ハインリッヒイベントとスフィンクス、それに、つけめん専門店の奏でるカオス
私は『ハインリッヒイベント』のことを束の間、考えてみた。
昔むかし先行人類ネアンデルタール人が現生人類ホモ・サピエンスにとって変わられる際に―
唐突に・青天の霹靂の様に・出来した、
―と言う―。
地球規模のレベルで起こった氷山の大流出である。それまで何の兆候もなく地表に固定されていた氷山が、ある時に突然、海へとめどもなく流れ出して止まらなくなったのだ。
詰まるところ天変地異はいつ襲ってくるのか分からないのだろう。
(ネアンデルタール人は巨大生物等の獣肉に食料源を依存していたが、氷山が一挙に紛失されたことが彼らメガファウナ絶滅の遠因である。
―ひいてはネアンデルタール人絶滅の遠因である。)
―ハインリッヒイベントは氷山と海と言う物象同士の攪拌であるが。
魔界という『氷山』と。
現実世界という『海』が。
攪拌された。その様な溷濁が生起しているのかもしれない。
私は其処に巻き込まれたのかもしない。
私の身だけでは無くもっと巨視的な変化が地球や日本中で出現しているかもしれない。
(要はかつてのネアンデルタール人の様に、現生人類が破滅していく過程であり正しく黙示録の実行かもしれない。
サロメの出現はハインリッヒイベントの様な兆かもしれん。)
―とSFや幻想小説みたいな事を考えて、…
…其れから。
ふたたび、元の問題に立ち返った。ひとつの違和感について念慮したのである。つまり。
私は、此の沙漠に見覚えがあった―、
だが! 何処で見たかと言うと、―瞭然としない。
―、しかし、然し、併し、乍ら。
…魔界の風景など記憶に留めている筈が無いではないか?
有り得ない事だ。デジャヴだろう。既視感。偽記憶だ。
―、
―しばし深呼吸をしていると体の方は快復してきた様子である。不可解な事ばかりだけれど、座していても仕方がない為。
私はヨッコラショとおっさん丸出しの独り言を吐き、赤い沙漠を歩み出したのである。
取り敢えずは前方に見える緑樹の相を目指すが良かろう。
食物を得なくてはなるまい。木の実など得られるかもしれない。
全く大したロビンソン・クルーソーではないか?
それこそネアンデルタール人である。
―という訳で、私はボロボロのスーツ、革靴履きという姿にて超現実のルビー色沙漠へ歩歩をつらねる次第であった。
畢竟ずるに、うすよごれた中年男がただひとり真っ赤な美しい沙漠を間切っていく、なんていうのは非常に幻想小説的シュールさであろう。
―やがてして。
小森林に辿り着いたとき。
私はまた脳天を撃ち抜かれる様な事物を、樹々の向こうに垣間見たのである。
巨大石像のスフィンクスと。
其のスフィンクスの顔面に突き刺さっている『宙空のコンビニエンスストア』と。
沙漠上にポツンと所在する―…『つけめん専門』を謳うノボリの、ラーメン店であった。
全く理解が追いつかない。
私はまたぞろ、魔界『肉便所』の深部へと歩を進め出したのである。―