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第十七話:囚われの魂

 少女は16歳になった。


成長した彼女は、数年前の内気な性格から打って変わり、活発で明るい性格となった。


男性は彼女を引き取ってから数年間、実の父親の様に接し、老年の家政婦も彼女を自身の孫の同様に可愛がった。


少女は、自分を引き取ってくれた男性への感謝と尊敬から、将来彼が研究する分野の専門家になりたいと志す。


ある日の夕飯時、その事を男性に伝え自分も近い将来男性の仕事を手伝いたいと言うと


「ハハッ。それは嬉しいな」


男性はそう言い喜ぶものの、少女にはあまり向いていない、今はまだ夢を1つに絞る時期でもないし他の夢も探してみてはどうか?とやんわりと告げられた。


少女は勉強は出来た。学校での成績も良い方だ。だが男性の研究する分野はただ頭が良ければ良いというだけでは務まらなかった。どうしても才能的な部分が多少存在した。


少女もその事は理解していた。だがどうしてもその夢を諦めたくはなかった。


男性に夢を応援して貰えなかった事がショックでその日はそのまま部屋に篭って眠りに就いた。


数ヶ月後、少女に彼氏が出来た。


相手は同じ学校のクラスメイトである。


知的で優しく、将来少女と同じ分野の職に就きたいと考えているらしく話が合った。


恋人が出来た事を家政婦の女性のみにこっそり教えたが、それを漏らされてしまい


「お前ももうそんな歳か!めでたいな!!」


その日の夕食時、盛大に祝われた。


男性は珍しく酒を飲んでおり、普段より口調が砕けていた。


最初は気恥ずかしかったが、少女も満更ではなかった。


「いつかその相手をうちに連れてきなさい。私が君の婿に相応しいか見定めてあげよう!」


そんな事を男性は酔っ払いながら言い出した。


少女は結婚なんて話が飛躍すぎたと笑いながらも、彼との関係は決して生半可なものではないと心の中で感じていた。


そんな話をした夜、少女はベットに寝転がり考えていた。


自身の母の事である。


男性の家に行き数年、それ以来一度も会っていない母の安否を未だにこうやって考える事があった。


母は自分が消えてせいせいしているだろうと思いながらも、同時に心配してくれているかもしれない。


そんな淡い希望を持っていた。


そんな事は無いと頭では考え、忘れようと心掛けるも時折少女の脳裏をかすめる。


だが彼女はもう男性の家の人間だ。


未練を断ち切る為にもいつか母と再会したならば今まで育ててくれた感謝を述べ家族の縁を切ろう。そんな風に思っていた。


あくる日の登校時、少女は何を思ったか道を引き返し記憶を頼りに昔自分が母と住んだいた家に向かった。


数年間一度もその場へ近づかなかったのに何故今になって行こうと思ったのか、少女自身もわからない。


16歳になり大人になったからだろうか、恋人ができたからだろうか、そしてそれらを母に報告したかったのだろうか、定かではない。


あった。


彼女の記憶よりも数段廃れていたが、未だその場に家は残っていた。


少女は数分、その家の前で立ち尽くした。


幼少期のここでの生活を思いだし、今思うと中々酷い生活だったが当時の自分は全く気にせず生活していたなと失笑する。


本来ならこのタイミングで母と会う事は少女にとってマイナスかもしれないが、彼女の中にある母への思いを断ち切りたいと少女は考えていた。


少女は足を震わせながら玄関のドアへ近づいていく。彼女の脳裏に自身が家を出て行った日の「お前なんていなければよかった」と言う母の顔が焼き付き足が竦む。


なんとか玄関の前へ辿り着く。数十秒の葛藤の後、深呼吸をする。


チャイムなんてものは存在しないため無言でドアを三度叩いた。


…中からは何の反応もなかった。


少女はドアに耳を当て中の様子を探る。人のいる気配はない。


恐る恐る扉を開けて部屋の中を覗き込む。


中も外装と引けを取らないほど汚れており、部屋にはゴミが散乱していた。


どうやら無人のようだ。


まず母が今もここに住んでいるかすらわからない。


待っていたらばその内帰ってくるかもしれないが、登校途中に思いつきで此処へと赴いた。


遅刻するのは良いが、学校をサボると男性へ連絡が行ってしまうかもしれない。


そうなった場合、今日の事を聞かれるだろう。男性は少女がもう一度母と会う事にあまり賛同していなかった。心配はかけたくない。


少女はそう思い部屋を後にし帰る事にした。


「…あんた」


家に背を向け帰ろうとした時、聞き覚えのある女性の声がした。


振り向くとそこには母がいた。


記憶とはかけ離れるほど痩せこけ、髪は乱れ、ボロ雑巾の様な身なりをしていた。


あまり食べていないのか顔には骨格が浮き出し、眼球も魚のようにギョロギョロしていた。


それでも少女は目の前の女性を母親だと理解した。


何故そう思ったのか彼女自身説明できない。


突然の状況に少女は言葉が詰まる。


言いたい事は幾つもあったが、いざ母を前にすると話す事ができない。


母と思わしき女性は無言で少女の元へ近づいてくる。あちらも何か伝えたい事があるのだろうか。


一体何を言われるのだろうか。恨み言だろうか、罵倒の数々だろうか。


そう思い少女は身構える。


女性は少女の目の前まで立ち、両腕を少女の背中に持っていこう手を伸ばす。


瞬間、少女は母に抱きしめられると思った。


ああ、やはり母は私の事を本気で嫌ってはいなかった。私に対する愛情を持ってくれていた。


少女はそう考えた。


だが違った。


「……ッ!!!!」


突如少女は地面へと突き飛ばされ、女性に馬乗りにされる。


少女の首は女性の両腕により締められた。






ー 

 GR線へ乗り換え、電車に揺られるアゼル、式部先輩、スバルの3人。


電車の窓から夕日の光が差し掛かり、目を細めるアゼル。


退勤ラッシュも近いのか、車内の席は優先席も含めて埋まっており3人とも立つ事を余儀なくされた。


アゼルは、電車のドアに背中を任せもたれかかっていた。危ないのでやめてほしいものだ。


アゼルの前方に手すりを掴む式部先輩、更にその隣で吊り革に掴まり片手でスマートフォンを弄るスバルがいる。


「…さっき話していた疑問だけれど」


唐突に式部先輩が話始める。


いきなりの事で俺とアゼルは「?」状態だったが、すぐにアゼルが乗り換える前に聞こうとした「ヒカマスさん」を操る魔法について疑問に答えてくれるのだと理解した。


「結論から言って、何故あの死霊が増殖して日中徘徊しているのか理由はわからないわ」


「ただ彼女の目撃情報はゴールデンウィーク前から今日まで、日に日に数を増している。数日前は薄木市周辺だけだったものが昨日の段階で神奈川県全体で数箇所にまで広がっている。術式は未知数だけど、このまま行けば東京都や他県へまで広がる可能性は高い」


「今はただの不審者として地域内のコミュニティの問題で済まされているけれど、近いうちにネットで拡散され同一の人間が同時刻、複数の場所に存在している事が世間に公になる。今日中に手を打たないといけないわ」


それを聞いて俺は驚愕する。


俺の住む地域周辺にだけ出没していると思っていた「ヒカマスさん」が、まさか神奈川全体で目撃情報が出て来ているなんて。


それならもっとネット上で騒がれ始めても良いような気もする。


…いや、式部先輩が言うようにこのまま放置していればかなり近いうちに話題になることは必須か。


今日、学校帰りに軽く聞いた噂話でまさかここまで大きな状況に関わるとは思っても見なかった。


「…それだけ広範囲で魔法が展開されているならいくら俺でも魔法発動の瞬間がわかる筈だ。だがここ数日はあの槍男と戦った事以外で大きな魔力反応を感じていないぞ」


アゼルが更に疑問をぶつける。


「ええ。私達も不審者の話が出るまで認知していなかったわ。あくまで仮説だけど魔法の発動自体は神奈川の何処かで行われていて、その効果範囲が神奈川、日本全土に及ぶ術式が組み込まれている、と考えているわ。所謂遠距離自立型って奴ね」


「島国一個に効果を及ぼすほどの術式か…相当の下準備も必要だがそれほどの大魔法を可能にする人間…かなり高位の魔導師、『魔導十傑』レベルの人間が異世界(こっち)に来ているのか…」


「いや、これだけの効果範囲を可能にしているのは死霊魔法ならではか…霊体の自立行動が可能なら死霊に距離は意味を成さないしな…どちらにしろ通常上級までしか存在しない死霊魔法を極級レベルまで使いこなす魔導師…何者だ?…」


式部先輩の答えを聞き、ぶつぶつと1人で話し出すアゼル。


もう俺には2人が何の会話をしているのか完全に理解する事は出来なかった。


「もう一つ、死霊の魂についてだけど、基本死霊魔法は現世に漂う魂に魔力を与え操る魔法。実体のない存在を操作しても攻撃力は皆無だけれど、魂が元魔導師なら与えた魔力を介して魔法攻撃が行える。更に骨や死体を媒介に降霊させる事で生前と同じ実力とは行かずとも実体のある行動が可能となる」


「優秀な魂を徴収し現世に縛り付け使役する『死霊操師(ネクロマンサー)』なんて職業があるぐらいだから、今回の死霊の魂も術式内に縛られていると思うわ」


「そして街を徘徊しているのはその魂の残影の具現化。具体的な効果内容は不明だけれど何らかの術式効果によって魂をコピー、それが増殖し活動していると私達は考えている」


「だから魔法発動の起点となる本来の魂を叩かなければ遠距離で活動するコピーに祈祷魔法を使用しても、あなたの持つ【転生の禁呪】とやらを使用したとしても意味がない」


更に式部先輩が、先程アゼルが疑問にしていた死霊の魂について話す。


「何故そう思う?何か確証があるのか」


アゼルが理由を問う。


「さっきも言ったけれど理由はわからないわ。ただ祈祷魔法の類が効かない、同一の見た目の死霊が同時に複数活動している。この2つに理由を付けた時、そのような結論に至っただけよ」


「……なるほどな」


式部先輩の話を聞き、アゼルはそれだけ答え何やら考え込む。


「取り敢えず、この件で今この場で話せるのはこのぐらいね。目的地に着いたらまた話すわ」


そう言って「ヒカマスさん」に関する話は一旦区切りをつける。


2人が話を止め静かになった時、ふと車内を見渡してみた。


勿論今はアゼルに身体の主導権を譲っているため身体を思うように動かせない。


なのでアゼルの視界の先から周りの乗車している人間を観察した。


それと言うのも、先程アゼルと式部先輩が話していた内容。


日本語で話していたが、普通の人間が聞けば「魔法」だ「術式」だといった単語を臆面せず言う彼らに冷笑を浮かべる事必須だ。


俺自身客観的に聞いていれば「こいつら厨二病かよ痛いなぁ」と、心の中で思っていただろう。


案の定、反対側に席に座る女子高生らしき人間3人がこちらを小さく指差してクスクスと笑っていたのを目の端で捉えた。


それを見た途端、無性に恥ずかしくなる。


俺が実際に話しているわけではないが、俺の身体を使ってアゼルが話しているという事は側から見たら俺が話していると同義である。


中学時代、厨二病を拗らせ同じ病を持つ友人と教室で異能バトルごっこをしていた事を思い出し、当時のクラスメイトの反応が今になって可視化された様に感じて恥ずかしさで死にたくなる。


やめ、やめろぉ…もうあれは封印したんだ…やめてくれぇ…


頭の中をぐちゃぐちゃになるイメージをし、なんとか思考を止める事で過去の思い出のフラッシュバックを途切れさせる。


『チッ…さっきからうるさいぞ』


脳内からアゼルの舌打ちが聞こえてくる。怒られてしまった。


ぴえん…


2人の小難しい話を長々と聞いていたからか、気づけば電車内のアナウンスで「下戸」と連呼されていた。


どうやらもうすぐ目的の駅に着くらしい。


数十秒窓の景色を眺めていると、景色が駅のホーム内へと変わっていく。


電車が停車し数秒の間の後、扉が開く。


「降りましょう」


式部先輩がそう言って先に出口へ進んで行った。


終始スマホを弄るのに集中していたスバルもその言葉を聞き慌ててスマホを制服のポケットにしまい後に続く。


アゼルもその2人に続いて降りる。


初めてここの駅に降りたが結構広いな。


俺は初めて来た場所という興味もあり視覚範囲内で周囲を見渡す。


そんな俺とは裏腹に3人は足早に改札口へ向かう。


改札を抜け外に出ると下戸駅周辺はあまり賑わってはいなかった。


立派な駅の周辺の割には飲食店やビル群が少ないと感じた。


そんな失礼な事を考えつつ式部先輩の後を付いて行くと、進む先に駐車場が見えてきた。


その駐車場に近づくと、さこに停められている一台のバンの横で煙草を吹かすスーツ姿の男性が見えた。


一眼見て彼が異世界人だと確信した。


遠目からでもわかる西洋風の顔立ちに、スーツ越しでもわかる鍛えられているであろう肉体。特に肩幅が信じられないほど広く横にも縦にもデカい人物だった。


見た目的に初めてアゼルと会ったその日に死闘を繰り広げた「ホーネック」と名乗る剣士に似ている気がする。


ここまで言って異世界人ではなくただの普通の外国人だったならば申し訳ない限りである。


男性の元へ近づくとやはり全体的に大きい。190cmは余裕に超えている。


「やあ」


男性がこちら側に気づくと、低い声で笑みを浮かべながら気さくに手を振ってきた。


「お疲れ様です」


男性に対して式部先輩はそう言って頭を下げる。


それに続いてスバルも無言で頭を下げる。


なんか俺も頭は下げた方が良いのか?という雰囲気に呑まれるが、今の人格はアゼル。当然両手をポケットに突っ込み偉そうにしていた。


男性が2人に頭を上げるよう促した後、こちらへと近づいてきた。


「君がアゼル•バイジャン氏かな?初めまして、私は神聖ラモウ帝国皇帝直属魔導騎士団団長、ベルハルク•アストロムだ。よろしく頼む」


そう言ってベルハルクと名乗る男性はこちらへ握手を求めてくる。


魔導騎士団団長…


式部先輩の話を初めて聞かされた時からいつかは他の魔導騎士団の人間と遭遇する事もあるのでは、と思っていたがまさかこんな早く騎士団長と呼ばれる方に会う事になるとは…


ベルハルクの登場に意味もなく驚く俺に対して、アゼルは彼を冷ややかな目で見ていた。


アゼルは彼の握手を求める手を握ろうとはしなかった。


「いやすまない、『君』という言い方は失礼だったかな?何せ以前目にした時とは外見から年齢まで変わっているので戸惑ってしまった。勿論、斎藤僧間君という現地の高校生の身体に入っている情報は聞いてはいたが」


そう笑いながら謝罪するベルハルク。


アゼルが握手し返さないせいで空気が悪くなりそうだったが、相手が大人な対応をしてくれて助かった。


「…以前何処かで会ったか?」


「会ったと言うよりは私が一方的に認識していただけだが。3年前、コペパ王国皇太子夫妻の婚前パーティの際、私も大使の付き添いで参加していてね。その時に当時の貴方を一度だけ拝見しただけだ」


「…」


自分から質問しておきながら、アゼルはそのまま数秒無言になってしまう。


と思ったら、


「…魔力は一般人の並以下、身体は鍛えている様だがそれだけで魔導騎士団の団長になれるとは思えんな。『アストロム』とか名乗ったか。所謂親のコネで就いたポストと言う訳か」


いきなり初対面の人物にとんでもなく失礼な事を言い始めた。


あまりに突然の事で俺は唖然とする。


「お前ッ!!」


それを聞いたスバルが物凄い剣幕で睨んできた。


その隣にいる普段クールビュティな式部先輩ですらアゼルの発言を聞いて怒りを露わにしていた。


今にも襲いかかって来そうな2人を手前に、罵倒された当の本人であるベルハルクは笑っていた。


「ご推察の通り、私に魔法の才能はカラッキシだ。今の私の魔導騎士団団長という地位は、執政公である我が父の後押しが大きい」


ベルハルクはそう笑いながら答える。


それを聞くと、彼の部下である式部先輩とスバルは不満そうにしていたがこちらへの敵意は消えた。


彼ら2人が怒るのは当然だ。なんせ自分の上司が侮辱されたのだから。


それに言われた本人であるベルハルクは気分を悪くしただろうにそれを全く顔に出さない。


彼のその立ち居振る舞いを見ているとアゼルが小馬鹿にするような只者ではない何かを感じた。


2人に「団長」と呼ばれ慕われている風に見える事からもそれが窺える。


「ここで話していてもなんだ。私の車で移動しよう」


ベルハルクのその発言を受け、俺達は彼の停めるバンに乗り込んだ。







 ベルハルクの運転する車で移動すること数分。


運転席にベルハルク、助手席に式部先輩、後部座席にアゼルとスバルが座っていた。


先程の一件もあり、車内には静寂と険悪な雰囲気が漂っていた。


どうしてくれるだよこれ…アゼルのせいで滅茶苦茶居心地が悪い。


今はアゼルに身体の主導権が入れ替わってるとはいえ、1人だけアウェイな空間にいて息が出来ないような錯覚に陥る。


「…ところで」


そんな空気を破ったのはアゼルだった。


「数日の前に起きた駅前広場の破壊の件、お前ら騎士団なら既に知っているかもしれないが、あれは俺が起こしたものだ」


「ほう」


運転中のベルハルクが興味深そうに反応を返す。


「その日、俺達は魔法を無効化する槍使いの男と戦っていた。どうやら口ぶり的にそいつはこの世界の人間らしいが、その男についてお前ら魔導騎士団で何か知っている情報はないか?」


アゼルはそう問いかけると、運転席と助手席を交互に見た。鼻からスバルが答えてくれるとは思っていないらしい。


確かに電車での移動時には式部先輩との話に全く混じってこなかったけれども…


しかしこの話は俺もここ数日1番気になっていた疑問である。


その為に今日わざわざ登校して事情を聞こうと思ったのに、知っていそうな人間2人がどちらも休みという肩透かしを食らっていた。


が、ついにかの男性の正体を知ることができると思うと少し緊張する。


「あなたの話を聞く限り、それは『聖教会』の人間ね」


アゼルの質問に答えてくれたのは助手席に座る式部先輩だった。


「せいきょうかい?」


アゼルが式部先輩の言った言葉を繰り返す。


「ええ。『聖教会』、表向きはこの世界に存在する最大宗派の1つだけれど、裏ではこの世界における物理の外側、"異端"と呼ばれる存在を隠匿、抹消する機関よ」


「何だその抽象的な言い方は」


「簡単に言えば私達のような魔法を扱う異世界人を抹殺する事を使命としている連中よ。この世界の現代社会では到底説明できない事象や存在、それらを同じく異端の力を持つ『聖遺物』、私達の世界で言うところの『神具』を用いて対処するそうよ」


式部先輩のその話を聞き俺は驚愕する。


政府の人間が異世界人の存在を認知している事以上に、この世界にも漫画やアニメのような超常の力が存在しているという事実。


薄々思ってはいた。アゼルはこの世界にも魔力は存在すると言っていた。


ならば過去の神話の出来事やドラゴン、魔術師といった存在も多かれ少なかれこの世界にも存在したのではないか。


そして特別な力を扱う人間も少数ながら今も現代にいるのではないか。


ゴールデンウィークの戦いを経て、頭の片隅にそんな考えはあった。


この事実は同時にアゼル達が求める『最上の魔法』とやらもこの世界に存在する事の信憑性にも繋がる。


そう思っていたが、アゼルの反応は淡白なものだった。


「駅前広場の一件、記事では目撃者も記録映像も残ってないとの事だが、お前達が何か政府に根回しでもして揉み消したのか?」


「その件で私達は何もしてないわ。しているとしたら聖教会の人間が何か手を回したんじゃないかしら。彼らとしては世間に異世界人の存在や魔法の概念を公にはしたくないだろうし。それはどこの政府機関も同じ事だけど」


「お前達魔導騎士団は、その聖教会の人間と遭遇した事はあるのか?」


「一度だけあるわ。まあ、日本政府と協力関係を結んでからは絡まれた事はないけれど」


それを聞きアゼルは疑問符を浮かべ首を捻る。


「おい待て。よく考えれば勝手に異世界人を殺してくれる連中がいるのに何故政府はお前達騎士団を匿うんだ?」


アゼルのその質問を聞き、俺も「たしかに」と思った。


式部先輩の話では異世界人を極秘裏に処理してくれる存在が欲しくて日本政府は魔導騎士団と協力関係を結んだはずだ。


その聖教会とやらがやってくれるのだからわざわざ異世界の人間と関係を作る必要があるのだろうか。


「その理由を詳しく話すのは難しいけれど、端的に言えば政府としては聖教会だけに任せたくないと言ったとこかしら」


引き続き式部先輩がその疑問に答えてくれた。


「まず1番の理由は、私達異世界人に軍事的価値を見出している事。確かに街を暴れる異世界人は処理したいけれども、それと同時に私達の世界の技術である魔法や神具を軍事転用したいとも考えている」


式部先輩は更に語り出す。


「なので日本を含めた諸外国の意見としては、こちらに協力的かつ問題を起こさない異世界人に関しては積極的に匿いたいと考えている。ただ、聖教会の方針としてはこの世に存在する全ての異世界人を抹殺したい。そういう意味ではどの国も聖教会の存在は邪魔と思っている」


「ただしそう簡単に聖教会の粛清行為を止める事も出来ない。表立って問題を起こす異世界人を対処したいという意味では彼らの力は借りなければいけない」


「それに聖教会の権力の問題も絡んでくる。他は省くけどそういった諸々の問題が重なっているのよ」


「それにここ1年で私達の世界の人間がこちらの世界に来る数は飛躍的に増加している。聖教会の人間だけじゃ対処が間に合っていないのが現状。一国家としては正規に軍や警察機関を容易に動かせない。なら、代わりに話がわかる異世界人を匿って問題を起こす異世界人を処理させ、ついでに彼らの技術も研究させて貰おうって考えは妥当だと思うけれどね」


「……」


式部先輩の説明を全て聞き終え、アゼルは何かを考え込むように黙ってしまった。


再度車内に静寂が訪れる。


外は日が落ちかかっていた。もうすぐ暗くなりそうだ。


「そろそろ着くぞ」


ベルハルクがそう言うので前方を見ると、数十メートル先に白い大きな建物が見えてきた。


1分も経たない内に建物の前に着き、駐車場に入っていく。


空きスペースを見つけ、そこにバンを駐車すること数分、ついに目的地に着いたようだ。


4人は車から降り、建物の入り口へ向かう。


ここが聖マリアイヴ病院か。


つい最近病院に入院していた身だからあまり新鮮味はないが、わざわざ連れて来られたという事はここに「ヒカマスさん」問題に関する何かがあるというわけで少し緊張する。


病院内に入り、ベルハルクが先に受付の方へ向かい何やら手続きのようなものを行なっていた。他3人は待合席の方で待っていた。


誰かの見舞いだろうか?


そんな訳ないと思いつつ1分ほど待っていると手続きを終えたのかベルハルクがこちらに戻ってきた。


「それでは行こうか」


その言葉と共に4人はエレベーターの方へ向かって行った。


エレベーターに乗り込む。式部先輩が何も言わず5階のボタンを押す。


どうやらこの病院には何度も来ているようだった。


エレベーターが5階に止まり扉が開く。


ベルハルクを先頭に4人は歩き始める。


病室が並んでいるため静かに移動する。


彼らは迷いなく進んで行き、アゼルも後ろからそれに付いていく。


そしてとある病室の一角に立ち止まる。


扉に付けられたプレートを見ると「517 増田」と書かれていた。


どうやら個室のようだ。


「失礼するよ」


ベルハルクがそう言って扉を開け室内へ入って行く。


それに続きアゼル達も入る。


病室には1人の女の子が点滴をつけ眠っていた。


歳は15、6歳ぐらいだろうか。


今この場で初めて会ったが、その少女の顔は何処かで見た事あるような気がした。


何故ベルハルク達はこの病室に入ったのだろうか。この子が今回の件に関わってくるとか?


「アゼル。あなたにはこの子がどう見えるかしら」


式部先輩がそう言って眠りにつく少女を見るよう促した。


アゼルは言われた通りその子の顔を覗き込む。


見る限りでは普通の女の子にしか見えない。何故か既視感はあるが。


彼女は今だけ眠っているのだろうか。それとも昏睡状態というやつだろうか。素人の俺が見ても判断はつかない。


「…!!」


数秒アゼルが少女を見つめると何かに気付いたのか驚いている。


「…この女は死んでいるのか?」


本人が眠っているとはいえかなり失礼な質問を投げ掛ける。


「いえ、ちゃんと生きているわ」


式部先輩が答える。


再度アゼルは少女の方へ向き直る


「なら何故こいつの身体には魂が存在しないんだ…」


アゼルが独り言を言うようにそんな事を呟く。


魂が存在しない?どういう意味だ?


「良かった。【死者蘇生の禁呪】を修得するあなたにもそう見えるのなら確定ね」


何かの仮説が証明された様に納得した表情を見せる式部先輩。


一体この少女は何者だと言うんだ…


「こいつは何者なんだ?」


アゼルも同様の疑問を覚えたのか質問する。


その質問に式部先輩は一呼吸置いてから答え始める。


「彼女の名前は増田(ひかり)。16歳」


「生まれは福岡県。4歳の頃家族で神奈川県の海崎市玉区へ移ってきたそうよ」


「約1年前に母親に首を絞められ意識不明になりこの病院へ搬送。彼女の母親は殺人未遂の容疑で逮捕」


「現在はこの聖マリアイヴ医科大学病院に入院中」


「彼女が、近頃不審者として目撃されている『ヒカマスさん』の正体よ」










〈キャラ紹介〉

名前:時透昴(本名スバル)(15)♂

職業:魔法剣士

所属:神聖ラモウ帝国皇帝陛下直属魔導騎士団

スキル:空間転移魔法極級(時断剣使用時のみ)

    精神感応魔法初級

武器:『時断剣』

   魔封石

   帝国騎士の聖鎧

   

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