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番外編:枢機卿の企て

 東京都小田区翅多空港にある日本最大級の空港、東京国際空港。


ゴールデンウィークの5連休が過ぎ早2日。空港内も落ち着きを取り戻したものの、流石は日本最大級の空港にして乗降客数世界5位である。平日とて人々の往来の波は絶えない。


そんな空港のターミナル内の待合室に、1人周囲とは一線を隠す人物がソファに腰掛けていた。


長身で筋肉質な体を黒のスーツで身を包み、長い金髪をオールバックにしている男性、セルジオ•ヴォーティガスである。


聖教会特務執行部隊最高位『十二階位』の第二階位に位置する彼は、数日前「日本における異界人抹殺」の命を受け来日したものの、その任務を終えずに本部に帰還しようとしていた。


本来ならば、外人がこの場に居たとしても何の違和感もないが、今の彼の痛々しい格好から周囲から憐れみの目で見られていた。


5日前、異世界からの魔導師アゼル•バイジャン•ホーエンハイムとその協力者斎藤僧間との戦いによって、左脚右腕粉砕骨折、一部内臓組織の破裂等々、その他全身に多大な傷を受け常人では即死、運が良くても今頃は病院の集中治療室から出る事が許されないはずの身体だった。


が、聖遺物『智慧の槍』の機能の1つである「使用者に対する自動回復能力」によりなんとか松葉杖一本で出歩けるまでに回復した。


しかし『智慧の槍』の本来の力ならばどんな重傷も1日と経たず完全回復を可能としていた。


今もこうして傷が完璧に癒えていないのは、ひとえにアゼルによって槍が折られ『智慧の槍』の大半の機能が破損してしまっている為である。


そのためセルジオの左脚と右腕は未だギプスが取れない。表面的な傷も癒えておらず頭には包帯が巻かれ、頬には大きな擦り傷があり、それを隠すようにガーゼが貼られている。側から見ればかなりの重傷者である。


そんな状態でもセルジオは、今回の異界人抹消の任務失敗、それに加えSSランク聖遺物である『智慧の槍』を破損させた罪を本部に報告し、その処罰を受けるため帰国しようとしていた。


敬虔な教徒であるセルジオにとって主から代行せし異界人抹消の任と授けられし『智慧の槍』は、自身の信仰が認められたという象徴でもあった。


その両方に傷を付けた事で、彼の心は意気消沈していた。


それどころかこのような醜態を犯しておきながら今も尚生き恥を晒している自分自身に嫌悪感を抱くほどだ。


任務を失敗し、あまつさえ世界にとっても貴重な文化遺産である槍を破損させたとなれば、聖教会本部からかなり重い罰が下される事は明白だった。


それでもセルジオは向かう。例え殺されたとしても文句はない。それが彼にとって最初で最後の主への贖罪の機会だと考えているからだ。


教皇庁行きの便を待つこと数十分。ただソファに横たわり眼を瞑るセルジオの隣に1人の男性が表れる。


歳は還暦間近、元々小柄な体格に年によりさらに贅肉が付いてしまい若干小太りな体型に見えるが、背筋をピンと伸ばし、彼の一挙手一投足にはキレがあった。


その姿からは若々しささえ感じ、周囲の誰一人として彼がもうすぐ60を迎える人間だとは思っていない。


黒を基調とした落ち着いた服装に、長年愛用の丸眼鏡とグリーンオーバルストーンのループタイを身に付けている。


男性は、柔和な笑みを皺を深くするように浮かべている。


隣の人の気配に気づき、セルジオは目を開ける。


「…ッ!!ミスターカミキ…」


セルジオは男性を一眼見て驚く。


まさか聖教会の幹部直々に足を運んで自分の目の前にやって来るとは思っていなかったからだ。


セルジオの裏切りを警戒するにしてももっと下の者を付けるだろう。勿論セルジオには端から教会を裏切る気などない。


では何故彼が自分の目の前にいるのかセルジオには検討がつかない。


日本で唯一の枢機卿である神木敏三郎(としさぶろう)が一体何の用だと言うのか。


「久しぶりですね。セルジオさん」


その一言と共に神木もセルジオの隣のソファへ腰掛ける。


「…ええ。十二階位任命式以来でしょうか」


セルジオは当たり障りない挨拶を返す。


「今回の件、災難でしたね。まさか貴方すら退ける異界の人間がいるとは私も驚きです」


神木から発せられる声は、物腰柔らかで誰もが一度聴くと心休まってしまいそうになる。


だがセルジオは意味もなく警戒していた。


「…いえ、全ては私の実力不足が原因です。それに『智慧の槍』までも破壊されてしまいました。面目もありません」


「何を言いますか。貴方は今までよく信仰の為に尽くしていました。一度の失敗で断罪するなど、主も貴方の事をお許しになるでしょう」


まるで懺悔室に自身の罪を告白しに来た者達を優しく許すような声音で神木は話す。


「例え主がお許しになったとしても、私は罰を受けます。主は皆に平等であるもの。今まで規律を破り罰を受けた者達がいながら、私自身がその規律の外側にいる事は許されない」


セルジオの心はもう決まっていた。


「神は皆に平等…ですか」


神木はそう呟いた後、


「セルジオさん、貴方はこの世に神が存在すると思いますか?」


その問いかけにセルジオは驚く。


「…枢機卿である貴方が、神の存在の有無を問いますか」


セルジオには彼がこのタイミングで聞いてきた意味がわからなかった。


「では何故神は人々を救わないのでしょう?貧困、環境問題、差別、戦争…世界はいつでも不条理に満ちています」


神木はさらに問いかける。


「それは聖書にも記されているように、神は我々に試練を与えるものだからです」


「多くの信徒が毎日祈りを捧げているにも関わらず、何故その者達に救いを与えないのです」


「見返りを求めて祈るのではありません。主への祈りこそが救いの道なのです。祈る事自体に意味がある。枢機卿である貴方が、そんな事もわからない訳ではないでしょう」


セルジオは若干呆れつつ答える。


「その深い信仰心…やはり貴方は神の右腕に相応しい…」


またしても何か意味深な事を呟いた後、


「セルジオさん、私と組みませんか」


「…組むとは?」


さっきまでの話を唐突に切られ、突然の誘いに困惑するセルジオ。


「私は常々思っているのです。この世界には救済を与える存在が必要だと。だが我らが主は、天から降りてこようとはしない。それならば、地上にもう1柱、人々を不条理から救う神の『代行者』を私の手で生み出せないかと」


「君には私と共に地上の神を生み出す手伝いをして欲しいと思っています」


その神木の提案を聞き、セルジオは笑う。


「フッ…アラヒトガミといつやつか。過去に国の最高指導者の地位を神と位置付けていたり、歴史の偉人を神格化して奉るジャパニーズらしい思考ですね」


「だが人の身で神を生み出すなど出来はしない。現代の世に未だ聖遺物という奇蹟が残っていようとも、それは文明の残滓に過ぎない」


「ミスターカミキ、今の話は十分な背信行為に当たりますが、聞かなかった事にしておきます」


セルジオは神木の話を、「所詮は妄想の産物」だと言い切り、その場を立ち去ろうとした。


「もし、仮にそれが出来るとしたら?」


神木の次の言葉に、セルジオは立ち去ろうとする足を止めた。


「私は『第〇七世界編纂書記』の使い方を知っています」


「…何?」


「編纂書記を使い、この日の本の地に神を降臨させます。手始めに最近世間を騒がしている異界人の抹消から行って貰いましょうかね」


セルジオは、そう言いながら微笑む彼の表情の奥から、嘘や妄言の類とは思えないほど真剣な何かを感じた。


「世界編纂書記の使い方は『死海文書』にしか記されていない…たとえ貴方と言えど評議会の許可無しに勝手に閲覧する事などできる筈がない」


「ましてや第〇七世界編纂書記の所在をどうして貴方が知っているのだ。知っているのは評議会と監視の為のごく一部の人間しかいないと聞いているぞ」


そう問い詰めるセルジオに、神木は至って真面目に答える。


「聞こえたのですよ。『啓示』が。編纂書記の居所と使用方法を夢の中で聞きました」


「そんな馬鹿な話があるか」とセルジオはその言葉を一蹴しようとするが


「妄想などではありませんよ。夢で声を聞いた時私は確信しました。嗚呼、主も私の考えに賛同して下さっている。天から降りる事ができぬ神に代わり、私がこの務めを『代行』せよとね」


神木はそう言って立ち上がり、セルジオに詰め寄る。


「セルジオさん、貴方も人々の為に今まで任務こなしてきた筈です。これからは不安や恐怖のない世界が創られるのですよ。素晴らしいとは思いませんか?」


「馬鹿げている。そんな話に乗る気はない」


そう言って今度こそその場を立ち去ろうとするセルジオ。


丁度彼が乗ろうとしていた便の搭乗アナウンスがターミナル内で響いていた。


「さっきは聞き流すと言ったが、この事は本部に報告させてもらう。どうやら貴方は枢機卿の器ではないとね」


「本部に戻ったところで、待つのは自分の死かもしれないのですよ」


「先程も言いましたが、それでも私は戻ります。それが私の信仰の道ですので」


そう言ってセルジオは踵を返す。


そのままその場を去ろう歩き出したセルジオ。


だが、前方に見知った3人が現れ、行く手を阻まれる。


「…!!!!シュムラ、ムウ、ライヴス!!何故階位であるお前達がここに…!!」


「彼らは私の意見に賛同し、同志となってくれたのです」


驚くセルジオの背後から神木の声が聞こえてくる。


「残念ですセルジオさん。あまり暴力には訴えたくなかったのですが、どうしても貴方にも協力して欲しいもので」


セルジオの周りを同じく十二階位である3人、シュムラ、ムウ、ライヴスによって囲まれる。


「…貴様ら、任務はどうした?」


「しっかりと終わらせて来ましたよ。ただ、今も任務継続中と報告していますけど」


セルジオの質問に答えるライヴス。


「……」


セルジオは神木の方へ向き直る。


「…私が戻らなければ本部の人間も不審がる筈だ」


「その点はご心配なく。本部には貴方は療養の為当分日本に滞在すると伝えていますので」


セルジオはこの包囲から突破するため、松葉杖を構える。例えまだ骨が折れていようとも一瞬の隙を突いて逃げ出す事ぐらいなら出来ると考えていた。


「あまり抵抗しない方がいいですよ?いくら最強の貴方でも、その怪我じゃ聖遺物を持った俺達には敵わない」


そう言うシュムラの肩にはローブで包まれた大きな物体が背負われていた。恐らく聖遺物であろう。


「…」


セルジオは無言で唯一上がる左手を上に挙げて降伏のポーズを取った。


例え怪我を負っていようが3人に屈するセルジオではなかったが、場所が悪い。今空港で騒ぎを起こす事は教会の威信の為にも望ましくないと考えた。


「安心して下さい。貴方には、療養に励んでもらう為に日本支部で1番良い部屋を押さえていますので」


そう言うと、神木敏三郎とその一行は空港出口の方へ消えて行った。





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