パレード
「おはようございます、マスター」
薄暗い寝室、エアがベッドの反対側からこちらを覗き込んでいる。
綺麗な顔だな、ぼんやりとした意識の中でそんな感想を抱く。
二人で使う、一つのベッド。
寝起きに見ても驚かなくなったのはいつだったろうか。
エアの美貌を見て、驚きよりも先に安心感を覚えるようになったのは、いつからだったろうか。
「ごめん、手、疲れたでしょ?」
手は繋がったままだった。
「いえ、本機は戦闘用アンドロイドです。この程度で消耗するような、やわな構造ではありません」
確かに――時々忘れそうになるが――エアは疲労とは無縁の存在だ。一晩中、手を握っていたところで何も問題はないはずだった。
「うん、でもありがとう。おかげで落ち着いた」
それでも嬉しかったから、お礼を言う。
「そうやって、マスターは、感情パラメータをかき乱すのですね」
エアは少し頬を染める。
いい加減、恥ずかしくなって手を離した。
「改めて、おはよう、エアさん」
「おはようございます、マスター。準備、手伝います」
エアもまた起き上がる。
勇吾は寝間着を脱ぎ、戦闘衣装に身に着けていく。鎧下を纏い、白銀の鎧で外周を覆っていく。
勇者である勇吾には、王国から装備一式が贈られている。鎧下に甲冑、兜、大盾に鎚。いずも強力な加護の宿った国宝級の逸品だ。それを勇吾の体格に合わせて調整してもらっている。
普段の勇者召喚であれば、勇吾の戦闘方法が固まった後で、王国随一の職人たちが最高の素材と時間をかけてオーダメイドしてくれるそうだ。
百年に一度は勇者召喚と魔王討伐を繰り返す、ミズガルズ王国だけあって、この辺のサポート体制は大したものだと思う。戦闘教育プログラムもきちんと体系化されていて、非常に分かりやすかった。
武具を装備し、コントラバスケースを背負う。
「エアさんの準備はどう?」
「昨夜のうちに終わらせております」
頷いて部屋を出る。
「お待ちしておりました、ユウゴ様、エア様」
部屋の外では、紺色ローブの魔術師ニコラスが、護衛の兵士たちを並べて待ち構えていた。
*
ニコラスや護衛の兵士を伴い、謁見の間に向かう。
「勇者殿、この日を待ちわびていた。貴殿の選択に、心から感謝する」
目の下にクマを作ったミズガルズ王が、勇吾たちを歓待する。居並ぶ武官や文官たちも似たような顔で、勇吾の出陣に感謝の言葉を述べた。
一時間ほどお偉方のお話を聞いた後、勇吾たちは謁見の間を後にする。
「慌ただしい出発となってしまい、申し訳ありません」
案内役のニコラスが謝罪をする。本来なら出立時には壮行会を兼ねた大規模なパーティが行われるようだが、戦況悪化につき、開催を見合わせるらしい。
「堅苦しいことは苦手なので、逆に助かります」
「そう言って頂けると幸いです」
ニコラスに連れられて城門前に移動する。
立派な軍馬に跨った騎士達が整列していた。
隊列の中央には屋根のない白銀の馬車があり、そこの座席に座るよう指示される。
「勝ってもいないのにパレードですか?」
エアが表情を変えずに尋ねる。
「申し訳ありません。民たちも勇者様がたの勇姿を見れば奮起するだろうと」
「民の士気を上げるために、これから命がけで魔王軍と戦おうという勇者を見世物にしようということですか」
「も、申し訳ありません。なにぶん、慣例でして……」
ニコラスは額の汗を拭いながら答えた。
「エアさん、いいよ。それでみんなが喜ぶならさ」
「マスターがそう仰られるなら、本機に否やはありませんが」
ニコラスが何度も頭を下げてくる。管理職の悲哀である。パレード参加への同意は、半分以上、この宮廷魔術師への憐みからである。
「あ、これだけ教えてください。俺たちが嫌がったら、どうするつもりだったんですか?」
「ご勘弁ください、ユウゴ様」
勇吾の顔にからかいの色を見て取ったニコラスは苦笑いを浮かべる。
馬車は大きく、中型トラックぐらいの広さがある。荷台には食料や予備の武具などが補給物資が満載されていて、勇吾たちが荷物――例のコントラバスケースだ――を積むスペースがなかった。
仕方なく客席部分に積んでいると、ニコラスが手伝ってくれた。
全て積み終わると、彼は御者台に上る。
「あ、宮廷魔術師様、自ら操縦されるんですね」
「ええ、魔導車の操縦にはコツが必要ですから」
パレード中に、万が一があっても困るということだろう。
「それでは出発します」
城門が開かれ、隊列が動き始める。
*
高い城壁を潜り抜けると、頭上からひらひらと花びらが落ちてきた。
「……これは」
「サクラの花に似ていますが……」
「五代前の勇者様が、植物を操作することに長けておりまして。ニホンのサクラに似た植物を作られたのです。以来、勇者様が出立される際には、この花を使って送り出すことが、慣例となっております」
「勇者様、ありがとうございますッ!」
「この国を、どうか、お救いください!」
「ありがとございます! ありがとうございます!」
護衛の騎士たちに囲まれて近づけない人々は、通りの両脇から、勇吾たちに声援を送り、花びらを撒いていく。
「……素敵な演出ですね」
「ありがとうございます。民たちも喜ぶでしょう。この花道も元を正せば、異界の勇者様にどうにか感謝の意を表せないかと彼らが考えたのが発端なのです」
勇吾は笑顔を浮かべて、彼らに手を振り返すのだった。




