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ロミニアホルン角音女学院  作者: たびくろ@たびしろ
第三章 キラリエ・ゴルドジャースの独りよがり
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第五話 逃走・竜巻・絶対零度

「ちょ……やだやだやだ! 何であんな脚生えてるのぉ!?」

「ど、ドラゴンフィッシュは湖の生き物を食べ尽くすこともあるから……! ああやって湖と湖を移動したりするの!」


全速力で逃げながら、ミウは悲鳴のような問いかけをする。


さすがはピルピィと言ったところで、ちゃんとドラゴンフィッシュがどういう生き物かは把握しているようだ。


とはいえ、この状況をうんちくが打開してくれるとは思えない。


何故なら、道の悪い森の中を、超巨大なドラゴンフィッシュから逃げながら走っているのだから。


「呑気な事言ってる場合ですの!? このままじゃ追いつかれますわよ!!」


こちらは木々を避け、足元に気をつけて走っているが、ドラゴンフィッシュはそんなものお構いなし。


大木を難なく崩し、折り、その自慢の二本脚でこちらを追いかけてくる。


「そ、そもそもキラリエさんのせいだからね! 何とかしてよ!」

「なっ……! 脚が生えてるなんて思いもしなかったのよ!」


そもそもがキラリエのせいなのだからと食ってかかるミウ。


しかし、キラリエも言い負けるつもりはないらしい。


やっぱり、この人は苦手だ。


なんでも自分勝手で、そのくせ人に謝ったりする様子は微塵も無いし、その態度も感じられない。


こんな人とまともにチームなんて組めるはずがない。


そんな時、ピルピィが走りながら二人の間に割って入る。


「け、喧嘩しないで! とにかくあの子を何とかしないと! このままじゃ追いつかれちゃ……────!」


その時、ピルピィが地面に露出した木の根に足をつまづかせる。


「っあ……!」

「ピルピィ!」


大きくつんのめり、地面に転がるピルピィ。


すぐ後ろには、我を忘れたように怒っているドラゴンフィッシュが迫ってきている。


「っ……!」


このままでは踏み潰されてしまう。


それでも、助け出せばたちまちドラゴンフィッシュの餌食にされてしまうだろう。


けれど、ミウは立ち止まり(・・・・・)、角笛を構える。


「なっ……死にますわよ⁉︎」

「知ってるよ! でも……っ!」


このままではピルピィを助けても、一緒に食べられてしまうことは間違いない。


それに、自分は角人だ。


角音で人を助ける角奏者を目指す角人として、大切な友達を見捨てるなんてできない。


角笛の吹口に唇を重ねる。


(ただ角音を放つだけでもいい! とにかくドラゴンフィッシュの動きを……っ!)


何も意識せずに、角笛クエストゥルスを吹き鳴らす。


というのも、ピルピィが近くにいるため、破砕の角音で調節をミスしようものなら、彼女がただでは済まない。


だからこそ、ミウはありったけの力を角笛に込めた。


結果吹き出たのは、竜巻と見まごうほどの大嵐。


「なっ……⁉︎」


キラリエが驚いた表情を見せる。


なぜならそれは、普通の角人の限界をゆうに超えているであろう出力の一撃だったから。


実際、それでドラゴンフィッシュの動きは止まった。


しかし。


「……っ⁉︎」


ミウの意識が、途端に混濁する。


確かにミウは理由は分からずとも高出力の角音を扱えるのは確かではある。


ただ、それも延々と放出し続けられるわけではないようだ。


角笛から発せられる爆風に押し負けないように地面に踏ん張っていた脚に、力が入らなくなる。


朦朧とし、だんだん頭の中が真っ白になってくる。


「あなた……どうして……」


その情けない様子はキラリエにも何と無く感じ取れるようで、薄れゆく意識の中で彼女の困惑した声が聞こえる。


だが、それとは関係なく風力がだんだんと弱まってくる。


ミウの中から生成できる角音の元が、だんだんと薄れてきているのだ。


「っ……動物馬鹿! 早く起き上がりなさい!」

「う、うん!」


そんな様子を察してか、キラリエがピルピィを助け起こしに駆けていく。


助けている間も、彼女はしきりに「ありえませんわ……!」と嘆いている。


「足は? くじいたりしてませんわね⁉︎」

「う、うん、大丈夫」

「全く、手間取らせるんじゃありませんわよ……!」


妙に手馴れているキラリエの介助により、ピルピィは立ち上がる。


二人はそのまま、ミウのところまで駆けてくる。


(も……限、界……)


もはや、ミウはドラゴンフィッシュを押さえつけることはできない。


風圧も弱まり、風邪で押さえつけられていたドラゴンフィッシュもその筋骨隆々な脚でこちらへと踏み出そうとしていた。


そしてついに、ミウの唇が吹口から離れる。


「逃、げて……」


もはや、平衡感覚すらまともではない。


まるで、角笛に身体の中の角音を全て吸い取られてしまったかのように。


しかし倒れゆくその身体を支えたのは、





「────全く、あなたは本当の大馬鹿者ですわ‼︎」





他でもない、キラリエだった。


彼女は角笛ゴルディスノウを取り出すと、ミウの身体をピルピィへと任せる。


「ミ、ミウ!」

「キラ……リエ……さ……」


消えかかる意識の中で、ミウの視界に映るのは、角笛を咥える彼女。


そしてミウの耳に、響くように奏でられる、一度聞いた角音。


そう、これは氷結の角音だ。


しかも先ほどとは違い、その音色が力強く、倍以上に長い(・・・・・・)


一通り奏で終わったキラリエの前に、ついに動き出そうとするドラゴンフィッシュが大口を開く。


まるでこれから彼女を飲み込まんとばかりに。


「キララ! 逃げないと……!」

「どうせ逃げてもその大馬鹿者が足手纏いになりますわ。それならあの魚が動き出す前に、動けなくしてやるしかない……!」


彼女は、ゴルディスノウの発動孔を、ドラゴンフィッシュの足元へと向ける。


「はあああああああああっ────」


加えて、彼女自身の力を、ゴルディスノウへと集めるかのように、意識を集中させる。


そして。


「────凍りつきなさい、怪物っ‼︎」


高らかな叫びとともに、彼女の角笛が絶対零度の如き冷気を放出する。


瞬間での勢いは、先程ミウが放った竜巻にも負けてはいない。


彼女はゴルディスノウから放たれたそれを全て、ドラゴンフィッシュの脚に集中させる。


それはまるで蛇のように巻きつき、そして────それらが、一瞬にして脚を固める巨大な氷塊(・・・・・)へと変化した。


「っ……!」


ピルピィが、思わず息を飲む。


巨大なドラゴンフィッシュの巨大な脚を付け根まで凍りつかせるほどの、超巨大な氷塊。


それを放つために、キラリエは恐らく多くの体力を消耗している。


「綺……麗……」


思わず、消えかかる意識の中でミウは呟く。


だって。


目の前に落ちる、彼女が放った冷気の粒は、それ一つ一つが六角形を有した結晶で。


それらは太陽の光を浴びて、虹色に煌めいている。


何より。


それを振るう彼女の姿は、まるで氷の精のようだったから。


「っ……はぁ、はぁ……!」


しかしすぐに、キラリエの身体はがくりと崩れ落ちる。


ミウはピルピィの肩を借りながら、彼女の側まで駆け寄った。


「だ、大丈夫⁉︎」


憔悴しきったミウを抱きながら、ピルピィはキラリエに手を伸ばす。


しかしキラリエはその手を払うと、角笛を支えにしながら立ち上がる。


「なんてことありませんわ……少し疲れただけ。それよりも早く離れなくては……わたくしの氷だって、あんな怪物をいつまでも押さえつけてはおけませんわ」

「う、うん! 歩ける、ミウ……?」

「大、丈夫……」


ピルピィに肩を貸してもらいながら、ミウは再び歩き出す。


キラリエも疲労してはいるようだったが、ミウとは違って走れる分の体力は残せているようだった。


三人は命からがら、ドラゴンフィッシュの視界から逃れることに成功した────。



◆ ◇ ◆



「……なんとかって感じだね。でもまあ、やるとは思ったけれど」

「学院長、あまり勝手をされては困ります。あの子たちが命を落としたりでもしたら……!」


今までの一部始終を、上空から眺める二つの影があった。


一人はリエリー・エルドラゴ。


奏技学の教諭で、今回生徒たちが怪我や危険に巻き込まれないように監視する役目を持っていた。


そして、もう一人。


糸目で笑い、制服を着て二学年の青いリボンをした銀髪の角人。


仮の名をスィーヤ・ゴロネィトン。


もう一つの肩書きは、ロミニアホルン角音女学院長。


そう、本来ならリエリーが助けに行くべき今の場面。


そうならなかったのは、彼女がリエリーを引き止めた(・・・・・)から。


彼女は適当な様子で笑い、


「大丈夫だよ、あの子たちはそんなヤワじゃない。それに、今の助け合いは良い刺激になったとは思わないかい、リエリー」

「……そうかもしれませんが……」

「実際、キラリエが言うようにこの実習は角音を実際に扱う際にどう立ち回るかも見てはいる。その点に関して彼女は少し偏った考え方だったから、良い機会ではあったよ」


成績には関係ないけどね、と付け加えながら不敵に笑うスィーヤ。


リエリーははあ、と溜息をつく。


この人の考えていることはいつまでもよくわからない、と言う意味の溜息だった。


「それと学院長、どうして制服なんて着てらっしゃるのですか?」

「え、似合うだろう? 生徒たちにもバレないし、彼女らとのより良い交流の助けになってるんだ」

「こちらとしてはもう少し威厳のある立ち振る舞いを求めたいのですが」

「ちぇ、リエリーは堅物なんだから」


文句を言うスィーヤは、見た目だけなら本当に生徒のようではある。


ただ、彼女は学院の長だ。


本当ならば、それ相応の振る舞いが必要なのだが。


呆れたようにリエリーが振舞っていると、スィーヤは少し不安そうな顔で、


「…………似合わないかな?」


と問うた。


また、リエリーから溜息。


本当ならこの人はリエリーなんかよりもずっと年上のはずなのだが。


「…………まあ、お似合いですよ」


その返答で嬉しそうに笑う彼女の様子はまるで本当の学生のようで、リエリーは三度目の溜息をついた。

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