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第十一話:2人の勝利

 「来い!!フギン!!ムニン!!」


男性のその叫び声と共に、彼の周囲に黄緑色に輝く火の玉のような物体が次々と現れる。


「こいつ、どれだけ手を隠しているんだッ!!」


アゼルはそう悪態をつき、拳を構える。


「…そろそろ決着を付けさせてもらう」


男性のその一言で彼の周囲の火の玉は、鳥のような形へと変化していった。


火の鳥…?何の魔法を使っているんだ?


『…こっちが聞きたい!!さっきまで俺の世界の魔法(ぎじゅつ)を使っておきながら今度は俺も知らない未知の魔法!!それに加えて魔法無効…認めるがあの男、かなり強い…』


あの絶対的自信を持つアゼルに強いと言わせるほど、今俺達は危機的状況に陥っているのだと実感した。


男性が黄金の槍をこちらへ向ける。それと同時に数十羽の火の鳥達が俺達へ襲い掛かる。


「邪魔ダァ!!!!」


アゼルはそんな掛け声と共に、鳥達が迫り来る方角へ拳を殴りつけた。


無限倍に強化できる拳の威力により、その風圧だけで鳥達の火の肉体は掻き消えた。


「ハン、ただの子供騙し…」


アゼルがそう言おうとした瞬間、霧散した黄緑色に輝く炎が一点に集中し、鳥の形を形成し始めた。


「…何だと?」


形を取り戻した鳥の群れは、変わらず俺達の方へ向かってくる。


「…チッ!!」


もう一度鳥の群れへ殴り掛かる。またも火が掻き消えるが、さっきと同じように形を取り戻していく。


「どうなっているんだ!!」


アゼルはそう叫びながら次々と群がる鳥達の火を掻き消して行くが、その度に復活し、遂には俺達の周囲を鳥達が囲ってしまう。


「クソがッ!!」


変わらず空に拳を殴りつけ、その風圧で火を掻き消していた。


だが周囲を囲まれ、前方の群れを掻き消したとしても後方から攻撃を受ける。


彼らの身体を形成する火がメラメラと燃えているにも関わらず、不思議と熱さは感じなかった。


鳥達は肉を啄ばむように俺の身体の皮膚を食いちぎっていく。


その攻撃自体大したダメージではないが倒しても消えることのない数十の火の鳥達に囲まれ、身体のあちこちを食いちぎられる。


この状態が永遠と続くのだとすれば、いつかは俺達の方が力尽き、全身の肉をこの群れに食い荒らされる事になるのではないか。


そう思いゾッとする。


おい!!このままじゃこの鳥に食い殺されちまうよ!!


俺は心の中でそう叫ぶ。


「…わかっている!!」


アゼルは両手を大袈裟に動かす。


原理は不明だがこの火の鳥の群れが消える事はない。だが一時的にでも掻き消す事は出来る。


一度体制を立て直す為、囲まれている火の鳥を一掃する竜巻を繰り出そうとした。


だが相手も手を緩めるほど甘くはなかった。


先程まで後方で魔法攻撃に終始していた男性だが、槍を構えこちらに物凄いスピードで前進して来た。


アゼルはそれに気付きすぐさま後方へ飛び去る。


近距離で男性の持つ槍と戦ったら魔法が無効化されてしまいこちらの打つ手が無くなる。


しかし鳥の群れはすかさずこちらへ接近してくる。それに続いて男性も槍を構えて迫って来る。


風圧で火の鳥を一時的に掻き消し、又もや男性の槍から逃げるように後方へ後ず去る。


消しても復活する火の鳥の群れと魔法を無効化する槍。両方に挟まれる事で確実に俺達は追い詰められていた。


せめてあの鳥達が消えてくれれば…攻撃が全く効かないなんて…まるで実体がない幽霊みたいだな…


『……』


俺のその呟きにアゼルは何か思う事があったのか、さらに後方へ飛び去った。


鳥の群れと男性から距離を取り、地面に落ちているコンクリート片を握り、鳥達が群れている方向へ投げた。


男性は、アゼルの物を投げるモーションを見てすぐさま前進する足を止め防御の体制に入る。


「フニキッ!!」


その呼び掛けと同時に、男性の全身を白毛が覆う。


先程と同様、凄まじい威力で放たれるコンクリート片の投擲は、鳥達の炎の肉体を掻き消すのみならず周囲の建物にも影響を与えるほどの破壊力を発揮した。


投擲の影響で辺りに土煙が立ち込める。


それでも霧散した鳥達の肉体が復活していく様が、土煙の中で煌めく炎の輝きで見て取れた。


これも先程同様、男性には1ミリもダメージを与える事はできていないだろうが、数秒とはいえ向かってくる彼の動きを止める事に成功した。


だが、足止めをしてもこの状況の根本的な解決にはならない。


アゼル…何をする気なんだ?


「俺は大陸最強の魔導師と呼ばれる天才…異世界の未知の魔法体系だろうと破ってやろうじゃないか」


アゼルがそう呟くと、俺が見ていたアゼルの視界が大きく揺れる。


『…魔法解析(マジックアナライズ)…開始』


アゼルのその一声と同時に、視界の揺れは収まり、今度は夥しい量の文字列が、自身の眼が映し出す風景を侵食していった。


『…魔力性質、不明。…事象解析、物質の具現化、魂体の使役、精霊の使役。…術式内容、全容不明。術式を魂体の使役と仮定、再度術式解析。術式内容、一部判明。死霊魔法の現行術式との類似点を発見。術式を精霊の使役と仮定、再度術式解析。術式内容、全容不明。…魔力源、不明。神具に相当する構造物による影響大』


『…解析結果、不明。仮定、極級、極天奥義相当の死霊使役』


時間にして1秒も経たない間、俺の脳内は何語かもわからない文字列に埋め尽くされていた。


突然大量の情報を脳内に叩きつけられたかの様な感覚に陥り、俺の思考は止まった。


「フン…まあ、やってみる価値はあるな…」


アゼルのその声を聞き、意識を取り戻す。視界を埋め尽くしていた文字列はいつの間にか消えていた。


一体今のは何だったんだ…


俺は唖然としていると、気づけば鳥達の肉体も再生を終え元に戻っていた。


土煙が晴れ、先程の投擲での攻撃を一切受けていないであろう男性が槍を構えている姿が見える。


今にも突撃してきそうな男性に先んじて、アゼルは両手を構え何かを唱え始める。


「天から使わされる御使いよ、かの魂達を輪廻の理から外し、地上への束縛を与えよ。永劫の時間への旅路を持って、かの魂達は新たな血肉を得て生を受ける。【禁呪:輪廻転生】!!」


その詠唱と共にアゼルは両手を合わせる。


この詠唱の文言…確か初めて会った時のホーネックとの戦いでも使っていた。確か俺の身体に乗り移る際に…


そのその数秒の詠唱最中、男性はこちらに物凄い勢いで迫り来る。


だが鳥の群れは、アゼルの詠唱を終えると同時に動きを止めた。


「…なんだ?」


男性も違和感に気付き、群れの方に目を向ける。


数秒の硬直の後、火の鳥達は次々と姿を消していった。


その状況に俺と男性は驚く。だがアゼルだけは失っていた余裕の笑みを取り戻していた。


一体何をしたんだ…?


「フフフ…フハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


突然、アゼルは勝ち誇ったかのように高笑いし出した。


さっきまでの余裕の無さは完全に消えていた。


「まさかダメ元でやってみたが本当に成功するとはな!!」


そう言って高笑いを続けるアゼル。


俺はアゼルが何を行なったのかイマイチ理解できていなかった。


「…何をしたと言うんだ」


それは男性も同じようだった。戦闘中は詠唱以外終始無言の男性だったが、アゼルが何をしたのか問い掛けてきた。


アゼルは笑いすぎたのか涙を出しながらケラケラと笑いながら問い掛けに答える。


「ああ、教えてやるよ。先ず、俺の世界には『死霊魔法』っていう死者の魂を操る魔法がある。だがこの魔法は、魂の質が濃い人間や一部の魔獣の霊しか操れない。だから最初はその常識に囚われてあの鳥が霊体だとは思わなかった。こっちの世界では小動物の霊を使役する魔法があるんだなぁ。驚いたよ」


「だから一か八か【転生の禁呪】を使ってみたら、これが見事に効いてビビったよ。今頃お前のペットの鳥ちゃん達は、この地の地縛霊になってるだろうよ!!ま、最低でも100年経たないと転生できないらしいから、精々長生きするんだなぁ」


相手を煽るような口調で自信満々に説明するアゼル。形勢逆転して完全にいつもの調子に戻っていた。


「貴様…!!神話の時代より生きる神霊を、こんな土地に縛り付けるとは…!!」


アゼルの煽りに対してキレたのかは不明だが、常に無表情を努めていた男性が、初めて怒りの表情を見せた。


「へえ、あの鳥は『しんれい』って奴なのか。俺に攻撃する時に実体があるのも何か特別な仕掛けでもあるのか」


アゼルは、男性の怒りの返答に対して素直に納得したような反応をする。逆にそれが男性への怒りを買いそうだ。


さっきまでテンパっていたのに、調子の良い奴である。


だがこの戦闘時に余裕の態度を見せる事は、アゼルなりの戦闘スタイルのように思えた。


相手に実力の底を悟らせない、常に格上としてのプレッシャーを与える為のブラフにも見えた。


『…ソウマ、話がある』


さっきまでの余裕のある口調とは打って変わり、脳内のアゼルの口調は冷静だった。


俺はそれを聞きながら、アゼルと男性の会話を聞く。


「…なあ、あんた。そろそろ腹の探り合いは止めないか?」


初めにアゼルが話を持ちかけた。


「こんな互いに飛び道具で撃ち合っててもキリが無い」


そう言った後、


「殴り合おう」


アゼルのその言葉は俺にとって衝撃的だった。


もし接近戦に持ち込まれた場合、近距離で魔法を無効化できる槍を持つ男性側が有利どころか相手の勝利が確定する事は馬鹿でもわかる。


アゼルの奴、戦いを捨てたのか…?


「貴様…たかが『降霊魔術』を封じた程度で私と並んだつもりか?…それとも勝負を諦めたか」


男性も俺と同意見だったようだ。


だが同時に脳内でアゼルからとある作戦について聞く。


「さっきの技は『降霊魔術』って言うのか。やっぱりこの世界にも魔法の技術体系は存在するんだな。良いことを聞けたぜ」


そう言いながら男性に徐々に近づいていくアゼル。


男性もアゼルが本気な事を理解したのか、コートとスーツを脱ぎ、負傷した左肩をコートの布を破いて応急手当をした。


その後男性もアゼルの前まで近く。



『…今言った事、わかったか』


脳内でアゼルからそう聞かれる。


わかったけど…本当にこれで勝ち目があるのか?


俺はそう不安を漏らす。


『どちらにしろ、これ以外勝つ方法が思い付かない。お前には手伝ってもらうぞ』


…わかった。俺も腹を括るよ。


俺はそう言ってアゼルの戦いを静観する事にした。


アゼルと男性の距離は1mもなかった。互いに攻撃が当てれば一発で確殺できる距離だった。


互いが見つめ合う中、数秒の沈黙。


初めに動いたのは相手側だった。


槍を構え、こちらの心臓部を確実に刺すが如く槍を突き出した。


その突きの速さは、勢いだけならアゼルの無限倍威力の投擲にも負けていなかった。その一突きだけで男性が鍛え抜かれた戦士である事が一発で理解できた。


だがアゼルはその攻撃を身体の重心をズラす事でギリギリの所で躱した。なぜ躱せたのか、まぐれなのか、彼の長年の戦闘経験から身に付いた直感と動体視力なのかは不明である。


突いてきた槍は地面に突き刺さり、一時的に相手の動きが止まる。次はアゼルの番だった。


アゼルは躱した身体の体制から、そのまま相手の顔面へ拳を打ちつけた。勿論【力の禁呪】を発動した無限倍威力状態の拳で。


普通ならば相手は躱す。だが男性は躱さずその拳をモロに顔面で受け止めた。


アゼルは笑みを浮かべる。だが、彼の禁呪の力は発動する事はない。


「…統合術式展開。合計243件ノ術式ヲ統合。術式対消滅ヲ確認」


戦いの初めにも聞いたそんな呟きが聞こえた。わかっていた事だが、案の定アゼルの魔法は無効化された様だ。


【力の禁呪】が発動しなければアゼルのパンチは俺の肉体を持ちいた素人の拳だった。例え顔面にクリーンヒットしたとしても相手には大したダメージはない。


「…こんなものか」


男性のその言葉と同時に、俺の腹に強い衝撃が走る。


男性の右足が、俺の腹にめり込んでいた。


そのまま蹴り飛ばされ、数m先で倒れる。


アゼルは直ぐに立ち上がるも、この一発で意識が飛んでもおかしくなかった。


内臓を損傷したかもしれないが、そんな事は気にしていられない。


アゼルが立ち上がる間に、男性は地面から槍を抜き、こちらへ凄まじいスピードで急接近しその勢いに身を任せて槍を突いてきた。


「…ッ!!」


なんとかその突きをギリギリの所で躱したアゼル。が、急所を外しただけで突かれた槍先により横腹が大きく裂けた。


急いで後方へ飛び去る。


今度は追う事なく、男性はその場で槍を構え直した。


対する俺の横腹は、致命傷ではないもののかなり深く裂けている為か出血が酷かった。


アゼルは左手に傷口を強く抑えつける。


「…フンッ!!」


腹部を圧迫するように左手を押し付ける。数秒すると俺の横腹の傷は塞がっていた。筋力強化による応用で、止血をしたようだ。


「…さあ、まだまだこれからだぜ!」


そう言ってアゼルは瞬発力を強化し、猛スピードで男性の元に迫る。


男性も待ち構えるが如く槍を構える。


アゼルが近づくと、男性はアゼル目掛けて槍を突き出す。


だが、またしてもアゼルはその突きを躱す。


先程と同様に躱された槍が地面に突き刺さり、男性の身体に隙ができる。


透かさずアゼルは再度男性の顔面に拳を突き付けようとする。勿論先程同様に【力の禁呪】を使い拳に無限倍の威力を込める。


だがその拳は、男性の左手に包まれるように受け止められる。


「統合術式展開。合計243件ノ術式ヲ統合。術式対消滅ヲ確認」


さっきと同じように、その呟きと共にアゼルの魔法は発動する事はなかった。


右手を掴まれ逃げ場を失ったアゼルは、今度は左足で男性の腹を蹴り付けようとする。


蹴り付ける左足は当然【力の禁呪】を使っている。


だがその左足は男性の右足によって受け止められる。


「統合術式展開。合計243件ノ術式ヲ統合。術式対消滅ヲ確認」


男性が無限倍威力の蹴りで吹っ飛ぶどころか、受け止めた左足すらダメージを受けていない。


「…今度は私の番だ」


男性のその一言と同時に、俺の顔面に男性の右腕の拳が迫る。


さっきまで槍を握っていた筈なのに、この一瞬で手放し右腕を空けたと言うのか。


そのまま男性の拳は俺の顔面にクリティカルヒットする。口と鼻から物凄い血飛沫が飛ぶ。


白いシャツから見え隠れする男性のプロボクサー顔負けの筋肉の前に、スポーツもやっていない一介の高校生の顔面など無力に過ぎなかった。


そのまま殴られた勢いで吹っ飛ばされる。


俺の顔面は殴られた事により鼻は在らぬ方向へ曲がり、歯も数本抜けてしまった。


アゼルが身体を起こす気配はない。完全に意識を失っている。


男性は地面に突き刺さった槍を抜き、倒れている俺の前まで近づいてきた。


「中々の強者だったが、最後は呆気なかったな」


意識を失っている俺の身体の真上に槍を突き出し、男性はそのまま心臓を刺そうとしている。


アゼルの意識が目覚める気配はない。このままだと確実に目の前の男性に殺される。


だが、ここまではアゼルとの計画通りであった。


男性が槍を俺の身体に突き刺す前に、急いで俺の意識が肉体へ戻っていく。






 数十秒前のアゼルと僧間の脳内会話。


『…ソウマ、話がある』


どうしたんだよ。そんな神妙な面持ちで話しかけて来て。


『あの男を倒す方法を思いついた。だが、俺だけでは成功しない。力を貸して欲しい』


「…なあ、あんた。そろそろ腹の探り合いは止めないか?」


俺との脳内会話と並行してアゼルは男性にも話しかける。


力を貸すって…一体何をすれば良いんだ?


正直この場面で俺の出る幕はないと思った。


初めて会った日の戦闘と違い、もう既に俺はアゼルに肉体を貸している。これ以上協力できる事はないだろ。


『…先ずは俺の作戦について話そう』


「こんな互いに遠距離で撃ち合っててもキリが無い」


「殴り合おう」


ちょ!?何言ってんだお前!!!!


俺がそう問い詰めるもアゼルは淡々と語り始める。


『あの男の魔法を無効化する力…あれはどうにかしなければ勝ち目はない。だが馬鹿正直に接近しても普通に無効化されるだろう』


ああ。


『だが逆に接近する』


…は?


『思い出してみろ。最初に俺が破片を投擲した時は何か可笑しな毛皮で攻撃を防がれた。だが、2度目に投擲した時は肩を抉る事ができた。1度目と2度目に何の違いがある?』


そりゃ相手も魔法を連発して俺達の動きを封じていると思っていたところにいきなり反撃されて気が動転してたんじゃないか?


『それだ。奴は直前まで槍を使って広域攻撃魔法を連発して俺達の動きを止めていた。そこがヒントだと思っている』


…どういう意味だよ?


『…これはただの推測だが、相手は魔法を発動する際に、それ一個の工程に集中しなければいけないんだ。だから2度目の投擲の時は防御魔法なりを使わなかった。直前まで魔法を撃っていた事と突然の反撃で対応出来なかったんだ』


『魔法無効もこれが適用されると思う。本来、魔法無効は普通に魔法を発動するよりも難しい技術。術式を反転させると無意味な術式、反術式になり、それを同魔法の発動タイミングで起動する事はかなり手間がいる』


『奴はそれを槍の力で可能にしているだろうが、脳内への処理の負荷はかなりの物だろう』


『眼鏡との戦いでもそうだったが、あいつが魔法を無効化すると必ず何か呟くだろ。あれが心の声なのか本当に呟いているのかは定かではないが、それだけ集中しなければ一々無効化出来ないんだ』


『だが、確証はない。今からそれを確かめる為に俺は奴に接近戦を仕掛ける。俺の想定通りなら俺の【力の禁呪】を無効化する事に手一杯で、あの男は他の魔法攻撃をしないで素手での攻撃で応戦する筈だ』


けど、仮に無効化で手一杯だったとしても武器を持ってるあっちの方が有利じゃないか。結局魔法が無効化されるのだからこっちの攻撃力は皆無だし。


『ああ。だから相手の油断を突く。具体的には俺は奴と殴り合って本当に負ける。俺が気絶して相手が油断し止めを刺そうとして来た所でお前が意識を変われ』


は!?そんな状況で変わっても俺が死ぬだけだろ!!!!


『俺の意識が飛ぶ直前に左手を禁呪の力で強化する。俺とお前が意識を完全に入れ替われば、それ以降は俺が魔法で身体を強化する事はできない。最後の一発だ。それが外れれば俺達は死ぬ』


ええ…そんな大役俺に任せないで欲しいんだけど…しかも失敗したら死ぬなんて…


…もっと別の案はないのか?俺には荷が重すぎる。


俺はそう言って弱音を吐くも、アゼルは特に何も言って来ない。


ただアゼルから「お前なら出来る」という信頼の期待の感情が伝わってくるのみだった。


なんで俺なんかに頼っているんだよ…


クソッ…最強の魔術師なんだろ…お前…



……


………


…………



だが、ここでやらなければ俺はあの男性に殺される。とてつもなく怖いが、一度は幻覚で死を体験した俺だ。


…殺される瞬間に拳を一発当ててやるぐらい出来る筈だ!!


……多分。


そう言って俺は自分自身を鼓舞した。



『…今言った事、わかったか』


わかったけど…本当にこれで勝ち目があるのか?


それにお前が気絶するって言ったって相手は槍を使ってくるんだ。致命傷を交わしながら本当に殴り合いに持ち込めるのか?


俺はそう不安を漏らす。


『どちらにしろ、これ以外勝つ方法が思い付かない。お前には手伝ってもらうぞ』


わかった。俺も腹を括るよ。


『フッ…頼んだぞ、ソウマ』








 「ッ!!!!」


アゼルと意識が完全に入れ替わり、俺の意識が五体の感覚へと繋がれていく。


目の前には男性が槍を突き刺そうとする光景が広がる。


男性が槍を突き刺して来た瞬間、俺は寝そべったまま横へと転がり込んで槍の突きを躱す。


背中に槍先が少し刺さったが、気にせずそのまま立ち上がった。


本来なら意識が入れ替わると同時に身体から激しい痛みが襲ってくる筈だった。


だが覚醒して数秒、俺の感覚気管はまだ痛覚を認識する事を忘れていた。俺が意識を入れ替わると同時に身体を動かす事で一瞬だけでも痛みを感じる事を忘れることができた。


立ち上がった俺は、そのまま左手を突き出す。


「なっ…!!!!」


俺は左手を男性に当てる事だけを考えていたがその認識は違った。


相手に向けるだけで良かったのだ。


超至近距離からの無限倍威力に強化された左手の一撃は、その衝撃だけで相手の男性を倒すのに十分な威力だったからだ。


凄まじい衝撃音と共に、男性は物凄い勢いで吹っ飛ばされる。


男性はそのまま広場に隣接する店のガラスを割り、店内の奥まで吹っ飛ばされて行った。


俺はそれを呆然と見つめる。


…勝った。


そう思うと同時に五体全てが激痛に襲われる。


「…ッ!!!!いっへぇええええええええええええ!!!!!!!!」


あまりの痛みから悲鳴を上げる。


鼻をへし折られ、歯も抜けている為か上手く口が動かない。


数分近く痛みに悶える。


だが、まだ戦いは終わっていなかった。


「…ハァ…ハァ。あの槍を…奪わないと」


仮に男性が生きていた場合、あの槍でもう一度攻撃されたら今度こそ勝ち目がなくなる。


このままこの場を後にして次再戦した場合、もう今行った手は通用しないだろう。だからここで確実に槍を奪って破壊しておかなければならない。


とアゼルから強く言われている。


俺はなんとか身体を起こし、男性が飛んで行った方向に歩き出す。


足や腕を引きずりながらなんとか一歩一歩進んでいく。


顔面はグシャグシャ、脇腹と背中には槍での刺し傷、腕や肩は鳥の群れにつままれて生傷が絶えない。腹もモロに蹴りを入れられて胃の中身が今にも逆流してきそうだった。


だが今は耐えるしかない。


なんとか破壊された店の前までたどり着く。


幸いと店のすぐ側に槍は置かれていた。


これを奪って…取り敢えず逃げないと…それでアゼルが目覚めたら後でこれを破壊してもらおう…


そう思い、両手で槍を持ち上げるも、


「…ぐッ!!!!…なんちゅう重さだッ!!!!」


槍は俺が両手で持ち上げようとしても数cmほどしか持ち上がらなかった。


俺が全身傷だらけで疲労困憊な事も関係しているだろうが、それでもバーベル何個分だよ…と思うほどに槍は重かった。


これを軽々と扱っていたあの男性はやはりかなりの達人だったのだろう。何のかはわからんが。


仕方なく俺は、一度持ち上げた槍を降ろした後、地面に着いた槍を引きずって運ぶ事にした。


だがそれでもかなり時間が掛かる。


ここまで激しい戦闘だ…もう誰かが警察に通報を入れているかもしれない。


もうこのまま警察に身柄を確保をされた方が良いかもしれない。この身体じゃもうすぐ動けなくなる。この状況なら警察も何が起きたのか理解できないだろうし、俺も被害者として保護されるかもしれない。


『ソウマ!!!!後ろだ!!!!』


脳内から響き渡るその声と共に、俺は激しい衝撃を頭頂部に感じ、意識を失った。






 砂利ヶ前駅前ビナワーク広場。たった数分の戦いで辺り一体は戦闘機の爆撃にでも遭ったかの如く凄惨な光景だった。


今、1人の男が半壊された店から姿を表し、自身が法皇から授かった槍を持ち去ろうとする少年の頭部を殴り飛ばした。


少年の体はそのまま倒れ、動かなくなってしまった。


男の身体はボロボロだった。


だが、あの攻撃を生身で喰らってまだ五体満足で生還している人間は、この男セルジオ•ヴォーティガス以外この世界に存在しないだろう。


「…内臓損傷重度…右腕、左脚骨折…肋骨…も何本かいったか…」


セルジオは自身の体の被害状況を確かめる。


立つことすら出来ない傷を受けておきながら、未だセルジオはそこに立っていた。正に現代の人外である。


セルジオには使命がある。それは己が仕える信仰からの使命。世界の平穏と神秘の隠匿だ。その為に、かの少年を確実に殺さなければいけなかった。


「この男…ここまでの力を野放しにする事は出来ない…ここで抹消せねば…」


心に誓った信念の為に、セルジオは足を動かす。


先ずは槍を探さなければ…


そう思い周囲を見回す。


『智慧の槍』は万能だ。「世界の神秘」を全て記憶しているとされるかの槍は、神代の魔術を扱えるだけでなく使用者の身体を完全回復させる機能も備わっていた。


だがその機能を使う場合、他の機能は一時的にオフにしなければならない。故に戦闘中に使う事はない。


だが今は生死の危機。幸いと十数歩先に槍は落ちていた。先程少年を殴って倒れた衝撃で槍が少し飛んでしまい距離ができてしまった。


取りに行こうと足を進ませるも歩く事すら今のセルジオにとって一苦労だ。


相手が戦闘不能な事を確認するために少年が倒れている方を見る。


少年は脳震盪を起こして確実に意識が飛んでいる。そう思っていた。


だが、少年の身体はむくりと起き上がる。


「…ッ!!!!」


セルジオは驚く。それもそのはず、セルジオには少年に2つの魂が混在している事は理解できても、2つの魂が自立して同時に存在している事には気づけなかった。


少年の魂の他にアゼル•バイジャンという異世界人の魂が存在する事をわかっていなかった。


その為、相手が意識を失って油断したところを突かれ、このような事態を招いてしまった。


セルジオの『交信魔術』はただ異世界人との会話を円滑にするためではない。


相手の思考を読み、そこから繰り出される攻撃を予測、事前に『解析』を行い瞬時にその技術を無効化する。


だが、今回の相手は全く心を読む事が出来なかった。それはセルジオが1つの魂に対しての交信技術しか持ち合わせていなかったからである。


交信魔術にはデメリットも存在する。それは自身の思考もある程度相手に読まれるということである。セルジオはその欠点を魔法発動での処理以外で脳内を空っぽにするという荒業で克服したが、今回はその欠点がアゼル•バイジャンに勝機を見出してしまった。


「…お前、まだ動けるのか。つくづく化け物だな」


少年はそう言いながらこちらに振り向く。


上半身全裸の少年の身体は、至る所が傷だらけであちらも常人なら立っている事がやっとなコンディションだった。


「お互い、もう動ける体じゃないんだ。どうだ?ここは最後に一発だけで勝負と行かないか?」


そう言って少年は左腕を突き出してくる。


セルジオも唯一動く左腕を握り拳を作り構える。


本来ならばそんな提案は無視して早急に槍を回収する事が得策だが、彼は最早十歩程度の距離でも走れるような身体ではなかった。


仮に槍を取りに向かった場合、目の前にいる少年に背後を見せる事となる。


普段なら背後を取られたとしても遅れを取らない自信があるセルジオだが、この怪我でそれは叶わない。


逆に正面勝負に持ち込めた方が彼には勝機があると言えるだろう。


不本意だがこの提案に乗るしかなかった。


先程と同様にお互いギリギリの距離まで近づく。


互いの距離が1mを切った時、2人はその場に立ち尽くす。


数十秒の沈黙。互いに少しでもと身体を休めていた。


初めにアゼル•バイジャンが左手を構え出した。


続きセルジオも唯一動く左腕を構える。


殴り合いの勝敗は明確だった。腕のリーチが長く、鍛えられた肉体を持つセルジオの圧倒的有利であった。


だがアゼル•バイジャンは余裕の笑みを崩さない。


何かを隠しているのは明確だった。


セルジオは槍を介してでしか魔法が使えないが、彼には使える。


それを理解した瞬間、セルジオは拳を振り上げる。


先手必勝。相手が拳を打ってくる前に顔面に当てて少年の頭蓋を砕く。


たとえ片手だけでもそれを可能にする強靭な肉体と技がセルジオにはあった。


遅れてアゼル•バイジャンも拳を突き出す。


だがもう遅い。コンマ1秒も経たずにセルジオの拳がアゼルの顔面にヒットしようとしていた。


「フッ…」


アゼルのその笑いと共にセルジオは、脳天に直撃するレベルの激しい痛みを右足に覚える。


何事かと下を見ると彼の左足が、セルジオの膝蓋骨を蹴っていた。


ただの蹴りではない。アゼルは最後の力を振り絞り【力の禁呪】で威力を数十倍に強化した蹴りだ。


「アッ…!!!!き、さま…!!!!」


膝蓋骨、つまり足の皿がアゼルの蹴りにより粉砕された事により、セルジオのなんとか耐えていた全身の痛みが限界を迎える。


初めからアゼルは殴り合いをする気なんてなかった。


普段なら騙される筈のないセルジオだが、ここまでの戦いでの傷で正常な判断など出来る筈もなかった。


セルジオは意識を失い、その場に倒れる。


アゼル•バイジャンは最後まで余裕の笑みを崩さず


「全く…俺にこんな手まで使わせやがって…屈辱的な勝利だぜ…」


そう言って彼はその場にへたり込んだ。


こうして、各世界最強同士の戦いに幕を閉じた。





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