない感覚。
心に、優しさという刃が突き立つ感覚。
「はい、すいません……」
頭を下げると、教官はあぁ。とだけ答えて歩いていった。
(乗り越える……)
どういうことを言うんだろう。と思った。
あの火以外を想像できるようになればいいのか。それとも、あの夜を綺麗さっぱり忘れることか。
(無かったことになんて、できない)
だって、それは、逃げだから。
あの事件を起こしたのは僕で、家を焼いたのも、両親を傷つけたのも、僕。
それは決して変えられない事実で、だからこそ、僕はそれを背負っていかなければならない。
苦しむのは当然で、自業自得で、義務だから。
これが、どうしようもなく馬鹿な僕にできる、せめてもの償いだから。
(このまま神術が使えない方が、いいのかもしれない)
そんな風にも思いながら、僕はノロノロと歩き出した。
何度見ても、味わっても。神術を使おうとする度、突きつけられる自分の罪は、心に傷と体に疲労をもたらしていく。
重い体を引きずるように、僕はなんとか自室にたどり着く。何処をどう歩いたか、いまいち自信がなかった。
(俯いてたから……当然かぁ……)
寝床に倒れ込むなり、僕は意識を手放した。
今更ですが、この世界の髪の色は数少ないファンタジー要素として、好き勝手な色になってます。
属性に寄った色になるので、水なら青。風なら緑と言ったようにカラフルな頭です。




