三、出合い
全く気づかなかった。
いつから鉄格子の前にいたのだろうか。
この一週間で、こんなことは一度もなかった。この施設は、見たところほとんど鉄でできている。だから、足音は響く。
寝ていれば、気づかないこともある。
だが、今は起きている。それなのに気づかなかった。
異常だ。
そして、異常といえば、目の前の人の格好。この施設では、すべての人が白衣を着ていた。
だが、目の前の人はローブを羽織っている。おそらくこの施設の人ではない。体格や身長から見て、おそらく男。
髪は灰色で顔は見えない。
仮面を付けているのだ。
そして、ローブから鞘が見えることから、帯刀していることがわかる。
目が合った。
この施設はオーパーツ部屋以外の場所の光源が少ない。そのため、仮面で唯一隠れていない目を見るが、どういう目をしているのか分からない。
三秒ぐらいたってからだろうか。
ローブの男は何かを話し始めた。
「イランカラプテハイサイハイタイネィホウアヌョンハセヨサワディーカ〜サワディックラッスラマップタンマガンダンパポン……」
もちろん、何を言っているのか分からない。
「アッサライムアライクムノモシュカールナマスカールワナッカムクズザンポーラ……」
ふぁ〜あわん
欠伸が出た。眠い。
しばらくして、ハヤテが睡魔に負けそうになったとき、
「ガマルジョパメルバババラームブリブェットヤーサスこんにちはヤスーズド……」
『こんにちは』
確かにそう聞こえた。
驚いて顔を上げると、
「お、日本語は話せる?」
ハヤテが顔を上げたことに気づくと、ローブの男はそう言った。
「もしかして、日本人?」
もう、僅かしかない期待を胸に、ハヤテは聞いてみる。
「いや、日本人ではない。それよりも、助けにきた。逃げろ。」
そう言いながら、ローブの男は右手を前に翳す。すると、鉄格子とハヤテを拘束していた鎖が一瞬だけ霞んで見えた。
かと思うと、消えた。
「魔法……」
思わず呟く。
ハヤテも、健全な中学生なのだ。当然、魔法への憧れがある。
しばらく感慨にひたっていると、ローブの男が歩き始めていることに気がついた。
「あの、」
とりあえず声を掛ける。逃げろ、と言われても、ハヤテは出口の場所を知らない。
「ん?あぁ、そうか。道が分からないのか。」
ハヤテは頷く。
「この通路を真っ直ぐいって、突き当たりのところを左だ。扉の鍵は開けてあるから安心しろ。外に出たらここからできるだけ距離をとれ、何があっても走り続けろよ。」
「ありがとうございます!」
そう言うと、ハヤテ走り出した。
このとき、ハヤテはなぜローブの男がハヤテとは別の道に行ったのか、疑問に思わなかった。
生きるのに、必死だったから。