賢者様、旅はもう終わりましたよ
やっと終わった。やっと終わったんだ。私達の旅は、世界を救う旅は、賢者共の尻拭いの旅は───
───やっと終わった。
先ほど魔王が倒された暗黒の王座の間に、私を合わせて6人の男女がいる。
「 世界を暗黒に染めようとしていた魔王は倒されました。そう、私達の手で⋯⋯ 」
神に選ばれた聖女であるエリザが賢者のもとに駆け寄りそんな事を言っている。彼女は感動の涙を流し、頬は赤く染まり一心に賢者を見つめている。
「 ⋯⋯エリザ、ありがとうございます。君の回復魔法がなければ、ここまでは来れなかったでしょう 」
賢者がエリザの頭を優しく撫でながら言った。
回復魔法って言っても、優先されるのは常に賢者。私は最前線で戦っていたのに、賢者が無理をして怪我をするから、そっちばかりに彼女は回復魔法をかけた。私は戦いが終わった後も放置されて、やつらの労い合いと言う名のいちゃいちゃを見せられ苦痛であった。聖女ならみんなに等しく優しくしろよと思っていたのも序盤だけだ。もう無視されるのは慣れた。
「 これで大丈夫だね。嬉しい!! 賢者様、私も撫でて!! 」
魔法大国の王女であるマリンナが飛び跳ねながら賢者に近づいて行く。マリンナも涙目で頬は赤く、賢者を見る目は恋する乙女そのものだ。
「 偉い、偉い。マリンナも良く頑張りました。いっぱい褒めてあげます 」
賢者がマリンナの頭を撫で、微笑んでいる。
マリンナは魔法大国の王女であるが魔力がないことを気にしていた。後からそれは膨大すぎる魔力から自分の身を守るために無意識に封印していたことが発覚する。だが、それまでは正直足手まといでしかなかった。足手まといなら後ろにいればいいものを調子に乗って前に出た賢者を追って前に出て来るので、私は賢者と彼女を同時に守らねばならなかった。そんなことをして無傷で戦闘終了とはならない。私の身体の傷は増えていった。
魔力を手に入れてからも、使い慣れていないのか私に魔法があたりまくるし。お陰様で火傷の跡までふえた。いきなり大魔法ぶっ放さないで、まずは小魔法から試して欲しかった。そして、私に対して回復魔法はなし。謝罪もなし。つまり無視。あっ、韻を踏んでしまったではないか。
「 ちょっと!! 二人共、賢者様に近すぎ!! 私も賢者様だーい好き 」
そう言って賢者に抱きついたのは魔族の少女ジリーだ。彼女は、奴隷として酷い扱いを受けていたのを賢者に救われた。今は、賢者にすりすりと頬を擦り付けて満足そうだ。
「 こら、ジリー。僕はみんなに等しく感謝していますよ。ジリーは同族と戦う葛藤もあったのによく仲間でいてくれました 」
賢者はジリーに優しい目を向けている。
そうだ、ジリーは魔族であり人間に奴隷にされていた過去を持つ。なので最初は助けた賢者を信じられずに寝ているところを襲ってきた。しかも襲ってきた時に使った道具が “ 邪竜の呪い ” をかけるものであった。他の魔族に唆されて渡されたらしい。彼女を信用していなかった私は、その夜は寝ていなかった。そして襲ってきた彼女から賢者を守り呪いを受けた。私は “ 邪竜の呪い ” 持ちになったのだ。その呪いは夢に身の毛もよだつ魔物達が現れ自分を食い尽くすというものだ。毎晩うなされた。でも正直もう慣れた。勝手に食ってろ。
その後いろいろあり、今ではジリーは賢者に執着しまくっている。恋の虜だ。
「 ⋯⋯私、賢者様とこれからも一緒にいたい 」
そう口にしたのは元暗殺者の少女カリアだ。カリアはゆっくりと賢者に近づいて、彼の右手の甲に唇をあてた。
「 ありがとうございます。カリア、君が側で守ってくれて安心して旅が出来ました 」
賢者がカリアの頬を優しく撫でた。
カリアは元暗殺者だ。勿論、賢者を殺しに来た。私は彼女のナイフから賢者を庇った。ナイフには毒が塗ってあり、私は3日間苦しんだ。その時に髪の毛が全部、白髪になった。今も変わらず白い。
私が毒に苦しんでいる間、カリアは仲間になっていた。賢者が彼女を縛っていた契約の魔法を解いたらしい。私の毒も解けよ。解いてくれよ。宿屋に放置すんな。⋯⋯心の口が悪くなってきた。失敬、失敬。ちなみにナイフの傷は顔にある。綺麗に斜めに跡が残っている。
カリアが仲間になり、私以外に前線で戦える人が増えたと喜んだ私。期待した私が⋯⋯馬鹿であった。彼女は一切賢者の側を離れなかったのだ。つまり前線は私だけのまま。魔王戦も。
私はそんな旅を共にした仲間達を離れた場所から見ていた。魔王との戦いでおった傷が痛む。早く止血しないといけない。
「 ⋯⋯イルーナ 」
そんなことを考えていると賢者が私の名を呼んだ。私は賢者には近づかずにその場で自分の手当てをはじめながら、返事をする。
「 賢者様、国王陛下と大司祭様がお待ちです。国民、いや、世界中の人々が貴方の姿を見たがっているでしょう。
凱旋のパレードの準備もあります。早く帰りましょう 」
「 ⋯⋯つ、そうですね。みんなで帰りましょうか 」
他の仲間達に睨まれたが別に私は気にしない。私は、空気の読めないやつだと思われているだろう。だが、それで良い。私はあえて空気を読まない。これが他の者に流されないための技である。私はこの旅で肉体的にも精神的にも強くなったのだ。
私は他の仲間と違い自分から賢者の仲間になった訳ではない。私の家は代々王家に仕える騎士の家系である。そのため賢者の守り人として歳が近く実力のある私が選ばれた。私は家の者達にくれぐれも家に泥を塗るようなことはするなと念を押されている。賢者様を支えろ、失礼のないように、命令には従え。言われたことは、全て守った。旅が終われば自由になれる。そう信じて頑張った。
「 ⋯⋯その、あの、イルーナ。ありが─── 」
「 私に礼は不要です。国王陛下の命により貴方を守っていただけです。他意はありません 」
「 ⋯⋯っ、はい、わかっています。⋯⋯そう、ですよね。⋯⋯でも 」
「 はい、では帰りましょう 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
私は近づいて来る賢者から逃げるようにその場から歩き出した。国に帰ったらもうこの人達とは関わらない、家の者に何を言われようが二度と関わらない。そう固く誓って。
────────────⋯⋯⋯⋯
凱旋パレードは盛大に行われた。王都は何日もお祭り騒ぎで盛り上がった。賢者に関する商品は飛ぶように売れ、彼の出身である教会には膨大な寄付が集まった。
王城でもパーティーが開かれ、賢者にお近づきになろうと沢山の貴族達が参加している。貴族達は我先にと賢者に娘や息子を紹介していく。
華やかに飾られた会場、それに相応しい令嬢達。彼女達は少しでも賢者に気に入られようと必死である。美しく夢見る可憐な乙女達。私とは、真逆の存在。
そんな事を考えながら、私はパーティー会場の警備を勤めている。騎士としての仕事である。露出の多いドレスではなく身体を覆う鎧を身に纏い、周りを警戒する。
そうしていると会場に美しく煌びやかな音楽が流れはじめる。ダンスの時間らしい。賢者は聖女エリザの手を取った、旅の仲間達と順番に踊るようだ。私には関係のない事だと傍観していると、城の侍女長に呼ばれた。
「 どうしましたか? 何か問題でも⋯⋯ 」
「 賢者様より頼まれた事がございます。こちらについて来てください 」
「 ですが警備の勤めがあります 」
「 代わりの者が行います。ついて来てください 」
私は仕方なくついて行く。彼女は国王陛下の信頼も厚い人なので何か悪い事をを企むような人ではない。少し歩くと王城の客間に通された。中には複数人の侍女と煌びやかなドレス一式。見るからに高そうな、宝石が散りばめられた青いドレスである。一体何だと私は侍女長を見た。
「 賢者様が貴方のために用意したドレスでございます。⋯⋯きっとドレスでは参加しないだろうからと仰っていました 」
「 ⋯⋯そうですか 」
当たり前だ。全身に傷跡や火傷の跡があるのにドレスなんか着れる訳がない。おまけに顔にも傷跡があるし、白髪だ。この国は髪は黒に近いほど美しいとされる。勿論、賢者の髪は艶やかな漆黒。私とは正反対である。ちなみに私の本来の髪色は胡桃色、もともと黒には近くない。
「 命令なら仕方がないです 」
侍女達は私にドレスを着せていった。傷跡や火傷の跡もどうにか化粧で誤魔化そうとしていたが、無理そうだ。辛うじて、顔の傷跡だけはましになった。微々たるものであるが。このドレスは肩周りに布がないのでそこの傷跡などは丸見えである。長い手袋で腕周りは何とか隠せた。
そのまま会場に戻らされた私。会場に入ると賢者がカリアと丁度踊り終わったところであった。会場中が賢者達のダンスに魅了されたようで、感嘆のため息がそこかしこで聴こえてくる。老若男女問わず賢者の虜になってしまっている。
ダンスを終えた賢者がこちらを真っ直ぐに見つめている。しばらくして笑顔で私に近づいて来る。会場の人々は賢者の近づいく方に注目した。そして、騒つきだす会場。皆んな口々に私の事を言っている。
「 何だ、あの若さであの髪色は⋯⋯ 」
「 肌が傷だらけですわ。なのに、よくドレスなんて着れるわね 」
「 あの子も旅には付いて行ったからダンスに誘わないと可哀想と考えていらっしゃるのね。賢者様はお優しいから 」
「 賢者様が可哀想ですわ 」
「 勝手に付いて行った、図々しい女 」
私は何でこんな事を言われないといけないんだ。やっぱり警備だけやっていれば良かった。こんな仕打ちもう嫌だ。逃げたい、自由になりたい。賢者達なんかと関わりたくない。でも、色々なしがらみがそれを許さない。私は結局、自由になる勇気を持ち合わせていない臆病者なんだ。
頭が痛くなり、只、佇んでいたらもう目の前に賢者がいた。
「 ⋯⋯そっ、そのとても、あのきっ⋯⋯綺麗です。あっえっと 」
「 はい、こんなに綺麗なドレスを用意してくださりありがとうございます 」
「 ⋯⋯あっ、ちがっ違う!! ドレスではなくて⋯⋯きっ君が 」
「 違う? これは私のためのドレスではなかったのですか。⋯⋯でしたらすぐに着替えてまいります 」
私は着替えるために踵を返そうとした。だが、すぐに賢者に手を掴まれてしまう。
「 待って!! あっ⋯⋯すみません。⋯⋯ダンスを⋯⋯僕とダンスを踊ってください!! 」
「 ⋯⋯私はダンスを踊った経験がありません 」
「 大丈夫、ですっ!! あっと僕が。僕に任せてください 」
賢者は旅をした仲間と踊っている。私を無視したら評判に関わるから仕方なく踊るのだろう。あまり強固に断っては賢者に恥をかかせてしまう。ここは承諾しておこう。
「 わかりました。よろしくお願いします 」
「 ⋯⋯⋯⋯えっ。⋯⋯あっ本当に!! 僕と踊ってくれるんですか!! はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯落ち着け。深呼吸しないと⋯⋯すーはー⋯⋯ああっどうしよう 」
承諾したらいけなかったのかもしれない。もしかしたら私が断ると思ってダンスに誘ったのではないか。今だに動こうとしない事からもそれが推測できる。やはり、私から断るべきだろうか。
そんな事を考えているとゆっくりと手を引かれた。
「 か、会場の中央に行きましょう 」
そう言うと、私の顔を見る事はせずにずんずんと進んでいく賢者。早く終わらせたいのだろう。
中央まで来ると音楽の演奏がはじまる。私達は正面で向かい合い手を取り合う。そしてダンスがはじまった。賢者は私と顔を合わせようとしない。どこか空中を見ている。私はこんな風に嫌々踊られることに悲しくなり下を向いてしまう。早く終わってほしい。相手もそう思っているのだから。
私はやった事のないダンスに運動神経だけで何とか耐えていたが、とうとう賢者の足を踏んでしまう。会場が一瞬どよめいた。私は焦って下を向いていた顔をあげた。すると賢者は私を見ていたのか、目がばっちりと合ってしまう。
「 あっ、いや、はぁっ!! ⋯⋯ 」
賢者は相当怒っているのか顔を赤くして私を見ている。私は目を離なす事が出来ない。彼に恥をかかせてしまったのだ。
「 ⋯⋯あっ、もう駄目です。⋯⋯死んでしまいます 」
賢者はそう言うと、私を残して会場を走り去って行った。私は会場中の非難の目や嘲笑の目に晒された。私を庇う人など誰一人としていなかった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 よくも我が家の名に泥を塗ってくれたな。あれほど忠告しておいたと言うのに!! お前はもうこの家の者ではない!! 勘当だっ!! 」
父から家を追い出された。私のせいで恥をかいたかららしい。つまり私は長年苦しめられてきたしがらみから解放されたということだ。
私は外の空気を吸い込んだ。何て清々しいのだろう。晴れ晴れとした気分である。さあ、どこへ行こうか。今ならどこへでも行けるような気がする。もう、賢者達とも会わなくていいのだ。
魔王討伐の旅は終わったのだから⋯⋯。
私は色々考えたが、人と関わる事自体に疲れを感じてしまい人里離れた山小屋に一人で引きこもった。
ここなら誰も私を馬鹿にしたりしないし、無視もしない。そもそも人がいないのだから⋯⋯。
近くの小川のせせらぎが心地よい。小鳥のさえずりが聞こえる。風に揺れる木々、私を優しく照らす木漏れ日。時間がゆっくりと流れる、心が癒されていくのがわかる。ああ、私は生きて良いのだ。ちゃんと自分のために生きて良いのだ。切り株に座りながら自分を感じる。ゆっくり、ゆっくりと時を刻む。
「 ⋯⋯イルーナ 」
心臓が脈打つ。⋯⋯途轍もない早さで。何でこんな聞き覚えのある声がするのだろう。あり得ない、あり得るはずがないのだ。
「 ⋯⋯イルーナ、また一緒に旅に出ましょう 」
何て明るい声なんだ。何でこんな幻聴が聞こえるんだ。誰か教えてほしい、知りたくないが。
私は精一杯の声でその人物に言った。
「 賢者様、旅はもう終わりましたよ 」
私の正面の木の影からその人は姿を現わす。
「 終わってないですよ。魔王なら僕が復活させましたから 」
「 ⋯⋯えっ? 」
「 そうでもしないと君は僕となんか旅に出てくれないでしょう? 」
「 ⋯⋯何を言って? 」
「 そうするしかなかった。君に会いたくて、でも僕なんか君に会う資格はなくて、苦しくて。⋯⋯どうしても理由が必要だった 」
「 ⋯⋯理由 」
「 ⋯⋯はい。君と一緒にいられる理由です 」
賢者が近づいて来る。逃げたい、怖い、何を言っているんだ。あり得ない⋯⋯。
「 他のみんなは!? 」
「 ⋯⋯エリザは、世界を救った聖女として教会から保護という名の監禁状態です。これで君に回復魔法をかけることは一生ないでしょう。君に頼られるのは、僕だけであるべきです。⋯⋯マリンナは、膨大な力が僕の魔力という支えを失い、暴走しました。彼女の国の城地下の特別魔力補助装置の中でしか生きられない。君を傷つけた罰ですね。⋯⋯ジリーは、夢叶って僕の力で人間にしてあげました。これから愛する人を見つけるように言ったら嬉しそうに泣いていましたよ。僕は彼女に愛されても嬉しくありませんから。⋯⋯カリアは、僕に近づくと僕が苦しむ呪いをかけました。彼女は僕のために、僕には近づかないでしょう。離れていても想い合っていると勘違いしたままで。ふふふ、どうですか? 僕らはまた、2人で旅が出来ます。行きましょう 」
賢者は呆然とする私の手を取った。
「 君にやきもちを焼いて欲しくて他の女性を仲間に入れてきましたが、効果はあまりなかったのが残念です。⋯⋯僕は君に頼られたい 」
そう言うと賢者は私に魔法をかけた。全身を黒い光に包まれた私は光が消えた後に、身体中の怪我や火傷の跡がなくなっている事に気づいた。髪の色ももとの胡桃色に戻っている。
私は驚愕の表情で賢者を見た。彼は優しく微笑んで私を見ている。
「 賢者が名を明かすのは一生を添い遂げると決めた相手だけです。僕の名は─── 」
私は動く事が出来ず、只、彼の言葉に耳を傾けた。
「 僕の名はベルガルード。魔王を宿す賢者です 」
彼の名は、私達が倒した魔王と同じであった。
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