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肉便器おじさま、美少女の前に咆哮する 前編





 ―「肉便器おじさま、貴方は死んでも死なない、いや―、死ねないのよ」―





 ぴぃ、とサロメは格好の良いくちびるで口笛を吹いてから、そう二の句を継いだのである。


一つ一つの宣託めいた言葉は、さながら不吉な豫言であった。今は無意味に響こうと注意深く胸に留めておく必要がある―、私をこの異界に連れ込んだ際も、また『肉便器』の怪物へ転身させた際も、警句めいた言葉を放っていたが、今回もそのヴァリエーションに思われた―、


―一体、口笛が合図であったろうか。


懐いた獣を呼び寄せる合図めいた仕草だろうか。


ゲヒゲヒ、ゲレゲレと笑い声じみた音を洩らす中年オヤジ芋虫―肉便器―のいっぴきが、女王様然と組み脚した美少女の足下へと這い寄るのであった。


―すると。


―いきなりだ。


サロメの膂力はいかほどなのか、―女子中学生の細腕にしか感取できない―、少女の右腕がふんわり弧を描くと、…オヤジの首のあたりにチンマリしたゆびさきがぺたんこ、とヒットし…次いで、


ばすスすん!!!、オンぎゃおァあ!!!、―


渾然と縺れた音の塊が発生する。(鼓膜から流血しそうな音の爆発である。金縛りの身にはとんでもない。耳をふさぐことも叶わず、ただただ堪え、耐え忍ぶしかないのだ。)―


―まるで大鎌で収穫されたサトウキビか何かのごとくに。


オヤジ芋虫の『オヤジ』の部位、つまり頭部が血の虹を架けながら吹き飛んだのである。宙に赤いアーチ。飛沫は、サロメの雪の肌に点々と深紅水玉模様をトッピングしたのだ。


『オヤジ』は今時みなくなったバーコード状の頭髪をさあ、と一条の波光に変えつつ、切れかけた蛍光灯わきの天井に激しくキスをした。ついで大地を覆う薄グレイな床にキスをしたのであった。キスマークはそのまま血痕であった。


二箇所の口づけ痕はあかあかと信号の様に灯り、其れはいつまでも消えないのだった。壊れた信号機が無闇に危険色を発し続けている、狂ったサイン、狂ったシグナルだと私は脈絡のないことを思い浮かべた。それから飛頭蛮というアタマだけの中国のおばけが確か在ったなと思った。


ピグピグ痙攣しつづける飛頭蛮のあたまは、然し何時迄もいつまでも顔筋や口唇の痙攣を止めなかった。つまり死なないのだった。あたまをぶっ飛ばされたと言うのに―、だから具象のことではなく象徴や凶兆の様に見えた。


凶兆は永遠に絶命しないのだ。





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