プロローグ:異世界の扉
異世界『メルヴェルト』。
そこで繁栄の限りを尽くす神聖ラモウ帝国では、ある噂が広がっていた。
帝国の僻地。かつて『腐食の洞窟』と呼ばれていた洞窟に、異世界へと繋がる扉があるという噂だ。
その噂は主に冒険者ギルド内で瞬く間に広がり、他国にまで広がる頃には「異世界には最上の魔法が存在する」という尾ひれまで付き始めていた。
『最上の魔法』。それは魔導師達における魔導の到達点。全ての事象を思いままに操作する事ができる神の御業だ。
その噂を聞きつけたはぐれ魔導師、冒険者達は次々と帝国へ赴いた。
ある者は魔導の頂点を目指す為、ある者は『最上の魔法』を入手し莫大な富を得ようとする者。
そんな者達が洞窟の扉を開き何処かへ消えて行き、それ以来帰ってこないという事象が相次いだ。
帝国の騎士団も調査の為に派遣され、扉の向こうへ消えて行ったが、未だ生還した者はいない。
そんな中、1人の魔導師がその扉に挑戦しようとしていた。
彼の名はアゼル•バイジャン•ホーエンハイム。
かつては「魔導院の始まって以来の天才」と言われるほどの人物だったが、魔法規定を破り魔導院を破門。
その後は傭兵として各地の戦争を転々とし、今は海上貿易で近年勢力を伸ばす新興国コペパの雇われ宮廷魔導師の地位に付く。
傭兵時代の彼は地割れを起こすほどの魔法行使により戦場を蹂躙していった。
一時期は「アゼルが付くか付かないかで戦の勝敗が決まる」と言われるほどたった1人で圧倒的な力を振るった。
そんな彼の噂は大陸を越えるほどまで響き渡り、いつしか『大陸最強の魔導師』として恐れられるようになっていた。
そして今、彼は異世界へ続くとされる扉の前に立っていた。
初めは雇い先の国王からの依頼だった。
「近頃『異世界の扉』なる話が巷で話題になっている。眉唾かもしれぬがこれを調査し、もし有益なものがあれば持ち帰って来て欲しい」と。
だが、扉の調査は彼の本意でもあった。
『最上の魔法』
それを修得する事は魔導師誰しもの悲願であった。
禁忌の魔法さえ修得した彼にとって、魔導を極める道はこの世界に今現在存在しなかった。
そんな折、最上の魔法があるとされる異世界の存在を知り、赴かずにはいられなかった。
未だ扉を開けた者は誰一人として帰還してこないが、彼には生還してくるビジョンしか思い浮かばなかった。
『大陸最強の魔導師』と謳われているからか、禁忌の魔法を修得しているからか、彼の人生に今まで一つも不可能などなかった。
例えこの先にどんな困難が待っていても、俺には関係ない。
アゼルはそう思いながらニヤリと口元を緩める。
扉に両手をかざし、扉に掘られている古代文字を読む。そうする事で扉が開くと事前に聞いていた。
「ヒラケゴマ!!」
どういった意味かはわからないが、その声と共に扉が開かれる。
薄暗い洞窟は、扉の先から放たれる光によって一面が照らされる。
彼は躊躇いもせず、光の先に足を踏み入れる。
自信に満ち溢れながら、彼は光の中へ消えて行った。