第三話:幻惑魔導師
斎藤僧間と異世界人アゼルが出会う数時間前の出来事。
その日、交番勤務の警察官2人は近所の住人から不審者を目撃したとの通報受けて現場に向かっていた。
例年ならば、春が来たことで変に舞い上がった連中が増えただけだと思うだけだが、近頃、ここら辺では小学生児童数名が行方不明になっていた。
それだけではない。ニュースなどで公には晒されてはいないが、県内で身元不明の遺体や猟奇的な殺人事件が相次いでいた。
そしてこれは県内に限った事ではなく、全国各地でそういった事件が頻発していた。
お陰で署内は常に緊張状態。不審な目撃情報が有ればすぐ駆け付けるよう上からの御達しもあった。
そして通報を受けた場所は、例の行方不明児童が通っていた小学校付近。児童失踪に何か関係があるかもしれない。
そう思い現場へとやって来た2人。今日は平日で、しかも午前中の住宅街。人通りもなければ車の通りも少ない為周囲は静寂に包まれている。
確か不審者の目撃情報は、個人経営をしている駄菓子店の前に立つ可笑しな恰好をした大男との事だが。
2人の警官はその店の元へ向かって行く。例の駄菓子店に近づいてきた頃、通報通り店の前で男が立っているのが遠目で見てわかった。
2人は男の前に駆け寄る。
男の姿を見て警官達は絶句した。背丈は190cmほどだろうか、細身でもそのサイズの合っていない服から見える筋肉からしっかり鍛えられているのがわかった。
男の顔立ちはさながらハリウッドスターの様な美形で、被っている帽子からはみ出す漆黒の黒髪が男の顔とミスマッチしていると印象づけれられた。普通に出会ったならば男性でも見惚れてしまうレベルであった。
だが実際に見るべきは男の身なりだった。
明らかにサイズの合わない小学生の体操着だと思わしき服に、背中にはランドセルを背負い、頭には赤白帽を赤白半々でつばが上を向くように被っていた。よく小学生がウルト◯マンセ◯ンのマネをする時のあれだ。
男は今にもはち切れそうなパツパツの体操着を来て、まだ午前中にも関わらず店の前に佇んでいる。明らかに怪しさ万点と言った見た目だ。
「ちょっと君!そこで何をしているんだ
!!」
警官の1人が声を掛ける。
男はその声が聞こえたのか警官の方に顔を向ける。
男は警官達を見てニタニタと張り付いたえみを浮かべている。
「あれ?なんでバレちゃったかなぁ」
男の顔に似合わない流暢な日本語よりも、その人を心から籠絡させるような声に、逆に底知れない恐怖を感じ身じろぐ。
「ん?言葉、合ってますよね?ちゃんと覚えたはずなんだけどなぁ」
男は警官2人が萎縮している事を意に返さず、警官達に話しかける。
「…わ、私たち砂利ヶ前署の者だけど、先程ご近所から不審者がいると通報を受けてねぇ…そこの外人のお兄さんちょっとお話聞いても良いかな?」
なんとか声を振り絞り男から話を聞こうと近寄る。
「あー、流石に遠くから見られてたらバレますかぁ。それにあなた達のその疑惑の目、を向けられちゃうと"幻惑"ってすぐ解けちゃうんですよねぇ」
「あなた達はケーサツ?でしたっけ。知ってますよ。この世界の治安組織のようなものですよね」
男が訳のわからない事を話し続ける。
「お兄さん、日本語通じるぽいしとりあえずなんでそんな格好して出歩いてるのかお話し聞けないかな?」
もう1人の警官もそう言って近寄ろうとした瞬間、
「う、うわああああああ!!!!!!!!」
いきなりのその悲鳴は、先に男に近づいた警官のものだった。
「ど、どうした!!?」
突然の同僚の悲鳴に慌てながらもう1人の警官が近く。
「おい!!どうしたおま…ウッ…!!」
駆け寄って見ると、警官の右腕がいつの間にかミンチにしたかのようにぐちゃぐちゃに切り刻まれていた。
一瞬の事だ。何のアクションもなく突如として警官の右腕は細々に切り刻まれていた。
警官の切られた右腕から鮮血が飛び散り、鉄筋コンクリートの地面にアートを描いていく。さながら退廃的な若者が公共の道路にスプレーアートを描くかのように。
数秒前まで警官の右腕だった肉片達は、ベチャベチャと音を建てている。
駆け寄った警官はこの有り得ない光景に吐き気と恐怖を覚えた。
一般人なら逃げ出したくなるこの状況に、警官は恐怖よりも正義感が勝る事で発狂する事から免れた。
どういった原理かは不明だが、こんな猟奇的な事をしそうな人間が今目の前にいるのだから。
「…お、お前!!一体何をした!!!!」
脳内の恐怖を掻き消すように大声を出して咄嗟に銃を向ける。
「何も。彼の疑惑の目の潜む恐怖を増幅してあげただけです」
そう言って男はきみの悪い笑顔を浮かべる。
男は凶器を隠し持っていたのか?どんな方法でこんな芸当ができるのか、混乱した今の頭ではできないだろう。
もっとも、この世界の常識ではどう考えても理解することなど不可能な力を使っている事など今の警官には知る由もない。
「その構えてるの、何ですか?」
男は警官が構える拳銃を指差し質問する。
「お前!!こいつに一体何をした!!!凶器を持っているのなら今すぐ手放せ!!」
「そっちの方に何をしたか知りたい?いいですよ」
「なッ………」
男がそう言った瞬間、銃を構える警官の目線が男の両足まで下がる。
当然、警官が故意に目線を落とした訳ではない。気が付いたら男の足しか見えなくなっていた。
体制を崩した様な感覚もなく、いきなりだ。
何がなんだか分からず、警官は男の足から上を見上げる。
上にはニタニタと笑いながら警官を見下ろす体操着姿の男がいた。
訳がわからない。この一瞬で男の身長が倍にでもなったと言うのだろうか。
「見上げてないで下、見たほうが良いですよ」
「は…?」
唐突なその言動に警官は男に言われるがまま自身が立つ地面を見た。
血溜まり。
警官の周りに大きな血の池が出来ていた。
そんな光景だけでも発狂ものだが、それ以上に気が狂いそうになる現実がそこにはあった。
下半身がない。
警官の胴より下がいつの間にか無くなっていた。
いつの間に…そんな事を考えている余裕など最早なかった。
「……う、うわあああああああああああああああ!!!!!!!!」
身体の破損を自覚した事により襲いくる激しい痛みと、自身の肉体の現状を見て錯乱状態になる。
その際、警官は指に掛けていた拳銃の引き金を引いてしまう。
銃口は男に向けていたものの、下半身のない体制で撃たれた弾丸は男に当たる事はなかった。
「へえ。凄い音ですねぇ。それにこの弾、これをあのスピードで喰らったら、躱せそうにないですねぇ」
男は2人の警官が痛みに喚いているのを他所に、弾が撃たれた場所まで歩き、拾って観察していた。
「この世界に魔法はないようですけど、どうやらその他の技術は僕達の世界の何十倍も進んでいますねぇ」
そう言ってうずくまる2人に近づいて行く。彼らは何とも言えない悲痛の声を上げ続けていた。
「そろそろ五月蝿いですね」
「風の精霊よ、我に力を。かの嵐神の一撃を持って全ての摂理を切り裂かれよ。【斬風】」
男のその言葉により2人の四肢は四等分に切断された。
職人技とも呼べるレベルで一瞬にしてバラバラとなった四肢は、風に運ばれるかの様に周囲へ飛び散った。真紅の液を住宅街に撒き散らしながら。
しかし、その無残な2体の姿には、肉体がミンチにされた様な後は何処にも残っていなかった。
「流石に子供に"錯覚"させるのは無理がありましたか。子供が1番疑われないから楽で良いんですけど」
「あ!コレ、貰っていきますね」
男はそう言って警官の死体から拳銃を一丁持ち去り、その場を立ち去っていった。
その後、銃声を聞いた住民が通報し、駆けつけた応援により警官2人の遺体は発見された。この事はその日の内にテレビでも一大ニュースとして取り上げられた。
夕方のニュースでは、片方の遺体から拳銃が一丁盗まれたことも報道されていた。




