支援ユニットの正体
「その辺、座って。荷物は足元にでも」
「失礼します」
荷物を置いて座らせると、思った以上に小さいことに気付く。華奢な手足に、端正な顔立ちも相まって、幼い印象さえ抱いてしまう。
「エアさん、何か飲む?」
「いえ、本機は自律式戦闘ユニットのため飲食は不要です。それよりも充電させて頂いても?」
ソファーにちょこんと座りながら返答する。
――飲み物よりもスマフォの充電か……ちょっと安心したかも。
「どうぞ」
奇抜な恰好をしているし、発言にはいちいち通訳を挟まなければならないものの、中身は年頃の女の子らしい。そのことに少し安堵しつつ、近くのコンセントを指し示す。
「感謝を」
エアは言いながら、背中から生えていた電源プラグを取り出し、掃除機みたいにずるずるとコードを伸ばし始めた。そうして静かにコンセントに差し込む。
ポロン、という充電開始音が部屋に響いた。
「いや、そっちかーい!?」
エアは、え、なに? とばかりに首を傾げる。
「あ、違うか、ごめん、ヘッドフォンね……ちょっとびっくりしちゃって」
頭にかぶった近未来的なヘッドフォンが光り始めたので一安心する。服の後ろからケーブルを通しているのだろうが、まるでエア本人に給電しているように見えた。
「申し訳ありません、本機は電力消費が激しいため、有事に備えて常に電力を確保したく」
「……いや、いいけど。エアさんの設定って結構、細かいんだね」
「はい、マスターの趣向に合わせて細やかな設定を可能とするのが統合戦闘支援ユニット<エアバニ>シリーズのコンセプトですから」
「えーっと、つまり、君のそれはオリジナルキャラってことでいい?」
「はい、エアバニシリーズは、マスター毎に設定調整を行います。それに本機は量産前の試作機ですから、現時点では原典にして唯一無二な存在といえるかもしれません」
「確かに面白いな試みだけど、可能なら普通にして欲しいかな」
何言ってるの? とばかり首を傾げられる。
ここまで徹底されていると感心してしまう勇吾だが、流石にずっとこのキャラで通されるのはきつい。
「坂木さんからは、新しく支援ユニットをもらえるって話しか聞いていなくてさ。詳細までは教えてもらっていないんだ。悪いんだけど色々教えてもらえる?」
「承知しました。本機はマスターを始めとする、勇者候補者の戦闘指揮を支援すべく開発された<エアバニ>シリーズの試作機です。現時点における最有力候補であるマスターをケアするべく、派遣されました」
「……勇者? ああ、テストプレイヤーことね。どっちかというと魔王の手先だけど……えっと、つまり、テストを頑張ってくれているから、そのサポートに来てくれた、で合ってるかな?」
「ハッ、戦闘支援のみならず、私生活――具体的には、料理の用意、配膳、洗い物、下の世話までも支援可能です」
「それは大丈夫です」
きっぱりと断りを入れれば、エアは不満げに眉を寄せる。
「そんな顔されても……こっちは一応、大人だし」
どう見ても未成年の女の子であるエアに、日常生活のお世話をさせるなんてありえない。あまりにも外聞が悪すぎるというか事案である。
「……分かりました。マスターの信頼が得られるまでは作戦指揮の支援に徹します」
「うん、永遠にそうして。ところでエアさん、<メビウス>については、どこまで進んでる? 階級は?」
「准尉です」
「ああ、なるほど……ようやく話が見えてきた」
つまり、これは<支援ユニットの配布>という名の新人教育任務なのだろう。
<妖精殺しのメビウス>ではレベルの代わりに階級というパラメータがあり、ミッションクリアで得られる評価ポイントが一定値を超えると昇進することができる。
昇進すると購入できるユニットや装備の種類が増えたり、受けられるミッションが増えたり、はたまた同時に指揮できるユニット数の上限値まで上がっていく。
エアの階級<准尉>はゲーム開始時の初期値であり、このゲームを始めたばかりの初心者というわけだ。
最古参のテストプレイヤーである勇吾の階級は<大佐>だ。これは百人からなるテストプレイヤーの中でも最高位で、この階級に到達しているプレイヤーはわずか五人。ソロプレイヤーでは勇吾だけとなる。
これは不人気な支援系ミッションを積極的に請け負ってくれる、貴重な存在として開発本部から評価されているためだった。
勇吾は毎月のように何らかの勲章をもらっており、評価ポイントに下駄を履かせてもらっているのだ。
本部の思惑としては、勇吾のプレイスタイルを新人テストプレイヤーに学ばせることで、何かと未消化になりがちな支援系ミッションを減らしていきたいのだろう。
アルバイトを始めてから一年が経過し、勇吾もこのゲームにも慣れてきた。支援系プレイヤーでは抜群の成績を誇る存在だ。つまり、そろそろバイトリーダー的な仕事もして欲しい、そういう役割を求められている時期に来た、ということなのだろう。
「マスター。私は既に士官教育カリキュラムを修了しており、またマスターの指揮について学習を済ませています。すぐに実戦投入されてもお役に立てると思います」
エアが拳を作って意気込みを語る。クールキャラの設定を崩しかねない熱のこもった発言だ。早速、設定がブレていて笑いそうになる。
こうしていると年相応の女の子に見えて、非常に微笑ましい。電波キャラも許してあげたくなってくるから不思議だった。
「うん、期待してるね」
勇吾は、エアにそう答えると、にこやかに笑いかけた。
一方、開発本部の対応には不満を覚えていた。
――後で、坂木さんには文句を言わなきゃな……。
新人を任せたいのなら、最初からそう言えばよかったのだ。仕事だから断るなんてことはしなかった。レアユニットの配布なんて偽るからこんな面倒なことになる。
――こんなの、エアさんが可愛そうじゃないか。
エアは明らかに十代の女の子だ。もしかしたらゲーム専門学校の生徒さんか何かなのかもしれない。ゲーム会社への就職のために、テストアルバイトに参加するというのはよく聞く話である。
このバイトに対する意気込みは並々ならぬものがあるのだろう。部屋の前で三〇分放置されても文句ひとつ言わず、そればかりか初対面の相手に、自前のキャラ設定を崩してまでやる気をアピールするくらいだから、相当なものである。
もしも勇吾がやる気を失い、当てつけにテキトーな仕事をすればどうなるだろう。被害を受けるのは馬鹿な真似をした運営でも、仕事をサボった勇吾でもなく、この前途有望な少女なのだ。
――まあ、坂木さんのことだから、この辺の俺の機微も、全部織り込み済みな気がしないでもないけど。
現に、勇吾はエアに対して少し罪悪感を抱いていた。いくらエアのファーストコンタクトがひどかったとはいえ、ろくに話を聞いてやらなかったのはよくなかった。少なくとも多感な十代の女の子にしていい行為じゃなかったと反省している。
「よし、それじゃあ早速だけどゲームを始めようか」
「ハッ、準備は出来ています。どうぞご命令を」
敬礼をするエアに、勇吾は小さく笑顔を見せる。
この借りは、彼女が少しでもいい成績を残せるよう、サポートすることで返そうと思った。
*
『マスター、申し訳ありません。二匹ほど警戒ラインを抜けました』
「オッケー、処理しとく」
マップに共有された敵の位置情報を元に、輸送部隊から戦力を抽出し、迎撃地点へと向かわせる。
〈オウルナイト〉で敵を捕捉しつつ、誘導する。機動力の高い空戦ユニットなため、距離を保って逃げに徹すれば早々落とされることはない。
その間に<ヘッジホッグ>を展開する。準備完了。射撃姿勢を取る。
ゴブリンが、催涙性のある煙幕から逃れるように開けた場所に出てくる。
#ヘッジホッグ3に攻撃を指示
次の瞬間、ゴブリンが倒れる。5.56ミリの弾丸で脚部を貫かれたのだ。転がりながら木の陰に隠れたため、四〇ミリグレネード弾で追い打ちをかける。尻尾部分に括りつけられた5.56ミリ自動小銃にはグレネードランチャーを装着することが可能だった。
『やめろおおぉぉおおぉぉ――ッ!』
別ルートから回り込んだゴブリンが山刀片手に襲い掛かってくる。ヘッジホッグは背中を丸めて防御姿勢を取った。
打撃、同時に反応装甲が爆発を起こす。
閃光と衝撃、ゴブリンがたたらを踏む。その間に、ヘッジホッグは爆発の勢いを利用して地面を転がり、距離を取った。
#ヘッジホッグ3に攻撃を指示
銃撃は避けられるが、射線を使えば誘導することは出来る。物陰に隠れたところでグレネードを放り込み、手傷を負わせる。
近づかれれば背を丸め、防御を固めさせてから距離を取る。
『くそ、ちょこまかと――』
ゴブリンは苛立ったようにヘッジホッグを追いかけ――
#ヘッジホッグ4に攻撃を指示
背後から忍び寄っていたヘッジホッグによって頭部を貫かれる。
迎撃完了。こういった少数の敵に対しては、高い防御力と攻撃力を兼ね備えたこのユニットで対応するのが楽だったりする。
勇吾は護衛部隊の位置を戻し、輸送部隊の移動を再開させる。
その後、敵部隊からの襲撃はなく、ミッションは順調に進んでいった。
*
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#第三基地に荷物を運んで
輸送量30トン
到着率100%
戦果
ゴブリン33匹殺害
ゴブリンシャーマン1匹殺害
被害
なし
最終評価 S
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#輸送路15号線の警備
戦果
捕捉数34匹
ゴブリン33匹殺害
ゴブリンシャーマン1匹殺害
被害
猟犬1機大破
猟犬2機中破
梟3機大破
最終評価 A
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「ふう、お疲れ様」
リザルト画面を確認し、勇吾はVRゴーグルを取り外す。
「お疲れさまでした。マスター、本機の動きはいかがだったでしょうか?」
ゲーミングチェアに姿勢よく腰かけていたエアが尋ねてくる。
「うん、完璧。言う事なし」
勇吾が答えると、エアは小さく微笑んだ。
ささやかな感情表現。しかし、勇吾にはそれが、まるで固く閉じられていた蕾が美しく花開いたように思えた。
――美人って得だなぁ。
勇吾は目頭を押さえる。中身の電波っぷり――趣味が高じてオリキャラを作って、そのコスプレをしてしまうレベル――を知っているだけに、複雑な気分だった。
いや、彼女の趣味を馬鹿にしているわけじゃなく、内心できちんとした距離を保とうと思っている相手に、ちょっと笑いかけられただけで、ときめいてしまった自分が情けなかったのである。思春期の男子高校生でもあるまいし、そんな多感さは必要ない。
気を取り直して、エアと向き合う。
――これは、ある意味、難しいなぁ……。
新人教育と意気込んでみたはいいものの、正直、困ってしまっていた。
エアに教えられることがほとんどなかったのだ。士官教育カリキュラム――恐らくバイト開始前の事前講習みたいなやつ――の成果か、エアのゲーム知識はかなり豊富だった。マニュアルの隅っこにしか記載されていないような細かい仕様さえ把握しおり、何なら勇吾よりも詳しいくらいだった。
また、勇吾を始めとする先輩プレイヤーたちの攻略ノウハウも学んでいるようで、部隊編成や部隊指揮も手堅く隙が無かった。戦闘時の操作も慣れたもので、各ユニットへの指示出しだけなら勇吾よりも速いくらいだった。
――あれ、むしろ俺よりも上手くない。
特筆すべきはその慎重さだ。戦果を挙げてやろうと果敢に攻め上がったり、不用意に部隊を動かしたり、そういった初心者特有の危うさが一切なかった。
現に、先ほどのミッションでも、防衛ラインの維持に固執せず、あえて一部を抜けさせて勇吾に処理させるなんて柔軟さも見せてくれた。
いくつかミッションを一緒に受けてみたが、古参プレイヤーと組んでいるような錯覚に襲われるくらいの立ち回りだった。テストバイト初期から居るトッププレイヤーと比べてもまるでそん色がない。
同じ兵数で戦えば十中八九、勇吾が負けるだろう。
知識、ユニット操作、戦術眼、どれを取っても超一流なのだ。
特に状況判断能力が抜きんでている。
エアの動きにはミスがない。厳しいと思えば部隊を下げることは誰でもできる。しかし、撤退すべきかの判断を誤れば、下げることさえできない。
彼女はその判断を間違えない。彼我の戦力を正確に把握し、何ならまだ見えていない敵戦力まで正確に予測した上で、作戦を立ててくる。それは予測というよりも、もはや予知に近いレベルだ。
更に判断も素早い。まるで将棋のコンピュータを相手にしているようにタイムラグなしに次の一手を打ってくる。
おかげで教導ミッションというより、共同ミッションという感じで進んでしまった。むしろ盛大に楽させてもらった感じ。輸送部隊の指揮から護衛、戦闘、周囲の索敵まで全てをこなさなければならなかったソロプレイよりも大幅に負担が軽減している。
「エアさんって、この手の戦略ゲー、かなりやり込んでる?」
「はい。むしろ本機はこのために開発されましたから」
「ああ、やっぱりか」
この手の立ち回りの巧さは、知識よりも経験が物を言う。<メビウス>は初めてでも、戦略ゲーム自体は沢山あるわけで、それをやり込んでいる上級プレイヤーなら当然、応用くらい幾らでも利くのだろう。
このバイトを始めるまで格ゲーやロボゲ―ばかりやっていた勇吾よりも、立ち回りが上手いのも納得である。
――そういえば、ゲームクリエーター志望なんだから、上手いのもある意味、当然か……。
ゲームクリエーターを目指すくらいだから、相当なゲーム好きであるはずだ。ミリタリー系のオリキャラコスプレを楽しむレベルの人だから、FPSだの戦略ゲーだのはお手の物に違いない。
――いや、初プレイでこれとか、そんなレベルじゃないよな。どこかのゲームで活躍していたプロゲーマだったとか?
そう考えると色々と腑に落ちるのだ。
帰る場所がない、という発言は、これまで生計を立ててきたゲームのサービスを終了してしまった、とかだろう。そこで坂木氏がスカウトしてテストバイトに参加させたのだ。
きっと<エアバニCⅢ>という前ゲームでのプレイヤー名で、このコスプレだって前ゲームの使用していたキャラクターなのかもしれない。
抑揚を控えた喋り方もキャラ作りの一環。実力主義のeスポーツの世界とはいえ、人気商売には違いない。ファンが多ければスポンサーだって付きやすいだろう。
「ごめん、エアさん。正直、君のこと侮っていた」
「本機の性能をご信頼頂けたようで幸いです」
エアはカクンとロボットめいた動きで首肯する。
年下であること、女の子であること、何より強烈なキャラクター性に騙されてしまったが、他の戦略ゲームから移籍してきたトッププレイヤーならこの実力も納得である。eスポーツの世界では十代のプロゲーマ―も珍しくない。
天性の勘の良さに、正確なユニット操作、他ゲームで鍛えてきた立ち回りの巧さ、慣れれば自分なんて軽々と超えていく傑物だった。
相当な資金を投入して開発されている<妖精殺しのメビウス>だから、リリース後は賞金付きの大会なども開催されるだろう。
エアはその参加者となるわけだ。テスト段階から参加することができればスタートダッシュも決めやすいだろう。現に、テストプレイヤーの中にはプロ志望の奴もいた。
――なら、最初からそう言ってくれよな。
坂木の言った『支援ユニット』とはむしろ、勇吾のことなのだろう。未来のトッププレイヤーであるエアに今必要なのは経験だ。
それをスムーズに獲得させるために宛がわれたのが、勇吾なのである。
何となく分かる気がする。
エアはいずれこの世界の中心人物になる。これだけの美少女だ。実力まで兼ね備えているとなれば人気が出ないはずがない。
もしもプロ志望のテストメンバーを教育係に宛がえば、出る杭とばかりに打たれまくるに違いない。
その点、勇吾なら安心である。単なるゲーム好きの元会社員だ。実力もそこそこあり、経験もあるので色々と知識も溜め込んでいる。
何より人と争うのが嫌いな平和主義者である。競争の激しい戦闘系ミッションを避け、過疎っている輸送や警備なんて不人気ミッションばかりを受けるような男だった。
――未来の人気プロゲーマーの師匠とか、胸熱すぎる。
出る杭を打つなんてとんでもない。根っこの周りに、アンプル型の緑の栄養剤をプスプスと差して回るが如く、全力で支援するつもりだった。
「エアさん、短い間だけどこれからよろしくね」
勇吾はそう言って右手を差し出す。
「はい、マスター。ですが、可能な限り末永くよろしくお願いいたします」
エアは平坦な口調で、しかし、ゆっくりとした動きで手を握ってくれた。おっかなびっくりといった感じで返された好意が何となく面はゆい。
その日から勇吾は、全力でエアの教育プランを練り始めるのだった。