あたしの何事もない幸せな日常
あたしは犬!
名前は長いから「ベー」でいいよ! いっつもみんな” べーちゃん”って呼んでるし、あたしもそっちの方が良いかな?
歳は分からない!
性別は女の子!
好きなことはご飯とお散歩と、後は猫!
猫っていいよね。あんなに自由に動き回ってるから。
あたしなんて、よく分からない金属の紐と丸っこい軟らかいものでつながれているから、そんなに動けないんだぁ。
まぁいいけどね。
あとあと、嫌いなものは水と、なんかガラガラと音を立ててやってくる金属の何かが入っている奴とあたし以外の犬。
犬はあたしのテリトリーに入っているから嫌いだし、金属の何かはうるさいからで、水は濡れたくないし、身体が重くなるからいやだ。
こんな感じかな?
今日はあたしのことをもっと知ってもらおうっと!
あたしの朝は早い。
何故なら、朝から歩き回っている犬たちがいるからね。注意しないと、あたしの家に入ってきそうだから。
あっ! あんな遠いところにいた!!
「ワンワンワンワンッ!」
一生懸命に声を出して、こっちに来るなと合図する。
でも、全然反応してくれない。
けど、どんどん遠ざかってるね!
よし! この調子でどんどん声を出すよー!!
「べーちゃん、どうしたの?」
と、上の方から男の人の声がした。
ここの家の人の一人で、たぶん一番若い人……。
そう、弟さんだ。
「お前また他所の犬に吠えたろ?」
そう言いながらあたしの隣に腰掛ける。
褒めてくれるかなぁ? 頑張ったもんね!
「駄目だって、吠えちゃ。近所迷惑になるし、別に敵じゃないんだからさ」
それからあたしの可愛い可愛い顔を両手で覆って、うりうりとこねくり回してくる。
えぇ~!? 褒めてくれないの~!!?
みんなのために頑張って追い払っているのに何でぇ~?
まぁいいやいつものことだし!
また頑張って追い払うから、頼ってね!!
お昼過ぎ。
お日様が燦燦と輝いてる。
いいお天気だぁ~。お昼寝にピッタリだね。
ということで、この時間帯は警戒態勢に当たらなくていいから、のんびりできるんだぁ。
因みに弟さんは暫く帰ってこない。いってきます、って言ってどっか行っちゃったからね。夕方には帰って来るけど。
それにしても、お日様気持ちいい~。
ふわぁ~、眠たくなってきちゃったなぁ~。
散歩の時間までやることないし、朝早かったから今日も眠いや。
よし、寝ちゃえ寝ちゃえ。
あたしはもうひと眠りするために、ここの人たちからもらったソファー? っていうものに上って、身体を丸めて体勢を整える。
と思ったんだけど……。
「べ~ちゃ~ん!」
ちっちゃい子たちのお出ましだ! お昼寝止め止め!!
「くぅーん、くぅーん!」
あたしは急いでソファーから降りて、子供たちと遊んでもらうためにギリギリまで近づき、身体を精一杯起こして、最大限まで尻尾を振って遊びたいアピールをする。
「べーちゃん、お座り」
その一言でお尻を降ろす。すると、ちっちゃい子たちは背中や頭や首の辺りをなでなでしてくるの。
至福だねぇ~……。
もっと触って欲しくてあたしは身体の右側を地面につけて、またちっちゃい子たちに撫でまわされる。
あぁ~、こんな幸せなことはないねぇ~。
そうこうしていると、ちっちゃい子たちは「バイバ~イ」と言って離れていってしまった。
もっと遊びたかったけど、それは弟さんが帰ってきてからにしようかな?
日も暮れきった頃。
私はまた遠くの方を見てる。
今度は警戒のための見張りじゃない。
ある人物の影を見落とさないための見張りだ。
目を凝らしてじっと、遠くから来るであろう人物を待つ。
「!」
すると、見慣れた人物が、いつもの乗り物と灯りを携えて颯爽とこっちに向かってきた!
行きたい気持ちを抑えて、確実に家に入ってくるまで座って待機。
「べー、ただいまー」
そしてついに、こっちに入って来た!
からからとなる道具から降りて、あたしの所へとやってくる!
やっぱり弟さんだ!!
最大限の喜びを、身体を使って表現する。
「あーはいはい、ただいま。”散歩”はもう少ししたらね」
「!!」
今、散歩って言いました!?
散歩って言いましたね!!??
その言葉聞き逃しませんよ!!
期待を込めて玄関前で目を見開いて待つ。
まだかな~? まだかな~??
早く早く~!
待ちきれないよ~!!
――ガチャッ
あっ! 来た!!
「ほいほい、散歩行くよ~」
着替えた弟さんがあたしに呼びかけてくる。
その手には……、リード!
「よしよし待て待て」
色々と準備を進めて、いよいよあたしの散歩が始まる!
弟さん、今日も元気に走り回りましょうね!!
散歩が終わって、夜も更けた時間。
ふと、あたしは寂しさを感じて起きてしまった。
(お母さん……、どこに行ったのかなぁ……?)
ちょっと前だけど、あたしを産んでくれたお母さんが突然いなくなった。
よくケンカしてたし、色々と気に食わないことが多かったけど、冷たくなってここの人たちに連れて行かれて、それから見ていないの。
そういえば、冷たくなった時は弟さんが凄く泣いてたなぁ……。
何でだったんだろう……?
とにかく、もう一度お母さんに会いたいなぁ……。
「うぉーん、うぉうぉーん……」
遠くに響くようにお母さんを読んでみる。
でも返事はない。
どうして、どうして……?
「どうしたベー」
あっ、弟さん。
ごめんなさい、うるさかった?
「お前は本当に優しいなぁ。お母さんも喜んでるんじゃないかな?」
どういう意味か分からないけど、お母さんに会いたいんだー。
「寂しいもんなぁ、俺も寂しいよ……」
そんなことを言ってあたしの頭を撫でる。
何でそんな悲しい顔をしているの? あんまり悲しい顔してるのは良くないからね?
「お前は本当に可愛いな」
どうやら、あたしのおかげで弟さんは少し元気になったみたい。
全く、弟さんはあたしがいないとダメなんだから。
これからもずっとそばに居てね。
「……あっ、夢か」
夜が明けて時刻は8時前。
昔飼っていた犬のことを夢にまで出したようだ。
(今、空でお母さんと仲良くやってるのかな?)
大学時代に亡くなったと聞かされた時は、歳だと割り切っていたが、いざとなるとやっぱり悲しくて涙ぐんだことを覚えている。
本当に活発で、明るくて、落ち込んでいると光をくれた。
あの声に、あの姿に、また会いたくなってくる。
それぐらい、長く一緒にいた。
(良い飼い主であったか分からないけど、俺はお前の飼い主で良かったと思ってるよ)
届くか分からない心の声をそっと呟いて、もういないその姿を思い浮かべながら体を起こして、今日という貴重な一日を始めることとした。