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1/3

前編

「そう言えばアル様ぁー。三日後に婚姻するってぇ、ホントですかぁー?」


 妙に甘ったるい鼻にかかった声が響く。


「あぁ、ちょっと事情があって早まったんだ。本来であれば学園を卒業した後だったのだが……」


「えー。アル様可哀そうー。婚約者の人が我儘言ったんでしょー?アル様イケメンだもーん」


「きっと殿下とハルカ嬢の仲に悋気を起こして、相手の方が無理やり早めたのではないですか?身分を笠に偉そうにしている貴族令嬢らしい振る舞いですね!」


「いや……そういう訳じゃないんだが……。確かに三日後は急だったがね。こちらにも都合があったのだが……」


「ヤダァ!やっぱり婚約者さんのわがままなんですかぁー!ワタシとアル様との仲に嫉妬するなんてぇー。アル様の婚約者の人ってあれでしょー?病弱で学園をよく休んでるってぇー。そんな人が未来の王太子妃なんてぇー大丈夫なんですかぁ?ねぇ?」


「いや……彼女は病気で学園を休んでるわけでは……」


「本当ですよね!そんな嫉妬深くて病弱な令嬢など殿下にふさわしくないですよ!どうです?巷で話題の婚約破棄をなさっては!?」


「そしたらぁー、ワタシがアル様と一緒にいてあげますねぇー!」


 そう言うと、ハルカと呼ばれた女生徒はアル様と呼ばれた男子生徒の腕に軽く手をかけ、本人としてはとっておきの角度で笑みを浮かべる。それは貴族令嬢としてはいささかはしたない行いだったが、周りで同席している男子生徒達も注意するどころか微笑ましいものを見る目を向けている。


 それを少し離れたところから見ていた私は、彼ら曰く嫉妬深くて病弱な貴族令嬢らしい。

 というか、学生が利用できる食堂の一角に設けられたテラス席で交わされたこの会話は、放課後の利用者が少ない食堂に良く響いているのだが、当人達は気づいているのだろうか?それこそ食堂の入り口にいる私の耳にも聞こえるほどなのだが。


「ところで婚約破棄が巷の話題なのか?」


 そう言って、腕にすり寄る女子生徒の手から離れ、紅茶に口を付けるのは、私の記憶が確かならば、私こと侯爵令嬢リディアーヌの婚約者で、それこそ三日後に婚姻する予定のアル様こと、この西国の王太子アルベール殿下だ。


「何やら北国で話題の書籍らしいですよ。真実の愛に目覚めた王子が政略で定められた悪事を働いていた婚約者の令嬢に、夜会などで婚約破棄を突き付け、そのまま恋人と真実の愛を誓うとか……」


「ふぅん」


「真実の愛ですってぇー!素敵ですよねぇー。」


「そうだね」


「きゃあ!やっぱりアル様もワタシと……きゃあ!!やっぱりぃ!それならぁー、三日後に婚姻するの止めちゃいましょうよぉー。ワタシが聖女だって知られればぁ、誰も反対できないと思いますぅー!」


「確かに。君が聖女なら三日後に彼女と婚姻しなくて済むんだけどね」


「それでしたらやはりハルカ殿を聖女に……」


 何やら殿下の周りにいる男子生徒達と女子生徒がきゃいきゃい盛り上がっていたが、もう何も聞きたくなくて踵を返した。


「……フェイ、あの女子生徒が噂の……?」


 背後からひっそりとついてくる従者に小声で問いかけると、同じような音量の声が静かに返ってきた。


「そうですね。彼女が異界からの来訪者ハルカ嬢で、周りにいたのはその取り巻きですね。最近は殿下の取り巻きとしても振舞っているらしいですが……」


「……そう。ちなみに先ほどの会話、魔石に録っていたりする?」


「えぇ。まぁ。リディアーヌ様に何かあった場合に備えて常に音は録っておりますが……何をお考えで?」


 フェイの声にわずかに焦りを感じたが、何を焦っているのか。

 先ほどの会話を一緒に聞いていたならわかるだろう。する事など一つしかない。


「何をって……フェイも聞いてたでしょう?アル様は私と婚姻したくないんですって。それならそうと早く言っていただければ、東の勇者様をお待たせせずに済んだのに……。これから侯爵家に戻ったら書類を整えるから、フェイは先ほどの会話と一緒にその書類を陛下に提出してくれる?私はそのままクロで中央ダンジョンに向かうから……」


 そこまで話した瞬間、フェイが急に進行方向に回り込んできたので、危うく吹き飛ばすところだった。


「……フェイ!危ないわ!急に目の前に来るなんて!」


「お嬢様が突然おかしな事おっしゃるからです!婚姻まであと三日ですよ?!しかも未婚のまま勇者様とお会いして、万が一の事があったら……!」


「どこがおかしな事なの?さっきのアル様の発言を聞いて、そのまま婚姻なんてできる訳ないじゃない。それに……流石に彼女が聖女になる事は出来ないと思うけど、異界の来訪者ならアル様との婚姻を認めてもらえるんじゃないかしら?」


 同じ会話を聞いていたはずなのに、フェイは何を言っているのだろう?思わず小首をかしげてしまう。フェイの体をよけて足早に乗ってきた馬車まで向かう。


「いえいえいえいえ!あの殿下がお嬢様以外と婚姻するわけないじゃないですか!?先ほどの会話だって何かの間違いですよ!」


 更に慌てたようにフェイが追いかけてくる。

 我が家の馬車が見えたので、御者に軽く合図を出すと、心得たように御者が御者席についた。それを横目に見て、馬車に乗り込む。慌ただしくフェイも後から乗り込んできた。


「……でもフェイも一緒に聞いてたじゃない。それにしても酷い話よね。段々腹が立ってきたわ!こっちが頑張ってスタンピートの前線でせっせと働いている間に異界の来訪者と浮気とか!ない!ないわぁ!!何が病弱なご令嬢よ!至って健康体だわ!それどころかモンスター相手に元気に戦ってるわ!」


 思わず力が入ってしまう。だってそうだろう。中央ダンジョンで100年周期で発生するスタンピートの被害が王都まで来ないように、私は他国や自国の兵士や冒険者達と共にせっせとモンスター退治にいそしんでいたのだ。参戦者の方々の尽力により、溢れ出ていたモンスターもだいぶ減ってきたので、そろそろダンジョン内の封印作業に入る目途が立ったことから、一時帰国したのが今なのだ。久しぶりに婚約者に会いに学園まで来たらあの会話である。人々の為に身体を張って頑張っている間に浮気するとか、血も涙もない行いだと思う。


「モンスター相手って言うのがそもそもおかしいですよね?!お嬢様の本職は回復魔法士ですよね?!なんで前線の前衛に出てるんですか?!じゃなくて!そのまま前線の勇者と合流して、勇者に嫁にと望まれたらどうするんですか?!向こうの国はそのつもりですよね?だから前線に戻る前に婚姻を結んでおく話になったんですよね?!」


 普段物静かで沈着冷静なフェイがめっちゃ早口だ。なんだかんだと先ほどのアル様、いやもう婚約破棄して婚約者でもなくなるからアルベール殿下って呼ばないといけないか、とその取り巻きの会話に動揺しているのだろう。


「そうは言っても、婚姻する予定の方が望んでなかったのですもの。致し方ないわ。それなら一刻も早く前線に戻ってダンジョン内の封印作業に着手しないと……封印作業は聖なる武器に選ばれた勇者と聖女が揃って行わないといけないものだし。またモンスターが溢れ出てくる前に封印しないと被害が増えるわ。それに東の勇者が予想通りの方なら私を嫁になんて言わないでしょうし……」


 馬車から外を眺めると、活気のある人々の生活が垣間見える。この生活を守るため、私は頑張っているのだと思うとやる気も出るってものだ。


「それにしたって万が一ってこともあるじゃないですか?!」


「その時はその時よ。もしかしたら勇者様と気が合うかもしれないし。合わないようなら侯爵家から縁を切ってもらって冒険者一本で生きるのもいいかもねー。一応A級冒険者だし。あー、でもアルベール殿下の婚約者じゃなくなったら、フェイともお別れね。それは悲しいわ」


「それは私もですが……って、万が一にもそんなことありませんからね?!殿下がお嬢様を手放すわけがないじゃないですか?!」


「……フェイ?いつまでも現実逃避はダメよ?さっきの会話を一緒に聞いていたでしょう?次にフェイが付くのはあの方かもしれないんだから、しっかりお守りしてね。私が言うまでもないだろうけど」


「それはないですからね?!大体お嬢様はなんであの方の重たい執着に気づかないんですか……また兄の胃が……」


 フェイのお兄様はフェイと双子で、アルベール殿下の従者を務めている。その為先ほどのテラス席でもアルベール殿下の背後に控えていたはずだ。


「ファイはまた胃の調子が悪いの?今度会ったらまた回復魔法をかけてあげるとは話してたけど……しばらく会えそうにないわね。……そうだ!フェイが王城に書類を持って行く時に、私が作った胃の調子を整えるハーブティーを持っていってあげて。まだ家にあったはずだから」


「それはありがたいですけど……って書類って何の書類ですか!?」


「何って……婚約破棄の。今回の場合、殿下有責で慰謝料とか貰えるかしら?流石に無理?」


「ですからぁ!」


「あ!ほら侯爵家に着いたわよ!前線に持って行くものはまだ荷ほどきしてなかったからそのままで行けそうね。あ、あと聖杖も……」


 背後でフェイがまだ何か言っていたが、侯爵家に着いたことによりこれからの段取りを考えるので頭がいっぱいになった。

 とりあえず、婚約破棄の書類を整えて……お父様はまだ王城で陛下と一緒にお仕事されているだろうから、陛下にご承認いただく前にお父様からの承認も貰えそうね。フェイの説明も一度で済むわ。後は、お母様とお兄様に前線に戻る事を伝えて……


「シーラ、申し訳ないけど、私の旅行鞄、もう一度クロに乗せてくれる?さっき降ろしたばかりなのに悪いけど……」


 通り過ぎたメイドに、旅行鞄の積み込みをお願いしていると、ちょうどお兄様と行き会った。


「あ、お兄様!ちょっとこれから前線に戻りますわ」


「はぁ?!三日後に殿下と婚姻だろう?!急な事だから大規模な披露目はしないが、王城内の聖堂で式を挙げる予定じゃないか!?」


「それがですねー。アルベール殿下は私と婚姻したくないそうですわ。どうやら聖女のハルカ様を望まれるそうで。流石に聖女ばかりは聖杖が選ぶものなので、ハルカ様が聖女になれるかまでは何とも言えませんが……」


 さっき聞いた会話をかいつまんで説明すると、お兄様のお顔の色が面白いほど変わっていく。思わず血圧の心配をしてしまうほどだ。


「な、な、な……殿下がそんなことを?何かの間違いではないのか?」


「私もフェイもこの耳でしかと聞きましたし、フェイが魔石に録っておりますわ」


「そ、そ、そ……それにまだハルカ嬢が聖女じゃないと決まったわけじゃないだろう?聖杖はまだ誰も選んでおらず、王城の聖堂に安置されていると……」


 しどろもどろになりながら、お兄様が必死に話しているが、動揺し過ぎである。


「……お兄様も来訪者のハルカ様が聖女の方が良かったの?」


 言ってて悲しくなってくる。


「い、いやそういう訳ではなく……。ただお前が聖女じゃないかもしれない可能性をだな?!」


「……お兄様は私が聖女じゃない方がいいの?そんなにお兄様もハルカ様の方が聖女に相応しいと……」


 お兄様にまで、私が聖女にふさわしくないと思われていたなんて。あ、何だか落ち込んできた。


「そうじゃなくてな?!聖女だと勇者の嫁に望まれるかもしれないだろう?!リディがそんな……?!」


 ……今度は段々腹が立ってきた。私には聖女も勇者の嫁も相応しくないと言いたいのだろうか。何故そこまで言われねばならないのか?!前線から帰ってきた妹に対して酷い言い草じゃないか?!


 思わずお兄様に背を向けて自室を目指す。後ろから何やらごちゃごちゃ言ってくるお兄様とフェイが付いてくるが、その声は耳を素通りしていく。


 自室に戻ると、紙とペンを物書き用の机に広げ、婚約破棄の許可を求める文書と私のサインを入れる。指に嵌めていた印章になっている指輪を外し、机の引き出しに入れていた蝋を火魔法で溶かして、印章を捺す。……そう言えばこの指輪、侯爵令嬢としてのものではなくて、アルベール殿下に婚約の証として贈られた物だったわ。印章も王族の婚約者としてのものだし……という事は、使うのもこれで最後ね……

 普段は失くさないようすぐに指に戻すが、今はそんな気になれない。引き出しをあさると、ちょうどよさげな革袋が出てきたので、その中に指輪を放り込む。ついでに書いた婚約破棄の書類と共に揃えてまだ後ろで何やらごちゃごちゃ言っていたフェイに差し出す。


「フェイ、これを王城にいるお父様と陛下に。先ほどの会話の録音も併せて提出してね。フェイ、今までありがとうね。ちゃんとしたお礼は封印作業が終わってからまた時間を取ってもらえるかしら?……新しい婚約者の従者につくなら時間を取るのは難しいかしらね?」


「お、お嬢様?つかぬことをお尋ねしますが、この革袋の中身は……?」


「指輪よ。もう私が持っているのはよろしくないでしょうし」


 フェイの顔がみるみる青くなっていく。


「ほ、本気ですか?」


「本気も何も……何度も言うけど、フェイも一緒に聞いていたでしょう?」


「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちください!ちょっと王城まで確認に行ってきますから!ていうか殿下のアホを引っ張ってきますから!まだ前線に戻らないでくださいね!!」


 そう言ってフェイが物凄い勢いで走り去っていった。しばらくすると馬の蹄が地を蹴る音が聞こえたので、恐らく単騎で馬に乗っていったのだろう。


「……あ!ファイ用の胃に効くハーブティー渡し忘れた!」


「ハーブティーはどうでもよくてだな!むしろお前の行動がファイの胃痛の原因になりそうなんだが?!そしてさっきフェイに渡した書類は何なんだ!?」


「あら?お兄様まだいらしたの?」


 どうやら私の部屋までお兄様もついてきていたらしい。頭を掻きむしったのか、いつもきちんと整えてある髪型が鳥の巣のようになっている。お兄様は私と同じ白金の髪色をしているが、私が癖のない真っすぐな髪質なのに対して、お兄様はくるんくるんのくせ毛なのだ。

 なので、無造作に髪に触ると、爆発したようになってしまう。ちなみに目の色はお兄様も私も薄い青色だ。この薄い色の配色はどうやら儚げに見えるらしいと気づいたのは、16を過ぎて社交の場に出るようになってからだ。なんだか騙しているようで申し訳なく、いたたまれなくなったのも今となっては良い思い出だ。


「あの書類は勿論婚約破棄の書類ですわ。殿下が浮気されたので、向こう有責ですし、侯爵家にはお咎めはないかと……むしろ慰謝料をたくさんいただきたいくらいですわ!王太子妃教育はためになりましたけど、時間もかかって大変でしたのよ!!」


「王太子妃教育を所定の半分の期間で完遂させた奴が何を言うか!?じゃなくてだな!殿下が浮気なんかするわけないだろう!?」


「……そうは言っても、殿下が私とは婚姻したくないと言っているのをこの耳で聞きましたもの。お兄様往生際が悪いですわ。そんなに王家との繋がりが欲しかったのですか?それならお兄様が既に殿下の側近なのですからそんな心配なさらなくとも……はっ?!もしやお兄様もハルカ様に想いを抱いてらっしゃいましたの?!」


「そんなわけないだろう!俺は婚約者一筋だ!!じゃなくてだな!そもそもお前が聖女に選ばれると決まったわけじゃないだろう!?」


「……お兄様、本当に往生際が悪いですわ。『聖杖、こちらへ……』」


 おもむろに両手を合わせ力ある言葉をつぶやくと、合わせた手のひらから光が溢れる。

 光が治まると、私の手には一杖の杖が握られていた。


「……それは、まさか?!」


 杖を一目見たお兄様のお顔が驚愕に彩られる。


「まさかも何も聖杖ですわ」


「だがそれは王城の聖堂に安置されていて、選ばれし聖女が聖杖に触れて初めて光り輝くと……」


「その様式美は10年前に済ませておりますわね。ですから、10年前から私が聖女ですわ」


 お兄様の顔が、社交界で話題の貴公子としてはあり得ない、と言うか見てはいけない感じに崩れているが、こちらの知った事ではない。

 私も伊達に子供の頃から王城に出入りしていたわけでは無いのだ。まぁ、アルベール殿下と入ってはいけないとされていた聖堂に侵入したら変な杖に光られてびっくりしたものだが……。と言うか、アルベール殿下も昔から私が聖女だと知っているのに、あの言い草。益々腹が立ってくるというものだ。


「な、な、な……?!父上と陛下もご存じなのか?!」


「もちろんですわ。だからこそ三日後の婚姻を整えてくださいましたのに。陛下のお心を無碍にしたようで心苦しいですわ。全く殿下ももっと早く破棄してくだされば……」


 思わず深々とため息をついてしまう。


「だから、それは恐らく誤解だと……」


「貴方たち何をしているの?」


 お兄様との押し問答もいい加減飽きてきたところに、しっとりとした大人の女性のつややかな声が届いた。


「あ、お母様!私少し早いですが、これから前線に戻りますわ!」


「あらあら、随分急ね。でもリディが言うならしょうがないわね。気を付けて行ってくるのよ。お土産は無事な貴女でいいわ」


 そう言ってしっとり微笑むと額に幸運の口づけを落としてくれる。近づくとこれまたしっとりとした香りがほのかに香った。本当にお母様は大人の貴婦人として憧れる存在だ。


「もちろんですわ!お母様!」


「母上!リディを止めてください!!」


 お兄様が今度はお母様に突っかかっていったので、その隙を見て部屋の外に出る。服がまだ学園の制服のままだが、旅行鞄に装備一式入っているし、向こうの拠点にしている部屋も引き払わずそのままで来たから特に問題ないだろう。


「では、お母様いってまいりますわ!」


「はぁい。リディ気を付けてねー」


「待て!リディ!」


 お兄様に突っかかれながらも優雅に手を振るお母様と、そのお母様に進路を塞がれて部屋から出てこられないお兄様に手を振ると、庭に出る。

 そこには既にクロこと私の騎竜であるホワイトドラゴンが旅行鞄を乗せて待っていた。


「クロ!お待たせ!行きましょう!!」


 クアァと一声鳴いたクロの背に乗ると、心得たかのようにクロが飛び上がる。


「リディ!待て!!」


 お兄様が私の部屋の窓から身を乗り出して呼び止めるが、気づかなかった体でクロの首を中央の方角へ向ける。


「あ!マリエル様お土産何がいいかしら?一応聞いてから行きましょうか?」


 そうクロに伺うと、マリエル様を気に入っているクロが一声鳴き、首を王城の方角へ向ける。

 ぐんぐん近づく王城を見て、アルベール殿下の顔が脳裏に浮かぶが、頭を振って溢れ出そうな感情を抑える。

 マリエル様の匂いを知っているクロが、王城内のマリエル様がいる場所に自分で近づいていく。場所的に恐らくそこは陛下の執務室だろう。

 騎竜の上からになってしまうが、一応出発の挨拶も出来るかもと、クロを執務室の窓に近づけると、思い切り窓が開いた。


「おねえさま!!」


 窓を開いた勢いで頭から落ちそうになって慌てて体勢を整えたのは、ちょうど探していたマリエル様だった。


「マリエル様大丈夫ですか?」


「お、お、お、おねえさま!なんでクロちゃんに乗ってるんですの?!これからどちらへ?!」


「今から前線に戻ろうかと。マリエル様今度のお土産は何がいいですか?この前が北国のフワフワケープでしたから、今度は南国柄の薄紗の布にします?」


 今中央ではスタンピートの影響で各国から人が集まっているため、それを見込んだ各国の商魂たくましい商人も集まっているのだ。おかげで中央に行くだけで各国の名産品が手に入る。


「南国の薄紗!それは素敵ですわね!じゃなくて!三日後にお兄様とご婚姻式を控えてるのでは?!」


 フェイはまだここまで来ていないのか?と思ったがそうではないらしい。マリエル様の背後に陛下やお父様の姿だけでなく、アルベール殿下と先程テーブルを共にされていたハルカ様ご一行が見える。


「それは取りやめになりましたので、わたくしは前線に戻りますわ。封印作業が終わり次第戻りますわね」


「お、お、お、おねえさ……」


「リディ、お前どこへ行く気だ!三日後は俺との婚姻式だぞ!」


 マリエル様を押しのけて、アルベール殿下が窓から顔を出す。その顔は困惑と怒りに満ちているが、その表情になる意味が解らない。


「あら?それはなくなった方がご都合がよろしいのでしょう?アルベール殿下は」


 あまりの言い草に思わず無表情になってしまう。若干釣り目気味の顔立ちと薄い色合いが相まって無表情になると冷たく見える為、普段は口角を意識してあげるようにしているが、今はその限りではないだろう。


「俺は婚姻したくないとは言ってないだろう!!いいから早く降りてこい!!」


 どうやらフェイはまだ会話を聞いていたことを話してないらしい。

 一つため息をつくと、アルベール殿下を真っすぐ見つめる。ほんのついさっき失恋したところなので、なかなか辛いものがあったが。


「詳しいことはフェイが報告いたしますわ。しいて言うなら、学園のテラスで大声で会話なさるのはおやめになった方がよろしいかと……それではごきげんよう」


 そう言ってクロの首を空へと向ける。クロも私の心境をわかってくれるのか、大きく一声鳴いて大空へ飛び出した。


「待て!こら!リディ!!」


「殿下落ちますって!!」


 殿下の引き留める声とファイの声が遠くなる。そう言えばまたファイのハーブティーを忘れてしまった。まぁ、市販のでどうにかしてもらおう。そもそも何故にファイはあそこまで胃が弱いのか?体質?それにしては双子の妹フェイの胃は丈夫そうだがはてさて……?


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公も、主人公の婚約者も。 この世界は人の話を聞かない女しかいないのかw 会話ってキャッチボールよね? それにあの会話のやり取りで、なんで浮気してると思うのか。たぶん耳が腐ってるwww…
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