第十二話:魔法修得の第一歩
ゴールデンウィーク2日目に友人と遊んだ帰りの夜。突如現れた黄金の槍を持つ謎の男との死闘を繰り広げてから早四日が経過していた。
あの後、俺は何とか家に帰りつく事ができたが、玄関で母親と遭遇。
母は無断での深夜帰宅に説教をしてやろうと待っていたらしいが、俺があまりに酷い怪我をして帰って来たため、大騒ぎで救急車を呼ばれた。
それから病院で丸1日ほど寝むっていたらしいが、俺には玄関に着いてからの記憶はなかった。
全身打撲と軽い刺し傷数ヵ所で全治3週間と診断された。幸いにも命に別状のある怪我は負っていなかった。
問題なのは終盤に喰らった顔面への一発。折れた鼻は時間の経過で治ると言われたが、あの一撃のせいで歯が数本折れてしまった。
しかもその内の1本は前歯である。もうこれから堂々と口元を見せる事が出来なくなると思うと若干落ち込んだ。
母さん…今年の誕生日プレゼントは差し歯でお願いします…
だが、あれだけの戦いを繰り広げておきながらこの程度の怪我で済んだのは不幸中の幸い。最悪あの男に殺されていた未来だってあるんだ。文句は言えん。
両親には「自転車が何かに躓いて崖から落ちた」みたいな事を言って誤魔化した。
表面だけ見れば俺の傷はかなり痛々しいものだった為、事件性を疑った両親が、俺が寝ている間に警察にも通報し後日病院で聴取が行われたが、なんとか誤魔化し切る事が出来た。
聴取の時、警察の人からは広場の事件について遠回しに聞かれた。その時は何の事かわからず「知らない」とだけ答えた。
後で知った事だが、あの戦いで破壊された駅前の広場の件は、後日全国ニュースで取り上げられていた。
巷ではテロの可能性など様々な憶測が飛び交っているらしいが、肝心の事件当時の状況が誰にもわからないらしい。
周辺の監視カメラの映像も何故か残っていなければ、目撃者もいない、近隣住民は騒音すら聞いていないと言う。駅員が出勤時に発見し始めて明るみになったとのこと。
この件で俺もアゼルも特に何もしていない。
考えられるのは、あの謎の男性が何かしたのか。それとも式部先輩の言う魔導騎士団を通して日本政府が揉み消してくれたのか。定かではない。
病院はその後2日程入院してあと数回の通院はあるが無事退院。最初は身体を動かす事さえ出来なかったが、現在は怠さと若干の痛みを残しながらも日常生活に戻れるくらいには回復した。
結果ゴールデンウィークの5連休は病院での生活で終わる事となった。
今日は登校日だが、まだ身体が痛むという事で休ませてもらった。
クラスの連中は今頃ズル休みだなんだと騒いでいるだろう。
まあ明日にはしっかり登校しようとは思っている。
本来なら後数日は休んでいても特に何も言われないレベルの怪我ではあるが、俺には早く学校へ行きたい理由がある。
それと言うのも話を聞きたい人間が学校に2人ほどいるからだ。
1人はシルヴィアさん。先日戦った男性とシルヴィアさんは知り合いのようなので彼女もアゼル達の敵かもしれない。
そうでなかったとしても男性の素性について何か知っているかもしれないし、一度彼女には話を聞く必要がある。
もう1人は言わずもがな式部先輩だ。今のところ彼女が1番異世界人現代人間の事情に詳しい人間だ。男性の件や広場の騒ぎの件も含めて色々聞いておかなければならない。教えてくれるかくれるかは別として。
まあそれは学校で会ったらまた考えれば良い事だ。折角まだ休みなのに気が休まらない事ばかり考えていても仕方がない。
そんな訳で家で暇を持て余していた俺は今、
物理の教科書を読まされていた。
勿論誰に読まされているかと言えば俺の脳内に住む着く異世界人アゼルである。
今俺の両腕はアゼルに主導権を奪われ、その腕で物理の教科書を持って読んでいるようだった。俺が教科書から視界を外そうとすると教科書のページを見ろと言わんばかりに目を元の位置戻される。
正直物理の授業は2年からの選択授業で取っていないため、今こうやって1年の頃に貰った「物理基礎」を読んでいてもテスト対策にもならんし俺にとって無意味な時間である。
広場での戦いの時、俺は途中で意識を失ってしまったが、あの後すぐアゼルが交代してくれたお陰でどうにかなったらしい事を戦いが終わった30分後に意識が目覚めると同時に聞いた。
その際、男性の武器である槍を破壊しようという事になっていたのだが、
ー
「よーし、ようやくこの世界で『最上の魔法』に繋がりそうな武器を手に入れたな。なんせ俺様の禁呪を無効化するどころか別世界の魔法まで模倣できる代物だ。もしかしたらこれが『最上の魔法』だったりしてな!!」
アゼルは上機嫌に語りながら両手に持つ黄金の槍を見つめている。
それは良いけど、早くこの場を立ち去ろうぜ。もういつ警察が来たっておかしくないんだからさ。
側から見たら俺達がここら周辺破壊した犯人のように見えちまうよ。
まあ、半分はアゼルがやったようなものだけども…
「まあ、待て。少しこの槍の機能を試してからでも遅くない」
そう言って数十秒ほど目を瞑りむむむ…と唸るアゼル。
…何をやってるんだ?
そう尋ねると、突然目を見開き
「全く何も反応しない。どう使えばいいんだこれ?」
そう言ったかと思えば、今度は槍をブンブン振り回したり地面に突き刺し始めた。
え?…本当に何やってるんだ?
「いや、何かアクションを起こせば槍の能力が起動するかなと思って」
そう言う間も槍を構えてポーズをとってみたりするアゼル。その様は修学旅行で木刀を買ってはしゃぐ中学生のようだ。
まあ、それ小6の時の俺なんですけども…
しょ、小6の時だし多少はね?多めに見てほしいよね?まだ子供な訳だしね?その後反省して中3の修学旅行では買わなかったしね?
「誰に弁明してるんだお前」
アゼルに突っ込まれてハッと我に帰る。そうだ、こんな事考えてる場合じゃなかった。
で、どうなんだ?その槍使えるようになった?
「いや、全く使い方がわからん。うんともすんとも言わん」
大体の方法は試したのか、アゼルは疲れたと言わんばかりに槍を地面に置いてへたり込んだ。。
「正確な事は言えないが、どうやらこの槍、俺の世界の『神具』と同様にごく一部の槍に認められた人間にしか使えない代物のようだな」
…し、しんぐ?なんだそれ?
「『神具』って言うのは、俺の世界に遥か昔から存在するとされる異能を持った武具を総称する言葉だ。一般的には聖剣魔剣なんかがこれに該当するな」
魔剣…と言う事は、俺達が初めて会った時に出くわした大剣使い、確かホーネックだっけ…が持っていた剣や式部先輩が持ってるっていう見えない剣とかもそれに該当するのか?
「そうだ。そして神具の特徴としてそれらの武具は使用者を選ぶ性質を持つ。神具に選ばれたごく一部の人間のみがその武具に眠る異能を行使できる。ちなみに神具の使用者に選ばれた人間を『適合者』と呼ぶ」
ほへー。そんな厨二心をくすぐる武器がお前の世界にはあるのか。数千年誰も使い手がいなかった伝説級のチート武器を主人公が使えるようになるとか、異世界転生ものの定番だしな。
と言う事は、その神具とやらとこの槍が同じ原理ならアゼルじゃ適合者ではないから能力が使えないってわけか。いや、この場合は俺の身体で使っているんだから俺が適合者じゃないから使えないのか。
「どっちにしろ使えなきゃ何もできん。やはり最初の提案通りに破壊するか。少し勿体無いが、現存させておくとまたこの槍と戦う可能性が出てくるからな。次戦ったら勝てる気がしない」
そう言ってアゼルは地面に倒れている金髪の男性の方を一瞥した。
男性は全く動く気配がないが、さっき確認したらちゃんと息をしていた。あれだけの怪我を負いながらまだ生きてるとは、この男性も大概人の域を超えている。
俺としては殺人にならなくて安堵するばかりだが…
「あ?なんか妙に硬いな…」
アゼルは、槍を持ち上げて禁呪の力でへし折ろうとしていた。
「フンッ!!!!」
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!!」
そんな声を上げながら5分ぐらい奮闘してやっと槍を折る事に成功した。
槍がパッキリとへし折れる際、ホーネックの魔剣を折った時と同じように何か生物の悲鳴のような轟音が周囲に鳴り響いた。
これで聞くのは2度目だが、そう何度も聞きたくなるような音ではないのは確かだ。
「ハァ…ハァ…槍を壊すだけで星一個破壊できるレベルのパワー使ったわ…」
そんな冗談か本当かわからないことを言った後、俺達は広場を去った。
ー
その後、病院では特に話しかけてくる事はなく、今日になっていきなり身体の一部を乗っ取ってきた。
正直アゼルに身体を貸す事自体はやぶさかではない。暇だし。
だが、今はあまり眠くない。俺が寝ている時なら兎も角、起きている時に俺の興味のない事をされてもこちらはただボーッとしている事しかできない。
どうせなら互いに共通して関心がある事をやりたい。ネットサーフィンならこちらも雑学の知識が増えるしまだ退屈しないから良い。
それで思い出す。
そう言えばアゼルが頭の中にいる生活を始めてもう2週間近く経つが、未だに「俺に異世界の魔法を教えてくれる」という身体を貸す見返りがまだ一回も果たされていなかった。
これを機にそろそろ教えてくれても良いんじゃないか?
そう思い早速提案する。
「なあアゼル、そろそろ俺にも魔法を教えてくれよ」
脳内にいるであろうアゼルにそう呼びかける。
それを聞いたであろうアゼルは、今読んでいる教科書のページをめくる手を止める。
『…あー、そう言えばそんな約束してたな』
どうやら忘れていたらしい。
『仕方ない。例の槍使いとの戦いの時はお前に助けられたし、教えてやるかぁ』
やる気の無さそうに了承してくれるアゼル。ちゃんと教えてくるのだろうか…
「それはそうとして、どうしていきなり物理の教科書なんて読み始めたんだ?」
魔法を教えて貰う前にその疑問を解こうと思いアゼルに聞く。
軽い質問だったのだが、アゼルからは真剣な雰囲気を感じた。
『それは…前の戦いを通じて思ったんだ。俺はまだまだ未熟だと、禁呪の力をもっと応用する事が出来るのではっと思ってな』
『前回はまぐれとお前の協力で勝てたが、次はそうは行かない。この世界で魔法は存在しないものらしいが、それ以外の技術や学問は俺の世界のはるか先を行っている。そこに
何かきっかけがないかと思い読んでいたところだ』
普段のあのデカい態度はどこへ行ったと思わせるほど謙虚な理由に驚いた。
だが、自分の実力に溺れず、変に増長してこなかったからこそ彼は「最強」と呼ばれるようになったのかもしれない。知らんけど。
『じゃあ先ずは魔法の基礎から教えていくか』
そう言ってアゼルは机に適当に置かれていた学校から配布されたプリントの裏の白紙に何かを描き始めた。
俺はそれを淡々と見つめる。
プリントの白紙部分にはシャーペンで6つの丸い円、それを更に4つと2つに分けるように大きな円で囲って区切っていった。
2つの大きな円の中に描かれた6つの円にはそれぞれ「火」「水」「風」「土」「光」「闇」の漢字が黙々と書かれていく。
それにしてもこいつ、何も使わずに結構綺麗に円を描くな…
意外な特技だと思ったが、魔導師なら魔法陣とかよく描きそうだしそれで上手いのかもしれない。
『先ず最初に言っておくが』
と前置きをするアゼル。
『俺が二、三度魔法の使い方を教えた程度ですぐ魔法を使える訳じゃないからな』
「それは、どうして?」
理由を聞く。俺も簡単に魔法が使えるようになるとは思っていないが、前置きをするという事は何かありそうだ。
『まあ、それは追々話していく。まずは魔法の誕生について話していくぞ』
『魔法の誕生は、元を正せば太古の神々の御業の模倣、人間が神に成り代わる事が現代まで続く魔法の究極到達点だとされているな。
神歴1081年、魔導開祖にして『魔導神』であるテオス•マジェスティ•エクストラが、自身の父である大神デウスに叛旗を翻した事がきっかけで、テオスは神々のみが持つ『神エーテル』、つまり魔力を地上の人間達にも分け与え…』
いきなり魔法の成り立ちとやらを語り出すアゼル。
だが、これはこれで異世界の神話とか聞けそうで面白そうだ。どんな物事でもその誕生の歴史から知る事は重要だしな。
学校の歴史の授業は話半分にしか聞いてないけどね!!たまに寝ちゃうし。
『と、こんな魔法誕生の歴史なんて長ったらしくてもう覚えてねえわ。やっぱ飛ばして魔法の種類について話していくぞ。そっちの方が実用的だしな!!』
そう言って途中まで話していた内容をバッサリと切って別の話をし出した。
いい加減すぎるだろコイツ…絶対人に物を教えられるタイプではないと悟る。
そこからプリントの裏に描いた図を使って話すアゼルの話の内容をざっくり纏めるとこういった感じだった。
異世界の魔法には大きく分けて六つの属性が存在する。
その6つの属性はそれぞれ「火」「水」「風」「土」の『自然四属性』と「光」「闇」の『二極属性』に分けられる。
自然四属性は、その名の通り自然の力を模し、二極属性は天の力、神、悪魔の力を模しているのだそうだ。
『元は自然も神の力として区別されていなかったが、近年この2枠に分けられるようになったんだ。太古の時代では災害は神の怒りと言われていたし、俺の生まれる数年前まで大飢饉が起きていたから未だに災害は「神の天罰」という風潮は強いな』
との事。
その次に、属性に分けられた魔法はさらに難易度や破壊力、貴重度に合わせた等級に分けられる。等級が低い順に「初級」「中級」「上級」「超級」「極級」とさらにその上に「極天奥義」となる。
大抵の魔法はこの初級から超級に振り分けられていて、明確に極級魔法という物は存在しないらしい。
極級が付くのはあくまでも大魔導師数十人規模の儀式によって成せる大魔法や、一部の卓越した魔導師が使用する魔法のみに付けられるものらしい。
「極天奥義」とやらには特に触れられなかった。
自然四属性の魔法は、初級が生成魔法、中級から上は攻撃魔法と防御魔法が殆どを占めている。
だが「光」と「闇」の属性魔法に関しては少し特殊らしい。
『二極属性の魔法は、天の力と魔の力を模したものとされる。例えば前に戦った魔導師が使っていた「幻惑魔法」。ああいった人を直接的に害する力は魔の力、死を司る力が属性的に闇属性に分類する。逆に強化魔法といった付与系は「神の施し」、天与の模倣だとされ、属性的には光属性といった扱いだ』
そう言ってアゼルはプリントの裏に描いた「光」と「闇」の円の中に該当する魔法を書き記していった。
光属性魔法の欄には『雷』『強化』『回復』『造形』『精神感応』『祈祷』『精霊』などが書かれており、闇属性魔法の欄には『暗影』『幻惑』『毒』『死霊』『呪』などが書かれていた。
こう見ると光属性魔法はさっきアゼルが言った通り付与系が多く、闇属性魔法は相手に対する状態異常系が多い。
そんな図を眺めていて一つ疑問に思った事がある。
「なあ。アゼルの使う禁呪はどの属性に属するんだ?」
別に特別気になる訳ではないが、なんとなく聞いてみた。そもそも属性の話でも等級の話でも一切禁呪というワードが出てこなかった。
何か触れてはいけないルールとかあるのだろうか。
『禁呪に属性は存在しない。禁呪は世界の摂理そのものを操る魔法とされていて、属性という括りでは表せない。同様に等級でも表せない。極級以上の魔法な事は確かだが』
あっさり答えてくれた。別に触れては行けないとかはなかったらしい。
「じゃあ禁呪は『極天奥義』って奴なのか?」
禁呪の話題に合わせてもう一つ気になっていた事を聞いた。
この「極級」の上に存在する「極天奥義」とは何ぞと。
『「極天奥義」は格属性魔法と禁呪にそれぞれ存在する最強の技だ。自然四大属性の極天奥義は大陸を滅ぼす程の破壊力を持ち、禁呪の極天奥義は世界の法則を書き換える力があるとされる。だが実際に修得した人間は歴史上誰1人としていない』
『一部では極天奥義が「最上の魔法」を指す言葉だと言う魔導師もいる。結局神話の産物の域を出ないな』
一通り聞いて納得したような納得しなかったような。1番凄い威力を持つ魔法としかわからなかった。
『よし、一通り魔法の種類について話したし、次は本格的に魔法の使い方を教えて行こう』
おお!!待ってました!!遂に俺自身でも魔法が使えるようになるんだな!!
俺は興奮と緊張で少し顔が熱くなる。
『と、その前にまずお前には魔法を使うに当たり、突破しなければいけない関門がある』
最高潮まで高まった気分に翳りが差す。
「…その関門と言うのは?」
そう聞くと、アゼルは俺の足の主導権を乗っ取り押し入れに向かう。
押し入れを開くと奥にはアゼル本来の肉体が氷漬けにされて押し込まれていた。
アゼルと共同生活を始めると決めたその日に、部屋のど真ん中に置くのは流石にヤバいと思い押し入れに隠す事にした。
アゼルの肉体は禁呪の呪いにより飢えや寿命で死ぬ事はないらしいが、一応氷魔法が使えるという杖で肉体を永久凍結して保管していた。放っておくと臭いがキツくなりそうだし。
いくら押し入れの中とは言え親に見られたら大惨事なので両親には自室には入らないようきつく言っている。
『確かここのポケットに入っていた筈…』
そう言ってアゼルは自身の肉体と一緒に押し入れにしまった彼の私物であるローブのポケットの中を漁り始めた。
探し物を見つけたのか手の中に何か握られた感触が伝わる。
ポケットから取り出すと手にはチョークのような物が握られていた。
押し入れから出ると、机に戻りそのチョークで机の板に大きく円を描き始めた。
「え!?何やってんのいきなり!!」
俺はその奇行に驚くが、アゼルの操る手は黙々と魔法陣らしき幾何学模様を描き続けた。
『…よし』
その声と共に手を止めるアゼル。描き上がった模様はかなりカッコ良い出来栄えだった。
流石現役魔導師。
「じゃなくて!!どうしていきなり机に描き始めたんだよ?」
さっきは普通に紙に描いたのに。
『魔法陣ってのはデカく描かなきゃ効果は無いんだ。あの紙じゃ小さいし、丁度良い広さの場所があったから』
そう悪びれもせずに言うアゼル。まあ、俺も落書きされた事を怒っている訳ではないが。
「で、これがさっきの話と何の関係が?」
俺が聞くとアゼルはその模様に両手をかざし
『いいから、まずは見ていろ』
そう言うと同時に模様の線が薄く輝き出した。
「ウオッ!!」
いきなりの現象に俺も少し驚いた。
『…光り方がショボいが、こいつの身体ならまあこんなもんか』
なんか唐突に馬鹿にされた様な気がする。
少しすると光は収まる。
『今光ったのはこの魔法陣に魔力が通った証拠だ。これは体内に存在する魔力の流れを意識する為の超初歩的な修行なんだが、この魔法陣に魔力を通せば陣を描いた時に使った魔導具に含まれる特殊な材料の効果で発光し、陣の模様は消える。ほらここを見てみろ』
アゼルが指差す方を見ると白いチョークのような物で描かれた模様の線が少し消えかかっていた。
『結論から言えば、もし魔法の使い方を教えても、今のお前の身体ではまだ魔法を使う事は出来ない』
その言葉を聞いて俺はすぐさま理由を問おうとする。
なんで今の俺では魔法が使えないのかと。
が、反応する間もなくアゼルはその理由について詳しく説明し始めた。
『魔法というのは自身の体内魔力を使って発動させるものなんだが、魔法が長い間人々の生活から消えたせいかはわからんが、この世界に住む人間の体内魔力量は極端に低い』
『それに本来人間には魔力を放出する穴、「魔孔」と呼ぶんだが、この世界の人間はその穴が閉じられている』
『この世界の人間が魔法を使うためにはまずこの魔孔を開通させる。これが第一段階だ。そのために体内の魔力の流れを感じる修行をするのが1番手っ取り早いと俺は考える』
「ん?でもアゼルは俺の身体使って魔法を使っているよな。ならその魔孔って穴は開いてるんじゃないか?」
話を聞き、疑問に思ったので口に出す。それに半端とはいえ光ったんだ。穴は開いてるって事じゃないのか?
『まあ…確かに開いててはいるんだが、【禁呪】ってのは少し特殊で、修得するための体内魔力の最大値は高い癖に、いざ使ってみると殆ど魔力を消費しないんだ。だからお前の魔孔は今現在毛穴程度にしか開いていない。魔法を使えるようになる為にはまず穴を完全に開く修行を行わなければならん』
『お前の体内の魔孔が完璧に開けば、ここに描かれた陣もしっかりとした輝きを放ってちゃんと消える。まずは体内の魔力を完璧に感じて、この陣を消すところから始めて魔孔を解放するんだ』
期待していたような火の魔法の詠唱を教えてくれるみたいな感じではなかったが、これはこれで面白そうだ。「体内の気の存在を確かめる」みたいなのは小学生の時よくやったな。中学生の時もちょっとやってたけど…
がんばってかめ◯め波出そうとしてたなあ。
あと、水入れたグラスの上に葉っぱ置いて「葉っぱ動いたから操作系だ!!」とか喜んでたっけ。
あの頃は自分の体内にある別のエネルギーの存在なんて全く感じられなかったけど、アゼルが体内にいる今なら魔力とやらを感じる事ができるだろうのだろうか。
「お、おう。取り敢えずやってみる」
そう言うと両腕の自由が戻る。自分の力だけでやれと言う事だろうか。
両手を陣の模様にかざす。
先程アゼルがやった時は1秒も経たずに光ったが今は何も起きない。やはり体内の魔力を流すという意識を持たないとダメなのだろうか。
俺は目を瞑り、頭の中で必死にイメージする。
自分の身体の中を巡るもう一つの血液を。血管の様に何本も枝分かれし身体中を循環しているような感覚を。
その巡りが奥まで辿り着き、手の先から漏れ出るようなイメージを数分間続けた。
目を開ける。
特に何も起こっていなかった。
「えぇ…」
結構真面目に魔力を感じようとしてたのに何も起きないのかよ。これじゃ今までやってきた気とか念の修行と何も変わらないじゃん。
『まあ、イメージは悪くなかったと思うぞ。後は日常的にやって習慣化していくしかないな。今のお前は穴が開いてるとはいえまだ毛穴程度だ。これを完璧に開く近道は今の所思いつかん』
イメージは悪くないって…俺がさっきまでしてた想像が丸見えだったのかよ恥ずかしい…
さっきアゼルがやって見せた時のように、目に見える結果が出ないと一気にやる気が失せる。
面倒くさくなってきたな…
「というかお前が俺と完全に入れ替わってその魔孔とやらを完璧に開くとか出来ないのか?」
アゼル自体は俺の身体でも魔法陣に手をかざして簡単に光らせているんだし、魔力の流れを完璧に理解しているという事だろう。ならそれぐらい出来そうな気がする。
『無理だ。確かに他の魔法を使って強制的に穴を開ける事が出来るかもしれないが、俺は今禁呪の呪いで禁呪以外の魔法を魔導具を介してでしか使えない。さっきも言ったが禁呪を使っても一度の消費量が極端に少ないからこの程度の穴しか開けない』
そうハッキリ言われてしまった。
つまり当分はこの痛々しさを感じる修行を続けなければいけないのか…魔法を覚える道も中々楽では無さそうだ。
「ところで、何か魔力を感じるためのアドバイスとかある?」
さっきイメージは悪くないと言われたが、それでも光らないという事はまだ何か足りないという事だ。魔力の流れを感じるイメージ力を膨らませる為にも一応聞いておこう。
『知らん』
即答でその3文字が返って来た。
なんで知らないんだよ。どの口がイメージは悪くないとか言ってるんだよ。
「いや、なんでだよ。さっき一瞬でこの魔法陣光らせてたじゃん」
『ああ。俺は体内魔力の流れを意識しなくとも物心付いた時には既に体内魔力を完璧に操れるんだ。特に精神修行的なものもやった事ないな』
自分でもやったことない事を俺にやらせようしてるのかこいつ…
所謂天才肌ってやつか。流石「大陸最強」を名乗る魔導師様は格が違うぜ…
そういう訳で、俺は魔法を使えるようになるためにまず体内の魔力を感じる精神修行に励む事となった。
結局その日は日が暮れるまで魔力を感じようとしたり念じていたが特に魔法陣が光る事はなかった。
その間アゼルから魔法に関する知識をいくつか教えて貰ったが、魔法の使い方を教えて貰うまでには至らなかった。
俺の魔導師デビューはいつになることやら…