第十六話:未知の死霊魔法
前回までのあらすじ。
高い魔力反応を感じて海星高校までやって来た僧間、アゼルコンビ。
そこで最近噂の「ヒカマスさん」と対峙、戦闘になり苦戦するも突如現れた式部紫音の助太刀によりこれを退ける。
彼女に互いに協力する事を提案されたアゼルは、『最上の魔法』の情報入手の為一時的に彼女と行動を共にする事にした。
少女は大きな家に連れて来られた。
今までボロ屋に住んでいた少女から見ると、その家は城のように見えた。
男性の家は裕福だった。少女はその家で家政婦と言うものを初めて目にした。
「ここが君の部屋だよ」
そう言われ通された部屋はまるで御伽噺で聞くお姫様の寝室の様だった。
「ここにある物は好きに使うと良い」
それを聞いた少女は部屋の中を物色する。
服が収納されているであろうクローゼットを開ける。
そこには華やかな女性物の服が幾つも収納されていたが、少女が着るにはまだ早い代物ばかりだった。
「君が着るにはまだ早いね。今度服を買いに行こう」
男性は苦笑いをしながらクローゼットを閉めた。
そこからの生活は少女にとって順風満帆だった。
暖かく美味しい食事。綺麗な服。フカフカのベッド。大きなお風呂に毎日入れた。
学校にもちゃんと通わせて貰えるようになった。
最初は萎縮していた少女も段々とその生活に慣れて行き笑顔を見せる事が増えた。
少女は男性と生活をしている内に彼の事を少しずつ知っていった。
どうやら彼は学者らしく、いつも何かを研究する為書斎に篭る事が多かった。
そんな時でも少女が書斎を訪れると、快く迎え遊んであげていた。
ある時、少女は書斎に立て掛けられた1枚の絵画が気になった。
高そうな額縁に飾られる美女の絵。少女は気になって男性にこの女性は誰かと聞く。
「私の妻だ。数年前に亡くなってしまったが…」
男性は寂しそうにその絵画を見た。
聞くと男性の奥さんは数年前病気で亡くなってしまったらしい。
「君を引き取ったのは…その…彼女に似ていたからなんだ…」
男性はそんな事をぽつりと言ったが、その時の少女には意味が分からなかった。
勿論男性は少女に手を出す事はなく、その後も自身の娘かのように接し続けた。
少女は毎日幸せな生活を送っていたが、時折母の事が気になった。
少女が男性の家に来て数年が経つが、その間一度も母が少女を探しているような気配はなかった。
少女の心も段々と大人になって行き、母の事を忘れようと努力していたが、心の何処かでは母を置いて幸せな生活を送っている事に罪悪感を感じていた。
月日は経過し、彼女は16歳を迎えた。
ー
海星高校の校門前、俺とアゼルは1人の海星高生と対峙していた。
「その顔…もしかして…お前」
オレンジ髪の少年は、こちらの顔をジロジロと覗き見る。
「何だァお前?」
アゼルは少年を威圧するかのように目を細める。
「やめなさい」
睨み合う2人を、同じく校門前で待ち人を待っていた式場先輩が制する。
「シオン…!!」
オレンジ髪の少年は式部先輩を見て驚く。
どうやらこの少年と式部先輩は知り合いらしい。
「あなた達、何無駄に睨み合ってるの」
「いや、コイツがいきなり睨んできたから」
「いやコイツ、以前シオンが見せて来たアゼル•バイジャンの憑代に物凄く似てたから」
アゼルと少年は互いに相手に指を差しながら言い訳をする。
それを見てため息をつく式部先輩。
わかります。
こんなガキみたいな「最強」は居ないよ。もっと自重しろアゼル。
「…紹介するわ。この子はスバル、私と同じ帝国魔導騎士団に属する騎士よ。今はこの海星高校の生徒として活動して貰ってる」
呆れながらも式部先輩はアゼルに対して少年を紹介する。
だがスバルと呼ばれる少年は、紹介されると同時にこちらからソッポを向いて舌打ちをした。
それを見てスバルの頭を叩く式部先輩。
「イテッ!!」
スバルは大袈裟に頭を押さえる。
「スバル……確か帝国魔導騎士団に最年少で入団した神剣使いのガキがそんな名前だった筈…」
「そのスバルで間違ってないわ」
どうやらアゼルも名前ぐらいは聞いた事があるぐらい目の前にいる少年は有名らしい。
「俺も知ってるぜアゼル•バイジャン•ホーエンハイム。最強の魔導師なんて持て囃されているけど、禁呪頼りで今じゃ呪いで自分の身体ではろくに魔法が使えないってな」
「…なんだと?」
スバルがまるで挑発する様な口調でアゼルについて語る。それを聞いて怒りを露わにするアゼル。
「スバル、やめなさい」
式部先輩が冷たい視線をスバルへ送る。
「…へえへえ」
ふざけ半分な返事をするも、スバルは若干怯えるような表情を見せる。どうやら彼は式部先輩には頭が上がらないらしい。
「一時的にとはいえ協力するのだから、あなたは変に敵対心を出さないで頂戴」
それを聞いてスバルは驚く。
「は!?こんな奴と組むのかよ!?」
「…悪かったな。こんな奴で」
スバルの煽りに一々突っ掛かるアゼル。
それにしてもこのスバルって奴、アゼルを前にここまで強気に出れるなんてもしかして相当強いのだろうか。
まあ、今まで会って来た相手もアゼルに対して恐れ敬うような態度はしてこなかったけれども。
「あなた…さっきから口答えが多い」
「ヒエッ…」
式部先輩の鋭い視線がスバルへと突き刺さる。
その睨みにスバルも萎縮してしまう。
「と、無駄話はこれくらいにして、取り敢えずこの場を移動しましょ」
そう言い式部先輩は辺りを見回し目配せをしてくる。
アゼルとスバルもそれに釣られ辺りを見ると、遠くから部活中の生徒達に怪訝な目で見られていた。
流石に校門前で他校の生徒と言い合っている姿は目立った。
「…移動するとして、行き先は俺らのアジトか?…まさか!こいつも連れて行くんじゃないだろうな?」
スバルはそう言って嫌そうな目でこちらを見る。
「チッ…」
流石にアゼルもスバルが自身に対して敵意剥き出しな事に気付き、舌打ちしただけで特に突っ掛からなかった。
「本当なら、作戦行動時間が来るまではアジトで最終確認をしようと思っていたけれど、彼が加わった事だし状況の説明も兼ねて『聖マリアイヴ病院』に行こうと思ってる」
「団長に連絡しなくて良いのか?」
「団長には既にメッセージを送って了承を貰ってるわ」
式部先輩とスバルがこれからの予定について話していた。
さっき式部先輩の口から出た聖マリアイヴ病院という場所、確か海崎にある総合病院だった気がする。
行った事はないので詳しい事は分からないが。
病院に何の用があるというのだろうか。
「ところでスバル。あなた、さっきの高い魔力行使は何だったの?」
式部先輩のスバルへの問い掛けにアゼルが耳を傾ける。
元々俺達はその魔力反応を追ってここまで来たのだから、アゼルが気になるのは当然か。
その質問にスバルは、式部先輩の顔から目を逸らし
「別に、俺達の世界の人間が学校でちょっかいかけてきたから狩ってやっただけだ」
「被害者は?」
「いない。建造物の損壊等の被害もない」
「それなら目撃者は?」
「それも幸いにいない」
「そう、それなら後で報告書を纏めておいて」
式部先輩は、何か勘繰っている様子だったが特に追求はしなかった。
そんなこんなで俺、式部先輩、スバルの3人で駅まで向かった。
駅までの道では、3人の間で話を交わす事はなかった。
10分そこらの間だが、あまり面識の無い人間2人との無言の空間は居心地が悪かった。
「今から下戸駅まで行くけど、お金の方は大丈夫?」
鮭駅に着き、前方を歩いていた式部先輩がアゼルの方を向き話しかけてきた。
「?」
アゼルは何を言っているのかわからないと表情をする。
「……あなたではなくて、ソウマ君の方に聞いているんだけど」
疑問符を浮かべているアゼルに対し呆れた顔を見せる式部先輩。
「なら最初からそう言え。で、どうなんだ?」
「さっきチャージしたので下戸までだったら大丈夫です」
アゼルに聞かれたので自身の口を使って答える。
「だそうだ」
言い終わると同時にアゼルに口の主導権を取られる。
「………今のはソウマ君が答えてくれたって事でいいのよね?」
1人の人間に2人の人格が入っており、その2人が交互に話す姿に式部先輩は困惑していた。
側から見たら1人の人間がただ口調を変えて話しているだけである。
「ああ」
「今更だけれど、二重人格のような状況って色々と不憫そうね」
「別にそうでもないぞ。行動を制限されるのはあれだが、この世界に溶け込む手間は省けたしな」
「…そう」
そんな会話をしつつ駅の改札にICカードを翳して通っていく前方の式部先輩とスバル。
アゼルはそれについて行くかのように改札を素通りしようとする。
当然、ピピッー!!と大きな音共に改札の扉は閉まる。
「ウオッ」
いきなり閉まった事で行く手を阻まれ、少し驚くアゼル。
「?この機械、何故俺だけ先へ行かせない?」
大真面目にそう言いながら再度通ろうとする。
しかし改札はアゼルを通す事はない。
待て待てアゼル。ここから先は切符を入れるかICカードをパネルにかざさないと通れないんだ。
アゼルに改札を通る方法を教える。このまま放置していたら駅員さんに呼び止められそうだ。
「おお、そうだったな。そういえばお前もここへ出入りする時に何か翳していたな」
アゼルはそう言って制服のポケットの中をまさぐる。
カードを取り出して改札口の前まで戻りパネルにICカードを翳す。
パネルが反応すると扉が開かれそのまま進んで行く。
「おい!何モタモタしてるんだよ!」
前方にいるスバル急かす声が聞こえる。
「チッ…今行く」
アゼルは舌打ちをしながらも2人に合流する。
駅の階段を下ると、丁度俺達が乗るであろう電車が停車していた。
3人は若干駆け足気味に車内へ入って行く。
電車内は、夕方5時近かったが多少混んでいた。優先席以外の席は殆ど埋まっている。
これが後1、2時間もすれば帰宅ラッシュに巻き込まれるだろう。
辺りを見回す。
丁度自分達から見て右側のはじの席が一席空いていた。
だがこちらは3人、別にその席に自分だけ座ろうという気にはならない。
そもそも今身体を乗っ取っているアゼルは、席に自由に座っていいのかすらわからないという感じだった。
そんな中スバルは、よほど座りたかったのかその空席を見つけると足早にその席へ座った。
そのまま制服のポケットからスマートフォンを取り出し弄り始める。
一見すればただの高校生が電車の席に座ってケータイを弄っているだけの光景だが、周りの人間は彼を異世界人だとは一ミクロンも思うまい。
馴染みすぎだろこいつ…
スバルが席に座ったので式部先輩はそのすぐ目の前の吊り革を掴む。
アゼルは、スバルが座る席のすぐ横の手すりに横たわる。
先程も電車に乗り感じたが、彼は吊り革の存在意義をよく理解していないぽかった。
アゼルのこの世界の知識は、言語学習の際に教材として読んでいた漫画やラノベの影響が強いため変に偏りがある。
まだ彼がこの世界に来て2日目ぐらいの頃、異世界物ラノベを読んだアゼルが間に受けてしまったので、フィクションだと言い聞かせて学園系のような現代物以外読ませる事を禁止した事を思い出す。
初めは小学校の国語の教科書を読んだり、パソコンが使えるようになってからはネットニュースの見出しを片っ端から読み漁り、わからない言葉は某うぃきさんを使って意味を調べていたのである程度はこの世界での常識も身に付けていると思う。
がそれだけに「え?そんな事知らないの?」みたいな状況が多少ある。
抜け落ちてる知識に関しては今度色々と教えてあげないとな。
「…そろそろあの女の正体について話してくれてもいいんじゃないか」
そんな事を1人考えていると、手すりに体重を乗せて横たわるアゼルが、すぐ横の式部先輩に話しかけていた。
「そうね。目的地に着くまで少し時間もあるし、今ここで話せる部分は伝えとこうかしら」
そう言うと彼女は、例の「ヒカマスさん」について語り出した。
「まず彼女、ここ最近『ヒカマスさん』と呼ばれ話題になっている不審人物は、端的に言えば死霊魔法により操られている死霊よ」
「ただあなたも一度戦って分かる通り、普通の死霊とは違う」
「あの死霊は、何故だか霊体でありながら実体での攻撃を可能としている。更に同一の個体と思われる死霊が同じ時間帯、複数の場所で同時に活動している報告も受けているわ」
「どういう意味だ?」
俺には理解不能な解説にアゼルもよくわかっていない様子だった。
式部先輩は、パーカーのポケットからスマートフォンを取り出し、数秒弄ると彼女のスマホの画面をこちらへ向けてきた。
スマートフォンの画面には2人の女子高生の自撮り写真が映し出されていた。
だが問題はここから。
女子高生2人が映る奥をみると、ぼやけてはいるものの「ヒカマスさん」らしき女性の佇む姿が確認できた。
風景的にこれは無空高校周辺の道路だろう。
写真に映る2人が来ている制服も無空高校の物で間違い無いだろう。
「もう一つあるわ」
そう言って式部先輩はスマホの画面を操作し、再度画面をこちらへ向けた。
今度は動画のようだった。風景や撮られている角度を見るにこれは駅の監視カメラか?
そう思っていると式部先輩が動画の再生ボタンを押す。
たった数秒の動画だったが最後の2秒、駅の通路を歩くヒカマスさんらしき女性の姿が映されていた。
動画の奥には撮影時間が記されている。
日付は…昨日の夕方か。
「さっきの写真は、無空高校の生徒がSNSにアップした写真。もう一つの動画は、砂利ヶ前駅の監視カメラの映像の一部分」
「写真が撮られた時間帯に、同時に駅でも彼女の存在が確認されている。これ以外にも『ヒカマスさん』が同時刻に複数箇所で目撃されている証拠はいくつかあるわ」
「…つまり、この女は分身していると?」
アゼルは信じられないといった様子で訝しんでいる。
「分身、というより私としては増殖している感覚かしら」
「初めてこの死霊と対峙した際、真っ先に祈祷魔法を使用したけれど彼女を消滅させるには至らなかった」
「馬鹿を言え。死霊魔法なら祈祷魔法で祓える筈たろ」
「ええ、けど祓えなかった。私は中級の祈祷魔法しか使えないけれど、超級相当の技術を使用しても祓う事は敵わなかった」
「更にあの死霊は実体を持って攻撃してきたわ。基本、死霊魔法は骨などを媒介する事でのみ実体による攻撃が可能だけれど、あの死霊は霊体と実体を使い分ける事が出来る。ここまでの強力かつ広範囲の効果、かなり高位の魔導師が術式を展開していると今のところ私達は考えているわ」
話を終え、一息つける先輩。
いくらゲームやアニメで魔法に対してそれなりに理解がある現代っ子の俺でも、式部先輩が何を言っているのか半分も理解出来なかった。
「……実体と霊体を使い分け、且つ祈祷魔法も効かないなら何故さっきの戦いであの女は消えたんだ?」
数秒の間の後、アゼルが先輩へ質問を投げ掛ける。
「彼女の本質は死霊、つまりは実体のない存在よ。何の力で実体化を可能にしているか不明だけれどそれが本質、仮に実体のある状態で攻撃が当たればどうなると、あなたなら考えるかしら」
今度は式部先輩がアゼルへ問い掛ける。
「………!!術式が矛盾を起こして自己消滅するって訳か…」
「その通り、理解が早くて助かるわ。彼女は常に霊体ではない、基本実体で行動している事が多い。実体時に致命的なダメージを当てる事が出来れば術式の破綻により彼女の存在は一時的にだけれど消滅するわ」
「なるほど…それで『幻想剣』か」
それを聞いて何故かアゼルは1人で納得し始める。
「ええ、私の魔剣は他者からは姿形が見えない。攻撃されたと気付かずに実体にダメージを与える意味では『幻想剣』が1番効果的ね」
海星高校前での「ヒカマスさん」との戦い。
助太刀に入ってくれた式部先輩が何をしたのか分からなかったが、『幻想剣』という透明な剣で攻撃していたという事だったのか。
「実体化霊体化の原理はわかったが、ならば奴の魂は何処にあるんだ?魂がない状態で活動している事も謎だが、死霊が個体を増殖させてこの世界を徘徊している事に何の意味があるんだ?」
そのアゼルの問いかけと共に車内では次の駅の名前がアナウンスで流れ始める。
もう砂利ヶ前駅か。
「次の駅で乗り換えるわ」
式部先輩はそう言って話を一度中断する。
電車が砂利ヶ前駅へと到着し、アゼルと式部先輩は電車から降りる。
「ちょっ!!」
数秒遅れて、慌てた様子でスバルが電車から下車してくる。
「降りるなら言ってくれよシオン!!」
「ちゃんと言ったじゃない」
そんなやり取りをしながら駅の階段を上がって改札口を目指していく。
アゼルも2人の後ろから付いて行く。
「GR線に乗り換えたら、そのまま急行で下戸まで行くわ」
式部先輩はそう言うと、GR線方面へ先行して歩いていく。
急行とはいえ砂利ヶ前からそこまでなら30分ぐらいだろうか。
まだまだ電車での移動は続きそうだ。
今更ですが「マ◯恋」をプレイしていて更新が遅れました。申し訳ありません。